42 再編成
補給処
補給処長 テッタウ少佐
コーヒーを飲み終えて視線をブリンクマン中佐に戻すと、中佐が視線を俺に向けていた。
「何か考え事ですか?」
「ええ。中佐殿もですよね?」
「そうです。今のままでは師団の運用に支障があると思いまして」
「なにせ寄せ集めですからね。特に戦闘に従事する部隊がバラバラ過ぎます」
「私もそう思っていました。先日の掃討作戦から今日の作業まで、付け焼き刃過ぎると感じていました」
「同感です。保有している戦力を最大限有効に使えるように再編成を行うべきだと思います。役割を明確にして訓練を施す、兵士達の士気を維持するためにも必要だと考えます」
ブリンクマン中佐がコーヒーカップを置いて姿勢を正した。
「仰るとおりです、少佐」
俺もコーヒーカップを中佐の机に置いて、姿勢を正した。
「何かお考えがお有りですか?」
「今考えているのは、装甲大隊と高射砲大隊、砲兵大隊はそのままで、工兵中隊と建設中隊をまとめて工兵大隊を編成します。それとアイクマイアー大尉の騎兵中隊を歩兵中隊に、師団司令部護衛中隊のオートバイ小隊とここの警備隊の兵員で歩兵中隊をもう1個編成して歩兵2個中隊、これに護衛中隊の歩兵砲と対戦車砲、軽高射砲小隊で重火器中隊を編成して、歩兵大隊を編成できればと考えています」
「師団司令部とここの警備はどうしますか?」
「師団司令部は建設中隊の東方義勇兵から選抜した1個中隊、ここの警備には海軍地上部隊を当てます」
「なるほど、それは理に適っていますね」
俺は正直、感心していた。
師団司令部の護衛中隊を解体することは思い付かなかったのだ。それに東方義勇兵を持ってくるのは良い考えだと思う、というかこれぞ適材適所というやつだ。
「ありがとうございます。各単位の配置員を定員よりも少なく配置して、その分の兵員を重火器の運用と砲兵大隊の増強に当てれば、火力の投射量を増加させることで兵員の少なさを補うことができるはずです。特に砲兵の増強は急務だと考えています」
俺は大きく頷いた。その意見も賛成だ。大砲も砲弾も山ほどあるので、榴弾を撃ち込んで敵対する軍や城を吹き飛ばしてしまったほうがラクで早い。
「予備兵力としては降下猟兵中隊と野戦警察中隊しかありません。野戦警察はいずれ行政任務に必要になるだろうと思われるので、あと1個中隊欲しいのですが」
「確かに予備兵力が心許ないですな、降下猟兵は特別任務もありそうですからなぁ」
「はい。基本的に師団の後方部隊と補給処本部、それと整備工場に組み込んだ兵員は戦闘任務からは外しますが、拠点の防衛任務には従事できるように訓練を継続させます」
「連中も兵士ですからな、限定的な防衛任務ならこなせるでしょう。できれば選抜した兵員で1個中隊、限定的な攻撃任務ぐらいこなせるようになるといいですな」
部隊の戦力評価基準のよる“限定された防衛任務”とは、防衛拠点に拠ってとか手厚い支援が得られる等の一定の条件下であるなら、防衛戦闘が行えるという事だ。 “限定された攻撃任務”とは、同じく一定の条件下であるなら、攻撃任務が行えると言う事である。
ちなみに一番下は“限定された警備任務”で、つまり案山子程度と言う事だった。
「工兵はどうするんです、 建設作業だけというわけじゃありませんよね?」
「マールマン中尉の中隊だけですが、戦闘工兵として運用できるようにしたいと思っています。火炎放射器や爆破筒の訓練は受けているはずですので」
「それができるならその方がいいですな。重工兵は特殊技能ですから外すとして、建設中の東方義勇兵と南方義勇兵から志願か選抜した兵員で1個中隊編成できそうですね」
「南方義勇兵は作業隊として欠かせないのではありませんか?」
「海軍の補給部隊を組み込んだので、多少の余裕はあります。警備隊に入れていた連中も戻る訳ですから、30人いや、60人ぐらいなら大丈夫でしょう。彼等の能力は降下猟兵のゼーレン少尉も評価していましたし、建設中隊と合わせて3個小隊の軽歩兵1個中隊なら悪くないんじゃありませんか?」
俺が売り込んでみるとブリンクマン中佐は食いついた。
「そうですね。降下猟兵に教育を任せれば、戦力として期待できそうです」
「後は現地人を採用するしかありませんが、中佐殿のお考えには入っていますか?」
「一応考えてはいますが、教育にかなり時間がかかるのは間違いありません。教育要員も考えると、どうなのか・・」
「ですなぁ。しかし他に人的供給源はありませんから、例えば貴族の子弟なら読み書きも出来て、軍事教育も受けているでしょうから使えるかもしれませんよ」
「なるほど、その辺もサレーラさんから聞き取ってみましょう」
「お、そうでした、彼女達なら良い助言が得られるでしょう」
「明日にでも時間を設けましょう」
「中佐殿、現地人を採用するとしてもまだ先の話ですが、再編成は早いほうがいいと思います。そのために師団司令部に戻っていただいた方がいいと思うのですが、いかがですか?」
俺が意図的に声のトーンを落として言うと、ブリンクマン中佐は一呼吸ぶん沈黙した後に答えた。
「・・・そうですね、分かりました。明日、いやこれから師団長閣下に意見具申してみます」
「ありがとうございます、中佐殿。ここは私が引き受けます」
俺の言葉に力強く頷いたブリンクマン中佐を見届けると、俺は事務室を辞した。
翌日、俺とブリンクマン中佐、シュラーガー少佐とクルーク少佐、それにサレーラとフィーラは師団司令部に呼び出された。
俺達3人を乗せた小型兵員車が前を走り、その後ろをクルーク少佐とサレーラ、フィーラを乗せた小型兵員車が続いた。
「シュラーガー少佐、言っておきますが再編成の話をしたのは昨日が初めてですよ」
2台連なって師団司令部に向かう小型兵員車の助手席から、俺が振り向いて後席のシュラーガー少佐に話しかけた。
シュラーガー少佐は半目がちになった目で俺を見ると
「そうかね」
とだけ答えて黙ってしまった。
俺がブリンクマン中佐と目をあせて肩をすくめると、シュラーガー少佐が口を開いた。
「別に怒っているわけではないよ、テッタウ少佐。実は大隊で部隊の改編について討議した時にも歩兵部隊の不足について話が出ていてね。やはり根本的に師団の指揮下にある部隊を再編成して、歩兵部隊を編成しないと解決しない、という結論に至ったんだ。それを受けて私も報告書を作成している途中だったんだが、中佐殿の電話1本で司令部に呼び出されると言うことは、師団長閣下も同じ考えだったと言うことなんだろう」
小刻みに揺れる車内で答える少佐に、ブリンクマン中佐が3枚ほどの書類らしき物を渡した。
「メモ程度ですが、今のところ考えている再編成の素案です」
シュラーガー少佐は受け取ると、並んだ字列に丹念に目を走らせ始めた。 将軍の丘が見えてきたころ、シュラーガー少佐が書類から顔を上げた。
「私はこの案で良いと思います」
シュラーガー少佐の言葉にブリンクマン中佐の顔に安堵の表情が薄らと浮かんだ。
「ただ、後方と前線の配分を調整する必要はあるかもしれません。若い兵は前線へ、年嵩の兵は後方へ。経験豊富な下士官は別ですが」
「ありがとうございます、少佐。細かい調整は各指揮官と調整して行います」
シュラーガー少佐は頷いたが視線は前を向いたままだった。その視線の先には前方には師団司令部、“将軍の丘”が見えてきていた。
「師団の全指揮官が揃うのは初めてになりますね」
ブリンクマン中佐がそう言うと
「長い会議になりそうですなぁ」
思わず漏れた俺の本音にふたりは反応しなかった。
師団司令部に全ての指揮官達が集まって始まった、師団現有兵力の再編成に関する会議は、思いのほか速やかに進行した。
再編成に対して空軍海軍からの反対意見は無く、ブリンクマン中佐が提出した案を基に指揮官達の意見が取り入れられて策定が進んだ。
歩兵大隊と工兵大隊、砲兵大隊。それに司令部護衛中隊と補給処警備隊はほぼ案のままとされ、降下猟兵中隊が偵察中隊に改編、南方義勇兵は2個独立軽歩兵小隊として編成されることになった。
無論、それ以外の部隊も拠点防衛に従事する可能性は高いので、戦闘技能の向上と維持の為の訓練は継続して実施されるよう、師団長閣下から改めて命令が発せられた。
そしてさらに師団長閣下からの意見で、師団編成を一部改編する案が議題としてあがり、新たに兵站本部を設けて管理大隊と補給大隊、補給処を統括運用する体制を組織する事が決定した。
(先を見据えたらもっともだよな。補給大隊なんか当分やることなさそうだし、補給処の整理作業をやってもらえると大助かりだ)
兵站本部は管理大隊が兼務し、大隊長ヴァグナー少佐が本部長を兼任することになった。
「必要ではあるが、大仕事だな」
兵站本部を構成する3人で移動した別室で兵站本部長、ヴァグナー少佐が口を開いた。
「ええ、まずはお二人と部隊に移駐していただくところからですが」
俺がそう言うと
「受け入れはできるのかね?」
補給大隊長のライネッケ少佐が尋ねてきた。
「いえ、まったく。元々駐屯していた部隊はバラックに入っていますが、後から増えた部隊は空けた倉庫に簡易ベッドを並べて入れていました。しかし、さすがに2個大隊は無理です。倉庫を空けて屋根の下を確保することはできますが、ベッドが足りません、将校はともかく下士官兵は収容しきれません、一部の兵が天幕生活になります」
「それはまずいな。環境は統一しないと」
ヴァグナー少佐がしかめっ面をしながら腕を組んだ。
「はい、木材を調達加工してベッドを作るところから始める必要があります」
「・・・・・では、補給処の周辺に宿営してベッド作りからだな」
「周囲の安全は確保されていますので、その方向でいきましょう。それから兵站本部が入る部屋も準備しないといけません」
「バラックでも建てるのかね?」
「資料倉庫になっている2階を片付ければ大丈夫ですので、片付けと掃除で足ります」
俺が笑顔で答えるとヴァグナー少佐も笑顔で答えた。
「では、応援部隊を派遣するとしようか」
「お願いします」
「手強いかもしませんよ、ヴァグナー少佐」
ライネッケ少佐がそう言うと、俺達3人は“この面子なら上手くいきそうだ”という想いを共有しながら仕事に取りかかった。
まずヴァグナー少佐の管理大隊は、事務室の開設を最優先で行う事と大隊に所属していた馬具や被服、装備の修理に従事していた職工達を俺の指揮下、整備工場に移管する。
ライネッケ少佐の補給大隊は、馬匹装備と馬匹の維持管理に従事する人員を残して補給処の南側に宿営拠点を設けて移駐し、補給処から将軍の丘への補給業務を引き受けることと、整備工場と相談して簡易ベッドの設計と作製に従事することになった。
「当面はこんなところだな」
「細かいところは随時調整していきましょう。移駐が完了しても兵站本部としての始動は先でしょうし」
「車両の配分は任せていいんだね?」
「はい、運転兵が足りないぐらいありますから」
「そうか。とは言え、私の大隊は人数がかなり増えたからねぇ」
「ああ、あちこちの補給部隊は全て少佐の大隊に統合されましたな」
今回の再編成で、新たに師団の指揮下に入った部隊の補給部隊は全て外されて、ライネッケ少佐の補給大隊にまとめられていた。
「遠距離の派遣は考えていない、と言うことだな」
ヴァグナー少佐が言うと俺は頷いた。
「各大隊の本部の人員も絞っていますから、余計な業務を減らしたんでしょうな」
ヴァグナー少佐とライネッケ少佐が頷いた。
「その分、我々の仕事が増える訳だね」
ライネッケ少佐がそう言ったので
「使用弾薬の種類を少なくして補給作業の効率を上げるようにしましょう」
「前線部隊で使用する火器を統一して意見具申しないとな」
「はい。特に小火器は混合しやすいので早めに統一しておかないと、取り返しがつかなくなります」
「そうすると今度は我々の仕事が増える訳か」
ヴァグナー少佐が力なく答えた。
「その間に私はベッドを作っておきますよ」
「何を言っているんだ。何がどの位あるのか一覧を出してくれないと、選定が進まないんだぞ」
「そんなもの、年単位でかかりますよ」
「しばらく全員休み無しだね」
ライネッケ少佐の一言に引きつった笑顔で答えるしかなかった。




