50 独り者
ルアブロン市街地 「白鈴亭」
潜入班「狐」 フィルカザーム大尉
宿に戻った俺は、アッペルからギルという冒険者のことを聞き出した。
アッペルによると、元は何処かの貴族家に仕えていた騎士で、代替わりした当主と考えが合わず騎士爵を返上して浪人した後、このルアブロンで冒険者として活動するようになった、と語っていたそうだ。
ギルは剣の遣い手で教えるのも上手かった。冒険者としてのレベルはCランクで中堅どころだが、本当ならBランクの実力があるのではないかと言われていて、いくつかの冒険者パーティからメンバーに誘われたこともあるが、正式にパーティを組んだりメンバーになったことはなく、依頼によって他の冒険者と共同で仕事をしたり、冒険者パーティに助っ人として臨時に加わる以外は単独で冒険者ギルドからの依頼をこなして報酬を得ている“独り者”と呼ばれるやり方で仕事をしているらしい。独り者を続ける理由は、病身の妻とまだ小さな娘がいるので、その世話をするためだとギル本人は言っていたそうだ。
「単独で活動する冒険者というのは珍しいのか?」
「珍しいという訳ではありませんが、まずパーティを組んだ方が生存率が上がります。生きて帰れることができればランクを上げられる可能性も上がります。ランクが上がれば難易度が高い依頼を受けることができますので、成功すれば高額の報酬が手に入ります」
ちなみに冒険者のランクはAからFまであり、ランクによって受けられる依頼の難易度が決まっているそうだ。難易度が高ければ報酬も高いが危険度も高くなるのは道理だ。
「なるほどな。腕が良いのに単独でやってるのは家族のため、か」
「はい、そう言っていました。ですから、たまに甘い物を家族への土産に持たせていたのですが、その時の喜ぶ表情を見る限り嘘ではないと思っています」
アッペルは俺の目をしっかり見ながら答えた。
「ふむ」
俺は腕を組んで考え込んだ。そして、隣室にいるモールハウプトとペッターを呼んだ。
2人に先程の出来事を説明すると、モールハウプトが若干眉を寄せた。
「それはやっかいですね、一旦街を出ますか?」
「いや、仲間に引き込もうかと考えている」
「本気ですか? 増やすのが早すぎませんか?」
モールハウプトが続けた。ペッターも否定的な表情だ。
「この街に家族と住んでいるらしい、病気がちの奥さんと小さな娘の3人暮らしだそうだ」
俺がそう言うと、モールハウプトとペッターは黙ったまま浅く頷いた。
「担保があるなら、いいかもしれませんね」
モールハウプトの言葉にアッペルが反応した。明らかに「担保」がギルの家族の事だと分ったからだ。
「裏切りに対する担保だよ」
俺が短く説明すると、アッペルは頷いた。
そこへ、ドアがノックされた。1回、2回、1回。
「入れ」
俺が応えると、ドアが静かに開いてセルディカが一礼して入ってきた。俺達の輪の外で止まると、感情を表さない目を俺に向けながら低い声で話し始めた。
「旦那様、ご報告がございます」
「どうした?」
「旦那様を探している冒険者風の男がおりました」
「なに、 俺を?」
「はい。ノルヴァイク帝国から来たゾラードと言う商人が泊まっている宿を探していました。お心当たりがおありですか」
セルディカは低い声で知り得た情報を報告し、俺の反応を待っていた。
「ああ、その事で話し合っていたところだ」
「左様でございましたか。お言いつけくだされば私が処理致しますが、如何なさいますか」
セルディカの言葉にアッペルがぎょっとした顔で俺を凝視する。
「ああ、その時は頼むかも知れない。しかし、今のところ俺達の仲間に引き込もうかと考えているんだ。ところで道具は手に入ったのか?」
俺の返答にセルディカは一礼した。
「はい、望む物を用意できました、後ほど代金の残りをお返しいたします。それではご命令を頂いた時に、生きたままこちらのお部屋にお連れすればよろしいでしょうか」
「そうだ。明日、誘いを掛けてみよう」
俺は4人に考えていた計画を話すことにした。
次の日の昼過ぎ、俺は部屋でギルを尋問することになった。
改めて見るギルと言う男は30代半ばで筋肉質ではあるが、力任せに獲物を振り回すタイプではなく、しなやかな動きを連想させる体格の男だった。
力に任せて行動するようにも見えず、騎士、つまり将校としての知性も持っているように見えた。今は両手を後ろで縛られたまま椅子に腰掛けた状態で縛り付けられて囲んでいる俺達を見上げていた。
「アッペル、お前が言っていた冒険者のギルという男で間違いないか」
「はい、ゾラード様」
「やっぱりアッペルだったのか、俺が間違えるはずはないんだ。心配してたのにこれはどういうことだ?」
ギルは俺とアッペルのやり取りを聞いてアッペルに噛みついた。
「言っただろ、今は俺に雇われているって」
「ふん、あんたが胡散臭かったからあの場は引いたのさ。商人には見えなかったからな」
「ほう、では何だと思ったんだ?」
「こうして見ると、どこかの密偵か?」
「そうか、密偵に見えるか・・。では、死んで貰おうか」
俺がそう言ってギルの真後ろに立っているセルディカに視線を向けた。セルディカの手には細身の刃物が握られていて、その切っ先はギルの背中に7向けられていた。
名前だけは知っていた “白鈴亭” を覗いてみると、1階にある食堂でひとりエールを飲んでいたアッペルを見つけた。席を立ち、そのまま階段を上がっていくので後をつけて3階まで付いて行ったところ、いつの間にか後ろにいた老人に何かを突き付けられて、有無を言わさず部屋の中に案内された。
ギルは、自分の後ろに立つこの老人が一番危険であることを肌で理解していた。おそらく刺突系の武器を背中に突き付けられたまま、剣を含めた持ち物を取り上げられたと思うと、恐ろしいぐらいの手際の良さで両手を後ろで縛られてしまった。
(これはマズい奴に捕まったぞ。こいつは邪魔者を消すのに慣れている)
そう思っていると主と覚しき男と従者らしき男が現れて尋問が始まったのだが、この主も曲者だった。
この男が命じれば、後ろにいる奴が俺を殺す。
「ま、待て、待ってくれ、家族がいるんだ、病気の妻と4歳の娘だ。俺が死んだら2人とも生きていけない」
ギルが焦ったように命乞いをしてきた。
「よくある話だな。それが本当だとしてもお前が少し先に行くだけだ、すぐに家族も追いつくだろう、安心しろ」
「いや、待ってくれ、本当なんだ。アッペル頼む助けてくれ」
ギルはアッペルに向かってすがるように言葉を向けた。
「アッペル、こいつの家族とやらに会ったことはあるのか?」
「いえ、ありません」
「だろうな。おい、聞こえたか? お前が心配していた友人は、お前の家族を知らないそうだ」
「いや、確かに会わせたことはないが、本当なんだよ信じてくれ」
ギルは事態が非常によろしくない方向に向かっている事に焦りを募らせていた。
「あんたらの事は誰にも言わない、アッペルにも近付かないよ。頼むから命だけは助けてくれ」
ギルの口調が哀願に近くなってきたのを確認すると、俺はアッペルに視線を向けた。するとアッペルが頷いて
「ゾラード様、彼と話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「どうするつもりだ?」
「彼は腕が立ちます、役に立つこともあるかと」
「裏切るんじゃないのか?」
俺は猜疑心をむき出しにしてアッペルの言葉を封じようとした。
「約束は守る、あんたらを売ったりはしない、誓うよ」
垣間見えたかすかな光明にギルがすがり付く。
「分った。チャンスをやろう」
俺はモールハウプトとペッター、セルディカに合図すると、壁際に下がってアッペルとギルだけの空間を作ってやった。
アッペルが小声で何事かを話し、それに対してギルが尋ねているか答えているかするのを何度か繰り返すと、ギルが深く頷くことで話は終わった。
アッペルがこちらを向き
「ゾラード様、終わりました」
俺が頷いて近付くと
「我々の仲間になると誓うそうです。裏切った際は家族共々好きにしてくれて構わないと」
「では、誓いを立てる前に家族とご対面といこうじゃないか。本当に居るのかどうかも含めてな」
俺がそう言うと、ギルは俺に向いて顔をしかめた。
「仮にも元騎士だ、嘘に基づいて誓ったりしない」
「俺がそれをこの目で確認できたら、お前の誓いを受け入れやすいと思うがどうだ?」
俺がそう言うと、ギルは渋々といった様子で頷いた。
俺とペッター、アッペル、ギル、セルディカの5人は、宿を出て西街区へと向かった。
ルアブロンはデイルト川の河口近くにできた三角州を中心にできあがった街で、俺達が最初に入ったのは辺境伯爵家の屋敷を初めとした官庁やギルド、大規模商会が集まる中央街区で、西街区は住居や小規模な商会が集まった居住地区、東街区は造船所や工房が集まった工業地区になっていた。
ギルの住まいは西街区の東の外れ、中央街区との境となる川に面した一画に建つ古びた二階建ての石造りの家、その1階がギルの自宅だった。
裏通りからまた入った裏通りで、同じような造りの家がひしめくように建ち並ぶそこは日当たりも悪く、川のそばということもあって湿気が多くじめじめしていた。
「ここだ」
扉の前に立ったギルは短く説明した。
「・・ギル、君は冒険者としての稼ぎは悪くないと思っていたんだが・・」
「稼いだ金の殆どは、妻の薬代に消えてしまうんだ。ここなら家賃も含めてなんとかやっていける」
(病人がこんなところに住んでいて、良くなる訳がないだろう・・)
特に医療の知識が無い俺でもそう思う環境だったが、俯き加減のギルの表情を窺うにギル本人も分っている事のようだった。
「ギル」
俺が呼ぶとギルは顔を上げた。
「このペトロは医療の知識がある、奥さんの容態を診させるぞ、いいな?」
俺の言葉にギルは一瞬戸惑って
「本当か?」
「ああ、一番得意なのは外科だが、内科もそこそこ知識はある」
ペッターが答えた。
「ゲカ? ナイカ? それはどう言う意味だ?」
初めて聞く言葉にギルの顔が一気に曇った。
「外科ってのは切り傷などの外傷の事だ、内科ってのは身体の中の病気の事を指す専門用語だ」
「そ、そうか。それなら妻はナイカということだな」
俺が苦笑いしながら言うと、ギルはたどたどしく頷いた。
「その通りだよ。ペトロは本職の医者じゃないが、どんな病気か見当を付けることはできる、見当が付けば専門の医者を紹介することもできるかもしれない」
「ああ、分った。では、入ってくれ」
そう言うとギルは、ベルトにさげた革製の小物入れから鍵を取り出して扉を開けた。
ついに50話になりました、引続き頑張りまーす。




