55 情報参謀
将軍の丘 第91歩兵師団司令部
師団長 ホーフェンベルグ中将
「再編成は終了したが、入れ替えにしばらくかかるようだ」
「はい、師団長閣下。補給処に移駐する部隊の受け入れ準備に時間がかかるそうです」
「かなりの人数が動くから致し方ない。部隊として本格的に動けるまで時間が必要だが、その時間を利用して下準備ができるな、ハイン大尉」
「はい、“狐”は順調に活動しています。これが昨日の報告をまとめたものです」
ハイン大尉はそう言って、厚紙でできたファイルに綴じられた報告書を差し出した。
それを受け取って目を通しながら静かに項をめくっていく。
「食料品については問題無さそうだな」
「はい、前回の報告と合わせますとほぼ変わりないようです。輸出入もされているということですので、供給も問題ないと思われます。金属類についても同様です」
「火薬や銃砲はないのだな」
「はい。武器は剣や盾、槍などの長柄、弓矢、クロスボウだけのようです」
「ふむ、となると我が軍は火力で絶対的に優位であるのは間違いないか。だが、弾薬が手持ち分しかないということが問題だな。弾薬の調達、生産するしかないと思うが、まずは火薬がないとどうにもならん。引続き火薬若しくはその原料になる物を探すように伝えてくれ」
「承知いたしました」
私がファイルを閉じて、ハイン大尉を見上げた。
「弾薬が尽きたときに備えて、マスケット銃ぐらいは生産できるようにしたいと思っている」
「マスケット銃ですか」
「それぐらいなら技術的には可能だと思っている、クロスボウ相手ならマスケット銃でも優位を保てるだろうしな。しかし、火薬がなければ話にならん」
「はい、なるほど、確かに」
ハイン大尉はファイルを受け取りながら、あれこれと考え始めているようだった。
「物資の調達に関する報告は兵站本部に回しておいてくれ給え」
「はい、閣下。管理部のテッタウ少佐殿と話をしてあります。あちらが落ち着いたら届けることになっています」
「よろしい、そうしてくれ。それから、野戦航空中隊が今日初飛行することになっている。問題なければ航空戦力の本格運用が始まることになる、入手できる情報が増えるだろうから、管理と分析を頼む」
「はい、師団長閣下。・・・と言うことは、我々は“戦場の霧”を払い除けることができるということですね」
ハイン大尉が控えめにニヤリとしながらだったが、私は口元を少し上げるだけにとどめながら答えた。
「そうだ、ここは特に霧が濃い場所だから大いに役に立つだろう」
戦場の霧とは、地形地物や自軍の位置、敵軍の配置や行動など指揮官の決定を妨げる要素のことだ。当然のことながら敵軍の状況や行動は非常に把握しづらいので、これを解消するために偵察部隊を出して把握に努めるわけだが、同じ地上から偵察と空からの偵察では文字通り雲泥の差があるのだ。
(こちらの位置や意図を悟られずに敵のそれを把握できたとしたら、それだけで戦いは一方的なものになる。この世界で我々以外に航空戦力を有している勢力は無いはずだ。制空権を得た戦場において、我が軍は絶対的優位に立てる)
野戦航空中隊の運用は非常に大きな意味があった。
「空から地形地物を把握することができれば、地図の精度をあげることができるだろう。地図小隊にも話しておくが、順次更新されていく予定だ、常に最新の物を使い給え」
「承知いたしました。地図の精度が確保できましたら、地上偵察の実施をお願いいたします。特に道路と橋は実地での確認が必要です」
ハイン大尉の意見に私は頷いた。
「そうだな、道路と橋の強度は実際に確認しなければいかんな」
「はい。おそらく・・いえ、ほぼ間違いなく、どちらも補強か架け替えが必要だと思われます」
「そうだな・・」
私は相づちを打ちながら、工兵大隊の編成表を思い浮かべていた。道路の路肩を補強するか幅員を広げるのは可能だが、戦車の重量に耐えられる橋を架けるのは難しいように思われた。
(架橋か・・。じっくり時間をかければ架けられるかもしれないが・・。まてよ・・・)
私は、あまりにも基本的かつ重要な事を忘れていたことに気が付いた。
「ハイン大尉、橋の強度以前にインフラは無いに等しいと考えた方がいいだろう。地形、特に河川の幅と水深は詳細な情報が必要だな」
私の言葉を聞いてハイン大尉の顔色が変わった。
「はい、師団長閣下。仰るとおりです」
ハイン大尉が先程まで見せていた楽観的な様子は消え失せてしまった。
「私も忘れていたよ」
苦笑いしながら言うと、ハイン大尉も同じような笑顔を見せた。
「自分もであります。故郷の田舎道を想像していました」
「私もそんなところだよ。“狐”とは別に調査班を出した方がよさそうだな」
「はい、師団長閣下」
「そうなると、君の部署だけでは足りないだろうから、テッタウ少佐と相談して進めてくれ給え。以上だ」
「了解いたしました、師団長閣下!」カツン!
ハイン大尉が退出した後、改めて考え込んでしまった。
(浮かれ気味だったが、気がつけてよかった。いくら車両が馬より速く走れるとはいえ、道路上での話だ。全体で考えると徒歩と馬の部隊の方が機動力で勝るかもしれない。戦車のような履帯式なら行動できるかもしれないが、馬よりも機動力は劣るかもしれないぞ。幸いにして歩兵大隊の第1中隊は元騎兵で構成されているから、騎兵としても運用できるようにしておいた方がいいかもしれない。それから労働力だ、道路建設に投入できる労働力も大量に必要だぞ。これには現地人を使うしかないが、そうなると食事と賃金の支給しなくてはならん・・。楽観的という状態からはほど遠いな)
考えて、準備して、実行できるようにしなくてはならない。
『仕事は段取りが80パーセントだぞ』
父の言葉を思い出していた。
「始めるのに5パーセント、トラブル処理に15パーセント、だったな」
私はしばし思い出に浸ることにした。
(父上と叔父上も苦労していたな、領内の開発には・・・。そう言えば道路も作っていたな、確か麻袋に土を詰めて積み上げていたか・・。あれと同じ手法が使えそうだ。それに東方義勇兵達の中に経験者がいれば、人手さえあればそれなりの道路ができそうだ)
将軍の丘 第91歩兵師団司令部
情報参謀 ハイン大尉
師団司令部を辞した後、歩きながら考え込んでいた。
(インフラか、忘れていたな。サレーラ軍属達がここまで来た事実があるから、道路があると思い込んでいるだけで、我々の使用に耐えうるかどうかは別問題だった。フィルカザーム大尉達の支援もあるから、早急にルアブロンまでの道は確認する必要がある。調査班は工兵大隊から詳しい者を一人か二人、それに護衛と道案内に3人付けるか。しかし“狐”と同じように服装から準備しなきゃいけない・・。そうだ、“狐”に調達させよう、馬車でなら行き来できるはずだ。移動手段は馬にして、日帰りで、早朝出て日没前に戻る。所持品は昼食と簡単な測量器具、護身用の武装、それから・・)
考えをまとめながら歩いていたので、自室が入っている建物を通り過ぎてしまったが些細な事だった。部隊が速やかに移動できなければ、我が軍が持つ軍事的優位などただの幻想で終わってしまう可能性だってあるのだ。
(どれほどの道路が必要なのか、工兵に確認を取る必要があるな。その上で区間毎に三段階ぐらいで評価を付けて、弱いところから補強していくのも手だな。いやまて、評価までがこちらの仕事だ。まず、可能な限りの情報を集めて、すぐに使えるように整理して、必要な時に提供するのが俺の仕事だ)
そこで目的地を通り過ぎた事に気が付き引き返すと、入り口で立哨に当たっている憲兵の敬礼を受けて中へ入っていった。
部屋に戻るとシュティーラウ少尉が待っていた。
「大尉殿、レジスタンスの尋問報告書です」
少尉はそう言いながら机の上に置かれている幾つかのファイルを指し示した。
「ありがとう少尉、助かったよ」
共和国軍の捕虜は自分で尋問したが、レジスタンスの尋問は新しい部下達に任せていた。
フィルカザーム大尉以下13名の降下猟兵中隊第4小隊は、全員が軍務省情報局の諜報員な訳だが、フィルカザーム大尉が司令部第三参謀に任命された際にシュティーラウ少尉、モールハウプト曹長、ペッター上級軍曹の3名だけが大尉の部下として司令部に異動になり、他の隊員は中隊本部となった。しかしその後の再編成で、降下猟兵中隊が偵察中隊に改編されたため、「前線勤務にはそぐわない」とのエルドマン大尉からの意見具申により、私が務める情報参謀付に異動、実質はフィルカザーム大尉の元に合流することになった。
彼らの肩書きは事務係とか通訳だったが、実際に殆どの隊員が二カ国語以上を自由に操る他、文書偽造、尋問、暗殺等の特殊技能を持つ専門家達だったので、私としては大いに助かることになった。
(これから処理すべき情報量は増える一方のはずだから、優秀な部下が増えるのは大歓迎だ)
そして、その優秀な部下達の成果が私の机の上に積み上げられていた。
「何かめぼしいネタはあったかな?」
私が一番上のファイルを手に取りながらシュティーラウ少尉に尋ねると
「何も、皆愛国心に溢れた善良な一般市民ですよ。まずは命を救って貰ったことを感謝していましたからね。農民、酪農家、時計職人、家具職人、鍛冶屋。2人を除いて素直なものでした」
「2人?」
「ええ、酒場を経営していた元共和国陸軍曹長とその息子です、愛国心が強すぎて一言も喋りませんでした。帝国憎し、憎悪の塊ですよ」
「それは放っておくしかなさそうですね。他の“善良な一般市民”はどうしますか」
ファイルの中からその熱烈な愛国者のファイルを探してみた。
「まずは現状についての教育を行った後に、監視付きで労働させてみてもいいかもしれません」
私は頷きながら
「愛国者と部屋を分けて、食事の内容を変えましょう」
「それがいいと思います。作業は今我々が交代でやっている便所の汲み出しをやらせればいいでしょう」
「それは反感を買いませんか?」
「彼等も交代でやらせて、待遇を我々と同じにするのです。作業に従事した者は必ずシャワーと着替えを支給して、夕食に酒を付ける。嫌だと思っても反抗はしないでしょう。反抗の気配があるなら愛国者と同じ部屋に戻せばいいのです」
「分かりました、師団長閣下の裁決を仰いでおきます」
「お願いします」
そう言ったシュティーラウ少尉は、とても自信ありげな表情を浮かべていた。
設定について少し書いていこうと思います。
設定①
時代は1930年代から1940年代、地域は欧州を目安にしています。
目安なので多少前後、相違があります。




