54 初飛行
補給処「蜂の巣箱」 北方の森の中
第914野戦航空中隊 ヴァイスベルク中尉
「中隊、気を付けぇ!」ガヅン!!!
横一列に整列した9名の中隊が一斉に踵を打ち合わせた。
「第914野戦航空中隊、整列しました」
私が前に立つ師団長代理ブリンクマン大佐に申告すると、大佐は頷いて答礼した右手を下ろした。
「やすめぇ!」
9名が左足を開いて安めの姿勢を取ると、ブリンクマン大佐が口を開いた。
「ここ最近、我々を取り巻く情勢が目まぐるしく変化しているのは諸君も体験して良く分かっていることと思う。」
ここで一呼吸置くと、その場にいた全員がなんとも言えない微笑みを見せた。
「従って私がここで多くを語る必要は無いだろう。ただひとつ、我々が孤立無援であるこの世界で存在するためには、帝国軍人として軍規を維持し、部隊行動を維持するのである。一万に満たない我々が、この世界で存在し続けるにはそれ以外に手段がない、師団長閣下はこのように決断され、私もそうだと信じているが故に、私は存在するために全力を尽くす。そして君達野戦航空中隊の諸君にも帝国軍人として、この世界で存在していくために義務を果たすことを要求する」
ブリンクマン大佐が言葉を切り、私に向かって頷くと再度号令をかけ、敬礼を交わした。それが済むと大佐は表情を和らげて歩み寄ってきた。
「以上が師団長代理を仰せつかって初めての訓示という訳です。いささか恥ずかしくもありますが、それなりにこなせたと思っています」
大佐がそう言うと私以下9名と近くに居た整備員達も小さく笑った。
「初めてとは思えませんでしたよ、大佐殿」
ヴィークマン中尉が軽い調子で賞賛した。
ブリンクマン大佐が中尉に向き直って笑顔で答える。
「お褒めにあずかり恐縮の極み。とは言え今日の主役は貴方ですよ、ヴィークマン中尉」
「お任せください大佐殿、必ずやお役に立って見せますよ」
ヴィークマン中尉が軽やかに答えた。私はそのタイミングでリーヴェル下級曹長を紹介することにした。
「ブリンクマン大佐殿、ヴィークマン中尉と共に搭乗するリーヴェル下級曹長を紹介いたします。リーヴェル下級曹長は我々が所属していた第712海上哨戒航空隊きってのベテラン航法士であります。どこへでも飛んで行って必ず帰ってくることができます」
するとブリンクマン大佐はリーヴェル下級曹長に向き直り、右手を差し出して声を掛けた。
「お名前と経歴は聞いています。その技能をもって可能な限り情報収集をお願いしたい」
「はい、大佐殿! 全力を尽くします!」カツン!
リーヴェル下級曹長はブリンクマン大佐と握手を交わしながら力強く答えていた。
「それから、もうひとつ重要な任務をお願いしたい、操縦桿を握るヴィークマン中尉の手綱をしっかりと取って貰いたいのです」
ブリンクマン大佐がそう言うと、全員が大きな笑いに包まれた。
ひとしきり笑いがおさまると、ブリンクマン大佐が2人に向かって問いかけた。
「何か質問は?」
「ありません、大佐殿!」カツン!!
「ヴァイスベルク中尉、始めましょう」
「はい、大佐殿。総員準備に掛かれ!」
私がブリンクマン大佐に答えるのと同時に命令を発すると、全員が一瞬直立不動を取った後、弾かれたように駆け出した。
整地されて土がむき出しになった滑走路の脇に、通信大隊から貸し出された小型の無線車が止まっていて、その脇に机と椅子が並べられて臨時の管制所になっていて、近くには整備工場から派遣されてきた空技廠の整備兵達もいた。
そこにブリンクマン大佐と私、そして居残りになった6名の中隊員が集まった。滑走路を挟んだ反対側には準備が整ったM76連絡機に2人が乗り込んで整備員から報告を受けていた。
それもすぐに終わり、整備員が機体から離れると2人は防風窓を閉めた。前席に座るヴィークマン中尉が、待機している整備員に合図を送ると車輪止めが外された。その合図を送られるとエンジンの回転数が上がり、機体はゆっくりと駐機位置から滑走路へと動き出し、離陸位置に着いた。
『ヒバリから管制914、離陸準備よろしい』
無線機からヴィークマン中尉の声が流れてきた。
『管制914、ヒバリの離陸を許可する』
私が離陸許可を与えると、エンジン音が大きくなり機体は進み始めた。後ろに土煙を巻き上げながら滑走していく機体を目で追っていくと、100メートルほどで主脚が地上を離れ、続いて尾脚が地上から離れて離陸した。
ヴィークマン中尉は大事をとって眺めに滑走したのかもしれないが、空技廠の技術者から聞いたとおりの性能だった。
「なんて軽いんだ・・」
中隊員の誰かが呟いたが、全く同感だった。
“ヒバリ”は上昇しながら右にゆっくりと旋回し、樹林によって我々の視界から消えた。予定では右旋回を続けながら高度を上げ、旋回範囲を広げていくことになっている。
のんびりとしたエンジン音だけが聞こえているところに、無線に音声が入ってきた。
『ヒバリから管制914、上空に敵影なし。繰り返す上空に敵影なし! 素晴らしい、我らの空だぞ!』
喜びに溢れるヴィークマン中尉の音声に、全員が顔を見合わせて笑い合った。
ブリンクマン大佐が無線手に向かって
「心置きなく任務を達成されんことを。送ってくれ」
そして無線手が送信すると
『了解! 任務は順調に進行しつつあり!』
変わらぬ調子の音声が返ってきた。
(1時間の予定だが、時間厳守は難しそうだな・・・)
私は遠ざかるエンジン音を聞きながら、分かりきった予想を立てた。
ヴィークマン中尉達“ヒバリ”は予定を30分オーバーして降りてきた。
「大佐殿、若干遅れましたが無事に戻って参りました。上空は元の世界と変わりありません。機体は全て正常に作動しました、安心して飛行訓練が行えます」
着陸して、駐機位置に戻った機体から降りてきた2人が整列して申告を終えた直後の第一声がこれだった。
活き活きとした表情で報告するヴィークマン中尉は、まるで少年のようだった。
「了解しました、ヴィークマン中尉。それでもうひとつの任務の方はどうでしたか?」
ブリンクマン大佐殿が苦笑いしながら尋ねると、ヴィークマン中尉はリーヴェル下級曹長を見やりながらこれまた楽しそうに答えた。
「そちらも問題ありません。リーヴェル下級曹長がいい仕事をしたはずです。なにせ飛行時間を延長するように要請されましたので」
どうやら帰投時間が遅れたのはヴィークマン中尉だけが原因では無かったようだ。その言葉を受けて、リーヴェル下級曹長がスケッチを加えた地図を飛行服の胸元から取り出すと、ブリンクマン大佐殿に向けて広げて見せた。
「大佐殿、概ねの位置関係は地図のとおりでした。飛行中に視界に入った地形地物は可能な限り書き込んでおきました」
「これは・・・。北と東は森と山脈で、南と西は都市と耕作地ですか・・」
「はい、この森は北と北東に向かって広がっていて、かなりの面積です。その向こうは山岳地帯になっていて、遠方には積雪がある高山も見えましたので、人が生活できる環境ではないと思われます。森は東にも続いていますが、山脈にぶつかって終わっています。そして、その山脈の向こう側は平野になっているようでした。これに対して南と西は大きな川沿いに都市と取り巻く小さな街や村が点在していて、周囲には畑が広がっていました。南にあるこの大きな都市は、地図のとおり海に面した港町になっていて、帆船と思われる船舶も確認できました」
ブリンクマン大佐殿はリーヴェル下級曹長の報告を聞きながら、情報が書き込まれた地図に見入っていた。
(どうやら、リーヴェルは良い仕事をしたらしいな。正確な地図ができれば打てる手も増えるだろう。我々の存在意義も高まることになる)
「ヴァイスベルク中尉、やはり航空偵察は非常に有効です。残りの機体はいつから飛べますか?」
ブリンクマン大佐殿が地図から顔を上げて私に言った。
「はい、大佐殿。ヒバリと同じM76連絡機は3機あります、しかし我々海軍航空隊は全員が四発エンジンの大型海上哨戒機の搭乗員でしたので、このような小型機の操縦は習熟訓練が必要です。それが済めば1機を予備として、2機体制で航空偵察が可能だと考えています」
「分かりました。中隊員と機体はどちらも貴重な戦力です、運用は慎重に行っていただきたい。偵察については後ほど詳細な命令書を出しますので、訓練計画を立案して提出していただきたい」
大佐殿は地図を丁寧に折りたたみながら言った。
「承知いたしました、大佐殿。訓練計画にはM51地上攻撃機の訓練も含めたいと思いますがよろしいでしょうか。M51は速度と航続距離が上回っていますので、遠距離飛行にはM51を使用したいのと、有事に際して即時対応できる体制を確立したいのです」
私がそう言うと大佐殿は口元を引き締めた。
「分かりました、訓練計画はその方向で策定してください。師団長閣下には私から話しておきます」
「承知いたしました、大佐殿」カツン!
本日の飛行はこれで終わりだった。設営した管制所を撤収し、機体を再び牽引して補給処に帰るのだ。
私はブリンクマン大佐殿と別れて作業を監督しなくてはならなかった。
(訓練計画など立てたことはないが、9名集まればそれなりのものができるだろうし、空軍の2人は頼りになりそうだ。しかし戦闘になった場合、敵航空兵力がいなければ、任務は対地攻撃と対地支援になるだろう。そうなると我々海上哨戒航空隊の方が一歩先にいることになる、お互いに補って練度を高めていかないと・・)
他にもやることは沢山ある。整備、管制、地上観測と誘導・・・。それに飛行場の整備と警備もだ。
(安全が確保されているのなら、機体をここに置いておきたいのだが、これも師団司令部と調整しなくてはならないな) 。
野戦航空中隊長として、これから私は大変忙しい日々を送ることになるだろう。空を飛ぶ時間があるかどうかも怪しいかもしれない、だがしかし、戦場において制空権は絶対必要不可欠なのだ。これを確たる物にするためには、労力を惜しんではならないのである。
「我々が存在するために」




