5 連絡線
事務室に入ると、奥に置かれていた長机の上が綺麗に片付けられて、右側にテッタウ少佐とシュラーガー少佐が腰掛け、左側には見知らぬ将校が2名腰掛けていた。私が入ってきたことに気がついたテッタウ少佐が立ち上がった。
「ブリンクマン中佐殿、こちらへどうぞ。」
そう言って長机の端に置かれた椅子へ促してきた。私がいわゆる議長席に着くと全員が起立した。
「中佐殿、現在この補給処に軍司令部から派遣されている部隊の指揮官を紹介します。」
テッタウ少佐がそう言って、将校達の官職氏名を紹介し始めた。
「第7軍司令部直轄独立第243工兵連隊第6中隊長、ラスナー中尉。」カツン!
「同じく独立第716重工兵連隊重機材分遣隊長、マールマン中尉。」カツン!
この二人の部隊が補給処の拡張工事のために派遣されていた部隊の指揮官らしい。
(さて、二人とも承知してくれるといいのだが・・。)
「以上であります。両部隊ともに第91歩兵師団の指揮下に入ります。」
「 もう話は済んでいるのですか?」
少し驚いてテッタウ少佐に確認すると
「はい、済ませておきました。」
テッタウ少佐が意味ありげな顔で報告する。改めて二人の中尉を見やると、緊張した面持ちで私に注目していた。
「「よろしくお願い致します中佐殿。」」
声を合わせて申告してきた。
「了解した、貴官らの決断に感謝する。」
頷く二人の顔は相変わらず緊張が取れない。一瞬、ラスナー中尉の視線が泳いだその時、私は理解した。二人の対面にはシュラーガー少佐がいるのだ。
(蛇に睨まれた蛙だな。)
少し気の毒に思ったが、私の任務が捗るのは良いことだ。必要なら後で個別に話しても良い。私は鞄から命令書を取り出して、ラスナー中尉に手渡した。
「このとおり命令書もある。本件について貴官らに責任が及ぶことはない。」
「承知しました、中佐殿。」
二人で顔を寄せ合って命令書を黙読したあと、ラスナー中尉が答え、マールマン中尉は頷いて同意した。
「これで、ここでの話は終わりですな。」
テッタウ少佐が一息ついて話し始めた。
「中佐殿、取り急ぎここにいる部隊と集積されている物資の概算をメモにしておきました。師団司令部に報告する際にお使いください。詳しい内容が必要でしたら管理簿を司令部に持参した方が早いので、言ってください。」
そう言いながら差し出した書類の一枚目には
補給処「蜂の巣箱」
主計班 フルトナー中尉以下36名
補給班 トーマ准尉以下32名
警備隊 ベッカー上級曹長以下34名
整備工場 ヴァインツ技術軍曹以下45名
第1056建設中隊 ツドラレク義勇少尉以下148名
となっていた。「蜂の巣箱」とはこの補給処の秘匿名称だそうだ。
「そこに並んでいる指揮官への説明は私が責任を持ちます。問題ありません。」
テッタウ少佐が微笑みながら言ってきた。完全に掌握しているらしい。
「テッタウ少佐、この建設中隊というのは?」
編成表の中に初めて目にする部隊名に困惑を覚え質問すると、
「それは、帝国東部の少数民族からの義勇兵です。戦闘任務は禁止されていまして、建設作業専門部隊です。」
との答えだった。確かに帝国の東部には異なる民族の臣民がいることは知っていたが、義勇兵のことは知らなかった。
「義勇兵なのに建設作業専門なのですか、なにか問題でも?」
「戦闘任務には就かないという条件で募集した連中なんです。戦闘任務は契約違反になるんですよ。」
テッタウ少佐が何とも言いがたい表情で続けた。
「中央では帝国への忠誠に疑問があると考えているようですが、私としては信頼に足ると思っています。彼らは帝国、皇帝陛下への忠誠を証明する機会を欲しています。」
「なるほど。」
それなら、建設作業以外のことをさせても良いかもしれない。私はこの建設中隊について後で師団長閣下と相談することにした。
「失礼ですが、中佐殿は彼らに対して何か思ってらっしゃることがおありですか?」
テッタウ少佐が何か探るような表情をして質問してきた。この男は言葉以外でも伝えようとする仕草が上手い。
「いや、特にありません。肌の色や文化が違う人々がこの世の中には居る、と言うことは理解しています。そして文化というものはお互いに尊重し合うべきものです。」
「そうですか、それは私もそう思っておりまして、中佐殿がそのようなお考えの方であると知って安心しました。・・実はお話しておきたいことがありまして。」
なんだろう、この言い回しは。そう思いながらテッタウ少佐を促した。
「なんですか、 テッタウ少佐?」
少佐はほんの少し言い淀んだあと、意を決したように口を開いた。
「実は、ここの整備工場で共和国人を使っておりまして、彼らの身分を保障して頂きたいのです。」
「・・・・・・。」
さすがに絶句してしまった。敵国人を補給拠点で使っているとは。もし第五列だったらどういうことになるのか、この少佐なら分かっているはずだ。
(そうだ、なにか理由があるのだろう。それを聞いてから考えた方がいい。)
「なにか理由があると思いますが。」
「南大陸で共和国軍の軍属として雇われた連中なんです。ここで整備の補助や荷下ろしなどの雑務に使われていたそうで。それでここを奪取したときに、捕虜ではなく義勇兵としてここに置いてくれと頼まれましてね。」
首をかしげて頭をかいて困ったような仕草をしながら、あまり困っていないような顔をしたテッタウ少佐が説明している。確かに共和国は南大陸に植民地を持ち、現地人を差別的な扱いをしているのは知っている。そしてこの戦争に動員していることも。それに比べて我が帝国は異民族を取り込みながら版図を拡大した歴史であるが故に、そういった異文化への偏見は少ない。
「なるほど、分かりました。しかし、その件は保留させていただきたい。師団長閣下の判断を仰ぎたいと思います。ただ決して粗略に扱わないことだけはお約束します。」
私がそう言うとテッタウ少佐は安堵した様子で礼を言った。
「ありがとうございます、中佐殿。」
「それで、人数はどのくらいいるのですか? 」
「この整備工場45名のうち30名がそうでして、他にも120名ばかり。」
「150名、ですか・・。」
私が眼を見開いてテッタウ少佐を見ると、横にいたシュラーガー少佐が小さく吹き出して顔を背けた。シュラーガー少佐は知っていたらしい。ラスナー中尉とマールマン中尉を見ると、眼の視点が消えていた。知らなかったらしい。話の流れ次第では150名の敵国人を、黙って指揮下に入れようとしていたテッタウ少佐に対して、私が沈黙で抗議し、テッタウ少佐が視線を逸らす、という攻防を続けていると、体制を整えたシュラーガー少佐がこちらを向いた。
「彼ら補助員の働きは賞賛されるに値します、中佐殿。」
だが目つきに冷たさは無いし、歯を食いしばっているように見えるのは笑いを堪えているからだと思われた。
「自分の大隊が定数を満たしているのは彼らの働きによるところ大であります。」
シュラーガー少佐の口調が元の調子に戻ってきていた。そんなシュラーガー少佐の援護射撃を察知したテッタウ少佐が手元の書類を1枚差し出してきた。
「これが第100装甲大隊の装備一覧なんですが、第1中隊が共和国軍のS型戦車、第2中隊がH型で編成されてまして、この第3中隊、自走砲中隊の75ミリ自走砲はここの整備工場でH型戦車を改造して作ったんですよ。」
商品を売り込むセールスマンのようなテッタウ少佐の言葉に思わず反応してしまう。
「ここでですか?」
「ええ、H型戦車の砲塔を外して、代わりに共和国軍の75ミリ野砲を載せて、装甲板で囲った自走砲です。試験運用は良好、乗員の評価も良かったので9輛作成して1個中隊編成しました。」
「なるほど。」
「この75ミリ砲が優れものでして、弾道の低伸性が良好なので対戦車戦闘やトーチカへの直接射撃も可能です。」
テッタウ少佐の売り込みは熱が入ってきた。
「整備工場の連中は、今や得がたい技術者なのです。その他の連中もここのことは知り尽くしています。保管場所が広くて大量の物資を扱っていますから、作業の効率は無視できません。この補給処は現在、最高の状態にあるのです、中佐殿。」
それを台無しにするおつもりですか? と言わんばかりの顔をしてテッタウ少佐の売り込みは終わった。
「分かりました。彼らの身分については私が責任を持って師団長閣下に掛け合います。我が軍の軍属、それでよろしいですね?」
「はっ、中佐殿!」
勝ち誇ったテッタウ少佐に、苦笑いの私とその様を見て微笑むシュラーガー少佐。そして視点が消えたままの二人の中尉。後は机で笑いを堪えている主計班の面々がいた。
「では、こちらが補給処の正しい編成表です。」
そう言ってテッタウ少佐が差し出した書類には
補給処「蜂の巣箱」
主計班 フルトナー中尉以下36名
補給班 トーマ准尉以下42名
警備隊 ベッカー上級曹長以下64名
整備工場 ヴァインツ技術軍曹以下55名
作業隊 クローネ曹長以下128名
第1056建設中隊 ツドラレク少尉以下148名
となっていた。明らかに人員が増加していることに触れるのはやめておいた。
「再確認した結果、これが正確な人員となります、中佐殿。」
テッタウ少佐が顔色ひとつ変えずに申告してきた。作業隊の指揮官は主計班の曹長を兼務させたらしい。
続いてシュラーガー少佐が編成表を差し出してきた。
「こちらが第100装甲大隊の編成表であります。」
第100装甲大隊
大隊本部 本部小隊 S型戦車改造指揮戦車2輌、S型戦車1輛
通信小隊 H型戦車改造装甲無線車3輌
対空小隊 H型戦車改造25ミリ対空自走砲3輌
操縦訓練小隊
整備小隊
第1中隊 本部小隊 S型戦車改造指揮戦車2輌
弾薬小隊 R型輸送用装甲トラクター3輛
第1小隊 S型戦車4輌
第2小隊 同上
第3小隊 同上
第2中隊 本部小隊 H型戦車改造指揮戦車2輌
弾薬小隊 R型輸送用装甲トラクター3輛
第1小隊 H型戦車4輌
第2小隊 同上
第3小隊 同上
第3中隊 本部小隊 H型戦車改造指揮戦車2輛
弾薬小隊 R型輸送用装甲トラクター3輛
第1小隊 H型戦車改造75ミリ自走砲3輌
第2小隊 同上
第3小隊 同上
「これは、シュラーガー少佐が?」
「そのとおりであります、中佐殿。小隊長以上の将校は後ほど紹介します。」
第100装甲大隊は、本国でもお目にかかれない贅沢な編成になっていた。全隊が装甲化された履帯車輌で編成されている部隊など、陸軍大学の講義で未来の機械化部隊像として聞いたことがあるだけだ。
「機械化歩兵があれば小さな戦闘団ですね。」
私がそう言うと
「仰るとおりです、中佐殿。」
我が意を得たり。そういう笑顔でシュラーガー少佐が応じた。
「他にも四輪駆動の装甲偵察車がありまして、偵察小隊も編成予定だったのですが、現段階では人員が足りず延期しています。現在行っている訓練が終了次第、装甲偵察車6輛編成の偵察小隊を大隊本部に加えます。」
「なるほど、了解しました。」
そう言いながら私は半ば呆れていた。この編成表を見たとき、共和国軍が存在しないであろうこの世界でここまでの装甲兵力が必要かははっきり言って疑問だからだ。動かせば燃料の消費量は装輪車輌の比ではない。燃料は今あるだけで品切れなのだ。
(共和国軍がいないと決まった訳でもない。確認ができた段階で削減するか、装輪車輌に切り替えればいいだろう。)
そう考えたところで、この件については保留することにした。
「ところで中佐殿、付近にいる部隊の捜索について意見具申があります。」
シュラーガー少佐が直立不動を取った。
「なにか?」
「以後の捜索は、先ほどお話しした装甲偵察車を使ってはどうでしょうか。攻撃も防御もできますし、機動力もサイドカーより優れています。共和国軍の無線機を搭載しておりますので、連絡についても問題ありません。中佐殿は今後もこちらで集結する部隊への対応もありますので、命令を頂ければ捜索については小官が指揮を執り継続しますが。」
私はすぐに了解して、シュラーガー少佐に私に代わって付近に存在する部隊を捜索し、この補給処へ誘導するよう命じた。私にはやることがあるし、部隊を動かすのはシュラーガー少佐の方が適任だろう。
シュラーガー少佐は命令を受けると、踵を打ち合わせて直ちに退出して行った。
軍司令部から派遣されていた工兵部隊の編成表も受け取った。工兵中隊は機械化されていて人員も定数、一般的な工具の他にトレーラー積載の発電機と削岩機、電動鋸を保有していた。重工兵連隊の分遣隊は、輸送用トレーラー付のブルドーザー6台と油圧ショベル4台、ダンプ5台を保有していて、工兵中隊と合わせれば相当の作業量を処理できるとのことだった。
そこで、先ほど無線で受けた「連絡線の確保」についてテッタウ少佐に話すと、距離は約5キロと判明しているので、正確な方位と建設する道路の幅が決まればそれほど日数はかからないだろう、との回答だった。ならば早いほうがいい。ラスナー中尉、マールマン中尉とも図って直ちに作業に着手することにした。ラスナー中尉と工兵中隊の測量班が「猪2」を使って「城館」までの距離と方位の計測作業を始めることとし、マールマン中尉が小隊長や分隊長を集めて道路の規格と建設方法について話し合うことになった。
使っていた長机をラスナー中尉達と呼ばれてやってきた小隊長達に譲り、私達はテッタウ少佐の自席近くに移動した。
「中佐殿、そろそろ昼食にしませんか。」
テッタウ少佐に言われて腕時計を見ると、針は12時半を回っていた。
「そうですね。我々がここに着いたのが8時ころでしたか。早いのか遅いのか。」
「全くですよ、やることが有りすぎます。」
そう言いながら、テッタウ少佐が私のコーヒーカップにコーヒーを注いでいると、従兵が昼食を載せた皿を運んできた。
「急でしたので簡単なもので。」
「かまいません。」
「偵察隊の方にも配食させていますので。」
「ありがとうございます。」
運ばれてきたのは、薄く切った黒パンに厚く塗られたバター、茹でたソーセージが1本とジャガイモと卵が1個ずつだった。戦線後方にいる部隊としては標準と言って良い昼食を済ませ、コーヒーを飲んでいると、テッタウ少佐の後ろに立てかけられている物に気がついた。私が注視していることに気がついたテッタウ少佐が口元を拭きながら、立ち上がった。
「ここの周囲を確認させた時に兵が拾ってきたんです。これを見て、もしかして違う世界に、と思ったんですよ。」
そう言いながら取り出して見せてきたのは、長さ1.8メートルほどの大剣だった。あの戦斧と同じ黒色の光沢がある金属でできており、柄に同じような模様が刻印されていた。
「こんな物が有ること自体がどうかしてますからね。どうかしましたか、中佐殿?」
剣を見つめたまま黙っている私にテッタウ少佐が話しかけてきた。
「実は、師団司令部の近くでこれと同じ素材でできた戦斧を拾いました。」
「戦斧、ですか。」
「ええ、長さは2メートル超えで、これと同じような刻印が入っています。」
テッタウ少佐が眉をしかめ大剣を見つめる。
「なにか繋がりがあるんでしょうか。」
「もしかしたら対になっているのかも知れませんね。」
「なるほど・・。お持ちになりますか?」
「ええ、よろしければ司令部で比べてみたいのです。」
「分かりました、お戻りになるときに持っていってください。他にも剣や槍、盾を回収して保管してあるんです。あと、これもです。」
そう言ってテッタウ少佐は机の引き出しから鉱石を取り出した。
「中佐殿はこの石についてどう思われますか?」
「全くわかりません。中に何か入っているように見えますが、堅くて割れそうにありません。部下の下士官は卵か臓器では、と言っていましたが、しっくりきません。」
「うーん、卵ねぇ。」
テッタウ少佐は手に持った鉱石を見つめながら唸っていた。
「この世界の現地人と接触できれば、色々と情報を集められるのですが。」
私がそう言うと、テッタウ少佐は無言で頷いて同意した。
「これも沢山拾って保管してあります。作業隊の連中が珍しがって拾ってきましてね。どんな物か分からないので、まとめて倉庫に入れてあります。これもお持ちになりますか?」
「いえ、これは結構です。司令部の周りにも有りますので。ただ、何かには使えそうですね。」
「まぁ、骨と一緒に落ちているところを見ると、何かこう力の源のような物かもしれませんなぁ。あの骨になっている生き物を動かす力、そんな気がします。」
「なるほど、そうですね。それはしっくりきますね。」
私がそう言うと、テッタウ少佐は満足げにニヤリと笑った。その時、従兵が使っている机上に置かれていた電話がクルルルと音をたてた。従兵が受話器を取り、二言三言言葉を交わして電話を切るとこちらを向いて来客を告げた。
「歩哨からです、フレンツェル少佐殿が到着されたそうです。」