49 冒険者
ルアブロン市街地
潜入班「狐」 フィルカザーム大尉
子供とウルスラをレスティに預け、俺達の拠点である宿にセルディカが加わった。
俺は宿の親父に頼み込んでベッドを一つ増やして貰った。セルディカのベッドだったが、当の本人は恐縮というよりも困惑気味だった。それでも、これが俺の流儀だ。と言うと礼を言ってベッドを使い始めた。
翌日から俺のチームは調査活動を再開した。
セルディカは朝食を済ませるとレスティの店へ行き、買い出しやちょっとした力仕事を済ませると宿に戻り、その後は俺達と行動した。
俺はセルディカを加えて6人になった潜入班を、留守番の1人とサリエを除いた4人を、二手に別けて活動させることにした。
モールハウプトとペッターが交代で留守番をやる以外は不規則に組み合わせを決めることにした。それぞれに隔日で休日をいれるので、その時は3人で活動する。
サリエにはレスティを主として辺境伯爵家に関する情報収集を専従でやらせることにした。
師団司令部から命令された調査目的は、
1 兵站の確保を目的として、糧食や機械部品、あわよくば燃料弾薬に使
用若しくは代用できる物資の存在の確認と流通を含めた経済活動を把握
すること。
2 使用言語や教育、社会構造、宗教などの文化水準と、金属加工、建築、
インフラ整備、造船など工業水準を把握すること。
3 オーレンベアク辺境伯爵家とその周辺地域における政治的、軍事的な
勢力の把握とその相互関係について可能な限り詳細な情報を入手すること。
だった。
もちろんこの全てを6人でやりきれる訳がないのは分りきっていたので、まず「1」については、おおよその品目と師団を支えることの可否を報告し、特筆すべき事項は把握した時点で追加報告することにした。
続く「2」の文化水準についてはおおざっぱなところで済ませ、工業については少し掘り下げて情報を集めてから報告するつもりでいた。
そして問題は「3」である。レスティとの繋がりを得たことで、ある程度の辺境伯爵家の情報を得ることはできるようになったが、俺としてはもっと確度の高い情報を手に入れたかった。
(できれば辺境伯爵家の家中に協力者が欲しい・・)
レスティによると、このところオーレンベアク辺境伯爵家の騎士団、つまり軍事部隊がどこかへ移動し、その代わりにザロモン子爵家の騎士団がルアブロンに入ってきていると言う。
「衛士隊はと親衛隊は残っているけど騎士団と張り合うには役不足だから、ザロモン子爵の部下達は好き勝手やってるみたいね。いくら義弟とはいえ、余所の騎士団に領都を預けるなんて聞いたことないわね」
レスティは呆れた様子で言っていた。
ザロモン子爵とは、オーレンベアク辺境伯爵の妹を娶った領地持ちの家臣で、ルアブロンの北にあるカアンという都市を治めていて、領内にいくつかの鉱山を抱えているので財政豊かで羽振りが良いと評判らしい。
(まずは辺境伯家の部隊が何処へ行ったかだな。・・・何処かで辺境伯軍が損害を受けて義弟に援軍を頼んだとしたら、かなりの激戦だったことになる。それなら本拠地であるこの街になにかしら影響が出てもおかしくないはずだが、戦争の類いの話は全く聞こえてこない。この世界で情報統制は簡単、なのか? 伝達は遅いが漏れを防ぐのは難しいように思えるな・・・。)
この世界の辺境伯爵は元いた世界の中世時代のそれとさほど変わりは無く、国家の中枢から遠く離れた辺境を統治するために、独立した徴税や軍事に関する権限を与えられている貴族で、オーレンベアク辺境伯爵家はある程度の外交交渉権も与えられている家柄だと聞いていた。
(それほどの貴族が自分の本拠地を空にして、代わりに義弟とは言え援軍を入れるのはどう考えてもおかしい。オーレンベアク辺境伯は優れた武人であると言う話だし、そんな危険な事をするとは思えんのだが・・・・)
オーレンベアク辺境伯爵に対して義弟のザロモン子爵が堅い忠誠を誓っているのなら問題ないだろうが、もしザロモン子爵が反逆の意思を持っていたら、オーレンベアク辺境伯爵は窮地に陥る。へたをすると爵位を失うかも知れない。
(しかも、辺境伯自身はあの城館に居るという。それなら最低限の兵力は残しておくはずだ。それを警察的な衛士隊と身辺警護の親衛隊だけ残しているというのは、どうにも不自然すぎる・・・。辺境伯家の内部情報だけではなく、国内での立ち位置や周辺貴族との関係も把握しないといかんな)
アッペルと2人、オーレンベアク辺境伯爵家の城館から少し離れた街角で店を出していたワインの屋台に立ち寄り、薄められた安いワインが入った小さな木製のカップを手にして、城館の前庭で翻る辺境伯家とザロモン子爵家の旌旗を見ながら考えていた。
城館の正門には銀色に輝く鎧の上に、黄色と緑色を合わせた羽織を着た兵士が立哨している。
「あれが、親衛隊か?」
「はい、そうです。なんでもオーレンベアク辺境伯爵様が辺境騎士団から直接吟味した騎士を集めた部隊で、一騎当千の強者揃いともっぱらの評判です」
「人数は?」
「30人ぐらい、と聞いたことがあります」
「少ないな。辺境伯爵と一族の護衛、それに城館の警備としても、もう少しいてもよさそうだが」
「あ、なるほど・・・」
アッペルは元が商人であったために辺境伯爵家の軍事に関心が無く、関連する情報も殆ど持っていなかった。
(辺境伯家の御用商人だったら、軍需品の取引もあるだろうから把握しているんだろうが・・)
「アベル、辺境伯爵家の御用商人を知っているか?」
「は、御用商人ですか ・・。申し訳ありません、存じません」
「そうか・・」
そう言うと俺はカップを屋台の主人に返すと、アッペルを促して歩き出した。
(御用商人を調べて辺境伯家の兵站関係から動向を探ってみるか・・)
歩きながら今後の段取りを考えていると
「おい、アッペル! アッペルじゃないか!」
後ろから大声で声がしたと思うと、右後ろを歩いていたアッペルが立ち止まって振り返るのが気配で分った。
(あ、しまった)
と思いつつ、二三歩歩いてから立ち止まって振り返ると、剣を吊り革製の鎧を着けた大柄な男が振り返ったアッペルに話しかけていた。
「やっぱりそうだ、どこにいたんだ? 心配してたんだぞ?」
男はアッペルを見ると嬉しそうに肩を叩いて会えた事を喜んでいるようだったが、アッペルは明らかに思考が停止して硬直していた。
俺は踵を返すと2人に近寄り
「失礼、私はゾラードと申しまして、ノルヴァイク帝国からやって来た商人でございます。この者は私が滞在している間の案内人として雇ったアベルと言う者です、失礼ですが人違いをなさっておいでのようですが」
俺がそう言うと男は驚いたような顔をして
「なんだって? そんな馬鹿な・・」
「突然声をかけられて驚いてしまい、お返事できずに申し訳ありません。私はリジュリンの街に住むアベルと申します。こちらのゾラード様に案内人として、雇われている者でございます。お探しのアッペル様ではございません」
気を取り直したアッペルが、男の言葉を遮って自己紹介をした。
「あ、いや・・。それは失礼した。最近音信不通になっている友人にあまりにも似ていたのでつい・・・」
男は信じられないという顔のまま、人違いの非礼を詫びた。
「そうでしたか、それは無理もない。そのご友人と再会できることをお祈りしております、それでは、これで」
俺は男に向かって微笑むとアッペルを促してその場を離れた。
振り返らずにいつも通りの歩幅で歩き、人混みの中を縫うようにして進み、幾つかの角を曲がって裏通りに入って後ろを点検すると、尾行されていない事を確認できたので一息ついた。
「あれは誰だ?」
「以前世話になった、ギルと言う冒険者です。剣の使い方と護身術を教えて貰いました。その後も、時々剣の鍛錬を相手して貰ったり、ふたりで酒を飲んだりして付き合いがありました」
「あいつが言っていたとおり、友人か」
「・・はい、そうかもしれません。なんとなく気が合う奴でした・・」
俺の問いかけにアッペルは俯き加減で答えた。
「そうか。しかし、しくじったな」
「すみません、つい振り返ってしまいました。まさか中央街区にいるとは思いませんでした」
「まぁ、仕方あるまい。で、あいつは冒険者なのか?」
「はい、そうです・・・。元は騎士だったと聞いたことがありますが」
「騎士? どこかの貴族に仕えていたのか?」
「はい、何処の家かは言いませんでしたが、当主とそりが合わずに騎士の身分を返上して暇乞いしたと言っていました。本当かどうかは分りませんが」
「そうか。その冒険者というのは、貴族に雇われて戦闘に参加したりするのか?」
「え、ええ。魔物の討伐の時に案内や露払いとして雇われることがあります。ただ冒険者は基本的に単独か、5人ぐらいの小規模なパーティを組んで行動するのに慣れているので、騎士団のような集団に入れたり、冒険者を集めて集団で動かしたり、ということはしないそうです。戦争の時は傭兵や傭兵団を雇うことが一般的で、どうしても足りないときには冒険者を雇うこともあるそうです」
「やけに詳しいな?」
俺が少し驚いた顔をすると、アッペルは頭を掻きながら答えた。
「実はギルからの受け売りなんです」
それを聞いて俺は頷きながら
(元騎士の冒険者か、辺境伯家の軍事関係について何か知っているかもしれないな・・)
アッペルの友人というなら、使えるかも知れない。だがもう少し人物を見極める必要はある。
俺はアッペルを促すと一旦宿へ戻ることにした。




