31 輸送列車
補給処から北方の森の中
補給処長 テッタウ少佐
ブリンクマン中佐以下捜索隊の車列は、補給処を出ると野戦飛行場を目指した。飛行場まではマールマン中尉が切り開いた道路を使って進んだので快適と言って良い道中だった。
野戦飛行場に到着すると、滑走路と覚しき縦長の草原が東西に延びているだけで他には何もなかった。
(これを転移させるんなら、軍用車両が走った道も転移させてくれればよかったのになぁ)
そよ風に揺れる草を見ながらそんな事を考えた。
車列は滑走路を横切ると、速度を落としてその先にある前人未踏の森に入っていった。
地図によれば目的地はここからさらに北へ、あと半分ほどの距離になるはずだ。
木を避けながら、樹林の間を縫うようにして進む車列の速度はかなり遅くなった。
装甲指揮車の天蓋ハッチから周囲を見ていると、やはり補給処周辺に比べて骨と石は少なくなっていた。
俺の隣はブリンクマン中佐からフィーラ軍属に変わっていた。
中佐は車内に戻って地図を確認している。
「何か変わったことはありますか」
俺がフィーラ軍属に尋ねると
「好意的な印象は変わりませんが、他には何も感じません。ただ」
フィーラ軍属が一旦を切ってから続けた
「ここに来てからずっとそうですが、こんなに静かな、何の気配も感じない森は初めてで、それが反って恐ろしく感じます。この後に何かあるのではないか、そんな気がしています」
「・・・変わったことを感じたり、気が付いたりしたら直ぐに知らせてください」
「分かりました、テッタウ少佐殿」
それからしばらく進むとブリンクマン中佐は車列を停車させた。
下からブリンクマン中佐が声を掛けてきてフィーラ軍属が下に降り、入れ替わりにブリンクマン中佐が上がってきた。
中佐は天蓋に地図を広げると、コンパスを置いて現在位置と進むべき方位を確認している。
「地図によるともう少し先に見えてくるはずですね」
「ええ。最後に見たときは退避線に貨物列車が1本停車した状態でした。何もかも放り出して車で逃げたようでしたよ」
「それなら目立ちますね」
「まぁ、なくてもガソリンの臭いで分かりますよ」
ブリンクマン中佐が小さく笑った後、装甲車“031”に出発を指示すると車列は静かに動き出した。
「停止合図です」
運転兵が後部に向かって叫ぶ声が聞こえた後、装甲指揮車が静かに止まった。
続いて、指揮車内に取り付けられた無線機に向かっている無線手がブリンクマン中佐に告げた。
「中佐殿、“031”からです。前方に目標を発見したそうです」
ブリンクマン中佐が双眼鏡を構えて前方を注視すると、 俺も双眼鏡を構えた。
前方200メートル位先に見覚えのあるシルエットが見えたので、 そのシルエットに双眼鏡の焦点を合わせると、樹木の奥に蒸気機関車の姿がはっきりと見ることが出来た。
「さっき話した、放置された貨物列車です。共和国製の蒸気機関車2輛が連結されているやつです、間違いありません」
俺がそう言うとブリンクマン中佐は双眼鏡を下ろして、無線手に指示を飛ばした。
「“031”に慎重にそのまま前進するように伝えてくれ」
ブリンクマン中佐は無線手が了解すると再び双眼鏡を構え、目標の周囲を丹念に見回していたが俺に顔を寄せると
「骨と石がまばらになっています」
それを聞いた俺が改めて周囲を見渡すとそのとおりだった。
俺は車内に降りると腰掛けていたフィーラ軍属に尋ねた。
「何か変化はありますか?」
「いいえ、特にありません」
俺は了解して上に戻った。
「フィーラ軍属は変わりないと言っています」
「了解しました。とにかく前進します」
「了解」
俺は自分用に持ってきた短機関銃を手元に持ってくるべきか考えていた。
車列の先頭、装甲車“031”が線路上で駐まっている蒸気機関車の近くで停車し、それに続いて順次車両が停車して車列の全車両が停車した。
俺はハッチから降りると、ガンラックに立てかけておいた短機関銃を手に取って、ブリンクマン中佐に続いて装甲指揮車から降りた。
装甲車“031”の砲塔上では車長が双眼鏡で前方を監視していて、その後ろに停車したトラックからは護衛隊の兵士達が荷台から降りて辺りを見回していたが、護衛隊長を務める曹長が近づいてきた中佐と俺に気が付いて、兵士達をトラックの脇に整列させた。
ブリンクマン中佐はそのまま歩いて行ったが、俺は曹長に半分を率いて貨物列車の反対側、本線の方を見てくるように命じ、残り半分はそのまま待機するように命じた。
装甲車“031”の脇に立っているブリンクマン中佐に並んで立つと、目の前には一直線に伸びるアスファルトで舗装された道路があり、その右側には線路と貨物列車、左側には点々と給油缶の固まりが道路に沿って続いていた。
(最後に見た時のままだな)
目の前の風景を見た感想はそれだったが、実際には少し違っていた。
一番手前にある給油缶の固まりの傍に
「 警告!
軍団司令部管理物品につき無断持ち出し厳禁!
行為者は発見次第銃殺に処す。
第84軍団司令部 」
と白地に赤字と黒字で警告文が書かれた小さな看板が立てられていたのだ。
(ちゃんと仕事したんだな)
看板を見て軍団司令部にいた参謀たちを思い出した。
(こんなもの急に押しつけられて迷惑だったろうな)
貨物列車を見ると、蒸気機関車や貨車にも同じ文言の紙が貼られているのが見えた。
「これは圧巻ですね、これが全部燃料とは」
ブリンクマン中佐がぽつりと言った。
「この辺ならまだ国境から離れていましたし、森が濃かったので空からも見つかりにくいと思ったんでしょう。この待避線も荷降ろしにはちょうどいいですから」
止まっている貨物列車の有蓋貨車の扉の前には土を盛り上げて作った斜路があり、そこにトラックの荷台を付けるとちょうど貨車の高さと同じになるようになっていた。
斜路にはタイヤの跡が残り、近くには貨車とトラックの荷台に渡したのだろう厚めの板が散乱していた。
そこへ兵士が一人走ってきて、振り向いた俺たちの前で止まると直立不動を取った。
「中佐殿、貨物列車の向こう側、本線上にも列車が止まっております!」
「なに?」
俺とブリンクマン中佐は顔を見合わせた。
「最後に見た時はありませんでした」
「その列車も転移させられたのでは」
そう言いながら俺と中佐は元来た道を歩き始めた。
途中、待機させていた護衛兵たちに装甲車“031”と共にこちら側を警戒するように命じ、さらに後ろにいた車輌にも周辺警戒を命じた。
貨物列車の先頭、蒸気機関車の影から様子を窺うと、複線の本線上にサン・ヴィレット方面に向かう列車が止まっていた。
最後尾の車掌車まで200メートルぐらい、その前には客車が1両、無蓋貨車が4両、有蓋貨車が4両、客車が1両、そして石炭車と機関車の編成だった。
無蓋貨車には組み立て前の航空機の機体の様な物が積まれている。
線路の反対側に伏せている曹長を見ると、列車を指差しながら短く低い声で知らせてきた。
「誰かいます」
俺はその言葉に緊張を覚え、短機関銃の遊底を引き、ブリンクマン中佐もホルスターから拳銃を抜いていた。
だが、すぐに俺は思い出して、曹長に向かって命じた。
「命令あるまで撃つな。すぐ側にガソリンが山ほどあるんだぞ。引き金から指を離せ、絶対に撃つなよ」
曹長が目を見開いた後に慌てた様子で頷き、周囲にいる兵たちに小声で命じていた。
「行ってみるしかありませんなぁ」
俺が呟くとブリンクマン中佐が止めてきた。
「テッタウ少佐、駄目です」
「しかし、ここで見いてるだけじゃ」
その時、側にいた伍長が
「中佐殿、白旗です」
見ると車掌車の窓から何かの棒の先に付けられた白い布が振られていた。
「戦う気はなさそうですね、話してきますよ」
俺がそう言うと
「・・・分かりました、援護します。兵は連れて行きますか?」
「そうですね、おい伍長、付き合え」
「はっ、少佐殿!」
まだ若い伍長が元気よく返事をした。
「では、中佐殿」
俺はブリンクマン中佐に一声かけると本線上に出て歩き出した。そのすぐ後ろに伍長が続く。
線路の枕木の上をカツカツと歩いて近づいていくと、車掌車から白布が付いた棒を持った兵士が降りた後に、将校らしき軍人が続いて降りてくるのが見えた。
「ん?」
車掌車まではまだ100メートルぐらい残っていたが、俺は立ち止まってその将校を凝視した。
「あれは、海軍ではありませんか?」
伍長が呟いた。
「そのようだな」
俺がその呟きに答えていると、向こうもこちらを見て驚いているようだった。
「戦友!!」
俺が叫ぶと、その将校がこちらに向かって走り始め、後ろにいた兵士が慌てて追いかけてくる。
俺がそのまま見守っていると海軍将校は思いの外早くやってきた。
階級は中尉で、左腕の袖近くにプロペラと歯車を組み合わせた航空技術の専門職を表す袖章を付けている。
「中尉、大丈夫か」
肩で息をしている中尉に声をかけると、突然涙をぼろぼろ流しながら抱き付いてきた。
「お、おい」
突然のことで反応できず、側に立っている兵士を見ると彼も泣いていた。
ますます訳が分からず、伍長を振り返ってブリンクマン中佐を呼ぶように言うと、伍長は走って戻っていった。
その後は、俺が海軍の中尉を宥めながら状況を聞き出し、ブリンクマン中佐は後から降りてきた海軍将兵をまとめていた。
いくらか落ち着いてくると、座り込んでしまった中尉から聞き出した状況はこうだった。
ヴァードーの海軍基地には飛行場もあって今では空軍と海軍の航空隊が駐屯しているが、そこを占領した時に鹵獲した共和国軍の航空機の調査の為に海軍の技術廠から派遣されていたそうだ。
一通り調査が終わった後、パイロットの手当が付かなかった機体を本国まで運ぶように命令されたので列車を手配してヴァードーを出発したが、サン・ヴィレットの操車場が空襲を受けているとの警報を受けたので、空襲を避ける為にここで列車を止めて待機していたそうだ。
だが、ここで例の閃光に巻き込まれ、その後は線路が途切れたためどこにも行けなくなり、無線も繋がらずにずっとここに居たという。
幸いにして、待避線の貨物列車に共和国軍の糧食が積まれていたのでそれで食い繋いでいたが、4日前にはレジスタンスらしい集団と小競り合いがあり、それからは列車に籠もって守りに徹していたために極限状態だったようだ。
「大変だったな、中尉」
ここ数日間に起った全てを話し終えた中尉は、燃え尽きたようになっていた。
「・・少佐、殿・・・」
「なんだ?」
「か、貨物列車の糧食に、手を付けたのは、自分の責任であります、全ての責任は、自分にありますので、どうか、それだけは・・」
掠れ声で話す中尉に言い聞かせてやった。
「大丈夫だ、心配するな中尉。俺は第84軍団司令部の補給参謀なんだ、この件は俺が責任を持つ。君は命令を果たそうとして最善を尽くした、俺はそう理解しているよ」
俯き加減だった中尉が顔を上げて俺を見ると
「ありがとう、ございま・少佐ど・・」
そう言って事切れた。
中尉の肩を支えながら静かに横にしてやり、呼吸をしているのを確認すると白旗を持っていた海軍の兵士に様子をみているように命じて、ブリンクマン中佐と合流した。
「中佐殿」
「あの中尉はどうですか?」
「ヴァードーから本国へ鹵獲した機体を輸送中に閃光に巻き込まれたようです。そこまで話して今は気絶しています」
俺が線路に横たわる中尉を振り返ると、ブリンクマン中佐も視線を送ってから頷いた。
「こちらで聞いた話と同じです。所属は海軍航空技術廠の検査試験部で、ベッカー中尉以下48名、4機分の機体と予備部品、それとレジスタンスの捕虜がいるということですが」
「レジスタンスの捕虜ですか?」
「4日前に小競り合いがあり、その時に投降してきたそうです」
「レジスタンスが投降?」
レジスタンスは民間人が武装して我々に対する敵対行動、暗殺や破壊活動を行う集団であって正規軍ではない。
愛国心故の行動でも法に照らせば犯罪者、テロリストとして銃殺と決まっていて、本人達もそのことは知っているはずだった。
「どうも森の中で何かあったようです」
その言葉を発したブリンクマン中佐の表情は、とても嫌な事が起ったことを知っているかのようだった。
意外にスムーズに書けたので新年最初の投稿です。
本年もよろしくお願いいたします。




