47 隷属
ルアブロン市街地 ガイファート商会
潜入班「狐」 フィルカザーム大尉
メイドが給仕してくれたお茶(ハーブティーと思われた)を口にしながら待っていると、ガイファートが戻ってきた。
「お待たせしておりますウルスラと子供は湯浴みをさせておりまして、その後に服を着替えてからこちらに参ります」
「お気遣いありがとうございます、ガイファートさん」
正直あの臭いのまま来られては対処しようがなかった。
「これは通常の取引でも行っておりますので、お気になさらずに。それと、ウルスラには母親の形見となる服など多少の手荷物がありますが、持たせてもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
俺の返答にガイファートは安堵したようだった。
「ありがとうございます。母親の最後には付き添わせてやれたのですが、葬儀は極めて簡単に済ませたので、せめて遺品は持たせてやりたかったのです」
「そうでしたか」
奴隷という立場を考えればやむを得ないだろう。そのうえでウルスラの態度を思い出すと、感心するほかなかった。
(諦めている訳でもなく、達観しているのも違うように見えた。希望をまだ持っているのかもしれない。しばらくは俺の手駒として働いて貰うとして、最終的には奴隷からは解放してやればいいな)
そう思いつつも、現地採用の軍属か職員として雇用する事も考えた。
(ガイファートの言うとおりなら、経理で使える人材ということか。それなら物資の調達で重宝するかもしれんな。・・・現地での人材確保は、どこかの勢力から引き抜くよりは奴隷から探すのもありだな)
それを考えるとガイファートと繋がりを持てたのは幸運だった。
「セルディカは別室に入れてありますが、ここに連れてきますか?」
「いえ、私が移動しましょう」
ここは客を接待するための客間だからな、そう思いながら俺が椅子から立ち上がると、ペッターとアッペルが続き、3人揃ってガイファートに従って部屋を出た。
(ついでに俺の下で使える奴も欲しいが・・・。これから会う爺さんが何者かだよな)
ガイファートに案内されて、扉を2つ通り抜けた先にある部屋に案内された。
そこは白い漆喰の壁に囲まれた部屋で、中には椅子がひとつ置かれているだけだった。
(窓がない部屋か、とても綺麗な牢屋だな)
室内にはやけに明るいランプが四方の壁に掛かっていて、室内は思いのほか明るかった。
唯一の家具である椅子には、先程の老爺が座っていた。
「セルディカ、お客様だ」
ガイファートがそう告げると、椅子に腰掛けていた老爺は立ち上がって挨拶してきた。
「セルディカと申します、お客様」
「私はゾラード、ノルヴァイク帝国から来た」
俺が簡単に自己紹介するとセルディカは浅く頷いた後、
「私に何かご用がおありですか」
低い声で、だが淡々とした様子で用件を聞く初老の男、その表情には何も浮かんでいなかった。
(だいたいは目を見れば分るが・・)
犯罪者のようにこちらを窺う目でもなく、未来を悲観して生気を失った目でもなく、ただ冷めたような目で俺をみている。
(・・当主の仇を討って思い残すこともない、のかな?)
そう考えながら、セルディカの問いにを無視して質問した。
「君は貴族家で家令をしていたそうだが、まだ家令として働けるのか?」
「はい、できます」
「君が家令をしていた時の話はガイファートさんから聞いたが、家令になる前の話をするつもりはあるか?」
「身の上は、長くなりますのでご勘弁を」
「そうか、分った。それでは本題に入ろう、実は先程ガイファートさんから買った女と子供の奴隷がいてね、その2人の面倒をみてくれる者を探しているんだ。万が一の時に守ることも含まれるので、君が適任ではないかと思ったんだが、どうかな?」
「ご命令頂ければ最善は尽くします」
変わらず淡々と答えるセルディカを見定めている。
「しかし、見ての通り老いぼれですので、お役に立てるかどうか」
「武勇伝を聞いているんだが、人違いだったかな?」
「・・・油断している者を始末するぐらいなら子供でもできますが」
セルディカの答えに笑みがこぼれた。
「そう謙遜しなくていいよ。まぁ、どうしても檻の中にいたいなら、そう言ってくれ。他を当たるから」
俺がそう言うと、セルディカは黙り込んだ。そして
「分りました。どうぞお使いください」
「よし、決まりだ」
俺はガイファートを振り返った。
「ガイファートさん、彼を含めた3人で金貨3枚、15,000ノアルでどうですか?」
「・・・分りました。金貨3枚でお売り致します。他に何かご希望はありませんか?」
「そうですね、セルディカに湯浴みと合わせて散髪をお願いできませんか。それと多少なりとも家令に見えるような服と靴もお願いしたいのです」
「それでしたらお安いご用です」
俺とセルディカのやり取りを黙って見守っていたガイファートは即答し、取引は成立した。
セルディカは湯浴みを断ったが、俺が命じると一言答えて大人しく連れて行かれた。
俺達3人とガイファートは元いた客間に戻った。
4人揃ってテーブルに着くと、メイドが新しいお茶とクッキーのような物を出してくれた。
「しばらく時間がかかりますので、どうぞ召し上がってください」
ガイファートが微笑みながら勧めてくれた。
「南大陸で作られているジャブルという保存食を参考に作った菓子です。お口に合えばいいのですが」
そう言いながらガイファートは自分の前に置かれた小皿からひとつ取って口に入れた。それに倣ってひとつ口に入れてみると、クッキーにしては少し堅いがほんのりと甘みがした。
「現地では小麦粉に水を混ぜて練ったものに、砕いた木の実や茹でた豆などを混ぜて焼くのですが、とても堅いのです。それで色々試した結果、蜂蜜を加えるといくらか柔らかくなるのが分ったので、お茶と一緒につまめる大きさにして焼いてみたのです、いかがですか?」
「初めて食べましたが美味しいですね」
「それはよかった。これを商品として売り出す予定なのですが、もう少し柔らかくならないか改良を続けているところでして」
ガイファートは口の中のクッキーを噛みしめ、味や口当たりを確認しているようだった。
「ガイファートさんはなぜこのような菓子を売り出そうと考えたのですか?」
奴隷商人として確たる地位を築いているようにみえる男が、新たに菓子を商品化しようとしている理由が気になった。
「いやあ、実はウルスラの実家がやっていたことを真似ただけなのですよ」
ガイファートは苦笑いを浮かべながら答えた。
「南大陸から仕入れた穀物を加工して売れば、そのまま売るよりも利益が出る、とウルスラの父親が言っていたと聞きました。実際に父親は南大陸の大麦を使ってエールの醸造所を立ち上げる計画を進めていて、小麦でこの菓子を作る案はウルスラと母親が担当していたそうです」
ウルスラの父親は、商人としての才覚もあり、家庭では良い父親で家族仲も良かったのだろう。悪い奴に目を付けられたばっかりにその全てを奪われてしまったとは。
(ガイファートが肩入れしたくなるのも分らなくはない)
「実現していれば、この街で新たなエールの醸造所と菓子工房ができて、雇用を生むことにもなったでしょうが、全てご破算になってしまいました。後には開発のために集められた職人達が残されてしまって、路頭に迷うところでした」
「ところだった、というと?」
「エール職人には働き口を斡旋して、菓子職人とパン職人は私の自宅の厨房で働いてもらっています。私の家族と商会員の賄い、それと新作菓子の開発をやらせています」
俺はガイファートの話を聞いて、感心したように頷きながら内心では
(こんなまっすぐなお人好しが、あの手段を選ばない悪党に太刀打ちできるのか? お菓子を作っている場合じゃないんじゃないか?)
と心配になっていた。
それからしばらく、新作菓子のいい案がないかとか、こんな商品を考えているとか、ガイファートの話に相づちをうっていたのだが、ようやくメイドが準備が整った3人を連れて来た。
3人とも新しい服と靴を与えられ地味だが清潔な装いになっていた。
ウルスラは白のワンピースに薄茶色のベストのようなものを着ていて、小さなトランクを持っていた。その姿には清楚という言葉しか思い浮かばなかった。
(思っていたとおりだが美しい娘だ)
努めて表情に出さないように気をつけながらセルディカへ視線を移すと、セルディカは黒い長ズボンに白い長袖のシャツ、その上に濃い茶色の丈が長いジャケットを着ていた。加えて俺が注文したとおり、髪がきれいに刈り上げられて短く整えられていて、まるで別人のようだった。持ち物は肩掛け紐が付いた大きめな革の巾着を下げていて、少し居心地が悪そうだった。
子供は紺色のズボンに白い長袖のシャツと薄茶色のベストを着ていて、手ぶらだったが不思議な模様が入った大きめのスカーフかショールのような物を腰に巻いていた。
「子供のことはウルスラにお尋ねください。ほとんど言葉を発することはありませんが、ウルスラの言うことは聞きますので。どうぞよろしくお願い致します」
「分りました。お任せください」
「では、お引き渡し致します」
ガイファートが俺に向かって告げると、3人に、正確にはウルスラとセルディカに向き直った。
「只今をもってお前達の所有者はこちらのゾラードさんとなる、誠心誠意お仕えするのだ。このこと確かに申し渡すぞ」
ガイファートが低い声でそう言うと、2人が声を合わせて応えた。
「承知いたしました、ご主人様。新たなるご主人様であるゾラード様に誠心誠意お仕えすることを誓います」
2人の答えを聞いたガイファートは黙って頷くと、俺に向き直った。
「ゾラード様、隷属魔法はいかが致しますか?」
「隷属魔法、ですか・・個人的に奴隷を所有するのは初めてなもので」
初めて聞く言葉に俺が反応に困っているとガイファートが教えてくれた。
「承知致しました。隷属魔法とは、所有者に奴隷を隷属させる魔法のことです。義務ではありませんが、奴隷に対する所有権を明らかにすることができます。所有者が必要としないのであれば、しなくとも問題ありません。魔法を使う際は500ノアルかかりますが、今回は無料で私が行います」
ガイファートの説明は分かりやすかったが、この隷属魔法を知らなかったのはマズかったかもしれない。ただここはこのまま乗り切るしかなかった。
「ガイファートさん、ありがとうございます。契約魔法は必要ありません」
ガイファートに礼を言ったあとでウルスラとセルディカに向き直ると
「3人ともこれからは俺の下で働いて貰う、よろしく頼む」
「どうぞよろしくお願い致します、ご主人様」
2人は深く頭を下げながら声を揃えて答えた。
頭を下げるウルスラの足元で、あの子供がワンピースの裾を掴んで俺を窺うように見上げていた。




