56 東征
ルアブロン市街地
潜入班「狐」 フィルカザーム大尉
「大尉殿、定時連絡で別途下命事項です」
「なんだ?」
部屋に入ってきたペッターに呼ばれて顔を上げると、モールハウプトとサリエもそれに倣った。
「インフラ調査のために別動班を出すので、現地の衣類、靴、その他日常的な所持品を15人分調達して送れ、という内容です」
「インフラ? ・・・ああ、そうか」
(道路と橋か、動く準備の目処が立ってきたと言う事か)
「・・となると旅人か冒険者風がいいのか」
「そうですね、それが丁度いいかと思われます」
机に向かって書物を読んでいたサリエがページを閉じて答えた。
「よし、古着屋で買った方が良さそうだな。そうだ、あれだ、あれも送ろう」
「あれ、というと?」
サリエが警戒するような表情に切り変わった。
「トイレの汚物処理に使うやつだよ。あれって売ってるんだよな?」
「えっ、あれを送るんですか?」
ペッターが驚きの声を上げ、サリエは困惑の表情を浮かべた。
「あっちは大勢いるんだぞ、困っているだろう。便槽があれば入れておくだけでいいんだから重宝するはずだ。“併せて現地の排泄物処理システムを送る、活用されたし”付け足しておけ」
「了解です、大尉殿」
俺が言う“現地の排泄物処理システム”とは、ブラウンスライムという魔物を使って排泄物を処理させる仕組みのことだった。
このブラウンスライムは、茶色の液体が入った風船の様な風貌をしていて、知能は低く、性質は大人しくて攻撃してくることはない、らしい。跳ねるように移動して、主に森の中で動物の死骸や糞を食べる習性を持つ。
この習性を利用して、トイレの便槽にブラウンスライムを入れて排泄物を処理するやり方がこの世界で広く普及していて、裕福な家はもちろん、都市部でも地方の街や村でもほぼ各家庭にトイレがある。貧しい田舎の村でも共同トイレが置かれていて、ブラウンスライムが使われていた。
ちなみにブラウンスライムは便槽の中で育つ訳だが、大きくなり過ぎる前に殺して次の固体を入れるのだそうだ。
「過去に発生した疫病の経験から生まれたやり方だそうです。特にオーレンベアク辺境伯爵家では、先々代様から領内でトイレの設置を奨励していまして、特に川への垂れ流しは厳罰になっています。しかし、領内全てに行き渡っている訳ではありません、領内の端の村や貧民窟のような生きていくだけで精一杯の場所では・・・」
ギルの家の様子からその話になった時、アッペルはそう話していた。
(衛生観念があるのは幸いだった、手洗いや消毒までもっていく手間が断然違うだろう。そう言えば石鹸や洗剤を見ていないな、あとでアッペルに聞いてみるか)
「売っているブラウンスライムは新品だよな?」
俺が確認するとサリエは頷いた。
「はい、箱入りで1匹3ノアルぐらいだったと思います」
「確か、あそこには15軒ぐらい建っていたから30匹ぐらい買って送るか」「それでしたら、店を何軒か回って少しずつ飼った方がいいでしょう。一度に沢山使う物ではありませんので、一軒でたくさん買うと怪しまれるかもしれません」
「お、なるほど。それじゃそうしよう。引渡し場所は最初に決めたとおりだな、ペッター?」
「はい、変わりありません」
「よおし、じゃあ明日までに調達して明後日、引渡しだ」
「了解しました。明日の定時連絡で送っておきます」
俺が頷いてサリエを呼ぼうとした時、ドアがノックされたので応答するとセルディカが入ってきた。
「旦那様、ギル殿がお見えになっています」
「お、来たか、通してくれ。それから、お前とアッペルに買い物を頼みたい。サリエ、買い物の説明と金を渡してやってくれ」
「はい、ゾラード様」
サリエが席を立ち、セルディカと部屋から出ると、入れ替わりにギルが入ってきた。
「ゾラードさん、上手くいきました」
「待っていたよギル、サリエが戻ってきたら始めよう」
サリエが部屋に戻ると、ギルの報告を始めさせた。報告の内容は、例の辺境伯家に仕えている武官から聞き出した話だった。
その武官はメーティスという辺境伯家の陪臣なのだが、元は三代前から辺境伯家に仕えるである騎士爵家の三男だったが、3年前に騎士爵に叙爵されて辺境伯軍の兵站部門の責任者をやっている男だそうだ。
「剣よりも読み書きや計算が得意なのか?」
俺が口を挟むと、ギルは少し驚いたような顔をして「そうです」と答えた。
社会が封建制度の時代なら重視されるのは剣や槍遣いの武勇であって、兵站部門なんて閉職なはずだ。
(だが、陪臣の三男に爵位を与えると言う事は、貴族として別家を興させるという事だから、時代としては破格の待遇なはず。そこまで取り立てると言う事は、そのメーティスという武官が優秀であると言う事と、辺境伯が兵站に理解がある人物だと言う事になる)
軍を動かすにあたっては、まず準備から始まる。兵糧、飼葉を集め、武器や防具を点検、必要なら修理する。領内に散らばって駐屯している兵を集める、若しくは新たに募兵なり徴兵をする。補給業務に従事する人足も必要になるはずだ。つまり、人と物の動きが非常に活発になるので、この動きを把握できれば敵の意図を把握できる事になる。
メーティスという武官が兵站の責任者であるならば、軍事行動を可能にする物資を整えて送り出すのが仕事なのだから、作戦に参加する兵力、日程、目的地など全体を把握しているのは間違いない。
(ギルの奴、いきなりやってくれるよ。一見して地味だが非常に重要な地位にいる人物から情報を仕入れてくるとはな・・)
俺は低い声で話すギルを見つめていた。
ギルの話では、現在辺境伯家で起っている異変は、去年に当主が始めた軍事行動の失敗が発端だった。
2年程前、オーレンベアク辺境伯家の現当主は先代が失敗してから長らく手を付けていなかった、領地の東方に広がる未開地の平定作戦と入植事業を再開することにした。まず討伐軍を投入して跳梁している魔物や盗賊団を討伐し、彼等が蛮人と呼ぶ原住民を平定しながら進んで、一定範囲の安全が確保できると領内から集めた入植希望者を入植させて新たな村を作り、領土を広げていく。その繰り返しになるはずだった。
オーレンベアク辺境伯爵家は、5代前の先祖が国王から東方辺境伯爵の爵位と領地を与えられて以来、東部国境の守備に任じながら領内を開発し、国王の求めに応じて兵を出し、度々戦功を重ねてきた由緒ある武勇の名家として知られていたので、東方への入植、東征は滞りなく進むと思われていた。
しかし、討伐軍の進撃は当初こそ順調だったものの、途中で接触したひとつの蛮人の村が降伏しなかったために戦いが起き、討伐軍は敗北して平定に失敗した。幾度か攻撃したが成功せず、埒が開かないと見た辺境伯軍はその村を包囲するに留めて前進を再開した。その後は中継地点となる砦を築きながら前進を続け、今回の目的地である場所に到達した。
そこは、以前から存在だけが噂されていた土地で、辺境伯が確認のために冒険者で構成された調査隊を送り込んだ結果、はっきりと確認された未踏の土地だった。
冒険者からの報告では、周囲を山々に囲まれた広大な盆地で、川が幾筋も流れ大小の湖沼があり魚も捕れる、土地は起伏が少なく緑豊かで肥沃であることが窺え、周囲の山々からは鉱物が期待できる、となっていた。
その土地を領地とする事ができれば、オーレンベアク辺境伯爵家は今よりも富を得て強大になれる、それはさらに高みに、辺境侯爵に昇爵できる可能性を秘めていた。
討伐軍の指揮官は、命令通りその土地を支配下に収めようと軍を三隊に分けて進軍させた。時折現れる魔物を退治し、蛮人の村を平定し、砦を築きながら盆地の北端を目指した。魔物は脅威という程では無く、分割した部隊でも充分に対処できた。蛮人達も逆らう村はなく、平和裏に平定が進んでいた。
討伐軍は誰しもこのまま終わると思っていただろう。平定作戦が終わった後は土地の分配があるだろうから、少しでも手柄を立てておけば自分の土地を持てるかも知れない、そこまでは無くても何某かのお零れに預かる事が出来るかも知れない。そんな事を考えていただろう。
だが、盆地の半分程まで進んだ時、魔物の集団暴走が討伐軍を襲った。
設定②
帝国のモデルはドイツ
共和国のモデルはフランス
グレーブリン王国のモデルはイギリス
こんな感じです。もしかしたらイタリアも出すかもしれません。




