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1-1 堤三千世の人生最大の危機

 ――十年前、つつみ三千世みちときの視点から――


『これから君に謎解きクイズを出す。謎を解く毎に君の欲しがる情報を渡そう。そして最後の謎を解いた時に君のお父さんが残したノートを、あの事件の全ての真相が書かれたノートを与えよう』


 そんなスパムの様な胡散臭いメールにそそのかされ、その場の勢いで日本の僻地とも言うべき人口最小県、鳥取の県庁所在地星鳥市にやってきた俺は人生最大のピンチを迎えていた。


 堤三千世、二十六歳。元キャリアの警察官で現在は無職のニートである。コツコツ貯めた貯金を切り崩しながら生活してきたがその金ももう底をつきそうになってしまった。


「はあ……」


 公園の青いカバの遊具に座り俺は項垂れる。幸いにして今は春なので外で寝ても凍死する事はないだろうがいい加減働いたほうがいいかもしれない。どのような崇高な目的がある勇者であろうと先立つものが無ければ無力なのだ。


 自分の両手の上には消費期限が近付き安売りされたツナおにぎりが置かれている。これが本日の朝食であり今日はこれ一つでどうにか過ごさなければならない。


 これではあの事件の真相を知る前に野垂れ死んでしまう。やはりここは諦めて経歴を誤魔化し再び仕事を探したほうがいいのかもしれない。


 いずれにせよまずはこの耐え難い飢えを満たしてからだ。俺は包装を剥がしておにぎりを食べる事にした。


「にゃああ」

「ん」


 しかし足元からか細い声が聞こえふと地面に視線を向けるとそこには一匹の子猫がいた。その薄汚れた子猫は今にも死にそうな弱々しい声で鳴き俺のツナおにぎりを切なそうに見つめていたのだ。


「え……欲しいの?」

「にゃあ……」


 その子猫は消費者金融のチワワの様に母性本能をくすぐる眼差しをしていた。もしキャリア組時代だった俺がこの子猫と出会ってしまえばきっと借金をしてでもマグロを一本買いして食わせてやったに違いない。


「だ、駄目だよ。これ俺のだから」


 だが今はもうあの時とは状況が違う。このなけなしの金で買ったおにぎりは俺の命をつなぎとめるのに必要な糧なのだ。間違ってもそんな無意味な事なんて出来るはずがない。


「にゃあ……」

「うぐっ」


 子猫はさらにうるうるとした眼差しで俺を見つめる。どうする三千世~! いや、ここは心を鬼にせねば!


「にゃー……」


 おにぎりが貰えないとわかった子猫は寂しそうに去っていき俺に背を向けてしまう。そして最後にちらりと切なげにこちらを見て俺の心は決まってしまった。


「ああもうチキショー!」

「にゃあ!」


 結局俺は子猫におにぎりを与えてしまった。ただ流石に全部はあげれなかったので半分にちぎったものだったけれど。


「はは、美味いか?」

「にゃあ~」


 子猫は美味しそうにおにぎりをバクバクと食べた。ああ、なんて癒される光景だ。迷ったけどこの子にごはんをあげて正解だった。俺はこの小さな命を救う事が出来たのだ。


 子猫は小さな口で一生懸命おにぎりを頬張る。なんて可愛らしい子猫だ! 孤独に苛まれていた俺の心の中にじんわりと温かいものが広がっていった。


「お前も独りぼっちなのか? 俺と一緒だな……」

「にゃあ」


 ここで会ったのも何かの縁だからいっそこのまま旅のお供にするのもいいかもしれない。人は結局どれだけ意地を張っていても一人で生きていく事は出来ないのだ。


 ハイここで妄想タイム、そして感動的なBGM。俺は一昔前の名作アニメの様に猫と過ごす幸せな日々を思い浮かべた。最後にはルーベンスの絵がある教会で死んで天国に連れて行ってもらえたりするのだろうか。


「よし、決めた! お前は今から俺の家、」

「さあ皆~ごはんの時間よ、集まって!」

「にゃ!」

「族だっ」


 しかし公園にやたら声の高い派手な服装の金髪のおばちゃんが現れ子猫はおにぎりを捨ててぴゅー、と彼女の下に去ってしまう。


「ほらほら、百グラム四百六十八円の高級なキャットフードですよ~! あらもう駄目じゃない、そんな生ごみを食べちゃお腹を壊しちゃうわ! ほらもっと美味しいものをあげるから!」

「にゃ~!」

「……………」


 おばちゃんの甲高い声に周囲から猫が続々と集まって来る。どうやら彼女は近所に一人はいる迷惑なエサやりおばちゃんらしい。つーか俺よりもいいもの食ってるじゃねぇか。


「にゃっ」


 俺が先ほどおにぎりをあげた子猫はちらりとこちらを一瞥するとハッと見下したような笑みを向けた。そこには先ほど感じた弱々しさは微塵も感じられなかったよ。


 ……あれ、なんか泣きそう。


「また来るわね~」


 おばちゃんは気の済むまでエサを置き他の猫にも食べさせるため別の場所へと移動する。また、という事はいつもこうしているのだろうな。


 なるほど。つまりあの猫はいつものごはんの前にちょっと小腹が空いたからおねだりしただけなんだな。うん、なるほどなるほど。


 はーい、取りあえず半分だけのおにぎりを食って精神を落ち着かせるために深呼吸、ひっひふー、ひっひふー。あ、これラマーズ法だ。まあどっちでもいいや。


「キョエエエエッッ!!」

「「にゃー!?」」


 物語冒頭から精神が崩壊した俺は奇声をあげながら木の枝を振り回して猫に襲い掛かった。はい、残念ながらこの頭のイカれた奴がこの物語の主人公でございます。


「ママー、あの人変だよー?」

「生きるのって大変なのよ。あなたもそのうちわかるわ。ママも昔怒り狂ってお義母さんを煮えたぎる油の中に放り込んだ事があったから。その後は仲直りしたけどね、うふふ」

「あはは、普通に殺人未遂じゃん。というかよくおばあちゃん生きてたね」

「モキョキョキョ!」

「にゃー!?」


 俺は感情の赴くままに猫を追いかけて走り回る。公園にいた人々の白い眼なんて気にしない。こんな不条理壊れずにやってられるかあッ!


「テメェコラ私のにゃんこに何さらすんじゃボケェッ!」

「ボヘミアンッ!?」


 だが猫の悲鳴に先ほどどこかに行ったおばちゃんが即座に戻って来て俺に渾身のドロップキックを浴びせる。その憤怒の形相は悪鬼の如く、それはそれは直視出来ない程恐ろしいものだったのだ。


「にゃんこを虐めるものは蛆虫以下の存在ッ! つまり人にあらずッ! なので殺しても合法ッ! 死ねやオラァッ!」

「何そのクレイジーな三段論法!? ちょ、ギブギブ!?」


 おばちゃんは倒れた俺を担ぎ上げアルゼンチンバックブリーカーを発動し背骨をボキボキと何カ所かやってから地面に放り投げる。だが俺は警察学校で会得した受け身の技術を使って最小限のダメージで着地しすぐに立ち上がってどうにか逃げ出す事に成功した。


「ブチ殺! ブチ殺! BUKKOROッ! フゥ~ッ!」

「ひぃい!」


 だがおばちゃんは陸上選手顔負けのとても優美なフォームで俺を追って来る! こいつただものじゃないな!


 しかしここで捕まるわけにはいかない。捕まったら最後全身を切り刻まれて猫のエサにされてしまうだろう。ああいう本物のヤヴァイ人は怒らせたら地球が終わるくらい恐ろしい事が起きてしまうのだ。


 天国にいる父さん、俺は今おばちゃんに追いかけられて殺されそうです。本当に俺は鳥取まで来て何をやってるんでしょうね。



「ひょえー!」


 街を走り回っていた俺は猫好きのおばちゃんから逃げるためにやむなく一軒の民家に入る。法律上は完全に不法侵入だけど命を護るためなので仕方ないだろう。


「どこに行ったギェボボボエエッッ!」


 鎌を装備し第二形態になったおばちゃんは俺には気付かずそのまま走り去り一旦危機を脱する事には成功した。後は頃合いを見てここから逃げれば……。


「……………」


 だがよくよく見てみるとその逃げた先の民家もなかなかのものだった。


『空気中に含まれる洗脳ウィルスに気をつけろ!』

『猫の忍者を使って人の家の物を盗むな!』

『IKK〇は何人もクローン人間がいる!』

「うわあお」


 家の壁にはそんな張り紙やよくわからないマークが描かれた紙が貼られていた。まあこちらも近所に一人はいるそういうお方の家らしい。


 俺には全てが終わるまで家主と遭遇しない事を祈る事しか出来なかった。エンカウントしたら最後再び確実に面倒な事になるのは容易に想像出来るのだから。


 ギィ。だが玄関のドアがゆっくりと開き、そこから黒いマスクをつけた無表情のジジイが現れた。


「あ、ども」

「……………」


 俺は取りあえず会釈をする。だが扉はバタン、と閉められて当然挨拶を返してくれる事はなかった。


 えーと、何も起こらなかったからこれは一応セーフって事でいいのだろうか? うん、やっぱりこういう家の人は実際会ってみると案外無害だって事もあるし大丈夫だよな。そりゃ皆が皆クレイジーな性格をしているわけないよな。


 ガチャ! しかしドアが再び開くとそこには破壊の鉄球を装備したジジイがいた!


「ついに姿を現したか金星人めヒャッハー!」

「ギャー!?」


 眼が完全にイッちゃってるジジイは鎖につながれたトゲトゲの鉄球を振り回し俺の頭を粉砕しようとした。普通こういう時は包丁か木刀と相場が決まっているのにまさかこんな最終ダンジョンで手に入る最強装備だなんて予想だにしなかったよ。


「それラスダンで戦士が装備する奴! ジジイなら個性を大事にして大人しく樫の杖とかにしてくれよ!? 鳥取にはヤバイ奴しかいないのか!?」


 そして再び死の鬼ごっこが始まり、俺は恐怖と抗いながら生きるために街を駆け抜けたのだった。


 なお実際の鳥取はごく普通の地方都市でこういうエキセントリックな人はそんなにいないから安心してほしい。多分……。

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