19 掃討作戦
装甲車「011」号車内
第91歩兵師団司令部主任参謀 ブリンクマン中佐
私とシュラーガー少佐、フィーラの3人はP型装甲車に乗車して、護衛役のもう1台の装甲車と衛生大隊から派遣された救急車と共に、開通したばかりの連絡道路を使って「蜂の巣箱」へと向っていた。
乗員4名の装甲車に操縦手と無線手を含めた5名はきついと思われたが、操縦手と無線手は定位置でシュラーガー少佐は車長席、フィーラが砲手席、私は砲手席の後ろの空間に膝を抱えて座ることで解決した。
砲手席にちょこんと座っているフィーラの後ろ姿を見ながら、
(同行するのがフィーラでよかった。さすがにこの空間にサレーラといたら男の性が出てしまいそうだ・・・)
ふとそんなことを考えてしまった。
フィーラは小柄で細身、明朗活発といった雰囲気で、容姿は15歳ほどの少女に見える。
サリエは20台前半、身長は165位だろうか、スレンダーな体型で落ち着いた雰囲気。
サレーラも20台前半に見えるが、身長は一番高く170センチはある。強い意志を持った女騎士といった雰囲気で、一番女性らしい体型で将兵の眼を惹き付けていた。
(こんなに距離が近いとさすがになぁ)
すぐ前に座るフィーラのうなじを見てしまうと、いかに幼く見えるとはいえ気になってしまう。その時、フィーラがちらりと振り向くような仕草を見せたので驚いたが、狭いためか顔をこちらに向けるには至らず、私は安堵した。
(偶然だよ、な?)
急に早まった鼓動を気にしつつ、なんとなく視線を逸らしてしまった。すると、フィーラが砲手席の右側に固定されている25ミリ機関砲の機関部へそっと手を伸ばした。その時、装甲車が急停車した。
「フィーラ軍属、何をしている?」
私の目前にあるフィーラの後頭部めがけて、咎める声が突き刺さった。
車長席ではなく砲塔後部のハッチの縁に腰掛けて、上半身を砲塔の外に出している体制で外の状況を視認していたシュラーガー少佐だった。ほぼフィーラの後方斜め上に腰掛けて、上半身は砲塔の天蓋に乗り出していたはずだが、たまたま車内をのぞき込んだところだったようだ。そして、機関砲機関部の真上に備えられた小さな補助灯が照らしていたからフィーラの行動は一目瞭然だった。
「あ、いや・・なにか・・その・・」
フィーラがしどろもどろになっていると、ハッチから車長席に降りてきたシュラーガー少佐がフィーラを見据えたまま
「それは武器だ。今の状態で作動すれば前を走っている味方を殺すことになる。許可無く、無闇に、触れてはいかん。いいな?」
シュラーガー少佐に睨まれたフィーラは、眼を逸らすことすらできず心の中で悲鳴をあげているのが手に取るように分かった。
「・・・も、申し訳ありません・・・」
消え入るような声でようやく謝罪を口にしたフィーラは、砲手席でさらに小さくなってしまった。
魔法で凍らせる、などと言っていたフィーラを眼力で凍りつかせたシュラーガー少佐は満足げに頷くと、一言「気をつけてくれ」と言って元の位置に戻っていった。
(・・冷酷なまでに有能な・・)
私はカウフマン曹長が言った、少佐の二つ名を思い出していた。
同車内
第91歩兵師団司令部軍属 ヴィクゼル・ヤスウェル・フィーラ
ホーフェンベルグ伯爵様のお話から、どこか別の場所にいる部下の方々が何者かに襲われ、1人怪我をされたことは分かった。
サレーラお姉様とサリエ姉様は別の方々とパーティを組むことになったし、私だけここに居るだけでは申し訳ないので、伯爵様にお願いしてお手伝いさせて頂くことにした。
(ここに居るよりは、外に出た方が面白そうですものね。何ができるか分からないけど、何かできることはあるでしょう)
外は夕暮れ時だったけれどすぐに移動することになり、ブリンクマン中佐と新たにやってきたシュラーガー少佐という方と同行するよう命じられた。
てきぱきと指示を出して出発準備を整えている2人を見ながら
(は~、お仕事に精励されている源人族の男の方って見惚れてしまうわ~。お二人ともお顔立ちもいいし・・)
そんな事を考えていると準備が整い、ソウコウシャと呼ばれる乗り物に乗って移動することになった。昨日乗った中型兵員車とは違う、初めて聞く乗り物だった。それは全体が鉄の板で覆われていて、上には横に伸びた丸い管を備えている。乗り降りにはハッチと呼ばれる鉄製の扉を開けなくてはいけない。
(これなら弓矢で攻撃されても大丈夫ね。)
ソウコウシャの中に乗ってみると、狭いし臭いし椅子の座り心地は悪いしと良いところは無いが、戦うための乗り物だと考えれば納得はできた。
(でも、私が椅子に座っているのに、ブリンクマン中佐があんな乗り方をしているのは、さすがに気が引けますわ)
シュラーガー少佐の号令で動き始めたソウコウシャの中で、一応椅子に座らされている自分の後ろで窮屈そうに床に座っているブリンクマン中佐を案じて少しだけ“様子”を覗いて見ると、私の心配を余所に中佐の心は明らかに男の性を表していた。
(まったく! 世界が違っていても男の考えることは変わらないんだから!)
ブリンクマン中佐を気遣う心は一瞬で蒸発した。
(どーーせ、サレーラお姉様と比べているんでしょうけどね! )
今までに何度もそのような扱いをされてきたフィーラにはお見通しであった。
(どぉーして私の一族はみんなこんな体型なのかしら? 元をたどればサレーラお姉様の一族とは同じ血族だったと言うのにぃ!)
ひとり砲手席で苛立つフィーラに、車内の誰も気がつかない。
(ちょっといい男だと思ってたのに! 何かこの辺の機械を適当に動かしてやろうかしら)
座っている椅子の右側に固定されている機械に手を伸ばした。その時、装甲車が急停車した。
慌てて手近な所にあった取っ手のような物を掴み、衝撃に耐えた。
(どうしたの?)
そう声に出そうになった時、
「フィーラ軍属、何をしている?」
頭の後ろから、やけに冷たい咎める声が耳に突き刺さったので驚いて振り返ると、上にあるハッチに腰掛けていたシュラーガー少佐だった。少佐はゆっくりとハッチから降りて、その下にある椅子に座った。
機械の上にある仄かな明かり照らされたシュラーガー少佐の両眼は、ゴブリンぐらいなら逃げ出してしまうのではないかと思えるほどの眼力を放っていた。
(こ、この眼は、か、勝てそうにない、いえ絶対に、勝てません・・・!)
全身から冷や汗が出るような感覚とともに動けないまま
「あ、いや・・なにか・・その・・」
何か言おうと四苦八苦していると、
「それは武器だ。今の状態で作動すれば前を走っている味方を殺すことになる。許可無く、無闇に、触れてはいかん。いいな?」
自分がやらかした事と、シュラーガー少佐に睨まれている事でもはや思考能力が停止してしまった。
「・・・も、申し訳ありません・・・」
かろうじてそれだけを言うと、少佐は一言
「気を付けてくれ」
それだけ言って元の位置に戻った。
シュラーガー少佐が何事かを指示すると、再びソウコウシャが動き始めた。
同車内
第91歩兵師団第100装甲大隊長 バルトレン・シュラーガー少佐
将軍の丘から補給処へ向かう途中、搭載されている25ミリ機関砲に触れようとしたフィーラに対して、武器の取り扱いに関する教育を受けていない者が許可無く触れてはいけないことを言い聞かせると、私は再びハッチに腰掛けて周囲に視線を走らせた。
(どう考えても敵は多くて1個小隊程度だろう)
そもそも我々がいたのは戦線後方で、共和国軍は存在していなかった。ならば襲撃してきた敵はレジスタンスか、師団長閣下が言っていたように侵入した敵機の搭乗員ぐらいのものだ。
しかし、かつて軍隊経験があると言う程度の一般市民が武装しただけのレジスタンスが、この状況で攻撃を加えてくるだろうか?
(いや、彼等は愛国者であってもプロではない、装備もなく統制も取れない。不可能だ)
では、墜落か不時着したであろう航空機の搭乗員か?
(いや、せいぜい護身用の拳銃しか持たないはずのパイロットが、わざわざ敵軍の拠点に近寄っては来ないだろう。投降するためでもない限り)
状況として、敵は発見されたために反撃して撤退したというから、偵察を行っていた可能性が高い。それなら攻撃を企図していることになる。
(目的は補給処の破壊、それしかない)
あの補給処を破壊できずに我が軍に奪取されたことは、共和国軍にとって充分すぎる汚点だ。実際、我が軍は充分な恩恵を受けている。そして、我が軍の補給拠点の中で最大であり、かつ唯一共和国軍が正確に位置を把握している場所でもある。
(少数で潜入し襲撃して破壊、離脱。そうなると敵は降下猟兵、共和国軍では落下傘歩兵だったな。奴らである可能性が高い。規模も最大で1個小隊、実数はもっと少ないと思うんだが・・・)
ここでひとつ疑問が生じる。共和国軍の落下傘歩兵は、我が軍の降下猟兵と同じく精鋭部隊とされているはずだ。その精鋭を、生還が難しい作戦に投入するだろうか?
(我が軍の戦線後方に落下傘降下、補給処を破壊して後方を攪乱する。それはいいがその後は? 味方の前線まで約80キロメートルもあるんだ、敵中突破させるつもりか? 共和国軍にもあいつみたいなのがいるのか)
優秀な将兵を使い捨てにする、優秀な参謀と将軍。
(馬鹿はいつでも、どこにでも、か)
暗闇の中に、前方を進む護衛役の「012」号の誘導灯が微かに見えている。その灯りは4人の人間が生きている証だ。この「011」には5人、後方の救急車にも5人。使い捨てにしてよい人間など1人もいない。
(可能な限り連れて帰る)
私はそれが自分の使命だと考えている。そして、任務の達成もだ。その為には犠牲が生じるかもしれない。矛盾しているが我々は戦争をしているということなのだ。
(奴らは簡単には降伏しないだろう。捕虜を取るのは難しいかもしれんな)
やがて、「012」号が補給処の正門に到着して警備隊と接触、車列は敷地内に入り、事務所前に停車した。
3人で真っ暗な事務所に入ると、机の上に置かれた小さなキャンドルランプの灯りを頼りにテッタウ少佐の机に集まり、現在までの状況説明を受けた。
今のところ判明しているのは、補給処の西側において警戒中の警備兵が人影を発見、誰何したところ発砲され1名が負傷、他に被害は無し。
「発生直後に降下猟兵中隊第3小隊のゼーレン少尉が、志願した南方義勇兵を含めた11名を率いて捜索に出ています。10分前の報告で、足跡から敵はおそらく3名、その中に負傷者がいて、現在その血痕を追跡しているとのことでした」
ブリンクマン中佐が頷く。
「了解しました。師団長閣下の命令で掃討作戦を実施します。総指揮官は私、捜索部隊はシュラーガー少佐、負傷者と被害の把握と復旧はテッタウ少佐が指揮を執っていただきます」
「了解」
「了解しました。まず負傷者の手当をお願いしたいのですが」
私に続いてテッタウ少佐が早速仕事を始める。
「救急車を帯同してきましたので、そちらに乗せてください。すぐに野戦病院へ送ります」
「ありがとうございます。軍曹、負傷者を救急車に乗せろ、急げよ」
「はっ、少佐殿!」
テッタウ少佐が命じると、下士官が急いで出て行った。
「中佐殿、ゼーレン少尉は支援を要請するまで待機して貰いたいと言っていました、それでよろしいですか?」
「彼等がそう言うのであれば、そのようにしましょう」
テッタウ少佐が求めた追認に対する、ブリンクマン中佐の答えに少し違和感を覚えた。テッタウ少佐も同様らしい、2人でブリンクマン中佐を注視してしまう。
「あ、いや・・」
我々の視線に気がついたブリンクマン中佐が少し躊躇った後、顔を寄せてきたので私とテッタウ少佐も察して顔を寄せて耳を澄ませた。
「彼等はフリーデンタール連隊の要員だそうです」
「なるほど・・・」
ひときわ低い声で教えられた内容に、溜息のような答えが漏れた。
(フリーデンタール連隊・・、実在したのか)
噂だけの存在に初めて出会った、正直な感想だった。
「実在したんですな。どうりで、南方義勇兵を気に入る訳だ」
テッタウ少佐も同意見だったようだが、低い呟きにブリンクマン中佐が食いついた。
「というと?」
「いえね、南方義勇兵たちは故郷で狩りをするときに弓を使うんです、静かに忍び寄って一撃仕留めるんですよ。それをゼーレン少尉が気に入っていたので、降下猟兵ってそんな事を求める連中だったかな、と思っていたんです」
テッタウ少佐の苦笑混じりの答えにブリンクマン中佐がにやりと笑った。
「皆揃って軍務に精励していてなによりですな」
私が一言言うと、2人は静かに笑いだした。
一瞬、我々が和んだのを見計らって、若い上等兵が控えめに声をかけてきた。
「少佐殿、お茶をお持ちいたしますか?」
「ん? 俺はコーヒー党員だぞ、知らんのか?」
「いえ、そちらの方に・・」
上等兵が遠慮がちに右手を差し伸べるようにして指し示した先、私とブリンクマン中佐の後方にはフィーラ軍属が慎ましく立っていた。
(いかん、忘れていた)
フィーラ軍属が黙って待っていた事を評価しつつ、私は自分の過失を素直に認めた。
その間にテッタウ少佐が身を乗り出して、フィーラ軍属を見つけてしまった。
「そちらの方って・・、誰だ、君は!?」
「ああテッタウ少佐、実は・・」
ブリンクマン中佐が、彼女と姉妹達を軍属として採用した経緯を手短に説明している間に、私はブリンクマン中佐との間を一歩動いて空けると、フィーラ軍属に前に出るよう促した。
「この世界の住人・・、ダークエルフ・・」
ブリンクマン中佐の説明を聞き終えたテッタウ少佐は、信じられないものを見ている目でフィーラ軍属を見つめていた。
「ヴィクゼル・ヤスウェル・フィーラと申します。軍属として伯爵様にお仕えすることになりました、どうぞお見知りおきくださいませ」
フィーラ軍属が今まで通り、流れるような仕草で挨拶をすると
「・・本物のダークエルフが喋ってる・・」
テッタウ少佐は呆然としながら呟いていた。
「あの、私達のことをご存じなのですか・・?」
それに気がついたフィーラ軍属がテッタウ少佐に尋ねた。
「え? ああ、いやその、ここの責任者のテッタウ少佐です、どうぞよろしく。ええと、フィーラ、さん」
ほぼ、しどろもどろになりながらテッタウ少佐が自己紹介をしたが、こういった様子の彼は滅多に見ることができないので面白い。
「テッタウ少佐、君はダークエルフを知ってるのかね?」
私が話を振ってみると、テッタウ少佐は照れた様子で答えた。
「いやあ、子供の頃に読んだお伽話から興味を持ちましてね、学生の頃はよく小説を読んでいたんです“剣と魔法の物語”とか・・」
私とブリンクマン中佐は、初めて聞くテッタウ少佐の一面に驚きつつ視線を合わせた。
(意外と夢見がちな一面もあるということか)
そこでふと、将校3人が軍務と全く関係が無い話に夢中になっているのではないか、と言うことに思い当たり事務所の中を見渡してみると、奥の方で待機していたはずの将校下士官達がフィーラ軍属を一目見ようと、我々を囲んで目を見張っていた。
「諸君、彼女は師団長閣下の判断で軍属として採用されたものであり、師団長閣下は将校待遇を予定されている、その事をよく覚えておくように。よろしいな?」
私が咳払いをひとつしてからそう告げると、囲んでいた全員が無言のまま直立不動を取った。ガヅン!!!
「そう言えば仕事中でしたな」
テッタウ少佐が気まずいところを隠すように話を元に戻しながら、部下達を見渡すと、皆にやにやしながら自席に戻っていった。
「ゼーレン少尉から支援要請があった場合の対応は?」
私がテッタウ少佐に確認すると
「大隊本部小隊のクレーライン中尉が準備しています。バルクマン大尉には西側の防衛を任せています」
「了解。それでは、要請があった時は私が直接指揮を執ります」
「了解しました。捕虜の件くれぐれも頼みます」
ブリンクマン中佐の返答を聞いて、先程の考察を思い出したので中佐に話してみた。
「・・・私が考えているとおりなら、奴らは最後まで戦うでしょう」
ブリンクマン中佐は私が話している間、何も言わずに時折頷いていた。
「分かりました。捕虜は可能であればという命令でしたので、そのとおり願います」
「了解しました。私はクレーライン中尉と、兵力と運用について確認します」
「それならこちらに呼びましょう」
テッタウ少佐がそう言って伝令を呼んだ。
私は礼を言って、近くの椅子を引き寄せるとフィーラ軍属に座るよう促し、私自身ももうひとつの椅子に腰を下ろした。そしてフィーラ軍属の方を振り返り
「さて、お呼びが掛かるまで待つとしようじゃないか」
私の言葉にフィーラ軍属は緊張した面持ちで、小さく「はい」とだけ答えた。




