1-6 父親の自殺の真相を知るために
ズル、ズルズル! カロリーに飢えた俺は本能の赴くままにラーメンをすする。豚骨のスープの脂は実に美しく俺にはどのような宝石よりも輝いて見えていたのだ。
「ああ……ラーメンにチャーハンなんてこんな王様みたいな食事をしたのは久しぶりだよ!」
「僕のおごりだから遠慮なく食べるといいよ」
真矢は自分のペースでちまちまと食べていた。だけどそんなにゆっくり食べていたら麺が伸びるぞ?
「ああそうそう。奥さんの事についてはもうちょっと時間が必要かな。だからそんなに急いで食べなくてもいいよ」
「んあ? なんか言ったか?」
「やれやれ。こりゃ店のチョイスを間違えたかな」
真矢は何かを言ったがそれは目の前のご馳走を平らげる事よりも重要ではない。全てはこれ胃袋におさめてからだ。
んで。気を取り直して今度は喫茶店に移動して俺たちはゆっくり食後のコーヒーをしばいていた。
「さっきも言ったけど次のステップに進むには時間がかかる。つまり今は待ちの時間だ。何か楽しい事はない?」
「楽しいって何だろう? サン……じゃない、楽しい事かあ」
俺はそのワードにうっかり反応してしまったが食事のお礼に暇潰しに付き合ってやるのもいいだろう。なおこのネタは山陰人以外にはわからないだろうからスルーしても構わないぞ。
「プロレスの話でもする? プロレスラーの真似は出来るかい? 長〇力とか」
「いやそんなに興味ないし出来ないが」
「日本人なら大体出来るでしょ。セイセイソァア!」
「今お前の喉から年頃の女性らしからぬ音が出たぞ?」
「矢〇通も出来るよ。ヤ〇! トー! ルー!」
「普通にすげぇな。探偵やめてプロレス専門の物真似芸人になれよ。っていうかどうやってそんな声を出してるんだ」
「乙女の秘密です」
俺に無茶ぶりをした真矢は本物と間違えるくらいあの悪役レスラーとそっくりな物真似をした。普通に物真似番組に出たら見た目とのギャップもあって話題になりそうだ。矢〇通は少し一般人にはマニアックだけど三銃士とかならいいかもな。
「けど俺は特にレパートリーは持ってないからなあ……あ、そうだ。ならクイズを出そう」
「クイズ?」
そして俺はその時いいアイデアを思いついた。そうだ、ちょうど暇潰しに使えそうなネタがあったではないか。
「とある銀行の地下には大きくて頑丈な金庫があった。その金庫は最高責任者のカードキーでしか開けられない。しかしある時泥棒が入ってしまった。さて、泥棒はどうやって金庫の中に入った?」
「ふむ」
俺はつい最近届いたメールを――そして俺が鳥取に来る理由となったクイズを出した。ちなみに俺はこれを解くのに十五分くらいかかったぞ。
「最初から金庫が開いていた、ってとこかな」
「ぐはっ! せ、正解だよ」
だが彼女は数秒でこのふざけた問題の答えを出してしまった。俺の十五分は一体何だったんだ!
「さて、それじゃあご褒美タイムだ。僕のお願いを一つ聞いてくれるかな」
「ご褒美タイム? いや聞いてないぞ」
「今思いついた事だから。なあに、難しい事じゃない。君が楊彩文のもとを尋ねた理由だよ。大体察しはついているけどさ」
「……ああ、それか。別に楽しい事じゃないぞ」
俺は少し迷ったが彼女にあの事について話すことを決めた。彼女ならばきっと問題ないだろうと、そう信じて。
「真矢は俺が元警察官だって事は知っているみたいだが……俺の父さんは警察官だった。父さんは伝説の刑事って言われて数々の難事件を解決した警察の中ではその名が知られた有名人だったんだよ。正義感が強くて、信念に生きたそんな父さんは俺の憧れだった」
堤兵馬。その名前は警察官なら誰もがその名前を知っている。ノンキャリ叩き上げから警視庁の警部になって様々な伝説を残し、俺からすれば警察官としても父親としても尊敬出来る人物だった。
「だけど父さんはある時自ら命を絶った。遺書も残さずある日突然に。だけど俺にはその理由に心当たりがあったんだ」
真矢は真面目な顔をして俺の話を聞く。正直あの時の絶望は筆舌に尽くしがたくこの話をするのは辛くて仕方がないけどいい加減俺も慣れなければいけないだろう。
「父さんはかつて自分が捜査に携わった事件を――鳥取県の穂久佐村で起きた連続幼女殺人事件を独自に調べていたんだ。あの冤罪が疑われた事件の事を……そしてあの事件の犯人が、萩野死刑囚の死刑が執行された数日後に父さんは自殺したんだ」
「やっぱりね。あの事件か」
「ああ。もしかしたら父さんは冤罪だって事がわかっていたんじゃないか。そして無実の人間を死なせてしまった罪の意識から自殺したんじゃないか、俺はそう考えたんだ」
「ついでに言えば萩野死刑囚の家族も心中してるからね」
「……そうだな」
今から二十年ほど前に起こった穂久佐村連続幼女殺人事件。それはかつてニュースでも大きく取り上げられた当時を代表する事件だった。
後に死刑が言い渡される萩野が逮捕されてからはすっかり人々の記憶から忘れ去られてしまったが彼は獄中で無実を訴え続けた。しかしその訴えも虚しく死刑は執行されてしまい事件の真実は永遠に闇に葬り去られる事になってしまったのだ。
「俺は父さんが何で自殺したのか知りたかった。父さんのためにも真実を明らかにしたかった。だけどそれを調べていたらいつの間にかセクハラや痴漢をしまくる破廉恥警官になってクビになっていたよ」
「これの事かい? 『恐怖の同窓会 俺の股間でリンボーダンスしてチョメ~!』って書かれてあるけど」
「わざわざ持ってきたのか。いつの間に用意したんだよ」
真矢はカバンから俺の事が書かれていた週刊誌を取り出した。俺は当時エリート街道まっしぐらのキャリア警官だったのでその事件が起こった時は暇な週刊誌やニュースでちらっと話題になったものだ。
「でも今時チョメはないよね」
「はは、そうだな。だが俺はその時確信した。俺をハメた奴はきっと真相が明らかになっては困る奴なんだと。この事件には何か大きな秘密が隠されているんだって」
あの冤罪事件で俺は警察官としての職を失ってしまったが別に後悔はしていない。恐らく真相を知った時に俺はどちらにせよ警察をやめていただろうから。
「警察官としての立場を失った俺はそれ以上事件について調べる事は出来なかった。だが途方に暮れているとこんなメールが届いたんだ」
「ふむふむ」
俺は真矢にスマホの画面を見せた。そこには一通の不思議なメールがあり、この様な事が書かれていたのだ。
『チャオチャオ! お困りの様だね若人よ!
これから君に謎解きクイズを出す。謎を解く毎に君の欲しがる情報を渡そう。そして最後の謎を解いた時に君のお父さんが残したノートを、あの事件の全ての真相が書かれたノートを与えよう。
それじゃあ頑張ってね(‘ω’)ノ!』
「で、さっきの謎解きと」
「ああ。謎解き自体はふざけたものだったがその後ちゃんと楊彩文の住所とか現況とかの情報が送られてきた。このメールを送った人間の目的はわからないけどな」
メールの最後には絶妙にウザイ顔文字が添えられていた。だがこの送り主は俺の今の状況を完全に見透かしたうえでこのメールを送って来たのだ。
「少しばかり馬鹿にされているみたいで腹は立ったけどこいつが何かを知っているのは間違いない。だから俺はおふざけに付き合う事にしたんだ」
「でも穂久佐村の事件に関わるノートか。実際にそんなものがあるなら是非とも見てみたいね。僕も個人的に調べているからさ。ほら」
「ん」
俺がその事を伝えると真矢は興味を示しファイルを取り出したので俺はそれを見てみる事にした。
「すごいな……こんなに」
「ちなみに君の事も調査の過程で知ったんだ。かつて起こった殺人事件を調べていた警察が不可解な理由でクビになる。その裏にはきっと事情を知っている人間がいる事は容易に想像が出来たからね」
そこには膨大な量の雑誌や新聞の切り抜き記事が丁寧にファイリングされ長い時間をかけて情報を収集した事がよくわかった。
それは決して好奇心だけでどうこう出来るものではない。何故なのかはわからないが彼女もまた強い想いでこの事件の真相に辿り着こうとしている様だ。
「はい、でも今日はここまで。多分そろそろだから」
「あ、ああ」
しかし俺はそれ以上ファイルを見る事が許されず彼女はカバンの中にしまってしまった。恐らく今の理由は方便で真矢はきっとまだ俺を信頼していないのだろう。
「きっとこれで楊彩文の残された謎が解ける。じゃあ行くよ。荒事になるかもしれないからそのつもりでね」
「ああ、わかった」
だが俺からすれば喉から手が出る程ファイルの情報は欲しい。ここは彼女に付き合って信頼感を築くべきだろう。
俺はコーヒーを一気飲みして真矢の後を追った。彼女の協力を得て少しでもあの事件の真相に近付くために。