22 独立軽歩兵中隊
補給処「蜂の巣箱」西側の森林内
第100装甲大隊分遣隊 シュラーガー少佐
ロートン少尉は苦々しげに口を開いた。
「我々は特別に編成された歩兵中隊で、今回の作戦には1個小隊34名に中隊長を加えた35名で作戦に参加しました」
私は黙ったまま頷いて続きを促した。
ロートン少尉によると、彼等は共和国陸軍第99独立軽歩兵中隊、この作戦のために編成された部隊で、作戦の目的はやはり補給処の破壊だった。
2機のグライダーに分乗した彼ら軽歩兵1個小隊が友軍の爆撃に紛れて潜入し、補給処を襲撃、破壊する予定だったらしい。
作戦に参加する爆撃機に曳航されて前線を越えて侵入し、目的地の手前で爆撃機と分離した直後に対空砲火を受けたことにより編隊は混乱した。
「轟音と閃光を感じましたので、爆撃機が被弾したのだと思いました」
ロートン少尉が述べた内容は我々が体験した“あの時”と同じだった。
その結果1番機は所在不明となり、ロートン少尉が搭乗していた2番機はかろうじて補給処の北西に設定されていた着陸予定地点に到達したものの、着陸地点である平地を発見できず森林に突っ込むかたちで胴体着陸となったため激しく損傷してしまった。
その為、搭乗していた18名の小隊員のうち中隊長の少佐と副小隊長である彼の他に下士官が2人、南方人の伍長と兵6人、それにグライダーのパイロット2名だけが生きて機体から脱出できた。
小隊は作戦開始早々に三分の一になってしまい、そのうえ下士官1人は腹部を強打していて動けず、パイロットの1人も足を骨折して歩くことができなかった。
他の兵達も大なり小なり負傷していて戦力としては1個分隊程度だったが、中隊長は作戦の継続を主張したので、負傷者を帯同して移動を始めたのだと言う。
その後、地図と地形が全く違っていたため自分達の現在位置と補給処の位置を見失い、半ば彷徨いながら補給処を探し続けてようやく発見したのだった。
中隊長は直ちに作戦実施を命令してきたが、小隊の兵力は中隊長以下13名、そのうち作戦実施に従事できるのは副小隊長以下9名に過ぎず、破壊に使用する梱包爆薬も僅かしかない状態では失敗するは明らかだったが中隊長は考えを変えず、ロートン少尉に補給処の偵察を命じたのだった。
「おそらく中隊長は我々が偵察に失敗し、掃討作戦が始まるのを察知して撤退したのでしょう。歩けない者には行動の自由を許可していると思います」
ロートン少尉の言葉には棘以上の含みが感じられた。
「では、残りは7名か」
私がそう言うとロートン少尉が続けた。
「はい、そのうち1名の兵は歩けますが腕を骨折しています」
「わかった、君の決断に感謝する。可能な限り捜索、投降するなら収容して手当てをしよう。ところで、抵抗された場合に説得して貰うことは頼めるかね」
「分かりました、その役目はお引き受けします」
「ありがとう、少尉」
私がロートン少尉に対して敬礼すると、少尉はさっと答礼した。
別命あるまで待機するように伝えると、側で監視していた降下猟兵の軍曹に合図をして一緒に“タカ”へ戻った。
“タカ”の開いている側面ハッチの側まで来ると、腕を組んで軍曹に向き直った。
「シュラーガー少佐だ」
「降下猟兵第3小隊第3分隊ヘルトマン軍曹であります」カツン!
ヘルトマン軍曹が敬礼しながら申告した。
「どう思う」
答礼した右手を下ろし、ロートン少尉を一瞥しながら尋ねた。
「嘘ではないと思いますが、話し過ぎるも気もします」
「言っていた中隊長というのは問題がある人物のようだ」
「あそこまで話したのも中隊長が原因でしょうか」
私は浅く頷いて同意した。
「おそらく。歩けないからと置き去りにする部下に“行動の自由を許可”だからな」
「自決しろと言っているように聞こえます」
「私にもそう聞こえるよ」
ふと、“タカ”の車内を見ると砲手席に大人しく座っているフィーラと目が合った。
「フィーラ軍属、外に出るか?」
動かずに居たことに少し驚きつつ聞いてみると
「よろしいのですか?」
「ああ、はっきり安全とは言えないが大丈夫だろう」
さきほどの教育が効いているのかと思いつつ、外に出ることを許可するとほっとした表情を見せた後に、ハッチをくぐって外に出た。
ほう、と息をついているフィーラ軍属を見て、ヘルトマン軍曹が目を丸くして驚いていた。
「彼女はこの世界の住人で、ダークエルフという種族のフィーラさんだ。軍属として採用されており、師団長閣下は将校待遇を予定されているので失礼のないようにな、ヘルトマン軍曹」
「よろしくお願いいたします」
私が紹介すると、フィーラ軍属は微笑みとともに挨拶した。
「こちらこそ、よろしくお願いします・・・軍属殿」
ヘルトマン軍曹はかろうじて挨拶と敬礼することができた。
そんなヘルトマン軍曹に笑顔を見せた後、フィーラ軍属がじっとロートン少尉を見つめて、小さく溜息をついた。
「彼がどうかしたのか?」
その様子に気付いた私が声をかけると
「あの方は嘘を言っておりません、敵意や憎しみは見えませんので」
視線をロートン少尉に定めたままフィーラ軍属が答えた。
「分かるのか・・魔法か?」
「はい。あの方から見えるのは、困惑、安堵、悲哀、そのような色です」
「そうか、そんな魔法も使えるのか」
「はい、決して正確ではありませんが、抱いている感情は分かります」
そう言っているフィーラ軍属の目は悲しげだった。
「とても苦しみ悩んでいらっしゃるようです」
「分かった、もういい。その魔法を止め給え」
私はフィーラ軍属の目を見ていて、彼女がロートン少尉の苦悩を共有しているように感じたので魔法を止めさせた。
「はい・・」
フィーラ軍属は返事をしながら視線を私に移した。
「その魔法は求められた時だけ使用するように、いいな」
「承知致しました、シュラーガー少佐殿」
「よろしい、少し休み給え。この近くなら散策してもいい」
「はい、ありがとうございます」
そう言うと、彼女は静かに離れていった。
私とフィーラ軍属とのやり取りを間近で見聞きしていたヘルトマン軍曹は、心身ともに硬直したままになっているようだったので
「あの少尉は信じて良いということだ、ヘルトマン軍曹」
私がそう言うと軍曹は正気を取り戻したように、しっかりとした声で答えた。
「了解しました、シュラーガー少佐殿」カツン!
1時間後、増援部隊がやって来た。
H型戦車4輛とトラック6台に乗車した野戦警察部隊、見慣れない大型の装甲車輌が1台、そして車体に丸い白地に赤い菱形を十字に組み合わせた赤菱十字を描いた救急車と小型トラックが続いていた。
(あれは共和国軍の装甲指揮車じゃないか、わざわざ引っ張り出してきたのか。・・と言うことはブリンクマン中佐が出てきたんだな)
戦車たちは停車している装甲車の横を通過すると、50メートルほど先で左右に展開し、半円を形作って停車した。
トラックは手前で停車し、乗っていた警察官達が降車して整列している。
(野戦警察が2個小隊か)
整列する警察官の数を見て呟いた。
(南方義勇兵がよかったのだが、まだ早いか・・)
野戦警察は後方地域での治安維持が任務であるがゆえに、前線部隊に比べて平均年齢がやや高い。
目の前で整列している警察官達ももちろんそうなのだが、加えて表情はどれも冴えない。
(現状では仕方ないか。掃討戦だしな)
彼等を見ながら師団の現有戦力で一番の課題を強く感じた。
(義勇兵の戦力化を急ぐ必要がある)
そう考えていると装甲指揮車が近づいて来て停車し、その後ろに救急車と小型トラックが続いて停車した。
装甲指揮車の側面ドアが開き、ブリンクマン中佐が降りてきた。
私が歩み寄って敬礼するとブリンクマン中佐も答礼してきた、そして
「お疲れ様でした。状況が掴みづらいので来てしまいました」
ブリンクマン中佐の言葉に微笑みながら応えた。
「作戦は順調に推移しています。敵の正体も兵力も判明しました」
「やはり落下傘歩兵ですか?」
「いえ、南方人で編成されたグライダー歩兵でした」
私が答えるとブリンクマン中佐は頷いた
「なるほど、それなら落下傘ほどの高度な訓練は必要ありませんね」
「その通りです。指揮官は落下傘歩兵ですが、兵は南方人で編成された1個小隊でした」
「それは捕虜からの情報ですか?」
「はい、副小隊長である少尉を捕虜にしています」
「将校が喋ったのですか、それは信じてもいいのですか?」
ブリンクマン中佐が怪しむ表情をみせた。
精鋭であるはずの落下傘歩兵が簡単に情報を話すとは、私も思っていなかったので当然と言えた。
「我々が認識している共和国人とは少し違うようでして、色々と思うところがあるようです」
「少し違う?」
「南方人の扱いについて、です。負傷した南方人を部下であると言う理由で見捨てられなかったと言っています。しかし上官である中隊長は歩けない3名を置き去りにして撤退したようです。3名とも共和国人ですが」
「なるほど」
ブリンクマン中佐は頭を小刻みに振りながら、なんとも理解しがたいという表情を隠さなかった。
そこへコールローザー警察大尉がやって来て、敬礼を交わす。
「シュラーガー少佐殿、自分以下2個小隊、増援として参りました。ご命令をお待ちしております」カツン!
「了解した。コールローザー大尉、現在まで捕虜が6名いる。ここに3名、さらにここから西へ行ったところで3名。これの監視と移送に君の部隊から2個分隊を当て貰いたい。現在、降下猟兵がここの周辺警戒と捕虜の監視に当たっているので1個分隊はこれと任務を交代し、もう1個分隊は西で確保した3名の移送をやってもらいたい」
私が一度言葉を切ると、コールローザー警察大尉は頷いた。
「その3名のうち2名が歩行不能で、ここにも1名重傷者がいる。この3名を救急車で衛生大隊へ搬送し、師団司令部に引き継いでくれ。引き受けの手配は私から依頼しておく」
私がコールローザー警察大尉に向かって言うと、
「承知しました、少佐殿。医療班が同道しておりますので、そちらと調整して実施します」カツン!
私は頷くとブリンクマン中佐に向き直った。
「ここから西へは降下猟兵第3小隊が掃討を行っています。野戦警察小隊に装甲車1台ずつ随伴させて北西と南西に分けて掃討作戦を継続します」
「了解しました、そちらはお任せします。私は捕虜尋問してみます、通訳を連れてきているので他にも聞き出せるかもしれません」
「お願いします」
その後、通信や捜索について細かい打ち合わせを済ませると、コールローザー警察大尉は部隊へと戻っていき、私は捕虜がいる場所に戻っていたヘルトマン軍曹を呼んだ。
「少佐殿」カツン!
敬礼するヘルトマン軍曹に答礼しながら
「監視任務を野戦警察に引き継いでくれ。終わったら分隊をまとめてここに集合して待機だ、すぐに動けるようにな」
「はっ」カツン!
ヘルトマン軍曹は踵を返すと小走りで戻っていった。
その後ろ姿を見ながら作戦の今後について考えた
(どこまでやるか、だな。詳細な地図が無いから無線だけが頼りだ、範囲を広げすぎると統制に支障がある。下手をすると位置を見失う部隊が出てくるな)
この世界に来る前は、元の世界で使っていた軍用地図と地方都市で入手した一般用の地図を併用していたが、当然役には立たない。
しかし、補給処と師団司令部をはじめ部隊が駐屯していて建物ごと移ってきた集落の位置は元のまま変わっていないので、手持ちの地図と実際の地形を当てはめることでおおよその位置を把握できていたが、それでは限りなく心許ない。
(歩けない負傷者を置き去りにしたということは、移動するスピードも上がっているだろう・・・。ここから5キロ、それで打ち切るか)
日没後はさらに行動が困難になる。
よく訓練されている降下猟兵ならまだしも、治安維持が任務の野戦警察官に多くは期待できない。
整列している野戦警察部隊を見ると、コールローザー警察大尉が将校を集めて命令を下しており、その向こう側には冴えない表情の中年男達が整列したまま待っていた。
(残っているのは中隊長以下7名、存在すること以外にできることはないだろう)
そう考えた時、ロートン少尉の言葉をふと思い出した。
( あの少尉が乗っていたのは2番機で、1番機は行方不明だと言っていたな・・)
額に手を当てて唸ってしまった。
(もう1個班いる可能性があるのか・・・)
完全に否定できない可能性は考慮しなければならない。
(1番機の部隊が生き残っていたとしたらすでに移動しているだろうから、機体を探すか。死体が残っていれば部隊の規模を把握できるだろう。それに機体に物資が残っていると補給拠点になる可能性がある。回収するか焼き払うかしないとやっかいだ)
そう考えた時、私の脳裏に満面の笑みを浮かべたテッタウ少佐が思い浮かんだ。
(・・回収した方がよさそうだな。詳しく報告しておくか)
私は“タカ”の無線手に補給処を呼び出すよう命じた。
その後は私が考えていたとおりに進んだ。
野戦警察の1個分隊が現在地の警戒と捕虜の監視任務に就き、ヘルトマン軍曹の分隊が私の元に集合した。
もう1個分隊はトラックに乗車して、ゼーレン少尉の追跡班が確保している捕虜を移送するために出発した。
野戦警察の本隊となる2個小隊は、南西方面に“カケス”と1個小隊が進み、北西方面にもう1個小隊が“キツツキ”と進んで掃討を開始した。
各部隊には最大5キロまで掃討を実施し、その後は別命あるまで待機することと、墜落もしくは不時着している敵機の発見に努めるよう命令を追加した。
(私はここを動くべきではない)
そう思いながら、離れて行く獲物のことを考えていた。




