46 奴隷商人
ルアブロン市街地
ガイファート商会 フィルカザーム大尉
俺は椅子にもたれながらしばし沈黙した後
「私があの子を買っても面倒を見るのが難しいですね」
ガイファートは厳しい顔で頷いた。
「はい、仰るとおりです。ですので一緒に居た女奴隷をお付けします。あの子はあの女奴隷にだけ懐いておりますので、一緒であれば心配ありません」
俺はガイファートの言葉に驚いた。
「ずいぶんと気前の良いことですね、あの女奴隷だけでも値が張るのではありませんか?」
女奴隷はまだ若く、顔立ちも整っていて美しいと言っていいだろう。それに受け答えもしっかりしていたから、しっかりとした教育を受けていると思われた。それなら商品としては高値になるはずだ。
「私は先程、あの子で儲けを出そうとは考えていない、と申し上げましたが訂正致します。私は、この取引で儲けを出そうとは考えていません。大変無理なお願いをしている事は重々承知しておりますので」
(妙な駆け引きは無しで、真っ向からぶつけてきたか。それなら、だらだら話しても意味は無さそうだな)
同時に俺は、この奴隷商人を信じても良い、と確信した。
「もうひとつ、2人の売値を教えて頂きたいのですが」
「子供が3,000ノアル、女奴隷が12,000ノアルです。子供は源人族としての売値です」
ガイファートはゆっくりではあるが即答した。
「女の値段は相場ですか?」
「少し高めにしています。元は小さな商会の跡取り娘でしたので、読み書き計算、帳簿も付けられます。まだ若くて容姿も優れていますし、貴族家で行儀見習いの奉公も済ませていますので、その値段でも買い手が付くと思っています。父親が破産して自死した後、精算しきれなかった債務が残ったので母親と借金奴隷になったのです」
「母親は?」
「5日前に死にました。衰弱してしまって、助かりませんでした」
「ふむ・・・。ずいぶんと肩入れしておられるようですが、何か理由でも?」
高い値段設定にしたのは借金の返済に充てるためでもあるだろうが、容姿だけでなく持っている才能を使ってくれる主人の元へ送り出す為ではないか、そう思えた。
「・・実は父親が破産したのは裏がありました。破産を仕組んだ悪党がいたのです」
「悪党・・ですか」
「はい、あの女奴隷の名はウルスラと言いますが、ウルスラの父親は主に南大陸の産物を扱う商会を経営していました。主に香辛料を扱っていまして、現地に伝手があって安く仕入れて、そこそこの値段で売っていたので評判も良く、商売は順調でした。ところが・・」
その仕入れ先に目を付けたとある奴隷商人がいた。そいつは商売を広げようとしていたのか、ウルスラの父親に香辛料の取引を譲れと要求してきた。父親が断ると要求は強請りに、強請りは脅迫に変わっていったが、真っ当な商人だった父親はあくまで抵抗した。
そのやり取りが始まってからしばらくして、父親が所有する商船が海賊に襲われて、積み荷ごと船を奪われてしまった。他の商人たちから依頼を受けて運んでいた荷も含まれていたので、賠償しなくてはならなくなり、父親は急に多額の借金を背負うことになった。そこに現れたのが件の奴隷商人だった。そいつは他の荷主の賠償請求権を買い取っていたため、父親の借金は奴隷商人に対するものになった。父親は金策に奔走したらしいが、結局は訴訟を起こされ財産は没収、家族は借金奴隷となることが決まった。
父親はその決定に耐えられずに自死、母親とウルスラは競売に掛けられてガイファートが競り落とした。娘に関してはガイファートと奴隷商人が競ったらしい。
「父親の商会は全て奴隷商人の物になりました。そのうえ、あの母娘までもと思うと放っておけなかったのです」
最後にガイファートはそう言って話を終えた。
「なるほど、やっかいな相手に絡まれているときに海賊の被害に遭うとは不運でしたね」
俺がそう言うと、ガイファートが鋭い視線を向けてきた。
「確かに海賊はいますが、そう頻繁に現れるものでもありません。それに海賊対策として、目的地が同じ船と船団を組んで航行するのが普通なのですが、父親の船が襲われた時は、単独で航行していたそうです」
俺は思わず笑みがこぼれた。
「それはまた、不思議なぐらい、と言って良いほどの偶然ですね」
「全くです。父親の船を預かっていた雇われ船長とよく似た男を南大陸の港で見かけた、という話も掴んでいます」
俺の言葉に浅く頷いたガイファートがさらに付け加えた。
「女と酒には不自由していない様子だったそうです」
俺の笑みはさらに深まった。
「それはそれは、人生を楽しむのは良いことです。金さえあれば」
「はい」
ガイファートの答えは短かった。
しばしの沈黙の後
「分りました、あの子供と女奴隷で金貨2枚、10,000ノアルでどうでしょう?」
ガイファートの顔がぱっと明るくなった。
「よろいしいのですか? 金貨1枚でも・・」
「良い商品を買い叩くような真似はしませんよ。ご好意には甘えさせていただきますが」
俺が商人が言いそうな台詞を吐いてみると、ガイファートはぎこちない笑顔で応えた。
「しかし、ガイファートさんはこれからどうするおつもりなんですか?」
俺が投げかけた曖昧な質問にガイファートはほんの少し迷いを見せた後
「分りません。ですが、あの男の横暴を見ているだけで何もしないのは我慢できません。今お話しした手段を問わぬやり方といい、奴隷とは言え人を人とも思わぬ扱いといい、あんな男が商人として私と同じく並んでいるのは許せないのです」
そこで言葉が途切れたので様子を窺っていると
「しかし、相手は貴族の後ろ盾を得たことで、商売を広げていて勢いがあります。私と私の商会だけで立ち向かうのは難しいでしょう。ですが、何かしら出来ることはあると思っています」
「味方はいないのですか?」
「苦々しく思っている同業の者はいますが、それを表に出そうとする者はおりません。相手はごろつき共を雇っていて荒事も厭わない連中です、私も多少の手荒い事は経験しておりますが、法を犯すようなことはできません・・」
俺の質問にガイファートは視線を落とした。
「その、相手となる奴隷商人というのは・・」
「先程、奴隷に鞭打ちをしていた男です。キルケスという商人です」
「やはり・・・」
俺の言葉にガイファートが反応した。
「ご存じでしたか」
「ああ、名前だけです。最近やけに羽振りが良いとか、そんな程度です」
「それをお聞きになったのは、キルケスが鞭を打っている時でしょうか?」
あの老爺と言葉を交わしていたのを見られていたらしい。
「ええ・・。もしかすると私は注目されていましたか?」
「失礼ながら、私は見ておりました。どことなく、戸惑っておられるようにお見受けしましたので」
この商人は信用できるが油断できない。
「いや、恐れ入りました。ガイファートさんが仰るとおり、あの時に近くに居た老人の奴隷に教えて貰いました」
名前と性癖の一部はそれよりも前から知っていたが、そこは説明しきれないので黙っていることにした。
「あれが言葉を交わすのも珍しいのですが、ゾラード様は何か魔法スキルをお持ちですか?」
ガイファートが真顔で聞いてきたので、少し意味深めに否定しておいた。
「いえいえ、私はごく普通の商人、それも立ち上げる準備をしているだけの今は旅人のようなものですよ」
「そうですか。詮索はしないと申し上げましたので、そのお話はこれまでにしましょう。あの奴隷、名前はセルディカと申しまして、さる男爵家の家令を務めていたのですが・・」
なんと、若い愛人ができた奥方が、邪魔になった夫を病死に見せかけて毒殺したのだそうだ。それを察知したあの老人が奥方と愛人を殺害し、それを近隣の領主に報告した事で、王国政府の巡回裁判所のような所で裁かれたという。
「本来なら死罪ですが、奥方の悪事が証明されたことで情状酌量されて終身奴隷の刑に決まったそうです。ただ」
ガイファートが言葉を切ったがその顔には困惑が浮かんでいた。
「奥方と愛人は喉を一筋切られて殺害されていたと記録されているのですが、奥方はともかく、剣士だった愛人の男をあの老人がどうやって殺害したのか、誰も分らないのです」
「・・・・それはまた・・・」
俺はあの老爺の顔を思い出そうとしていたが、うまく思い出せなかった。ただ、鞭で打たれている奴隷を見ながら呟いた声が、ひどく落ち着いていたことだけは覚えていた。
「セルディカも殺害したことは認めましたが、具体的なことは話さないのです。司法審判も殺害した事実がはっきりしていたので、特に手段については問わないまま刑が確定しました。しかし、そのせいで気味が悪いと噂になって、全く買い手が付かない状態が続いているのです」
「その、家令になる前の素性などは分らないのですか?」
「それも話しません。亡くなった当主は知っていたそうですが、今となっては本人が話さない限り・・・」
ガイファートは話を終える合図に少しだけ首を左右に振った。
俺も了解した合図として浅く頷いた。
(剣士ってのがどの程度のものなのかよく分らないが、確かにあの歳で自分より若い奴を一撃で殺せるなら手練れってことだよな。元は殺し屋かな?)
などと考えを巡らせていたが、ひとつ試してみることにした。
「ガイファートさん、子供と女を買う話は進めてください。それと、今話した・・セルディカ・・でしたか、彼と話をしたいのですがいかがでしょう」
「セ、セルディカとですか、それは構いませんが、護衛をお付けしましょう」
「それは必要ありません。本人と話せるようにしていただければ」
「分りました、それでは準備いたしますのでお待ちください。子供とウルスラの方は時間が掛かりますので、お連れ様もお掛けになってお待ちください、お茶をお持ちしますので」
そう言ってガイファートは席を立ち部屋から出て行った。
「た・・ゾラードさん、どうするおつもりなんです?」
後ろから低い声でペッターが尋ねてきた。
「まぁ、2人とも座れ。俺に考えがある」
俺が後ろを振り返って言うと、ペッターとアッペルが左右の椅子に座った。
「まぁ、聞け。ハーフエルフの子供をホワイトエルフが保護対象として受け入れるかどうかはやってみないと分らないが、やってみる価値はある。サリエから例の魔法具職人に渡りを付けて貰って、もし受け入れられれば恩を売ることができる」
そこで言葉を切って左側に座ったアッペルを見ると、大きく頷いた。
「それは大きいです。必ず助けになると思います」
アッペルが低い声で同意した。
「後はあの商人にも恩が売れる。俺は信用で出来ると踏んだがどうだ?」
今度は右側に座ったペッターを見た。
「まぁ、それは同意見です」
ペッターも同意した。
「で、最後の爺さんは?」
ペッターの問いに俺は簡潔に答えた。
「興味本位だよ」




