1-4 バディ結成
その後弓河内さんは謎の少女と別室に移動し警察が来る前にあれやこれやと話をしていた。その間俺は何も出来る事がなかったので仕方なく家政婦さんが淹れてくれたお茶を飲んで時間を潰す事にする。
「どうぞ、こんなものしかお出しできませんが」
「あ、いえ、全然大丈夫です!」
家政婦さんはお茶請けに白、抹茶、あんこの小さな三色の団子を出してくれたが俺にとってはカロリーが補充できれば何でもいい。貴重な食糧だからここは味わって食べよう。
「っていうかあの女の子とは知り合いだったんですか?」
「ええ、彼女は旦那様が雇った探偵さんだそうです。数々の難事件を解決して結構有名な子だそうですよ」
「探偵ねえ」
高校生探偵。それはフィクションではありがちだが現実ではまず存在しない肩書だ。だが胡散臭い事には間違いないが弓河内さんは探偵を雇わなくてはいけない様な困り事があったのだろう。いや高校生かどうかは知らんけど。
「弓河内さんはなんで探偵を?」
「さあ、そこは教えてくれませんでした。なんとなく弓河内家の財産目当てで近付いたあの女が原因である事は予想出来ますけどね」
「ふーむ」
詳細はわからなかったが家政婦さんはケバケバ女を良く思っていない様だ。別に当人同士が同意していれば金目当てで結婚してもいいんだけどそれを犯罪行為で奪おうとするのなら話は別だろう。
うん、考え事をしていたらあっという間に脳の糖分が欠乏してしまった。しばらくはこの団子を食べてのんびりしよう。
俺は小さな団子を口に運びぱくん、と食べた。それはカロリーに飢えた空きっ腹が心の底から待ち望んでいたものであり俺の全身に感じた事のない多幸感が満ちあふれてしまった。
「うんま~」
「そうでしょうとも。打吹公園団子に勝る団子はありませんよ」
「やあ、巻き込まれたモブくん。随分と幸せそうに食べるね。僕も一ついいかい? さて、彼と話がしたいんですけどいいですか?」
「?」
「ええ、私は構いませんよ」
彼女がそう言うと家政婦さんはお茶を用意するためその場を離れ、探偵気取りの少女は俺の向かいの位置に座った。
「確かに俺は巻き込まれたモブだけどせめて名前で呼んでほしいな。俺は自分の人生では自分が主役でいたいからさ」
「では名前で呼ぼう。元警察官の堤三千世君」
「え、どうして俺の名前を」
「君は有名人だからね」
「そっか」
少女は思わせぶりに笑ったので俺はそれ以上その話題について言及する事を止めた。正直あまりあの件についてはつつかれたくなかったからな……。
「ああ、名乗るのが遅れたね。僕は寺町真矢。自由気ままな美少女探偵さ」
「はあ、探偵ねえ。その歳で?」
「美少女探偵だよ。そこは間違えない様に」
俺が若干呆れながら言うと寺町はすかさず訂正する。なんとなくこいつが痛々しい子であるのはわかったよ。
「それは別にどっちでもいいけど弓河内さんといろいろ話し込んでいたよな。何がわかったんだ?」
「うーん、教えてもいいけど君は無関係なモブだからなあ」
「まあ……そらそうだよな」
だが彼女は捜査情報を簡単には教えてくれなかった。今の俺は事件に巻き込まれたただの無関係なモブ、首を突っ込む道理などないのだ。
「厳密には全く無関係ってわけじゃあないがそれもそうか。後は名探偵様と警察に任せて何の権限もない元警察官は大人しく退散するとしようかね」
団子は食べ終わったし俺がここにいる理由は何もない。先ほどのアレに事件性があったとしても俺はただのエキストラであり役を与えられていない役者が出る幕ではないのだ。気にはなるがやはりここは日を改めたほうがいいだろう。
「それでいいのかい? 君は弓河内さんの奥さん、旧姓は楊彩文さんからあの連続幼女殺人事件についての話を聞こうとしていたんだろう? はるばる東京から鳥取にまでやって来て」
「ッ!」
だが寺町は俺の目的を知っていたらしく即座に核心に迫る発言をした。その事については誰にも話していないのに一体なぜ。
「どうしてそれを」
「僕は名探偵だからね。だけど君が僕の助手になればこの事件に関する情報を与えて捜査に同行する事を許可しよう。一応諸経費として食事代程は出すけどどうだい?」
「食事代……ゴクリ」
戸惑う俺に寺町は実に魅力的な提案をした。いや、食事代はともかくその提案はかなりのメリットがある。何よりも最大のメリットは楊彩文からあの事件についての話を聞けるきっかけが手に入るかもしれないという事だろう。
「わかったよ。だがあまり本職に迷惑をかける事はするなよ」
「うん、素直でよろしい。それじゃあ行こうか、サンチョ君」
「サンチョ?」
寺町は俺の返事を快諾する。それは良かったのだが俺は彼女が唐突にその名前で呼んだ事に戸惑ってしまった。
「君のあだ名だよ。君も僕の事は真矢と下の名前で呼ぶといい。やはり一蓮托生、命を預けるバディは名前で呼び合うほうがいいからね」
「一応俺はお前より人生の先輩なんだけどなあ。まあいいや、昔つけられたミチヨってあだ名よりはマシだし」
どこか嬉しそうに語る真矢の提案に俺は多少なりとも躊躇いはあったが、この自分の事を美少女探偵などと吹聴する痛々しい少女に対しては話を合わせる事が最善と思われたので俺は仕方なくその申出を受諾する。
「それじゃあ早速事件現場に行こうか、サンチョ君!」
「へいへい」
若干の面倒くささはあったが俺は彼女の探偵ごっこに付き合う事にした。だが俺だって一応は元キャリア組の警察官だったんだ、せいぜいお手並みは拝見させてもらうぞ。
とまあ、こうして俺と真矢の最初の事件がようやくスタートしたのだった。