1-3 グダグダな感じで始まる最初の事件
彼女は玄関の引き戸を開けて屋敷に入ると靴を脱いで一切躊躇せずに家の中へと上がる。まるで何度か来たようにスムーズな動作だったけどもしかして彼女はここの家に住む人間の関係者なのだろうか。
しかしやっぱり知らない人の家の敷居を跨ぐのは気が引ける。そりゃ警察官時代は土足で踏み入れる事もあったけど今は違うからなあ。
「な、なあ、やっぱり勝手に入ったら、」
「ここかな」
だが不安になった俺を無視して少女はとある部屋に入った。現場保全は最優先すべき事項なのに。
「なあ、何があった」
「人が倒れている。でもまだ入らないで」
「あ、ああ」
少女は部屋の中で何かを調べているのか俺が立ち入るのを拒んだ。本来それは警察の仕事なんだが……あ、そっか、俺もう警察官じゃなかったんだ。っていうか俺もなんで律義にこんな子供の言う事を聞いているのだろう。明らかにこっちのほうが年上で場数も踏んでいるのに。
仕方がないので俺は開いたふすまから中の様子をうかがってみる。そこには倒れた壮年の男性がいて頭から血を流していたようだが、やはり近くで見ないとはっきりとはわからないな。
ドタドタドタ!
だが今はゆっくり見る時間はなさそうだ。これだけの騒ぎだ、当然家にいたほかの人間もやって来てしまう。
「どうしたの!? 何があったの!? ってあなた誰よ!」
やってきたのはケバケバした中年女性と家政婦らしきお年を召した女性だ。けれどやはり彼女たちはこの家にとって異端分子である俺たちを激しく警戒してしまう。
「あ、ども。えーと、たまたま近くにいた警察関係者です。なんか凄い音が聞こえたので心配になって」
「け、警察? まあいいわ」
まあ元警察官も広いくくりでは警察関係者なので嘘は言っていないよな――だがケバケバした中年女性はその単語にあからさまに動揺してしまった。
警察官としての洞察力が無くとも、そしてミステリーものをそんなに読んでいなくてもわかるだろう。
あ、こいつ犯人だなと。どうやらチュートリアル用だから難易度は低めらしい。
「とにかく警察を呼んで! 早く!」
「それはいいんですけど」
「終わったよ。あまり荒らさなければもう入ってもいいよ」
そして簡単な捜査を終えた少女は部屋から出てくるやいなや、わざとらしくヒステリックに喚き散らす女性にビシッと指をさした。
「そこは救急車を呼んでではなく警察を呼んでだろう? それはここにあるものが死体だとわかっている人の発言だ。今時小学生向けの謎解きでもこんなレベルの低いものはないよ」
「ッ!」
少女はケバケバ女の失言を指摘すると彼女はひどく狼狽える。しかしこの茶番は何なのだろう、付き合わないといけないのかな。
「そ、そりゃ拳銃の音がして頭を撃たれていたら死んでいるって思うじゃない! 変な事を言わないで頂戴!」
女は苦し紛れの言い訳をしてどうにか誤魔化そうとした。だがこんなにレベルが低い犯人ならあれこれ推理するまでもなくこの事件はすぐに解決しそうだ。
けれど――。
「あなたはまだ部屋の中を見ていない気もしますけど透視の能力でも持っているんですか? でも時間の無駄なのでこっちはスルーしますね。ただ残念ながらそれも違います」
「それも違うって」
「被害者の男性、弓河内さんは拳銃で撃たれていない。この流血は頭を殴られた事によるものだ。凶器はそこの割れたツボかな? ついでに言えば――」
「う、うう……」
「見ての通り別に死んでもいない」
「え」
大方の予想を裏切り弓河内なる男性は痛そうに頭をさすってムクリと身体を持ち起こしてしまう。
その瞬間周囲にはとてつもなく気まずい空気が流れなんともグダグダな感じで最初の事件が始まったのだった。