3 偵察隊
その後のブリンクマン中佐の話はあの時の閃光についてだった。我々が閃光を感じたのは北からだったが、一番西側にいた衛生大隊では北東からだったという。
「と言うことは、閃光の中心はここから真北と言うことになります。中心を特定できれば、我々と同じ距離にいた友軍が、同じようにこの世界に飛ばされている可能性があるのではないかと考えました。」
私はブリンクマン中佐の説明に感銘すら覚えた。
「確かに、確かにそうだ。」
閃光の位置や原因について考えてはいたが、同じく飛ばされた友軍については考えていなかった。我々が宿営地に指定されているのだから、他にも宿営していた部隊がいてもおかしくはない。
「ですので、まず偵察隊を北へ派遣して中心を特定します。そこから同じ距離を西側へ移動した後、時計回りに捜索すれば何かあるのではないかと考えております。その中心までどのくらいの距離があるかは不明ですが。」
「よし、やろう。概案はもう決まっているのだな?」
私がニヤリと笑って言うと、ブリンクマン中佐も同じ顔をして頷いた。
「はい。憲兵小隊と対戦車砲小隊から8名を選抜します。中型兵員車2輛に無線機と機関銃、念のため三日分の糧食と予備の燃料を持って行きます。」
「偵察隊と言うよりは探検隊じゃないか?」
「現状ではそのとおりであります。閣下、編成にサイドカー2台と中型無線機の扱いに慣れた通信兵を加えたいのでありますが。」
ブリンクマン中佐が気まずそうな顔をして付け加えてきた。現在、警戒部隊の中心はオートバイ小隊の兵達なのだ。そこから兵員を抽出するということは、警戒部隊が弱体化するということになる。しかしやるなら可能限りの戦力を持たせなくてはならない。
「捜索範囲が広いからな、サイドカーは重宝するだろう。中型無線機と通信兵についても了解した。サイドカーについてはグレープナー大尉と相談して車輌と兵員を抽出したまえ。中型通信機と通信兵はリュック少佐に言って2名出して貰う。それと司令部の地図小隊から人員を出させよう。警戒部隊への補充に4名と捜索隊に2名出す、偵察隊の総員は16名。出発は明後日でいいな?」
「ありがとうございます、閣下。」
「よし、では今日はもう休みたまえ。しばらく休日は無しだからな。」
「はい。ありがとうございます。」
コーヒーを飲み干した後、ブリンクマン中佐は一礼して退出していった。
「さて・・。」
独りになり、改めて部屋の中を見渡す。使い込まれた椅子とテーブルと箪笥、藁を麻袋に詰めたマットレスが敷かれたベッドにはシーツが掛けられ、毛布が用意されていた。外からは配置に付くため丘に移動している部隊の喧噪が聞こえていた。日没までには丘に入れるだろうが、器材を設置して稼働するのは明日だろう。
(温かい食事は明日だな。)
そう思いながら、今日の夕食のメニューを予想した。従兵には、作戦中は部隊と同じで良いと言ってあるが、どうしても一品多くつけてくる。それが仕事だと思っているのだろう。
(しかし、今日はどうかな?)
そう思うと自然と笑みが浮かんできた。
(楽しみだ。)
翌日、ブリンクマン中佐が動き出すと司令部勤務の下士官1名を副官として付け、作業を補助させることにした。兵員の選定と編成、使用する装備と車輌の選定、糧食、燃料などの携行品リストの作成、具体的な行動計画。準備は滞りなく進み、その日の午後には終了した。私は司令部に置かれた自席でブリンクマン中佐が作成した編成表と行動計画を確認して承認を与えた。
「部隊の副官は、カウフマン曹長か。」
「はい、経験豊富な下士官です、問題ありません。」
「志願したのだろう?」
私はカウフマン曹長にブリンクマン中佐の補助に当たることを命じたが、準備作業と言う区切りは入れなかった。昨日からの出来事で、全員が現在の状況を知りたがっている。そんな時に外に出られるチャンスを逃すような下士官はいない。それに私が選んだカウフマン曹長は「仕事ができる」下士官であり、加えて「顔が利く」下士官でもあった。装備や携行品の手配は滞りなく進むと考えている。
「は。それもありますが、頼りになる下士官は有難いものであります、閣下。」
当然、ブリンクマン中佐も私の意図を理解していた。
「捜索の結果、友軍を発見した場合はどうするのかね?」
計画書と命令書にサインを入れ、命令書をブリンクマン中佐に渡す。
「師団の指揮下に編入します。」
「指揮官が拒否した場合はどうするのだ? 説得するのかね?」
「……命令書を頂けますか?」
テーブル上に置かれた文章箱から作成済みの命令書を取り出して渡した。
「持っていきたまえ。この地域に存在する部隊はすべて私の指揮下に入る。拒否した場合は逮捕してよい。責任は私が持つ。」
「はっ。」
「と書いてあるが、無理強いする必要はない。上手く使ってくれ。そもそも私の独断に過ぎんからな。それに、この現状を理解できない者は邪魔なだけだ、いない方がいいだろう。」
「はっ。」
つまり指揮権について納得させる為の小道具だということだ。私の指揮下に入らないのなら、自己完結でやればよいのだ。我々は指揮権外の部隊には一切関与しない、ということになる。
命令書を交付したことにより、効力が生じる。選定した兵員を集め、班編成を行い、任務について説明し、意思統一を図る。車輌と装備を確認して、調達した携行品とともに積載する。小銃の扱いから離れていた兵が多かったので射撃訓練と、機関銃の操作訓練も行った。こうして全ての準備は完了した。
「明朝午前6時に出発します。」
「わかった。今日はもう休みたまえ、只今から午後9時まで勤務から解放する。午後9時に就寝だ。」
「承知しました、閣下。」カツン!
ブリンクマン中佐が笑いながら了解した。
時間については以前のままの時刻を使用することにした。日の出、日没ともに使用している時計の時刻に対して不自然ではなかったからだ。基準は師団司令部の軍用時計とし、毎朝午前7時に司令部勤務の下士官が責任を持ってネジを巻くよう決めた。その後、午前7時57分に各大隊本部に繋がった野戦電話で、午前8時丁度に時刻整合を実施する。軍隊というものを支配する見えざる手を忽せにはできないのだ。
翌日午前6時00分。
車輌とともに整列した偵察隊に訓示を与えて見送った。
「一昨日から我々を取り巻く状況は、未だにその詳細が明らかになっていない。この任務は今現在、我々を包んでいる戦場の霧を払う一手となろう。諸君らの精励に期待する。」
ブリンクマン中佐以下の偵察隊を見送った後、私は自室に戻り密かに神に彼らへの加護を祈った。
第91歩兵師団司令部
主席参謀 ブリンクマン中佐
将軍の丘を離れ、北へ進む。先頭はサイドカー1台、その後方30メートルに私が乗車した中型兵員車が続き、その30メートル後方にもう1台が続き、さらに10メートル後方をサイドカーが続く。無線の呼称名は私が乗る車輌が「猪1」、もう1台が「猪2」。サイドカーには小型無線機を持たせていて呼称名は「狐」と「鹿」。前方を行くのは「狐」だ。森の中は薄暗いが見通しはそれほど悪くない。樹木が密生している訳ではないので、8人乗りの中型兵員車でも木々の間を進むことができた。
3キロほど進んだところで停止合図を出した。エンジンを切らせ、周囲を双眼鏡と目視で確認する。
「中佐殿。」
「なんだ、曹長。」
双眼鏡を覗いたまま、カウフマン曹長の呼びかけに答える。
「この骨は先日の偵察で回収してきたやつと同じですか?」
「おそらくな。」
「多すぎませんか?」
確かにそうだ。ここまでの間、車輌の下でポキポキと音を立てていたのはタイヤに踏まれて折れる骨の音だった。
「確かにそうだな。」
双眼鏡から目を離して車輌の周囲を見渡すと、背の低い下草の中に骨が大量に落ちている。
「毒ガスでも撒かれたみたいですな。」
「毒ガスか。」
「鳥のさえずりもありません。」
エンジンを切った後、聞こえるのは我々の話し声だけだった。地図小隊から抜かれた伍長が不安そうな顔で周囲を見回している。
「少し降りてみますか。タイヤが心配です。」
「そうだな。小休止にする。周辺の警戒を怠るな。」
カウフマン曹長が口に手を当てて、前方で止まっているサイドカー「狐」に向かって小休止を伝えた。その後は運転兵とともに兵員車のタイヤを点検し始めた。それに倣って「猪2」の車長と運転兵もタイヤの点検を始めた。他の兵達は兵員車から降りると、落ちている骨をひっくり返したり、例の鉱石を拾ったりしていた。私も足下を見て歩くと骨と鉱石がすぐに見つかった。一つを拾って空の明かりに透かすと、液体か煙のようなものが澱んでいるように見える。
(なんだろうこの鉱石は。割ったら何か液体か気体が出てくるのか? もしそれが毒性のものなら、この大量の骨も説明がつくかも知れないが、この鉱石は割れそうにない。)
もうひとつ鉱石を拾って打ち合わせても傷が付く気配すらない。
思いを巡らせていると、カウフマン曹長が近づいてきた。
「中佐殿、タイヤは異常ありませんが、大きな骨は避けて通った方が無難です。物によっては刺さるかも知れません。」
「わかった。ではそれを各車輌に伝えてくれ。」
「は。」カツン!
運転兵を呼び寄せて伝達事項を伝えると、カウフマン曹長は私に向かって自分の手に持っている大きめの鉱石を見せてきた。
「綺麗なもんですな。」
カウフマン曹長が掌の鉱石を見ながら言う。
「中を見たか?」
「はい。中に何か入っているようで、まるで透明な卵ですな。」
「割れそうにないがな。」
「割るにはそれなりの勇気が必要ですな。」
「全くだ。」
「卵か、臓器の一種というのはどうです?」
「臓器が一個だけとはどうかな?」
「確かにそうなんですが。」
「未知の生物だからな、可能性は否定できん。しかしそれよりも曹長、この骨をどう思う?」
私は足下の骨を見ながら曹長に考えていた疑問について聞いてみた。
「は?」
「一昨日拾ってきた骨を見たときから思っていたんだが、綺麗すぎると思わないか?つい最近死んだように見える。 毒ガスで一挙に大量死が発生したとしても、骨だけにはならんだろう。」
「・・それは・・・そうですな。」
カウフマン曹長が絞り出すように答えた。
「肉体だけ溶けた、そんな風に思えて仕方ないんだ。しかし、臭いも痕跡もない、これだけ大量の生物が死んだというのに。」
ただただ広がる薄暗い森を見渡すと、木々と下草、そして横たわる白骨に囲まれている。謎と未知という感覚に不気味と恐怖が加わった。だが、今はやるべき任務、果たすべき義務がある。
「今は任務に集中しよう。出発だ曹長、全員乗車。」
「はっ。」カツン!
カウフマン曹長も何かを振り払うように応じる。
「全員乗車! 出発用意!」
カウフマン曹長が車列に向かって大声で予令をかけると、4台の車輌がエンジンを始動させ、降車していた兵達がさっと乗り込む。
「猪1」に乗車して車列が注目しているかを確認した後、上に延ばした右腕を大きく上下に動かして前進の合図を送ると、車列は「狐」から動き出し前進を開始した。
さらに2キロほど森の中を前進すると、「狐」が急に停車してこちらに停止合図を送ってきた。前方に何かを発見したようだ。サイドカーから降りて射撃姿勢を取っている。
「中佐殿。」
カウフマン曹長が小声で呼びかけてきた。
「降車、戦闘準備。」
私も小声で命令しながら素早く兵員車から降りて伏せた。運転兵はエンジンを切り、全員が小銃を持って転がるように降りる。
「曹長、周辺警戒。命令あるまで撃つな。」
「はっ。」
カウフマン曹長がサブマシンガンを手に腰をかがめたまま小走りで「猪2」へと走って行く。「猪2」と「鹿」も銃を取って降車していた。
私は周囲を見渡して特に動く物が無いのを確認すると、姿勢を低くしたまま慎重に「狐」に向かっていった。乗っていた兵士二人が止めたサイドカーを盾に前方を注視している。
「どうした?」
側に膝をついて静かに尋ねると、一等兵が前を向いたまま押し殺した声で答えた。
「前方に何かいます。」
「どこだ?」
一等兵が左腕を突き出してやや左前、11時の方向を指し示した。そちらに向かって双眼鏡を向けると、200メートルぐらい前方で、高い樹木が続く森の一部が途切れ、低木だけになっている場所が見えた。よく見るとそれは偽装網で何か建築物が偽装されているらしい。その入り口だろうか、確かに作業をしている人間が見えた。灰緑色の服に特徴的なヘルメット。帝国軍だ。何人かが作業をしているようだが、双眼鏡を巡らすと見慣れないシルエットが見えた。
(あれは、共和国軍の戦車だ。S型だったか。)
兵士達は駐車している戦車の周囲に土嚢を積み上げる作業をしているらしい。戦車をよく見ると、車体には見慣れた識別章が大きめに描かれていた。太い黒十字の中に細い白十字、帝国軍の識別章だ。
(鹵獲車輌か? 前線部隊が鹵獲した共和国軍の車輌を使っているのは知っているが、こんなところに戦車?)
耳を澄ませていると、帝国語も聞こえた。「猪1」を振り返りカウフマン曹長に向かって手招きすると、かがんだまま素早くやってきた。
「どうも友軍らしい。私が行って接触してくる。」
「いけません、中佐殿。自分が行きます。」
「しかし、」
「指揮官は貴方です、中佐殿。」
「・・・、わかった。」
「では。」
そういうとカウフマン曹長は持っていたサブマシンガンを一等兵に預けると、立ち上がって歩き始めた。
「おい、曹長。」
驚いて声をかけるが、カウフマン曹長はそのままゆっくりと歩いていってしまった。仕方なく見守っていると、
「戦友!」
100メートルほど進んだところで、カウフマン曹長が前方の部隊に向かって呼びかけた。声が聞こえたらしく、相手方は驚いて土嚢や戦車の影に隠れて小銃をカウフマン曹長に向けて構えた。
「撃つな戦友! 帝国軍人だ。」
カウフマン曹長は両手を挙げて立ち止まった。相手方も友軍だと分かったのか、銃を下ろし顔を見合わせている。カウフマン曹長はゆっくりと歩き出し、ついに相手方の面前にたどり着いた。そして友軍と何事かを話した後、こちらに向かって合図をおくってきた。
どうやら我々は目的を達成できたようだ。私は乗車を命じ、車列をカウフマン曹長の位置まで前進させた。
私が停車した「猪1」から降車すると、
「気をつけ! 」
作業を指揮していた所属不明の下士官が号令をかけた。居合わせた兵士達が直立不動となる。カツン!!!!!
「楽にしてくれ。私は第91歩兵師団主席参謀のブリンクマン中佐だ、ここの指揮官にお会いしたい。」
「はっ、中佐殿。只今指揮官のテッタウ少佐殿をお呼びしております。」
号令をかけた下士官が答えた。
「テッタウ少佐の所属はどこかね?」
「はっ。第84軍団司令部であります。テッタウ少佐殿は軍団司令部の補給参謀であります。」
「第84軍団か・・。」
我々第91歩兵師団が増援として派遣された第7軍の隷下にある軍団で、第7軍の指揮下に入った後、配属される予定だったはずだ。
(こんな所に軍団司令部があるのか?)
エグリーズ村は前線から約80キロ離れていた。
(遠いな。それにここは、集積所のようだが。)
周りを見ると、かなり大規模な施設だった。周囲には有刺鉄線のフェンスが二重に張られ、倉庫と覚しき建物と修理工場のような施設が見えた。そこへ将校が走って来た。階級は少佐。私の側までくると敬礼をしながら申告した。
「第84軍団司令部、補給参謀のテッタウ少佐であります。」カツン!