1-2 発砲音と最初の舞台
そんなこんなで鬼ごっこも終わり俺はおばちゃんとジジイを撒いたところでようやく一息つく事が出来た。
「ぜひーぜひー、まったく、ただでさえ腹が減ってるのに余計なカロリーを使っちまったよ……」
俺は肩で息をしながら酷使した心臓と肺をいたわる。もしあの時おにぎりを食べていなかったらきっと俺は今頃奴らに殺されていただろう。
周囲に店らしきものはない。どうやらここは住宅街の様だ。近くにはひときわ大きな趣のある和風の屋敷があり通行人もほとんどおらず辺りは静まり返っていた。
しかしどうしよう、結局朝の時間を無駄に過ごしてしまった。まだここに来た目的は何一つ果たせていないというのに。
屋敷の向かいにある民家のブロック塀には『猫にエサをやるなっつってんだろクソババア』という静かな雰囲気をぶち壊す張り紙が貼られてあった。どうやらあのおばちゃんはこのあたりも縄張りにしているらしくかなり近隣住民は迷惑しているらしい。エンカウントする前にここをさっさと離れたほうがいいだろうか。
「え?」
だが俺は改めて屋敷を眺めてあることに気が付いた。俺はすぐにメモを確認してスマホの地図アプリと見比べる。
やはり何度見ても間違いない。その屋敷は正しく俺の目的地、正確には探している人物が住んでいる屋敷だった。
その立派な門構えが素敵な昔ながらの屋敷の庭には立派な松の木が植えられ、きらびやかさはないが確かに高級さと品の良さを感じる。何となくだけどここの家の人は成金とかではなく昔から金持ちだって事がわかるよ。
一旦死にかけてようやく発見したわけだがこれはツイているというべきか、それともツイていないというべきなのだろうか。
探偵は事件に引き寄せられるという名言があるが俺は今まさにそれを実感していた。別に俺は探偵じゃないし事件も起きていないがやはり何かの運命を感じずにはいられない。折角東京から鳥取まで来たのだから訪問しないという理由はないだろう。
だがどうする。俺はアポなしで来てしまった。いきなりインターフォンを押して呼んだとして目的の人物は俺の話を聞いてくれるだろうか。ただでさえあの話は彼女にとってデリケートな話だというのに……うん、まず無理だな。
俺はあれやこれやと思案するもこれといった妙案は思い浮かばなかった。だが何としてでも彼女から話を聞かなければならない。俺はそのためにここまでやって来たのだから。
パンッ!
「ッ!」
しかしその思考は乾いた破裂音により遮られる。はっきりとはわからないがそれは銃声の様で屋敷のほうから聞こえてきた。
今の音は一体何だったのだろう。それは銃声の様に聞こえなくもなかった。俺は元とはいえ警察官なので家を尋ねる理由にならない事もない。
いやしかし、うーん、もし間違いだったら物凄く気まずいし……どうすっかなこれ。今の俺は結局元警察官だしなあ。
ふわり。
(え?)
しかし門の前で思い悩んでいると、不意に鼻腔をくすぐる優しい花の香りがした。
それは春の訪れの様に意味もなく心が躍り。
あるいは冬眠から冷めた生き物がようやく光を浴びた時の様に心が震え。
その出会いは文学に疎い俺ですら詩人にしてしまう程に希望に満ちあふれたものだったのだ。
俺を放置して門をくぐったその高校生くらいの少女は青いケープに赤い帽子というどこぞのペンギンを擬人化した様な服装をしていた。
そして彼女は足を止めて振り向くとクスリと笑い、
「君は入らないのかい? 君は物語が始まるのを望んでいたんだろう?」
と、呆気にとられて何も出来なかった俺に一緒に来るように促したのだ。
「あ、ああ、そうだな」
不安がないと言えば嘘にはなるがこれは確かにまたとないチャンスだ。ここは彼女の言う通り多少強引でもこの機会を逃してはならない。
これはきっと最初の一歩になる。父さんが自ら死を選ぶ原因になったであろうあの事件の真実を知るための。
俺は覚悟を決めて、その謎の少女と共に最初の舞台へと足を踏み入れた。