30 境界線
補給処「蜂の巣箱」
補給処長 テッタウ少佐
翌日、俺とブリンクマン中佐、シュラーガー少佐、それにフィーラ軍属にも同席をお願いして、事務所に集まった。
揃った面々を確認してブリンクマン中佐が口を開いた。
「明日の捜索は、出発は午前9時。人員は私以下テッタウ少佐とフィーラ軍属、それに通信兵と伝令が4名、主計班から13名、警備隊から20名、うち10名は東方義勇兵から選抜した者として、これに運転兵を加えて総員48名。全員完全武装、車両は小型兵員車4台、中型兵員車2台とトラック2台で各車輌には機関銃を搭載します」
昨夜、俺とブリンクマン中佐で考えた案だ。共和国軍の脅威が無いに等しいのなら充分だろう。
あの燃料が今も変わらずあそこにあるのなら、可能な限り正確な量を把握したいので主計班員を多め入れたのだ。
あと、いいかげん俺も外に出たかった。
「了解しました、留守はお預かりします」
シュラーガー少佐の反応は、俺たちの予想に反して大人しいものだった。
俺とブリンクマン中佐が意外そうな顔をしていると
「私はともかく、部下達には休養が必要ですので」
俺たちが言わんとして黙っている事にシュラーガー少佐が答えた。
「ただ、装甲車2台を加えて頂きたい」
シュラーガー少佐の提案にブリンクマン中佐が答えた。
「休養はいいのですか?」
「まだ出動していない兵がいるので、経験を積ませたいのです」
「少佐はよろしいので?」
俺がにやりとしながら言うと、少佐も口の端を上げながら答えた。
「君も経験を積みたいのではないかと思ってね」
「そのとおりですよ、少佐」
俺が満足げに言うと
「大隊の将校達と話しておきたいことがあるので、ちょうどいいと思ったんだ」
「何かありましたか?」
ブリンクマン中佐が食いつくと
「実は大隊の運用について再検討が必要かと考えておりまして」
シュラーガー少佐が言うには、今後この世界に居る間は戦車主体の機動戦力としてはなく歩兵部隊の直協としての運用が主になるのではないかと言う事と、同時に大隊単位で運用される機会もほとんど無いのではないかという事だった。
「あとは第3中隊についてです」
第3中隊はシュラーガー少佐の戦闘団構想に基づいて自走砲を装備しているが、歩兵直協が任務ならその存在は微妙な物になってしまう。
装甲部隊と共に行動して火力で支援するのが自走砲だが、歩兵なら馬匹でも用は足りるのだ。
「大隊の編成に着手した時は砲兵がおりませんでしたが、今はツァイル少佐の砲兵大隊がありますので、第3中隊を装甲中隊に戻すべきだと考えています」
シュラーガー少佐がブリンクマン中佐に向かって淡々と話しているのを聞いて、実は少佐が大隊を3個装甲中隊と1個自走砲中隊の豪華編成にしようとしていたのを思い出した。
シュラーガー少佐自身もそうだが、俺が第84軍団司令部と第7軍司令部から手厚く遇されているのを知ると、当然のように無茶な要求をしてくるようになった。
(あの自走砲も元は第21装甲旅団用に作った物を、自分の部隊にも欲しいと言い出して第3中隊に装備させてたし)
初めてブリンクマン中佐が来たときのやりとりを思い出す。
(中佐は例えで機械化歩兵のことを言ってけど、シュラーガー少佐は機械化歩兵中隊も作るつもりだったって知ったら驚くだろうな)
最初にシュラーガー少佐が思い描く第100装甲大隊の編成構想を聞いて、目眩がするかと思ったぐらいだった。
(俺が全力で説得しなかったらどうなっていたかわからん・・)
自走砲にしても本来は砲兵の領分なのだから公になるとマズいのだ。
諸兵連合の原則を唱える少佐とよく話し合って、自走砲については小規模な試験運用の態で編成することで合意し、機械化歩兵は装甲兵兵員輸送車が揃わないことを理由に保留になった。
結果的には思っていたよりも兵員の補充が進まなかったので少佐自身も諦め、豪華ではあるが常識的な大隊編成に落ち着いたのだ。
(一度決心するとエネルギッシュに動き出すからなぁ、気をつけないと)
そう思いながら、シュラーガー少佐の言葉にブリンクマン中佐が頷いているのを見ていて、俺は嫌な予感がした。
「私としては、中隊単位で運用できるように装備と編成を見直す必要があると思っています」
「どのようにお考えですか?」
俺の心情など全く知らないブリンクマン中佐が話の続きを促した。
「戦車ほどの装甲が無くとも装甲車程度で充分ではないかと言う事と、機動力と取り回しの良さ、燃費も考えますと現状では装輪車輌の方が有用ではないかと考えています」
「なるほど」
「基本的には中隊単位で戦車と装甲車、それに装甲を施したトラックに連装の機関砲か重機関銃を載せた火力支援車両を組み合わせてみようかと考えております。状況によっては戦車と装甲車を入れ替えて火力による制圧を優先できるように・・・」
この世界では機関銃で充分だろうから、戦車は必要ないかもしれない。
しかし道路が未発達だから、装輪車輌だけというのも不安が残るので戦車と装甲車を組み合わせておいた方が間違いない。
中世での戦闘と言えば、歩兵と騎兵が押し寄せてくる状況が予想されるので、点ではなく面に対する攻撃力が必要になるが、それでは戦車と装甲車の武装では明らかに対処しきれないので、中口径の武装で大火力の火力支援車とやらで面に対する攻撃力を確保する。
シュラーガー少佐は、この体制を中隊ごとに運用できるようにしたい、と話していた。
(よく思いつくよなぁ。たまにいる戦車中毒の装甲兵とは違って合理的な頭だから無駄がないのはいいんだが、その火力支援車はどこにあるんだ、という話だよなぁ・・)
シュラーガー少佐の説明を聞きながら意図するところを理解していると、話の半ばぐらいから少佐の視線が俺に向いていて、それに倣うかのようにブリンクマン中佐の視線も俺に合わされていることに気がついた。
「・・いずれにしても戦車、履帯車両も装輪車輌も路面状況により運用が大きく左右されますので、道路だけでなく橋も含めたインフラの整備がどの程度なのかはっきりしませんので、今のところは可能性のひとつとして検討している段階であります。必要であれば報告書を提出しますが、いかがでしょうか?」
「手間を掛けてしまいますが、是非お願いします」
「承知しました、中佐殿」
ようやく2人の視線が俺から離れた。
(火力支援車については、経験値はありますので実装するのは問題ないでしょう、とでも言いたそうだったな。勤勉なのは結構だが、お一人様でやって貰いたいよ)
俺は、自信に満ちあふれたシュラーガー少佐の視線から感じたところを代弁しておいた。
「ところでひとつお願いしておきたいことが」
シュラーガー少佐が話を切り替えてきた。
「共和国軍のグライダーを回収しているときに気がついたのですが、現場では骨と鉱石がここに比べて少なかったのです。特に変わったことはありませんでしたが」
そこでシュラーガー少佐が考えたのは、補給処周辺では大量に転がっている骨と石が、回収現場では少ないということは、魔物を骨と石だけにした大きな力の有効圏内から離れたからではないのかと言う事と、もしも完全に圏外に出たらどうなるのか、その圏内と圏外の境目はどこなのか、という事だった。
「その、フィーラ軍属が言った大きな力で魔物達が骨になったと考えるなら、力が効力を発揮した範囲の外側では、魔物が生きて活動しているのではないかと考えました。今回の捜索が一番離れている地点を目指すのであれば、その境界線の見極めも考慮していただきたいのです。」
シュラーガー少佐が述べた意見を受けて、ブリンクマン中佐がフィーラ軍属に向き直った。
「フィーラ軍属はどのようにお考えですか?」
「シュラーガー少佐殿のお考えのとおりだと思います」
答えたフィーラ軍属に向かってシュラーガー少佐が小さく頷いた。
「この森は魔物が蔓延る危険な森でしたが、ここに来てから魔物の姿を見かけていません。辺りに散らばる骨と魔石は魔物の残骸ですが、あれだけ大量の魔物を骨と魔石に変えたということは凄まじい力だったと思います。それでも力が及ぶ範囲は限られていると思いますので、その外側には魔物がいるはずです」
フィーラ軍属が話し終えると、ブリンクマン中佐が口を開いた。
「魔物が蔓延っていると仰いましたが、あれほどの数がまとまって居るものなのですか?」
「いえ、あんなに集まっているのは通常ありえないはずです。もしかすると、魔物の集団暴走と言われる状態だったのかもしれません。集団暴走はまれにですが発生するものなので特に奇異なことではありませんが、力の発現が重なった事が本当に偶然なのか・・。それに、あれほどの魔物が死滅したのに生きている魔物の占位行動が起っていないというのも少し気になっていまして・・」
「占位行動?」
フィーラ軍属が口にした聞き慣れない言葉にシュラーガー少佐が反応した。
「今まで存在していた魔物がいなくなって空白地帯が生まれると、その周辺にいる別の魔物がテリトリーを広げようとして一斉に空白地帯に向かって移動する事です。一カ所に沢山の魔物が集まるので、魔物同士の争いが頻繁に起って森の中が騒がしくなると言われています。今回はかなり広い範囲が空白地帯になったはずなので、大きな移動になると思うのですが、その兆候が全くないので気になっています」
フィーラ軍属は眉間に眉を寄せ、右手を頬に当てて考え込んでしまった。
その姿は、可愛らしい、としか表現できなかったが本人は至って真面目に考えているようなので、俺達3人は黙っていた。
「魔物や魔物にまつわることはサレーラ姉様が詳しいので、ここに来ていただけると話が早いのですが・・。あの白い魔石はお姉様も見たことが無いようでしたし、ここに来てから初めて尽くしで困惑しております」
(確か、エルフってのは不老長寿で色々なことを知っているはずなんだが、彼女達が知らないんじゃ、この世界にも知ってる奴はいそうにないな)
ブツブツと呟いているフィーラ軍属を見て、俺は自分達も含めたこの状況がこの世界でも例外の中の例外であることを再認識した。
翌日、ブリンクマン中佐以下の捜索隊は出発した。
シュラーガー少佐の意見に従ってP型装甲車2台と、中型兵員車の代わりに装甲指揮車を使うことになった捜索部隊は、少佐の見送りを受けながら補給処の正門を出て北へ向かった。
先頭は装甲車“031”、その次に警備隊からの護衛兵を乗せたトラック、ブリンクマン中佐と俺、フィーラ軍属、それに通信兵と伝令が乗った装甲指揮車“030”、運転兵と主計班員3名が乗った小型兵員車が4台、護衛のトラック、装甲車“032”の9台は車列を組んで、まずは野戦飛行場を目指した。
「この辺りはまだ骨と石がありますね」
装甲指揮車の天蓋ハッチを開けて、上半身を乗り出している俺が隣のブリンクマン中佐に声を掛けた。
「そうですね。我々以外の生物も見当たりませんね」
身体を揺らしながらブリンクマン中佐が答えた。
先頭の装甲車“031”も車長が砲塔の後部から上半身を乗り出して周囲を窺っている。
(捜索隊全員に目的と情勢、そして情報として魔物が出現する可能性は周知しておいたからな、適度な緊張はいいことだ)
単独行動は厳禁、出現した際は銃器で対応しつつ直ちに補給処に撤退する。
「小型兵員車に乗っている連中は心細いでしょうな」
俺がブリンクマン中佐言うと、中佐がこちらを見て
「いざという時は装甲車両が盾になりましょう」
「これはデカいからいい盾になりますな」
俺が装甲指揮車の天蓋をノックしながら返すと中佐は微笑んで前方に向き直った。
(魔物かぁ、俺達のこれからの敵は魔物なんだろうなぁ。と言っても動物みたいなもんなんじゃないのかねぇ、棲み分けができればやり合う必要も無いんだろうが、難しいだろうなぁ)
「境界線はどこでしょうねぇ」
思わず口から漏れたその一言は、ブリンクマン中佐の耳には届かなかった。
今年最後の投稿になります。
思っていたよりも沢山の方に読んでいただいて驚いております。
ブクマ、感想、評価、いいね、をいただいた方には改めてお礼を申し上げます。
皆様どうぞ良いお年をお迎えください。




