1-5 事件解決?
俺と真矢は真っ先に事件現場の部屋の前まで移動する。だが真矢は二回目なので部屋に入る事は無く廊下から様子を見るだけにとどめ、後々警察に任せるつもりだった俺も現場保全のためにそうしない様にした。
「サンチョ君に説明するとあそこの血だまりがある場所の辺りに弓河内さんは頭から血を流して倒れていた。凶器はそこにある割れたツボ、出入り口は廊下から普通に入る事も出来るけどそこにある窓の可能性もあるね。窓は僕がこの部屋に最初に入った時から開いていたよ」
「ふむ」
部屋には大きな窓が一つありその気になればあそこから出入りする事も出来るだろう。だが俺はそもそも肝心な事を聞いていなかったので早速疑問を解消するため真矢に尋ねた。
「それで弓河内さんはどんな証言をしていたんだ? さっき聞いたんだろ?」
「頭を殴られたショックで前後の事は覚えていないらしい。残念だったね」
「そっか、それが聞けたらすぐに事件が解決していたかもしれないのになあ」
「それじゃあつまらないだろう。警察がやってきたらもっと詳細な情報が手に入るだろうけど……これ以上は情報が手に入らないし他の場所に移動しようか」
「わかった」
犯行現場であるこの部屋は情報の宝庫なのでこれ以上荒らしてはいけない。俺は部屋から離れて真矢の指示に従い別の場所に移動した。
そして俺たちは屋敷を出て庭を歩き、事件現場のちょうど外側にある場所へと向かって歩いていった。
屋敷は四方を塀で囲まれており門以外から敷地内に侵入するにはこれを乗り越えなければならない。しかし多少の身体能力か道具があればそれほど問題なく侵入は可能だろう。
俺は移動中も分析する事を忘れない。だが俺は部屋の外までやって来てすぐに異質なものに気が付いてしまった。
「これは……トゲトゲトラップだな」
「トゲトゲトラップだね」
そこには地面と塀に古い屋敷には似つかわしくない黒いプラスチックのトゲトゲトラップが設置されていたのだ。恐らくホームセンターで買って設置したのだろうが奥ゆかしい日本家屋とは絶望的にマッチせず実に違和感がバキバキである。
「踏んでみるかい? 即死するかもしれないけど」
「ロッ〇マンならそうなるだろうな。だけどもしかしてこれは……」
「ここで会ったが百年目ェ! 今日こそ決着をつけさせてもらうぞッ!」
「ん」
トゲトゲトラップの正体について思案していると屋敷の塀の外側から聞き覚えのある奇声が聞こえてくる。俺はたまたまそこにあった松の手入れをするために使っているであろう脚立を足場にして塀の外の様子をうかがう事にした。
「毎回毎回猫の忍者を使って儂の家の物を盗みおって! 死に晒せやッ!」
「るせぇんだよクソジジイッ! 一回か二回家にクソされたくらいでキレてんじゃねぇよテメェだって時々漏らしてるだろうがッ!」
「あらら」
塀の外ではこっちにやって来て遭遇した猫にエサをやるおばちゃんとクレイジーじいさんが雌雄を決するために死闘を繰り広げていた。その唯一無二の存在同士の戦いはまるでゴ〇ラ対キ〇グコング、あるいは猪〇とマサ〇藤の決戦の様に激烈で血沸き肉躍るものだった。
「ママー、あのおじいさんおばちゃんを破壊の鉄球の全体攻撃で殴っているけど大丈夫かな?」
「大丈夫よ、人間はそう簡単に死なないわ。私もお義母さんと喧嘩した時ゴミ処理場の機械でぐちゃぐちゃにしたけどしばらくしたら身体が再生して元に戻ったから、うふふ」
「へー、おばあちゃんすごいね。でもママそれは喧嘩ってレベルじゃないしあとおばあちゃんは本当に地球の生き物なの?」
なお観客の中には冒頭の母子もいて楽しそうに眺めていた。これはこれでものすんごく気になる会話だけども。
「くらえッ! ネット通販で買った海外製の日本じゃ違法な爆竹じゃあッ!」
「ギャアアッ!」
「ニャー!」
パンッ!
じいさんはダイナマイトの様に巨大な爆竹をおばちゃんの口の中に突っ込んで爆発させた。その時の音はまるで銃声の様で驚いた猫はびっくりして逃げてしまう。
「にゃっ!」
「あ」
その猫は塀を軽々と飛び越えて屋敷に侵入、空いていた窓から事件現場に入ってしまい机の上に置かれていた本を落としてしまった。
「事件、解決しちまったな」
「だね」
「にゃー!」
探偵は現場を荒らさないために部屋に入って猫を回収し外に出してあげると、猫は激しく暴れて逃げ出してしまった。
このトゲトゲトラップはきっと猫除けのものなのだろう。そんなものがあるという事はきっと前にもこのような事があったはずだ。
つまりはそういう事らしい。もし被害者がツボの真下にいてこれと同じ現象が起こればああなるだろう。やはりすぐに解決する簡単な謎だったよ。
「どうする? 警察がもうすぐ来るだろうけどこれを話しておくか?」
「いや、まだだ。まだ解けていない謎がある」
「……まあ、確かにあるっちゃあるな」
弓河内さんが倒れた理由はこれでわかった。だが全ての謎が解けたわけではない。それはあの時の楊彩文の発言だ。
「彩文さんは最初に倒れた弓河内さんを見て拳銃で撃たれたと言った。彼女はどうしてそう思ったんだろうね?」
「そこなんだよなあ。無視出来るっちゃ無視出来るんだけど」
その謎は謎という程でもないのでなかった事にしても問題はない。だがやはり放置するには少しばかり引っかかるものがあったのだ。
ぐぅー。
けれど駄目だ、腹が減って考えがまとまらない。やっぱり団子じゃ腹は膨れないよなあ。
「ふむ。それじゃあそろそろお昼にしようか。そこでいろいろ考えをまとめよう。他に話し合いたい事もあるし」
「お、そうか。じゃあそうするか!」
しかし真矢はしょんぼりした俺の腹の気持ちを察してそんな提案をしてくれた。やっぱり腹は減っては戦が出来ぬっていうしまずは腹ごしらえをしないとな。