28 通常業務
補給処「蜂の巣箱」
補給処長 テッタウ少佐
俺は目の色が変わったブリンクマン中佐に向かって言葉を続ける
「ただ、今もあるかどうかは分かりません」
俺が言わんとするところを理解したブリンクマン中佐は瞬時にトーンダウンした。
「ああ、そういう事ですね・・・。場所は分かっているのですか」
「ええ」
俺はそう言って自席から地図の前まで移動すると、一点を指さした。先程目が止まった地点、鉄道と幹線道路が併走している場所だ。
「これがサン・ヴィレットからヴァードーへ向かう鉄道で、これがコリンケルトとゼダンを結ぶ通称ガルベリー街道です」
俺が地図に書かれた鉄道と幹線道路について説明した。
サン・ヴィレットは共和国東部の主要都市で、鉄道と幹線道路が交差する東部における要所のひとつで、現在は帝国軍南部戦線の補給拠点であり、第7軍司令部も置かれていた。もうひとつのヴァードーは共和国南東部の港湾都市で、現在は帝国軍の海軍基地と空軍基地として機能していた。
コリンケルトは帝国南西部にある都市で、帝国から共和国に入る玄関口であり、ゼダンは南部戦線の最前線になっている街だった。
俺は胸ポケットからちびた鉛筆を取り出すと、幹線道路とは別に鉄道に沿って書き込まれている道路を指した。
「この鉄道に沿う道路に燃料が集積されています」
「道路に?」
「はい、ここに鉄道の退避線がありまして、それを臨時の荷下ろし場として使って燃料を下ろし、道路脇に積み上げて臨時の集積場にしているんです」
「どのくらいあるのですか?」
「分かりません。確認した限りでは給油缶が300缶ごとにまとめて置いてあって、それが道路沿いに点々と並んでいるんです。それ以外にも森の中に積み上げてあるのもありましたので、とても数えている暇がありませんでした」
「確か給油缶は18リットル入りでしたね。それが300缶と言う事は・・」
「ひと山あたり5,400リットルです。それが50あったとして、27万リットルですね」
「それほど大量にあるなら回収を急がないと」
ブリンクマン中佐が呻くように言ったが、俺はそれを否定した。
「中佐殿、ここには大量の弾薬が集積されています。それに加えて燃料も備蓄していますが、これ以上増やすのは危険過ぎます。それにどのみち全部は入りません。なので、あの集積場を発見してすぐに軍団司令部に報告して丸投げしたんです。とてもじゃありませんが我々では管理できませんから」
そう言うとブリンクマン中佐は黙ってしまった。
「ですが状況がこうなった今となっては貴重な燃料です、保管はそのままにするしかありませんが、あるかどうかだけは確認する必要はあるかと」
「そうですね」
ブリンクマン中佐は静かに答えた。
「共和国軍の脅威も排除されましたし、小規模な部隊を出して所在を確認したいのですが、いかがですか?」
「出しましょう。距離は直線で15キロぐらいでしょうか」
「ええ、それともうひとつ確認したいことがありまして」
俺は先程まで考えていた、現状と大きな力との関係と可能性について話すと、ブリンクマン中佐は俺の話に興味深げな表情で応えた。
「異動させられた対象と範囲ですか。対象は絞れますが、範囲は実査してみないとわかりませんね」
「ええ、ですので集積場の確認も兼ねて探索班を出して、範囲が特定できたらその中に残っている物資を全て回収したいのです」
「分かりました。グライダーに加えて野戦飛行場から航空機を回収中だと聞きましたので、全ての回収作業が終わってシュラーガー少佐が戻ってから正式に決定しましょう。準備をしておいてください、私は師団司令部に報告しておきますので、野戦電話をお借りします」
「了解しました、中佐殿」
そして夕日が沈む前にマールマン中尉以下の工兵隊が戻ってきた。
飛行場を確認し、ここと結ぶ幅15メートルの道路を確保したそうだ。
「牽引車両の準備も済んでいますので、明日朝一で作業を開始します」
「ご苦労だが頼む。明日の開始報告は省略でいい」
「了解しました、少佐殿」
敬礼を交わして事務所から出て行くマールマン中尉を見送った後、ふと木が異動することについてフィーラ軍属に質問してみた。
「例の“好意的な感覚”と関係がある、ということでしょうか?」
「はい、それは間違いないと思います」
フィーラ軍属はそう答えると何やら考え込み始めた。
「何か?」
「個々の木が意思を持っているというよりは、森が意思を持っている若しくは森を支配する何かが意思を持っているように思えまして」
「ふーむ、なるほど・・・。だとすると、木を切らない方がいいのでしょうか」
「その、あくまで私の考えですが、沢山切り倒して無駄に腐らせるというような事をしなければ問題ないと思います。元々木は枯れるものですし、同時に新しい芽を出して再生するものですので」
フィーラ軍属の答えに俺は腕を組んで考える。
(確かにこの世界なら薪は欠かせないだろう。あ、でもこの森は特別だったな)
「少佐殿」
天井を見上げたままの俺にゼップ少尉が声を掛けてきた。
「なんだ」
「夕食の準備ができました。ブリンクマン中佐殿にもお知らせしてあります。それからフィーラ軍属殿のお部屋も」
「おう、そうだったな。フィーラ軍属、飯にしましょう。シャワーを使えるようにしてありますから、寝る前にでもどうぞ」
俺は考えに浸るのを中止した。
「はい、ありがとうございます。・・あのシャワーとは」
「ああ、入浴、水浴びのことですよ。お湯が使えますから、今日一日の埃を流してさっぱりしてください」
「お気遣いありがとうございます」
そう答えるフィーラ軍属をエスコートして食堂へと移動した。
翌日。
食堂で朝食を済ませた後、マールマン中尉以下の工兵中隊が出発した。予定通りなら昼前に戻ってくる予定だ。
シュラーガー少佐の方は午後3時を予定していた。
それまでの間に俺は通常の業務をこなしておくことにした。師団司令部への物資の発送。駐屯している部隊への給食、補給処内の施設の点検と整備、整備工場の稼働状況、集積されいる物資の集計と目録の作成、に加えて運ばれてくる物資と航空機の受け入れ準備もあった。
フルトナー中尉が連絡将校として師団司令部付きになったので、俺とゼップ少尉が中心となって采配しなくてはならない。整備工場や備蓄倉庫の詰め所と繋がっている電話を取り、下士官達が持ってくる書類に署名を入れ、然るべき部署にまわす、そんな俺とゼップ少尉をフィーラ軍属が珍しそうに眺めていた。
ここで一番やっかいな仕事は備蓄倉庫の整理だった。なにせ大量の武器弾薬を始めとした軍需物資が備蓄されているのだが、管理が帝国軍流ではないので使いづらいのだ。さすがに糧食は別けられていたが、中には適当に入れられているだけの倉庫もあった。
残っていた書類を見ると、俺の前任者はとにかく搬入されてくる物資を受け入れて、後から整理しようとしていたらしい。しきりに人員の増援を要請していた。
(上に急かされて詰め込んでいたみたいだからなぁ、無理もないが)
元から補給処として建設されていないことも関係しているだろう。
残されていた大量の書類から、ここの成り立ちはよく分かっていた。
元は戦車などの戦闘車輌の実地試験を行う教育機関が使用していた施設だった。施設の南をはしる地方道とエグリーズ村を挟んだ南側の一帯が演習場になっていて、その一部を利用して試験を行っていたらしい。
それがある時を境に補給処として使用することになったのだった。
共和国南東方面司令部からの命令により、それまで駐屯していた教育部隊は慌ただしく撤収し、代わりに後方の補給廠から集められた管理要員と要塞守備隊などから集められた警備隊がやって来て運用が始められた。
それまでの施設は管理施設として使用されることになったのだが、教育のために建てられただけに個室、食堂、シャワールームと設備は充実していたし、機材を保管する倉庫や整備工場も建てられていたので開設は問題なく進んだようだ。
すぐに軍需物資の搬入が始まり、同時に敷地の拡張工事と倉庫の増設工事が急ピッチで進められ、今現在の規模になったそうだ。
共和国東部に駐留する軍に対する補給を考えた場合、共和国東部の南北を結ぶ鉄道と東西を結ぶ幹線道路が交差する地域であり、元から軍の施設があって拡張に必要な土地にも不自由しない立地条件なら使わないという選択肢はない。
(俺もここに目を付けるだろう、場所の選定は最良だと思う)
共和国軍としては、あらゆる軍需物資と自前の輸送部隊を持ち、車両を始めとした装備の整備も行える総合兵站センターのような構想だったらしい。あの燃料集積場もその一環なのだろう。
だが、完全に稼働する前に戦争が始まり、戦線は突破され、寄せ集めの管理要員と警備隊は全てを残したまま撤退してしまった。
(開戦直後は、見事な浸透突破だったからなぁ)
南部戦線を担当する南部軍集団に配属されていた装甲部隊による機動突破作戦は、共和国軍の指揮命令系統を寸断し、混乱に陥った多くの共和国軍部隊が取り残されて包囲されて降伏し、残りは西を目指して敗走を続けた。
この兵站センター構想もそうだが、我が帝国軍が宣戦布告とともに国境を突破したとき、共和国側には国境守備隊と言うには多すぎる部隊が集結していたのだ。しかも防衛任務向きの歩兵ではなく、攻撃任務に適した機械化部隊が多く配置されていた。
(帝国との戦争を計画していたのは間違いない。じゃなかったらこんな物を急に作るはずはないし、国境付近に部隊を集めておく必要もないもんな)
俺の考えを聞いた共和国のお偉いさんは「そんな考えは無い」と言うだろうが、俺を始めとした帝国人を納得させる説明はできないだろう。
(ま、そのおかげで大量の武器弾薬と物資が手に入ったわけだがな)
降伏した共和国軍と敗走した共和国軍が戦場に遺棄した兵器及び軍需物資は膨大な量になった。
軍需物資、特に燃料は前線部隊で消費されたが、兵器や弾薬は使い道がなかったとしても放置しておくとレジスタンスへの供給源になってしまうため、回収が急がれたが作業に投入できる人員が限られていたため、捗らなかった。
前線の後方地域を管理する軍後方地域司令部は、とにかく一刻も早く遺棄された兵器物資を回収して軍の管理下に置きたがっていたので、俺は軍団司令部経由で手を回し、後方地域での回収作業を効率よく進める事が出来た。
(ある意味稼ぎ時というか、またとない補給の機会だったからな、おかげで装甲戦闘車両を揃えることが出来たのは大きかったな)
俺は補給処で鹵獲したトレーラーとトラックを引き連れて、誰に邪魔されることもなく遺棄されているありとあらゆる物資を拾い・・・、いや鹵獲して回った。
そのおかげで補給処は酒と煙草から稼働状態の戦車まで、ありとあらゆる物資が溢れ、そして倉庫内の混乱は増した。
それ以来、備蓄倉庫の整理作業は休むことなく継続して行われていた。
(忙しいけど銃弾に身をさらすわけじゃないからのんびりやろうと思っていたのに、こんなことになるとはなぁ)
軍需物資を集める一方で、軍団から依頼された補給も通常業務としてやっていた。
南部戦線と北部戦線ではある程度成功を収めたが、中央戦線では上手くいかなかった。国境は突破したものの共和国軍の立ち直りが早く、思ったほど損害を与えることができなかったため、前進には出血を強いられていた。
その為本国からの補給は中央戦線に重きが置かれ、南部と北部は受けた損害の補充が滞るようになっていたので、ここの重要度は跳ね上がっていた。
しばらく前からは第84軍団だけでなく、第7軍麾下の他の部隊に対しても補給処の備蓄から供給していたぐらいなのだが、そこへ第7軍司令部が計画した新しい攻撃作戦の準備が加わったので、新たな軍需物資の搬入と第100装甲大隊の編成作業が始まった。
俺以下、補給処の作業量は通常業務に上乗せの一途だった。
書類を捌く手を止めて、代わりにコーヒーカップを手に取った。
(砲兵将校から華麗なる転身を遂げたはずだったんだが、通常業務がこんな風になろうとはなぁ)
ふと、そう思った。
(しかも異世界、で)
目の前の机には、近場にあった書類を手に取って読んでいるダークエルフがいた。
(本国との連絡が途絶えたぶん、現状は深刻だし)
コーヒーを一口含んで香りを確かめる。
(そうだ、コーヒー豆も節約しないと、今のストックでいつまでもつかなぁ)
カップの中のコーヒーを見るといつもの色と香りがそこにあった。
(これだけは変わらないようにやってみるか)
俺は、俺の通常業務を失わないようにすることに決めた。




