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第91歩兵師団司令部、異世界にて指揮を執る。  作者: フニャンスキー


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51 担保

ルアブロン市街地 西街区

潜入班「狐」 フィルカザーム大尉


 ギルに続いて中に入ると、左側のドアの影から小さな人影が現れたと思うとギルの足に飛びついた。

「ちちうえ!」

 その人影は小さな女の子だった。ギルは表情を和らげるとその女の子を抱き上げた。

「ただいま、ルディエ。いいこにしてたかい?」

「はい、ははうえとおるすばんをしていました」

 女の子はギルの胸に抱かれたまま素直に答えるが、俺達に気が付くとぴったりと身体を寄せた。

「こんにちは」

 俺は精一杯の笑顔つくって挨拶した。だが、女の子は警戒してギルの胸に顔を埋めてしまった。

「ルディエ、怖がらなくて良いよ。この人は遠い国から来た商人の人なんだ。お母さんの病気を診てくれるお医者さんを連れて来てくれたんだよ」

 ギルがそういうと、女の子は顔を上げて

「おいしゃさんて、びょうきをなおしてくれるひと?」

 とか細い声でギルに問いかけた。

「そうだよ、後ろにいる人がお医者さんだよ」

 娘を安心させようと、俺の後ろにいるペッターの方へ娘の顔を向けながら、ギルが優しく説明する。

「君のお母さんに会えるかな?」

 俺が娘に向かって言うと、彼女は小さく頷いた。

「部屋はこっちなんだが、寝たきりなんだ。少し待っていてくれ」

 俺が頷くとギルは娘を抱いたまま、娘が出てきた部屋に入っていった。ギルが誰かとやり取りする声が聞こえた後、ギルがドアを大きく開きながら出てきた。

「入ってくれ」

 その言葉に従って俺とペッターが中に入ると、窓際に置かれたベッドにギルと同い年ぐらいの細身の女性が枕に上半身を預けて横たわっていた。

「妻のエリーゼだ。エリーゼ、こちらはゾラードさん、ノルヴァイク帝国から来た商人で、このルアブロンで商会を立ち上げる準備をする為に滞在しているんだ。こちらは従者のペトロさんと、セルディカさんだ。そして、その後ろにいるのが前から話していた友人のアッペルだよ。アッペルの紹介でゾラードさんの護衛として雇われる事になったんだ。それで君のことを話したら心配してくださってね、ペトロさんが医療の心得があるからと仰って来てくださったんだよ」

 ここに来る間に打ち合わせたとおりの筋書きをギルが説明すると、青白い顔をした細君が驚いた表情をみせた。

「夫がお世話になりますのに、わざわざお越し頂きまして恐縮です。その上初めてお目に掛かるのにこのような姿でお恥ずかしい限りです」

 両手を上掛けの上で重ねて丁寧に頭を下げる細君に、少し罪悪感を覚えながらこちらも軽く会釈した。

「あの、すでにお聞き及びかと思いますが、お医者様に診ていただいてもお支払いが・・」

「奥様、そこはご心配いりません。私が悪漢に襲われているときに、護衛が家族を心配して上の空では困ってしまいますので、心配事を取り除いて仕事に集中できるようにするのも雇い主の務めと心得ておりますので、遠慮など無用です」

 細君に最後まで言わせず、俺が冗談交じりに話すと彼女はほんの少し顔を赤らめながら控えめに微笑んだ。

「ふふふ、お優しいのですね。そう言うことでしたら、お言葉に甘えてもよろしいかしら、あなた?」

 そう言いながら細君がギルを見上げると、ギルは笑顔で頷き、俺達も精一杯の笑顔を作って頷いた。

「では、ペトロ、始めてくれるかな」

「はい、ゾラード様」

 ペッターが前に出て、ギルがベッド脇に出した椅子に腰掛けると、では。と言って問診を始めたので、俺はギルに合図をしてセルディカと3人で部屋を出た。娘はギルから離れてベッドの枕元に立っていた。

 部屋を出ると向かいのキッチンへ移った。

「部屋はいくつあるんだ?」

「このキッチンと妻が休んでいる寝室、あとはトイレと物置だけ・・です」

 ギルが最後の部分を無理矢理言い直した事は無視しして

「もう少し陽が入る部屋はないのか」

「あそこが一番明るい部屋です」

 寝室に窓は付いていたが、隣の家がすぐ間近に建っているのでかろうじて陽の光が入っている程度だった。おそらく日没前に光は途切れるだろう。

 室内は魔石を利用したランプによって照らされていたが、魔石が長持ちするように光を絞っているせいで薄暗かった。

「医者には診せたのか」

「はい、最初に体調を崩したときに診て貰って、それから処方された薬を飲ませています」

「それであの状態か」

「ええ、さっぱり回復しません。最近は食べ物を飲み込むのも辛いようで」

「他の医者には診せたのか」

「いえ、そこまでの金がなくて」

「とにかく、その薬はもう買うな。効き目がないと分っているんだからな」

「・・分りました。でも、どうしたらいいのか」

「悪いようにはしない」

 俺はそう言うとあれこれと考えを巡らせ始めた。


 しばらくして、ペッターが部屋から出てきた。

「どうだった?」

 俺が聞くとギルも間近まで来てペッターの答えを待った。

「おそらく貧血だと思います。それもかなり悪化しているんじゃないかと」

「やはりそうか」

「ヒンケツ・・?」

 初めて聞く言葉にギルが聞き返す。

「簡単に言うと、身体の中の血が足りなくなっている病気だ」

 俺が教えてやると、ギルが目をむいて驚いた。

「身体の中の血が足りていない? 聞いたことがない病気だがそれは治るのか?足りていないと言うことは増やせばいいのか、でもどうやって・・・・」

「落ち着けよ、ペトロの見立てどおりなら急に悪化することはないってことと、毎日の食事を変えれば治せるってことだ、時間は掛かるがな」

「ほんとうか、薬はいらないのか」

「とりあえず、追加の薬は買わなくていい。ただ、ここじゃあ治るものも治らんな。環境を変えるのと、料理を作る人間が必要だ」

「ああ、薬を買わなくて良いなら食べ物を買うことはできるが、料理は・・」ギルが眉間に眉を寄せる。

「ウルスラを通わせることができればいいんだがなぁ」

 俺の頭に浮かんだのはウルスラだったが、レスティの店からでは距離があるのと、この近所は年頃の女が一人で歩くには様子が悪かった。

(面倒事に巻き込まれたくないと言っていたが、ものは試しに相談してみるか)

「奥さんは歩けるか?」

 思い浮かんだ案を実行するためにギルに質問する。

「トイレに行くぐらいなら」

 俺の言葉に期待と不安で一杯になった目を向けてギルが答えた。

「俺の知り合いに奥さんと娘さんを預かってくれるか訊いてみよう」

 ギルは目を見開いたまま頷いた。

「そこには俺の女奴隷もいるから、奥さんの面倒も見させる事ができる」

 ギルがうんうん、と頷く。

「その知り合いが預かってくれるかどうかは話してみないと分らんがな」

 ギルが深く頷いた。

「だが、見込みはある。明日の昼前に宿に来てくれ、いいな?」

「分かった・・」

 ギルが短く答えた。その目を捉えると、細君がいる部屋とは反対側の耳元に顔を寄せた。

「ギル、俺は辺境伯爵家の情報が欲しい」

 俺の低く小さな一言にギルの動きが止まった。

「中に潜り込めという話じゃない。今の辺境伯爵家は妙なことになっているらしいと聞いたんだ。今現在、辺境伯爵家がどうなっているのか、なぜそうなったのか、今までの流れと周辺の情勢も含めて知りたいんだ」

 俺が顔を離すと、動きが止まっていたギルが頷いた。

「・・・分かりました、知っている事は全部話します。それと、辺境伯家の武官に知り合いがいるので、なにか聞き出せるかもしれません」

「無理をして深入りしなくていい、辺境伯爵家の者なら知っている、そんな程度の話でいい」

「分かりました」

 ギルの答えに満足すると、革袋の財布から銀貨5枚を取り出した。

「今夜の食事と、知り合いと話すときの軍資金に使え」

 驚くギルに銀貨を渡すと

「明日の昼前にな」

 そう言って俺達はギルの自宅を後にした。



 翌日、宿に来たギルに知り合いとの交渉の結果を話すと、ギルは涙を堪えながら頭を下げた。

 その後、一緒に1階の食堂で昼食を摂った後、俺達の馬車でギルの自宅に細君と娘を迎えに行き、着替えなどの身の回りの品と共に2人を乗せると中央街区を目指した。

 向かった先はレスティの店、ではなくその裏手にある空き家だった。

 以前住んでいた職人が、老齢と跡継ぎがいないことを理由に店をたたんで郊外に引っ込む事になったとき、レスティに建物の管理を委ねていた。職人夫婦は充分な蓄えがあって店に戻るつもりも無いらしく、レスティに

『好きに使って貰って構わない、10年経って戻らなかったら売り飛ばしていい、その代金は管理費として取っておいてくれ』

 と言い残したそうだ。

 レスティとしては面倒に思ったそうだが、それなりに親しく付き合っていたので断ることが出来ずに鍵を受け取ったが、それ以来鍵に触ってもいないらしい。

 俺達が乗った馬車が着くと、ウルスラとハーフエルフの子供が待っていた。

「お待ちしておりました、旦那様」

 馬車から降りた俺に向かってウルスラが丁寧に頭を下げた。

「ご苦労、部屋の準備はできているな?」

「はい、今朝からアベルさんとペトロさんが来てくださって、お掃除を手伝っていただきましたので終わっております」

「そうか、あの2人はよく働いたか?」

 俺が冗談めかして言うと、ウルスラは口元を手で隠して小さく笑った。

「ふふ。はい、とても助かりました」

「では、後で褒めておくか。お前の仕事が増えてしまうが、良く面倒をみてやってくれ」

「はい、旦那様」

 俺とウルスラが話して居る間に、セルディカが馬車から荷物を下ろして中に運び込み、その後から細君を抱きかかえたギルとその足元を娘がちょこちょこと歩いて入っていった。中にはアッペルが待っていて、3人を1階の奥へ案内していった。

 ギルの足元を歩いていた娘にハーフエルフの子供が興味を持ったらしく、家の中に入る姿を目で追いかけていて、娘も中に入るまでずっとハーフエルフの子供を気にしていた。

 俺がそのことに気が付くと、ウルスラも気が付いていた。

「同い年ぐらいの子供と接したことがありませんので、良い機会かもしれません」

「そうだな、お前に余裕があるなら遊ばせるのは構わないよ、後でギルに一言言っておく」

「はい、ありがとうございます、旦那様」

「ところで、レスティは何か言っていなかったか?」

 俺が声を落として聞くと、ウルスラはまた口元を隠しながら

「ふふっ。目立たないようにして欲しいと言われただけです」

「一応、レスティの使用人を借りている事にしてあるが、気になるか」

「面倒事はお嫌いだそうです」

「好きな奴はいないと思うが。まぁできるだけ気を付けてくれ」

「はい、旦那様」

 ウルスラの笑顔は慎ましくも華やかだった。


 少し居づらくなった俺はウルスラに一声かけて家の中へと入った。

 家の間取りは1階に小さな作業場と居間、食堂、キッチン、トイレ、浴室があり、2階は大きめの部屋が一つに小さめの部屋が二つ、そして物置があった。

 1階の一番奥になる居間はそれほど大きくは無いが庭に面していて、小さなテラスに出られるようになっていた。庭には井戸とポプラよりも細くて高い木が植えられていた。

 いくぶん埃にまみれたペッターがやって来て

「居間にベッドを置いて、奥さんと娘さんの寝室にしました、庭に面していて日当たりも良さそうです。ギルのベッドは作業場に置きました」

 説明を聞いていると、今度はいくぶん不満そうな顔をしたギルがやって来た。

「どうした?」

 俺が何かいいたそうなギルに訪ねると

「妻の寝室は2階の方が安全なので変えて貰えないかと思って」

 騎士らしい意見だ、と思いつつペッターに視線を送ると

「確かにそうだが、それよりもトイレと浴室に近い方が奥さんには良い。わざわざ1階で作った料理を2階に運んだり、娘さんがあの階段を行ったり来たりするものどうかと思うがな」

 ペッターがそう言いながら顎で示した階段は、段の幅が狭く急だった。

「1階でも庭に面しているから日当たりは申し分ないし、花でも咲いていれば気晴らしになると思うがどうだい?」

 ペッターが続けて言うとギルは黙ってしまった。そこへ俺がとどめを刺してやることにした。

「2階は俺達が使う予定でいる」

 ギルはハッとした顔になった後、黙ったまま頷いた。

「庭は高い壁に囲まれているし、玄関に一番近い場所にお前が寝ているんだ、この家は安全だよ」

「元は作業場ですが」

「不満なら奥さんと同じ部屋にしてもいいぞ。ただし、帰りが遅くなったときに寝ている奥さんと子供を起こしてしまうかもしれないが、それでもいいか?」

「そのままでいいです」

 俺とペッターがニヤリと笑うと、ギルもバツが悪そうに笑った。

「あっちの部屋は、残った荷物を引き上げたら引き払うんだな?」

「はい、家賃は3ヶ月分を前払いで、この間払ったばかりなんです。後2ヶ月も残っているので、もったいないことをしました」

 ギルが肩をすくめて言うのを聞いて、ふと思い付いた。

「ここの家賃は必要ないからそれで相殺でいいだろう。荷物を引き上げたら、鍵を預かるぞ」

 俺がそう言うと、ギルはそう言う事ですねと言わんばかりに淀みなく答えた。

「分かりました、今日中に引き上げてお渡しします。それから昨日頼まれた件ですが」

「ん?」

「あの後、いきつけの酒場に顔を出してみたらいまして、明日会うことになりました」

「話していた武官か、仕事が早いな」

「あちらから誘ってきたのです。聞いて欲しいことがあるそうです」

「時間と場所は?」

 その時、今日からこの家に住むことを理解した娘が走ってきてギルに飛びついた。喜びの余り興奮していて離れそうになかった。

「その話は後にしよう」

 俺がそう言うと、ギルは了解して娘を抱き上げて細君の部屋へ移動していった。

「引き込んだのは正解でしたね、大尉殿」

「ああ、これで師団が動く方向が決められるだろう」

 一番重要な任務の取っかかりをようやく掴むことが出来たし、辺境伯爵家の城館からほど近い街中に拠点を確保する事もできた。

(任務は順調に推移している、結構な事じゃないか)

「ペッター、今夜は一杯やろう」

「はい、 大尉殿!」

 ペッターの返事を聞きながら、俺は自分に言い聞かせた。

 一杯だけだぞ、いいな?


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