29 補給参謀 テッタウ少佐
補給処「蜂の巣箱」
補給処長 テッタウ少佐
この戦争が始まった時、俺は砲兵だった。
開戦直後の俺の仕事ぶりを聞かせてやったゼップ少尉はこう言った。
「師団本隊より30キロ先を進軍してる砲兵中隊なんて聞いたことがありませんよ」
開戦時、大尉だった俺は第84軍団隷下にあった第227歩兵師団の砲兵連隊に所属する砲兵中隊の中隊長だった。
師団は今までに共和国との紛争に何度か従軍した経験があり、俺も含めて中隊は実戦経験があった。
だが、馬匹編成の105ミリ榴弾砲6門から成る標準的な砲兵中隊なので、特に功績と言えるものは無い。しかし、1日の実戦は6ヶ月の訓練に相当する、との言葉のとおり中隊の士気と練度は申し分なかった。
師団が配置に就いている南部戦線は、共和国側の地形がそれなりの高さの山を含む森林地帯であるため機動作戦には向いていないと言われていたが、第84軍団司令官アーノルド・マルクス中将は
「防衛に有利な地形であればこそ敵は油断しているに違いない。奇襲効果が期待できるのであれば浸透突破で戦線を食い破り、指揮命令系統を混乱させれば戦果は望める」
と言って装甲部隊による浸透突破を主張し、第7軍司令部に受け入れられた。
しかし、陸軍総司令部の決定までは覆るはずはなく、配属されている装甲部隊は第4装甲旅団と第21装甲旅団の2個旅団だけだった。
第7軍司令部は“戦力は集中される”の原則に従い、この2個旅団と軍司令部予備から1個歩兵師団を第84軍団に配属し、奇襲による装甲部隊の浸透突破と後続部隊により突破口を拡大して、共和国軍の防衛線を崩壊させて後方へ進出する作戦を計画、実行した。
そしてそれは当たった。準備砲撃と工兵による啓開作業の後、装甲部隊が国境を越え森林地帯に設けられていた防衛線を突破した。2個装甲旅団は防衛線を突破した後に二手に分かれ、司令部が置かれていると目された都市を通過し、目に付く通信補給施設を破壊しながら前進し、共和国軍の後方を駆け抜けた。
一方でその後ろを指定された歩兵師団が精一杯追従して、他の師団は孤立した共和国軍を包囲、降伏させ武装解除させていた。
突破作戦が軍司令部に承認された後、突出する装甲部隊を補強するために2個歩兵師団が支援部隊に指定され、それぞれが編成した支隊が装甲部隊のすぐ後方を後続して支援することになった。
第227歩兵師団は第21装甲旅団を支援することになり、師団の偵察大隊を中心に臨時の支隊が編成され、歩兵大隊と軽高射砲中隊とともに俺の中隊が支隊に組み込まれた。
臨時に編成された支隊の任務は、装甲旅団のすぐ後ろを後続して支援あるいは共同して攻撃に当たることとされていた。
俺としては任務に不満はなかったが、軽高射砲中隊と歩兵大隊のうち歩兵1個中隊は車輌を割り当てられて自動車化されていたものの、残りの歩兵2個中隊は自転車、俺の中隊は馬匹編成のままだったので、これで装甲部隊に追従して必要な時に支援できるとは思えなかった。
案の定、戦闘が始まってすぐに俺が心配していたことが現実になった。俺たちは全く間に合わなかったのだ。
そこで俺は共和国軍が遺棄していった装備、主に牽引車輌やトラックを使って馬匹編成の砲兵中隊を自動車化砲兵中隊に作り替えた。そして歩兵大隊長を説得して、同じ手段で自転車装備の歩兵2個中隊をまるごと自動車化歩兵中隊にした。
その後も進むにつれて入手した装備を使って部隊の強化を進め、最終的に俺の砲兵中隊はトラックの荷台に載せられた榴弾砲で移動と砲撃を行う即席の自走砲中隊になり、歩兵中隊は全員がトラックに乗っているだけでなく対戦車砲や高射機関砲を載せた“重武装トラック”を装備した完全な機械化部隊として装甲旅団とともに行動していた。
結果は上々で、第21装甲旅団とともにサン・ヴィレットを占領した後、旅団長から師団長と砲兵連隊長に感謝と賞賛の言葉が贈られた。
俺としても戦線の後方から砲弾を放つだけよりは、前線で攻撃に参加してみたかったので、我ながらこのやり方に満足していた。
だが、ここから俺の軍歴は少しおかしなことになる。
その後、師団はゼダンの北側に戦線を張り、支隊は師団に復帰した。
突破作戦は上手くいき、共和国軍の3個機械化師団を含む9個師団12万名が戦死傷または捕虜となり、膨大な量の資材と物資が残された。それに比べ帝国軍の損害は軽微と言ってよかったが、予想しなかった多数の捕虜の扱いに兵力を取られ、前進は停止した。
そして補充と休養を行いながら後方が落ち着いて部隊が前線に追いつくのを待ち、第84軍団を主力とする第二次攻勢が開始されたのだが、そこでフォントノアの戦闘が起った。
攻撃は失敗、第84軍団は作戦開始の位置まで戻り戦線は膠着してしまった。
それからしばらくして、俺は何の前触れもなく少佐に昇進し、第84軍団司令部に転属になった。肩書きは補給参謀、砲兵将校から補給参謀なんて聞いたことがない。その理由は着任申告の時に第84軍団長アーノルド・マルクス中将から直接説明された。
フォントノアで装甲兵力が一挙に半減したことにより、残った第21装甲旅団は兵力を分散せざるを得ず、そのため絶え間なく戦闘に従事する状態となり、戦闘による損失よりも機械的な損耗により急速に戦闘力を失った。
目下のところ再編成中ではあるが、補充は中央戦線が優先されていて芳しくない。
戦線が膠着している今、共和国軍は間違いなく反撃を企図しているに違いないのだが、南部戦線にはその時に対応する機動予備兵力が無いのだ。
そこで思いつきとは言え、手品のように機動戦力を作り上げた俺に第21装甲旅団の再建と、補助任務に従事できる装甲兵力を確保して貰いたい、と言う事だった。
その手段として丸ごと鹵獲したこの補給処と、軍団司令部が可能な限り集めた人員を与えられた訳だ。
確かに有る物でやりくりするのは得意な分野だったが、それほど特別なことをやったつもりはなかった。しかし俺の仕事を見込まれて頼まれたら嫌とはいえない。俺はこの話を引き受けた。
そして、補給処長に着任してからというもの第84軍団の作戦区域内を駆けずり回って、遺棄された敵味方の資材物資をかき集めた。
さらに戦線の後方地域に軍政を敷いて占領地を管理する後方地域軍政司令部に手を回して、後方地域にも出張って回収作業を行った。
そうやって集めた資材、特に修理無しで使える状態の共和国軍の鹵獲装甲戦闘車両と、部品を共食いさせて修理した帝国軍の装甲戦闘車両を第21装甲旅団へ引き渡したのだが、感激した旅団長が装備の回収と整備に旅団の部隊を出して協力してくれるようになった。
この事が第7軍司令部の耳に入ったらしく、暗黙の協力が得られるようになったのだ。工兵や建設中隊の派遣から戦闘車両の整備員、溶接や金属加工等の特技を持つ兵と鋼板等の資材、フルトナー中尉やゼップ少尉をはじめとした経理、主計に長けた将兵の配属、軍政司令部の協力もさらにスムーズに得られるようになった。
俺が南方義勇兵の扱いについて思い切れたのも、軍団司令部と軍司令部の思惑に乗っているからだった。悪くても黙認される、その自信はあった。
そのうち第100装甲大隊の新規編成が決定された話が、大隊の素性ととも聞こえてきた。
(あの氷のシュラーガーが大隊長なら、思う存分仕事が出来るようにしてやらないと後々恨まれそうだな)
会ったことはないがその名前は聞こえていた。
(一言も小言がでないぐらいにやってやろう)
俺はできる限りのことをやる決心をした。
「いやぁ、あんなにやる気が漲っていたのは初めてでしたよ」
昼食を終えてシュラーガー少佐が戻ってくるのを待っている間、俺は事務所でブリンクマン中佐とコーヒーを手に世間話をしていた。
昼前にマールマン中尉が航空機を牽いて帰って来たのを受け入れたのだが、その時に交わした話から、俺がここを預かることになった経緯の話になったのだ。
「そういうことでしたか、あの作戦に参加されていたとは」
ブリンクマン中佐は目を輝かせて話に聞き入っていた。
「とは言え、戦車の後ろにくっついていっただけですよ、トラックに大砲を載っけただけですからね。それに、実際のところは射撃までやるとトラックのサスペンションが駄目になりますから、あくまで応急措置ですよ」
俺がそういうとブリンクマン中佐は頷いていた。
「それにしても、いきなり昇進させて軍団司令部の参謀にするとは、マルクス中将も思いきったことをしますね」
「あの人は見かけによらず実働派ですからね、参謀という箔が付いた方が仕事がやりやすくなると思ったんでしょう、実際そうでしたよ」
納得顔のブリンクマン中佐を見ながら、禿げ上がった頭に眼鏡を掛けた、物静かな印象を与えるマルクス中将を思い出していた。
「確か師団長閣下とは士官学校の一期先輩だと伺いました」
「ん? そうすると師団長閣下は第7軍司令官のドルマン中将と士官学校同期になりませんか」
「そうです。そのように伺っております」
軍集団司令部を追い出された第91歩兵師団長のホーフェンベルグ中将と士官学校同期の第7軍司令官ドルマン中将、そして一期先輩の第84軍団長マルクス中将。
「そういうことか。俺の昇進やシュラーガー少佐の大隊とか、規格外の事がスムーズに運ぶなぁと思っていたんですよ」
「お三方は気心知れた仲なのでしょう。戦術家としても知られていますし。私は反攻作戦の成功を確信していました」
ブリンクマン中佐はやや残念そうに言う。
「事ここに至っては仕方ありませんな」
俺は肩をすくめた。
その後は突破作戦の話に戻り、ブリンクマン中佐からの質問について考えながら自分の考えを答えていると、車両のエンジン音が聞こえてきた。
俺が外を見ると、P型装甲車の砲塔から上半身を突き出したシュラーガー少佐を先頭にして回収部隊が帰隊した。
ゼップ少尉が事務所から出て行き、回収してきた物資やグライダーの機体を運び入れる倉庫へ誘導するため、トラック縦列の先頭を止めていた。
やがて事務所のドアが開き、シュラーガー少佐が入ってきた。
ブリンクマン中佐と俺が立ち上がって迎える。
「只今戻りました、中佐殿。部隊に損害はありません、戦果は捕虜9名、鹵獲物資多数、あとはグライダーの機体も全て回収しました」カツン!
シュラーガー少佐がブリンクマン中佐に申告すると、中佐が答礼しながら労った。
「鹵獲物資についてはテッタウ少佐に確認集計を取って報告して貰います。捕虜は全員師団司令部へ送りました。掃討作戦はその目的を達成したものとし、只今を持って作戦終了とします。お疲れ様でした、シュラーガー少佐」
「ありがとうございます、中佐殿」カツン!
2人が短い握手を交わして終わると、俺はシュラーガー少佐に椅子とコーヒーを勧めた。
「シュラーガー少佐、まずは一服どうぞ」
「テッタウ少佐、ありがたくいただくよ」
シュラーガー少佐は微笑みながらコーヒーを受け取り、椅子に腰掛けると鼻先でカップを揺らしてからゆっくりと口をつけた。
「今回鹵獲した武器の中に特殊な仕様になっている物がある、保管場所を考えた方がいいと思う」
カップを口から離したシュラーガー少佐が、俺に向かって言った。
「特殊、ですか」
「ああ、消音器が組み込まれた短機関銃と小銃の銃床が折りたたみ式になっているやつだ。特殊作戦向きだな」
「ほう、それは見てみたいですね」
「あとで見てみるといい。何というか、殺し屋の道具だよ」
「なるほど」
職業軍人、特に一部の貴族出身の将校には特殊作戦を卑怯とみる考えが残っていた。確かに騎士道精神を基準にしたら卑怯なんだろうが、今は馬上で一騎打ちという時代じゃない。
(戦う理由は愛とか名誉でもじゃない。あ、でもこの世界じゃそうかも知れないな)
などと思いながら厳めしい顔のまま、コーヒーを楽しんでいるシュラーガー少佐を見やった。
シュラーガー少佐は貴族ではないが、代々軍人として帝国に仕えてきた一族だと聞いていた。彼は正規軍による戦いが好きであり、自分には不正規戦は向いていないことを理解しているだけだ。現にフリーデンタール連隊の必要性や実力は認めている。
(くだらない事にとらわれずに、勝つために必要な事はなんでも吸収して取り入れるからな、ほんとに優秀な将校だよ)
「ところで、シュラーガー少佐」
ブリンクマン中佐が話題を切り替えた。
(中佐、まだ早い! もっとほぐしてからと思っていたのに・・・)
俺は打ち合わせをしなかったことを後悔しつつも表情は固定して全く動かさなかった。
「実は、野戦飛行場からさらに北に、共和国軍の燃料集積場がある可能性があります」
ブリンクマン中佐は先程俺が話した事をし始めた。その途中でシュラーガー少佐がちらちらと俺の方を見ていたが、俺は肩をすくめる以外に何もできなかった。
ブリンクマン中佐の話が終わった後、正面から俺を見ながらシュラーガー少佐が訪ねてきた。
「どのくらいあるんだね、テッタウ少佐?」
「管理していたのは軍団司令部ですよ、我々は発見しただけで数えていません」
「君の見たところでどのくらいだ?」
「・・・そうですね、少なくても30万、多くて60万リットルぐらいはあるんじゃないかと。まったくの勘ですが」
俺がそう言った時、ゼップ少尉が声を上げた。
「少佐殿、失礼ですがもっと多いと思われます」
「なに、そうだったか?」
ゼップ少尉が発見した時の記録らしい書類を片手に続けた。
「少佐殿はひと山300缶で計算されていましたが、100缶ごと4列が3段重ねで、ひと山1200缶です。それが概ね1キロあたり10個あるとして21万6000リットル、それが3キロとして道路脇に積まれた分だけで約65万リットルになります。森の中も合わせると、80万ぐらいはあるのではないかと思います。おそらくエンジンオイルも集積されていると思われますので、含んでの数字ですが」
ゼップ少尉の説明を聞き終えた俺は、精一杯の笑顔をシュラーガー少佐に向けた。
シュラーガー少佐はしばらく沈黙した後
「すぐに回収しよう」
と言って立ち上がった。
「落ち着いてください少佐、そう簡単にはいきません」
「しかし、早期に確保しなくては」
俺は目を爛々と輝かせている少佐の言葉を遮った。
「そうは言っても問題があります。まず保管場所です、すでにここには貯蔵タンクと回収してきた燃料で5万リットルはあるんです、そして倉庫の中には大量の弾薬が入っているんですから、ここに入れるのは危険すぎますよ。それに運ぶ労力も手段もありません」
「それはそうだが・・・」
シュラーガー少佐は眉間に眉を寄せて沈黙した。
「我々と同じくこちらに来ているのか、それを調べてからどうするか考えましょう」
俺がそう言うと、ブリンクマン中佐が続けて言った。
「まずは、少佐も含めて休養を取っていただきます。明後日出発予定で、明日は休養と派出する部隊の編成と準備に当てます」
はっきりと言い切った中佐の言葉に、シュラーガー少佐は静かに了解した。




