43 調査
ルアブロン市街地
潜入班「狐」 フィルカザーム大尉
ルアブロンに入った俺達が巣穴に定めた宿は “白鈴亭” という木と漆喰でできた三階建てのこぎれいな宿だった。一階は酒場で食事をすることもできる、二階と三階が客室で五日以上滞在する客は三階と決まっていた。
食事は頼めば別料金で部屋に運んでくれるが、基本は自分達で外食するか部屋に持ち込むかで、自炊は禁止。もし部屋を汚したら別に清掃料金を取られる。
「うちは清潔第一でやっているんでね」
宿の親父はそう言って俺達を上から下まで見た後に
「分かって貰えると思うんだが」
微笑みながらそう言った。
俺達は了承して、とりあえず五日分の料金を支払った。
親父は満面の笑顔で部屋の鍵を渡しながら、トイレは裏にあるから必ずそこを使うこと、寝具の交換と身体を拭うお湯も別料金で用意できると言った後に、最初の一回は無料でやるから言ってくれ、と付け加えた。
俺達は笑顔で礼を言うと荷物を抱えて部屋に上がっていった。馬と馬車も裏で預かってくれる。無論、別料金だ。
俺達一行は、遙か北にあるノルヴァイク帝国からやって来た、“とある商会”の番頭と付き人で、“さる高貴なお方”の要望により“贈り物に相応しい南方の珍しい物”を手に入れる為にやって来た、事になっている。
サリエは旅全体での案内人兼助言者、アッペルはこの地方限定の案内人として雇われている設定になっていた。
部屋は三階にある3部屋を押え、最上位の俺、付き人と案内人の3人、雇ったダークエルフと言う態だが、実際は俺とモールハウプト、ペッターとアッペル、そしてサリエの割り振りにした。
三階の一番奥にある部屋にサリエを宿泊させることにして、そこへ馬車に積んできた荷物も一緒に入れた。もちろん、その中には無線機が入った木製のトランクも入っていて、上に載っている荷物をどけて蓋を開ければいつでも使えるようになっていた。
もし、誰かが俺達に探りを入れるなら、最初に俺の部屋から始めるだろうから。
宿自体はルアブロンの東西を結ぶ大通りに面していて、市場も港もそれほど遠くなく情報収集には絶好の位置にあった。
日中は人通りが絶えず、日が暮れると一階の酒場に客が出入りするので紛れ込むのにちょうどよく、さらに様々な階層の人々を観察することも噂話を集めることもできた。
次の日から俺達は外へ出て仕事を始めた。
俺とモールハウプトとアッペルが出て、ペッターは留守番と無線番だ。
サリエは白魔石を持って知人の魔法具職人のところへ行った。目的は売却と言語の魔法具の買い付けだ。
俺達はまず、市場を見て回って出回っている食料を確認した。
人参、蕪、豆、キャベツやほうれん草 (のような) などの野菜。
牛、豚、羊、鳥(と思われる動物)の燻製された肉や腸詰めなどの加工食品。
鮮魚、塩漬けや干した魚、貝などの海産物。
その他各種果実酒などの酒類、オリーブオイルのような食用油や香辛料も豊富な種類が並んでいた。
一通り見て回り、昼食時になったので軽食を出す店を見つけて入った。
エールと薄切りにした燻製肉を挟んだパンを口に入れながら、午前中の調査結果について話し合った。
「見たところ食料としては問題ないな。種類も豊富だ」
「バターとチーズ、乳製品の類いがありませんでした」
「アベル、牛の乳から作る食べ物はないのか」
「ええと、ボーロとカーソのことでしょうか。ボーロはパンに塗って食べる物で、カーソは薄く切ってパンに挟んだり、小さく切って齧って食べたりする物です。どっちも油っぽくて黄色みたいな色をしています」
「そうだそれだ、ボーロがバターでカーソがチーズのことか。市場ではみかけなかったがどこにある?」
「あ、呼び名が違うのですね。ボーロとカーソは牛や山羊の乳から作られるのですが、作るのに手間がかかるので専門に作っている店にしか並びません」
「そうか、値段はどうだ」
「ボーロは高級品で、庶民には手が届きませんが、カーソはそれほどではありません」
「このルアブロンで作っているのか?」
「ええと、牛や山羊を飼っているような暮らしに余裕がある農民は、自分達が食べる分のボーロやカーソを作って自分達で食べています。街中で売られているボーロは専門の店で職人が作っているものです。元々ボーロは乳から作れる量が少ないうえに、溶けやすくあまり日持ちしないので商品としては扱いが難しいのです。そのぶん高く売れる商品でもありますが、買えるお客も限られてきます。それに比べてカーソは日持ちするのと、ボーロに比べて沢山作れるので手に入り易くなっています。それと、ここから北へ行ってそれから西へ行ったトルニーという土地では、カーソが領主の肝いりで盛んに作られていまして、ルアブロンで売られているカーソの多くはトルニーで作られて運ばれて来た物です」
「じゃあ、カーソは安く手に入るのか?」
「はい、市内のあちこちで売られていますが、保存するのに温度管理が必要なので店で売られています。特に貧しくなければ誰でも買えます」
「そうか。では、精肉はどうだ? 燻製肉みたいな肉はあったが精肉、生の肉はなかったな」
「切ったばかりの肉も温度管理が必要なので、専門の肉屋で売られています」
「その、店っていうのは温度管理が出来る設備があるのか?」
「はい、店の地下や敷地の中に氷室を持っていて、そこに貯蔵しています」
「氷室か、どこからか氷を持ってくるのか」
「いえ、氷室の中に氷魔法を発現させた魔石を入れておくのです。冷気を出すぐらいなら初級の魔法使いでもできますので」
「魔法か、なるほどな」
「同じ原理で冷蔵庫ができますね、ゾラードさん」
「ああ、とんでもなくでかいやつが必要だがな。後は量だな、どうやって大量に調達するか」
「商人の仕入れ、じゃ無理ですね」
モールハウプトがエールの入ったジョッキをのぞき込みながら言った。
「ああ、とてもじゃないが無理だな」
そう言いながらアッペルに視線を送る。
「私は馬車一台分が精一杯ですよ」
アッペルが焦ったように返してきた。
それを聞いてモールハウプトと笑いながらアッペルの肩を叩く。
「そう言うなよ、やり手の商人だったんだろ?」
「よしてくださいよ、一人で地味にやっていただけですから。それに今はすっからかんなんですよ」
苦笑いしながら意味ありげな目をして答えるアッペルを見て、俺とモールハウプトはエールのジョッキを掴んだまま押し殺した笑いを漏らし、すぐにアッペルも加わった。
ルアブロン市街地
潜入班「狐」 ヴィクゼル・テウェラル・サリエ
フィルカザーム大尉達とは別に宿から出ると、まずは市街の中央を目指して歩き始めた。
人ごみの中を目立たぬように早すぎず遅すぎず歩いていくと、やがて領主であるオーレンベアク辺境伯爵家の政庁前に来た。
歩きながら小さく顔を上げると、政庁の正門の奥、屋敷の前に高い旗竿が二本立っていて、紋章が描かれた旗が二流、緩やかにはためいていた。
(変わってないわ、辺境伯家とザロモン子爵の旌旗が等しく並んでいる)
サレーラが言った小さな異変は未だに続いている。
道行く領民達の中にも気が付いている者が居るかも知れないが、それを表に出している者はいなかった。
(もう少し様子を見た方がいいかしら)
そう思いながら本来の目的地に足を向けた。
すると向かいから兵士の一団がやって来るのが見えた。乗馬した騎士が先頭に一騎、その後ろに槍を携えた兵士が二列縦隊で続いている。
騎士は鉄製の兜を被り、身体の前後を覆う板金の鎧と籠手を着け、剣を帯びていた。
後に続く兵士達は、銀色に輝く鍔が広い帽子型の兜を被り、赤色の厚手の布に四角い金属片を縫い込まれて作られたブリガンディンと呼ばれる鎧を着て、その上にこれも揃いのリブリーと呼ばれる合わせ羽織を着ていた。
兜、鎧、羽織、武器、全てが統一された一隊の兵士達、その左腕には緑地に白糸で刺繍された、左を向く山羊の紋章が縫い付けられていた。
(あの紋章はザロモン子爵家の紋章だわ)
隊伍を乱さず、革靴の音を揃えたまま進んで行く兵士達は練度が高いことを物語っていた。
(やはり何か始まっているわね)
陣触れがあったのであればもっと大勢の、辺境伯家配下にある貴族家の騎士や兵士がいなければおかしい。
(あの人ならなにか知っているかもしれない)
そう考えると少し足を速めてその場を離れた。
しばらく歩いて行くと道の両側は一階が店舗、二階が住居になっている建物が並ぶ一画になった。装飾品を始めとする金銀細工や、剣や槍などの武器、衣服など服飾など、小規模で職人が制作と販売をやっている工房兼店舗が並んでいた。
その職人街を進んで行き、路地へと入る。入って少し進んだ左側に目的地があった。
表通りに並んでいる工房兼店舗と同じ造りだが、扱う商品を表す看板は無く、何の店なのかは分からない。
路地に入ると住居ばかりになるので、店の前に人通りはなく、店もひっそりと立っている雰囲気だった。
ドアを静かに開けて中の様子を窺うと、人の気配は無く静まりかえっていた。
「こんにちは」
奥に向かって声を掛けたが返事は無い。ドアを開けた奥にカウンターがあり、両側の壁には作り付けの棚があるが、商品は何も置かれていない。
カウンターの奥にはカーテンが引かれていて見えないが、誰も居ないらしい。
(出かけているのかしら)
と思っていると、上に気配を感じるのと同時に声を掛けられた。
「あなた、サレーラの妹分の子ね」
見上げると店舗の上に小さな吹き抜けがあり、そこから店舗を見下せる位置にある小窓から白い顔が覗いていた。
「はい、サリエです」
「ちょっと待って、今行くわ」
そう言うと顔が引っ込んで、すぐに店主が降りてきた。
カウンター越しに立ったのは白金の長い髪に、白くてほっそりとした体つきのホワイトエルフだった。
「あなたに会うのは久しぶりね。この間サレーラが来たけど、すぐに帰っちゃったわ」
「はい、色々と面倒な事が起りまして」
「あら、捜し物をしているんじゃなかった? あの子なにかやらかしたの?」
「いえ、サレーラ姉様はなにも」
「ふふ、気になる言い方ね」
そう言いながら店主はカウンターに寄りかかって私を見つめた。長い白金の髪の間から突き出た耳がピクピクを動いている。
(まぁ、暇つぶしにはいいのでしょうが)
私は事の顛末をかいつまんで話した。奴隷商人にサレーラが見初められ、追手をかけられ、危ういところをさる貴族に救われた、と。
「へぇ、キルケスの奴がねぇ。大胆なことをしたわね」
店主は本当に驚いている様子だった。
「そうすると、アレは本当なのかしら」
店主は右手の人差し指を口に当てて、あからさまに考え込む仕草をした。
「何かご存じなのですか?」
仕方なく話を向けると、
「そうね、あなたが持ってきた物によっては教えてあげてもいいわよ」
店主は極上の笑顔で答えた。
「魔石なのは分りますか」
「ええ、分るわ。ねぇ、見せてよ。なんか初めての感覚なんだけど」
「初めて、ですか?」
「ええ、私にはそう感じるわ。早く見せてよ」
店主はカウンターから身を乗り出して、私の胸元に顔を寄せてきた。
「そうでしたか、あなたほどの方でも初めてでしたか。では、私の用件も聞いて頂きながらということで」
私はそう言いながら胸元に入れておいた革の巾着を取り出した。
「え、何なの? 早く見せて」
巾着に釘付けになった店主の目の前、カウンター上に巾着の中身を静かに転がした。
「え、これは・・・。え、どうして、なんで? 」
驚きで思考がまとまっていないのが丸わかりの店主は、カウンター上に転がったままの白魔石と私を交互に見ることを繰り返していた。
私は店主の視線が私に向いたとき、その視線を捉えて自分の用件を伝えた。
「レスティさん、私の用件はこれの買い取りと、魔法具の作成をお願いしたいのです」




