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1-7 最初の事件の真相

 真矢の後を追って俺はどこかに移動する。だが荒事があるとは言われたが俺は今どこに向かっているのかさっぱりわからなかった。


「なあ真矢、どこに行くんだ」

「ああ、さっきのラーメン屋だよ」

「ラーメン屋? なんでまた」

「行けばわかるよ」


 質問に彼女は何も答えてくれず状況が理解出来ないまま俺は街を歩き続ける。一応は助手なんだから教えてくれてもいいのに。


 んで、言われるがまま先ほどのラーメン屋に入店したわけだけど。


「なんじゃいコラァ! この店は客にコーカサスオオカブトの入ったラーメンを食わせるんかい!」

「え、いや、日本にコーカサスオオカブトはいないと思いますけど……」


 店ではチンピラがいちゃもんをつけて店の人を脅していた。東京ではよく見られる光景だけど鳥取でもこういうのはあるらしい。だがラーメン代よりもコーカサスオオカブト代のほうが高くつきそうな気もするが。


「ああん、なめとんのか! 俺は山蛭やまびる商会のモンやぞ! ガタガタ抜かさんとタダにせぇ!」


 ちなみに解説をすると山蛭商会とは東京に拠点を置くマフィアの事だ。割と最近出来た歴史の浅い反社だがトップは敏腕で知られていて、瞬く間に既存の組織を駆逐して勢力を拡大し今では日本のみならずアジアでも上位に入る巨大な犯罪組織となっている。


 しかし基本的に素性を隠すマフィアは自分からマフィアですとは言わない。それはスパイが自分からスパイですと言う様なものだ。


「はーい、失礼しまーす」

「ああん!? なんやワレェ!」

「あ、おい」

「まあ見てて」


 だが真矢はそのチンピラに話しかけてしまった。当然相手はドスの効いた声で威嚇して今にも殴りかかりそうだったけど彼女にも考えがある様だしここは少し様子見をしよう。


「山蛭商会にもいろいろいるけど基本的に大多数は傘下の組織に属しているよね。君は具体的にどこの組織なの?」

「あん!? そ、それは……とにかく山蛭商会なんじゃい!」


 チンピラは当然そのあたりの設定がガバガバだったのですぐに答えに窮してしまう。もちろんこんな事をしなくても最初の段階で違う事はわかっていたけどさ。


「本家って事? ふーん。でも山陰はそもそも山蛭商会のシマじゃなくて九頭龍くずりゅう海運のシマだよね。今はピリピリして抗争中なのに何でこんなところにいるの? 普通に殺されるよ?」

「それは……やかましいわボケ!」

「えーと」


 店員さんもそのやり取りでこの人物がヤクザなどではなくただのチンピラだと理解してしまった様だ。


 ちなみに再び解説をすると九頭龍海運とは主に北海道や山陰、千葉のあたりにいる戦前から存在する反社で、表向きは普通の海運業をしているがこちらも日本では上位に入る反社会的勢力である。新興勢力の山蛭商会とは仲が良かったり悪かったりしているが今は揉め事が起こったばかりなのでピリピリしていたはずだ。


「カタリって本職の人が一番嫌がる事だって知ってる? 僕が今電話をしたらすぐに飛んでくると思うよ」

「ぐ、む、む……ッ!」


 真矢に全てを見抜かれたチンピラは顔を真っ赤にして拳を握りしめてしまう。こりゃそろそろ暴れそうだからいつでも取り押さえられる様にしておかないと。


「だーもうごちゃごちゃうるさいわッ! いてこますぞボケッ!」

「ッ!」


 そしてとうとうチンピラは激怒し真矢に襲い掛かってしまった。危ないッ!


「ふんッ!」

「がふッ!?」


 だが真矢はすかさずその腕を掴んでくるんと回転、渾身のレインメーカーを浴びせチンピラを脂ぎった床に沈める。その一瞬の事に俺も店員も何も出来ずただただ唖然としながら眺める事しか出来なかった。


「店員さん、ちょっとこいつ借りてくよ。あ、これ代金ね」

「あ、はい……ありがとうございました」

「こりゃまた」


 真矢は自分よりも大きな成人男性を米俵の様に担いで店の外に出て行った。推定で百キロ弱はありそうなのに女子高生とは思えないくらい相当な力持ちである。いや真矢が女子高生かどうかはわからないけど。


「というかこれじゃあ俺別にいらなかったんじゃないか。探偵がプロレス技を使うなよ」

「プロレスは探偵の嗜みさ。よっと」

「ぐふぅ……」


 真矢は店の駐車場に移動してすっかり大人しくなったカタリを置いた。敵はもう戦意を喪失し抵抗しようとする気力も失ってしまった様だ。


「ところでどうして君は無銭飲食なんてしようとしたんだい?」

「その……豪遊して金が無くなって」

「豪遊かあ。でも豪遊するにはお金が必要だよね。どこでそんな大金を?」

「それは、」


 彼女の追及にカタリは言い淀んでしまう。きっとその金は綺麗なものではないのだろう。しかし真矢はそんな事を聞いてどうするつもりなのだろうか。


「楊彩文って人から殺人の依頼があったんだよね。そしてその前金を受け取ったんだよね?」

「チッ、そうだよ。俺がヤクザだって聞いたあいつに強盗に見せかけて拳銃で頭を撃って殺してくれって頼まれたんだ。こちとらそんなものは持ってないっていうのによぉ」

「ああ、こう繋がるのか」


 俺はカタリの口からその言葉を聞いてようやく腑に落ちてしまった。つまりはそれが楊彩文が拳銃だと思い込んだ理由だったのだろう。


 つまり今回の事件をまとめると、


・楊彩文はカタリに拳銃で強盗に見せかけて弓河内さんを殺すよう依頼した。

・しかしカタリは実行するつもりはなかった。

・それとは関係なく猫が爆竹の音に驚き屋敷の中に侵入。

・侵入した猫によりツボが落下して弓河内さんが頭を負傷して気絶。

・そして爆竹の音を聞いて銃と勘違いした奥さんはカタリが拳銃で殺したと思い込んだ。


「というわけだね」

「だな。実にしょうもないオチだ」


 そしてカタリの自白によりすべての謎が解け俺はようやくスッキリした気分になった。これにて事件は無事解決かな?


「けどこのカタリは警察に連れて行くとして、証拠に乏しいから立件出来るかどうかは微妙な所だが……教唆は実行しないと難しいからなあ」


 ただ俺はその一点だけが気になってしまった。何故なら今回の証拠は今のところこのカタリの証言だけだからだ。


 そう、今回の事件において楊彩文もカタリも弓河内さんに対しては何も行なっておらず法に抵触している事は何もしていない。教唆は実際に犯罪行為をしなければ犯罪として認める事は難しいのでせいぜいカタリに詐欺罪が適用される程度だろう。


 けれど。


「ああ、カタリさんはもう帰っていいよ。けど後で話は聞くからそのつもりでね」

「え?」

「え?」


 なんと真矢は彼を警察に連れて行く事はせずこの場は見逃す事にした様だ。その不可解な行動に俺のみならずカタリもまたひどく戸惑っていた。


「どういうつもりだ、真矢」

「君も元警察官ならわかっているんだろう? これを事件にするのは難しいって事を」

「そりゃまあ……」


 俺の考えていた事を真矢もまた当然わかっていたらしい。俺が同意すると彼女は肩をすくめてわざとらしく困った顔をした。


「よ、よくわからんが俺は帰っていいんだな? じゃあ逃げるからな!?」

「あ」


 お咎めなしで済むとわかりカタリはいそいそと退散してしまう。俺は警察官の癖で追いかけようとしたが、追いかけたところで大した事は何も出来ないと思い至りやめた。


「良かったのか、これで」

「まあ上手くやるから安心して」


 俺がそう尋ねると真矢は思わせぶりにニヤリと笑った。推理物で定番の囮作戦でもするつもりなのだろうか?


 ……こいつは絶対にロクな事を企んでいない。一応法律に違反する程度の妙な事をしないか気にかけておくか。


「しかし随分と手際が良かったが真矢は最初からあいつに目星をつけていたのか?」

「まあね。元々僕は楊彩文が自分を殺しそうだから証拠をつかんでほしいって弓河内さんから依頼をされたんだ。明日は事件解決のお祝いに美味しいものを食べに行こうか」

「お、そりゃ楽しみだ」

「取りあえず僕はしばらく忙しくなるから今日はどこかで休んでいてよ。ホテル代は出すから。また明日連絡するね」

「サンキュ、じゃあそうするよ」


 こうして初めての事件は無事解決し俺は久しぶりに布団のある場所で眠れる喜びを噛みしめた。そりゃ真矢のあの不敵な笑顔は気になるけども一介の子供に出来る事なんてたかが知れているだろうしそこまで気にしなくてもいいだろう。


 俺は明日のご馳走を心待ちにしながら小躍りしたくなる様な気分でビジネスホテルへと向かう。久しぶりに警察官時代を思い出して結構楽しかったし探偵家業も悪くないかもな。


 道中俺はそんな事を思って全てが上手くいくと何一つ疑う事無く希望に満ちあふれた面持ちで歩いていた。


 そう、あんな事が起こるだなんて考えもせずに。

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