23 野戦警察
補給処「蜂の巣箱」西側の森林内
第100装甲大隊分遣隊 シュラーガー少佐
装甲車を先頭にトラックが後に続き、その両側を散開して進んで行く野戦警察部隊を見送った後、“タカ”の傍らで軽歩兵中隊の中隊長だという少佐のことを考えていた。
(名前も知らない男ではあるが、どんな顔をしているのか確認してから殺してやりたかったな)
ロートン少尉達3人と、まもなくここにやって来るであろう3人の捕虜、そして戦死した兵達のことを考えると、怒りや憎しみを通り過ぎた淡々とした感情が湧いてくる。とはいえ、そんなクズを手に掛けて軍歴に終止符を打つのも不本意ではある。
私は逃げ回っているであろう敗残兵から、残されたままの戦死者に気持ちを切り替えることにした。
(機体が見つかったら、まずは遺体の埋葬から始めないとな。できるかぎり早く発見してやりたいが)
生存者がいたり、遺体の数が合わなかったらそれはまた面倒な事になるが、勇敢な兵士に敬意を払うことにいささかの躊躇もない。
(機体を発見した後の段取りはテッタウ少佐が抜かりなくやってくれるだろうから、任せてしまおう)
補給処に機体の存在について報告した結果は予想通りだった。機体発見を補給処に連絡すれば、工兵と作業隊が駆けつけることになっているらしい。
テッタウ少佐曰く“例え残骸でもこの世界では手に入らない工業製品であるから”だそうで、言われてみればそのとおりだった。
(その辺のことは彼の言うとおりにしおくのが最良なのは間違いないからな)
大隊の編成過程を顧みれば、テッタウ少佐の調達能力は帝国軍の中に並ぶ者はいないと思っている。
(あの補給処を彼に任せたのは、第84軍団司令部の重要な功績のひとつになるだろう・・。いや、なるはずだった、と言うべきか)
私はあれほどの適材適所を今まで見たことがなかった。
私は“タカ”の乗員に交替で降車して休憩することを許可し、尋問のため指揮車に連れて行かれるロートン少尉を見送り、しばらくして戻ってきたフィーラ軍属に専用として準備していた水筒を渡すなどして時間を過ごした。
そうしているところへ医療班の衛生曹長が走って来て、肩を負傷していた南方人を先に搬送したいと申告してきた。
理由を尋ねると、出血が酷く助からないと診ていたが、フィーラ軍属が止血処置を行ったことで助かる見込みが立ったらしい。直ちに搬送するよう命令すると、衛生曹長は私に向かって敬礼した後にフィーラ軍属に対して畏まって礼を言うと急いで去って行った。
「医療の心得があるのかね?」
私が尋ねると
「多少はありますが、治療をした訳ではありません。先程は魔法で傷口の流れを一時的に止めたのです」
「なるほど、体の外へ流れないようにした訳か」
「はい。私は水属性の魔法を得意としていますので」
「水属性の魔法・・。いずれ魔法のことについて教えて貰えるかな」
「はい、私でよろしければ喜んで」
フィーラ軍属は私に向かって微笑んでみせた。
素直、という言葉がぴたりと当てはまるその笑顔に、私も自然に笑顔で答えた。
「あの、シュラーガー少佐殿」
「なにかね?」
笑顔から一転、躊躇いがちになにかを言いたそう表情に変わった。
「フィーラ軍属、発言を許可する。なんでも言いたいことを言い給え」
私は最大限の気遣いで忌憚なく話すよう促した。
「はい、少佐殿。この森のことなのですが」
「森? 森がどうかしたのかね」
「この森は、数多くの魔物が住み着いていて誰でも入れる森ではないと聞いています。冒険者でも入る者は稀な森だそうです、そんな森でこんなふうに歩き回れるなんて考えられません」
両眼の目尻を若干下げて、困ったような顔で私を見上げて話すフィーラ軍属はとても可愛らしかった。
「そ、そうなのか。しかし今のところ他に生き物の姿は見えないし、そういった報告もないが」
「はい、私も森に入ってからずっと見ていましたが、魔物はおろか獣、鳥さえも見かけませんでした。そして、その代わりに沢山の骨と魔石です、こんな光景は見たことも聞いたこともありません」
「・・・・・」
私はフィーラ軍属の表情、両眼に現れている困惑を読み取ると雑念を払った。
「そうか、この光景はこの世界でも珍しい光景なのか」
「はい・・」
「では、君はこの状況をどう思う? この骨が、その、魔物の骨ならば、なぜこんなことになったのか、分かるかね?」
この世界の住人をして“見たことも聞いたこともない状況”とは、まだ新参者の私には到底考えが及ばない状況であることは間違いない。
「私にも分かりません。ですが、巨大な魔法・・・力が働いたということしかお答えできません」
「魔法かどうかも分からないのかね?」
「はい、こんなふうに魔物を倒す魔法はない、と思います・・・」
「焼いたようにも、腐敗したようにも見えないので、魔法の力だと思っていたのだが・・・。フィーラ軍属、もしや我々も・・・」
今までこの森に転がる骨を見ても何も思わなかったが、ふと、とてつもなく恐ろしい可能性に気がついた。
“タカ”の中で前を向いたまま聞き耳を立てていた無線手が、ギョッとした顔をこちらに向けるのが分かった。
(しまった、兵に聞かれてよい話ではなかった・・・)
そう思ったが、私自身も不意な話だったのだ。後で個別に話す必要があるだろう。
「それは私にも分からないのですが、少なくともこの森から敵意は感じられないのです、むしろ私達に好意的であるようです」
「なんだって?」
思わず大きな声になってしまった。“タカ”の乗員はもとよりヘルトマン軍曹たちもこちらを見ている。
声を落として質問を続ける。
「すまない。それはどう言う意味かね?」
「申し訳ありません、私にもよく分からないのです。この森そのものが好意的なのか、この森を支配する別の何かが好意的なのか、正確には分かりません」
フィーラ軍属は困惑しきっていた。
「森が意思、考える力を持っている、ということはあるのだろうか」
「いえ、聞いたことはありません。草木の姿形をした魔物はいますが、森全体が魔物ということはないと思います。あとは精霊ぐらいしか・・」
「精霊?」
「はい。人や魔物の力、魔法では成せない出来事は精霊がやったことだと言われていて、実際に説明が付かない出来事が起っているのは確かなようなのですが、詳しいことは誰も知らないのです。古い文献にも書かれていて、精霊に出会ったことがあると言う人々はいますが、真偽の程は定かではありません」
フィーラ軍属は話ながら先程とは違う困った表情を見せた。
「なるほど・・・」
(ホラ吹きも混じっている、と言うことか。だが精霊の存在を否定する根拠もない、か。この世界で人為的でない事象に疑問を感じたところで答えが出る訳でもあるまい)
「分かった、我々に対して好意的であるなら害を加えてくることはない、それでいいのだな?」
「はい。私もそのように感じております」
私がフィーラ軍属に対して問うと、彼女はしっかりと視線を合わせて答えた。
「よろしい。この事は他言無用だ、いいな?」
私がそう言いうとフィーラ軍属は黙って頷き、視線を車内へ巡らすと無線手も頷いた。
ふと、振り向くと“タカ”の前部で車体に寄りかかって煙草を燻らせている操縦手に気がついた。
「ギュンター、聞こえたか」
私が尋ねると、操縦手はさっと向き直り煙草を指に挟んだまま直立不動を取ると
「少佐殿、自分は最初から何も聞こえておりませんでした!」
と元気よく答えたので、私は満足した顔を作って答えてやった。
「ギュンター上等兵、大いによろしい」
「ありがとうございます!シュラーガー少佐殿!」カツン!
若い操縦手は元気よく答え、踵を打ち合わせた。
そこへ、追跡班が確保した捕虜を乗せたトラックが戻ってきた。
トラックは医療班のところで止まると、衛生兵たちと話した後に荷台から丁寧に担架を降ろして小型トラックに向かって運んでいき、続いてもうひとつの担架を同じように下ろすと運んでいった。
続いて荷台から降りてきたのはふて腐れた様子の共和国兵だった。野戦警察曹長と2人の野戦警察官に囲まれて歩き始めたが、離れていても反抗的な態度がよく伝わってきた。
(あれがグライダーのパイロットか)
私は装甲車から少し離れた所に移動して4人が来るのを待っていると、野戦警察曹長は私の元へ捕虜を連れてきて申告した。
「少佐殿、捕虜3名を連行して参りました。2名は救護班に引き渡してあります」カツン!
「曹長、ご苦労だった」
一言労いながら答礼すると捕虜の共和国人に視線を移した。着ている飛行服のようなジャケットには階級章も部隊章も付いていなかった。
「君の階級と氏名は?」
「・・・・・」
「私は帝国陸軍、バルトレン・シュラーガー少佐だ」
「・・・・・・」
共和国人は私を睨むだけで答えようとしなかった。
「大陸陸戦協定を知らないのかね? 君の階級は?」
「・・・・・・・・・」
「分かった、好きにし給え。曹長この男をあそこにいる南方人の隣に座らせておけ」
私がおとなしく待っている南方人を指し示してそう言うと、共和国人はあからさまに怒りを露わにし、共和国語で怒鳴り始めた。
『俺は共和国軍の将校だぞ、あんな未開の野蛮人と一緒にするつもりか!』
「知らんな、君は氏名階級不詳の共和国人に過ぎない。抵抗すれば射殺する」
私が帝国語で返すと男はさらに激高した。
『共和国語で話せ!』
私はひとつ鼻を鳴らすと、男を睨み付けながら共和国語で言ってやった。
『指示に従わなければ殺す』
男が一瞬黙ったので曹長に扱いについて命令を与えた。
「曹長、命令だ。後ろ手に手錠を掛けてあそこに連れて行け、多少手荒く扱っても構わん、手錠がなければ縛れ」
「はっ、少佐殿」カツン!
扱いに困っていたのだろう、曹長は元気よく答えた。
野戦警察の平均年齢が高めであるとはいえ、元々は犯罪者を相手にしていたのだから、一切の荒事が苦手という訳ではないのだ。男を挟んでいる2人の野戦警察官も中年と言うにはまだ若く、体格もがっちりしていた。相手を見て担当させたのだろう。
両脇の野戦警察官が手錠を掛けようと腕を掴むと男は振りほどこうと暴れたが、すぐに腕を捻上げられ小さな悲鳴を発して大人しくなった。同時に両手が後ろに回されて手錠が掛けられると、男は諦めたように俯いたままになった。
野戦警察官たちは手錠の締まり具合を確認すると、目で合図を交わして男を連れて行った。
「ありがとうございます、少佐殿。パイロットと言うことでしたので将校だと思って扱っていたのですが、あのとおりでして」
野戦警察曹長が、安堵の顔で礼を言ってきた。
「賢明な判断だ、コールローザー大尉には私の命令だと伝えておいてくれ」
「はっ、少佐殿」カツン!
「あの3人は何か持っていなかったか?」
「はい、身体検査はしましたが何も持っていませんでした」
「よほど嫌われているようだな、軍隊手帳は持っているものだが」
「はい、下手をすれば第五列として銃殺刑ですが、とにかく帝国憎し一辺倒で困りました」
「ご苦労だが引続き頼む」
「はっ」
曹長は苦笑いを残して離れていった。
(娑婆では優秀な警察官だったようだな、あの態度の者に手錠をかけないで連れてくるとは)
本来告げるべき氏名階級を告げないのは相手の責任なので、階級氏名不詳で反抗的なら身体を拘束するのが当然だと思うが、彼はそれをしなかった。あの男が将校だった場合のことを考えての処置だろう。
(ああいうのに限って後から難癖を付けてくるからな。警察官故の状況判断と言うことか)
私はいつもとは少し違った頼もしさを覚えながら野戦警察曹長の後ろ姿を見送った。
(尋問する捕虜の追加が来たことを知らせておくか)
そう考えて装甲指揮車に足を向けると、ちょうど指揮車のドアが開いてブリンクマン中佐が顔を出した。
お互いの視線が合うとブリンクマン中佐はドアを閉め、“タカ”に向かって歩き出したので、私も同じく歩き出した。
「つい先程、残りの捕虜が到着しました。2名は医療班に引渡し、残りはあそこで順番を待っています」
「そうですか」
そう答えるブリンクマン中佐の表情はどことなく暗くなっているように感じられた。
「なにかありましたか?」
私が尋ねるとブリンクマン中佐は小さな溜息をついてから話し始めた。
ロートン少尉を尋問している中で、任務を遂行した後にどのような手段で味方の戦線に戻るのかを質問したところ、補給処の北に小さな野戦飛行場があり、そこに残されている小型機を使って帰還する計画だったそうだ。
「しかし、その小型機に乗るのは共和国人だけ、だそうです」
私は言葉が思いつかず、ブリンクマン中佐は再び溜息をついた。
「あの少尉はその事を非常に気にしています」
フィーラ軍属が言ったロートン少尉の心情を思い出した。
「・・当然、南方人はそのことを知らないという訳ですな」
「そうです」
私も思わず溜息が漏れてしまう。
(そうするとあの男は、その小型機を操縦するはずだったということだが、知っていたのかな)
「最初は尋問していましたが、今は慰めていますよ」
ブリンクマン中佐が苦笑しながら言うので、私も合わせて頷いた。
「中佐殿、補給処の北に飛行場があるということですが、本当ですか」
「ロートン少尉が言うには北へ8キロほど離れた地点にあるそうです。少佐はご存じありませんか」
「ええ、テッタウ少佐から聞いた覚えもありません。そんなものがあれば彼が知らないはずはないと思うのですが」
その事については他人事ながらかなり自信はあった。
「補給処との連絡用に急遽設営した野戦飛行場ということですから、見落としていたのかもしれません。レジスタンスに飛行機の状態を点検させて、使用可能である事を確認して作戦実施が決定されたそうなので、間違いないと思います」
「そうですか・・」
(補給処から10キロも離れていない場所にある飛行場を、テッタウ少佐が見逃すはずはないのだが)
どうにも腑に落ちないが仕方なかった。
「一応、捜索してみる必要があると思うのですが」
「了解しました。彼等が乗ってきた機体の捜索を行う必要があると考えていたところですので、合わせて捜索を実施します」
「分かりました、そのように願います」
ブリンクマン中佐と敬礼を交わし、ブリンクマン中佐は指揮車の中に戻っていった。
私が“タカ”に戻ろうと振り向くと
「シュラーガー少佐殿!」
フィーラ軍属が控えめに、しかし慌てたように私を呼んだので、注視すると彼女は装甲車の車内を指さしていた。
はっとして駆け寄ると、無線手が送受話器を片手に私を見て頷いた。
[“キツツキ”から“タカ”]
沈黙を守っていた無線機が息を吹き返したのだ。
[“キツツキ”から“タカ”]
[“タカ”受信]
ハッチに身体を寄せて耳を澄ませると、無線手も気を利かせて送話器の音量を上げた。
[“キツツキ”は墜落している航空機を発見した、繰り返す、墜落している航空機を発見した。位置は前進拠点から北北西約7キロの地点、敵影は確認できない、どうぞ]
「周囲の警戒を厳重に、機内を確認せよ。直ちに向かう」
私が無線手にささやくように伝えると、無線手は無言で頷いてそのまま復唱するように送信した。
[“キツツキ”了解。以上]
「ブリンクマン中佐に報告してくる、出発準備だ。ヘルトマン軍曹!」
私が呼ぶと軍曹は直ちに反応した。
「はっ、少佐殿!」
部下達と地面に腰を下ろして休んでいたが、抜かりなくこちらの様子を覗っていたのだ。
「出発する、乗ってくれ」
「了解しました、少佐殿!」
彼が答えるのと同時に分隊全員が瞬時に反応した。武装を片手に素早く集まってきた。
私を中心に半円に集まったヘルトマン軍曹以下の降下猟兵分隊に下命を行った。
「北西に進出した部隊が墜落している敵機を発見した。連中が乗ってきた機体で間違いないと思われる、これより墜落地点に移動して機体の確保に当たる。以上だ」
「了解しました、少佐殿!」カツン!!!
8名が一斉に踵を打ち合わせた。
「出発するぞ」
私がそう言うと、“タカ”のエンジンが始動した。




