2-2 ゲイバーのティンクルティンクルにて
ビジネスホテルを出た俺は真矢に言われるがまま彼女の後をついていき星鳥市内の繁華街エリアへと移動した。
ただ繁華街といってもここは鳥取なのでやはり東京や大都市と比べると見劣りはする。しかも今は日中、夜に活気づくこの場所はとても静かだった。もしかしたら普段からこんな感じなのかもしれないが。
しばらく歩くと目的地に着いたのか彼女は一軒の店の前で足を止める。
「さあ、ここだよ」
「……ここか?」
その店はずいぶんとひなびた汚れの目立つ入りにくい店だったがたとえ小綺麗にしても俺はそこに入ろうとは思わないだろう。
酔っ払いに蹴られて半分壊れたスタンド看板には『ティンクルティンクル』という何かを想像せざるを得ない店名が書かれており、そのやたら目に優しくない色彩から俺はなんとなくここがどういうジャンルの店なのか察してしまった。
カランコロン。しかし真矢は慣れた様子で店に入ったので俺もほんの少しの躊躇いの後入店する。
「いらっしゃ~い。あら真矢ちゃんじゃない」
「やあデネブさん。今日は新しい助手を連れてきたよ」
「ど、どうも、初めまして。堤三千世です」
俺はまるで夜の世界で新しい一歩を踏み出した青年の様に緊張しながらデネブという厚化粧で派手な衣服を着た女性(?)に挨拶をした。しかしどうしてこういうお店の人はみんなもこもこしたやつが付いている暖かそうな服を着ているのだろうか。
店は開いたばかりなのか店のママであろう彼女以外には客は誰もいない。小ぢんまりした店にはテーブル席が二つ、カウンターに四つと座席は少なく細々と営業している様だ。
「あら、こりゃまた随分と可愛い子を連れてきたわねぇ。こういうお店は初めてかしら」
「あ、は、はい」
デネブさんは野太く艶めかしい声でカウンターに座った俺の接客をする。別にこういうタイプの人に偏見を抱いているわけではないがやはり間近で見るとなかなかの圧を感じるな。
「僕にはノンアルコールの梨のカクテルを一つ。君は何にする?」
「え? じゃあウーロン茶で」
「は~い」
真矢の年齢は不明だが彼女はノンアルコールの飲み物を頼んだので俺も同じ様に酒は飲まない事にした。そりゃここのところずっと飲んでいなかったから本心ではものすごく飲みたい気持ちはあったけど。
「ふふ、予想通りキョトンとしてるね。ここはティンクルティンクルっていうバーさ。僕の拠点の一つにもなっているよ。そして彼女はマスターのデネブさん。ついでにいえば彼女もあの事件が起こった頃に穂久佐村にいたよ」
「あの事件の……」
「ええ。まあその時はいがぐり頭のガキンチョだったけどね。それに正確には丁度その頃引っ越しちゃったからあんまり知らないけど」
どうやらデネブさんも一応は俺たちが調べている穂久佐村連続幼女殺人事件の関係者だったらしい。だけど話を聞く限りではただその頃住んでいただけの様なので有益な情報は期待出来ないだろう。
「はいどうぞ、ウーロン茶です」
「あ、どうも」
デネブさんはすぐに俺の目の前のコースターにウーロン茶を入れたグラスを置き、緊張で喉が渇いていた俺は提供されるや否やすぐにゴクリと飲んだ。
「……………」
だがどうしよう。こういう店は何かしらの会話をするものだ。何か間を持たせる話題はないだろうか?
「ん」
俺は目をキョロキョロさせて店の中でいじれそうなポイントがないか探しているとたった今グラスが置かれたコースターが少し気になってしまった。
早速グラスを持ち上げてまじまじと観察するとそのコースターは木片を組み合わせて作られた珍しい代物だった。よし、これをいじってみよう。
「珍しいコースターですね」
「ああそれ? それは寄木細工よ。まだそこまでメジャーじゃないけど最近鳥取でも作っているのよ。ちなみに作っているのはあたしの両親で材料は廃校になった木造の校舎を解体した廃材から出来ているわ。穂久佐村にいた頃は普通の農家だったんだけどなんかいつの間にこんなのを作ってたのよねえ」
「へー」
デネブさんの解説に俺が興味を示すと真矢もヘアゴムを外して自慢する様にこう言った。
「ちなみに僕のヘアゴムもそうだね。このボールペンも」
「ボールペンなんてものもあるのか」
あまり意識して見ていなかったが真矢のヘアゴムにもまた寄木細工が取り付けられていた。その寄木細工は六つのひし形の木片を接着させた六芒星の形をしており、木の温もりも感じられなかなか個性的でオシャレだった。
「うん、ほかにはスマホケースもね。商店街にも寄木細工を売っているお店があるし興味があればお土産に買っていったらどう?」
「そうだなあ。お土産を渡すような知り合いはいないけど時間が空いた時にでも見てみるか」
俺は半分社交辞令で、半分は本気でそう言った。確かに物はよく出来ているし金に余裕があればちょっと欲しいかも。
って、何まったり会話を楽しんでいるんだ。早く本題に切り出さないと。
「あ、ちょ、ストップ!」
「こんちゃーす」
「あら希典ちゃんいらっしゃい。今日は早かったわねぇ」
しかし俺が話をしようとすると何かを言う前に新しく入って来た客に遮られてしまう。その男はよれよれの白衣を着て長い髪を後ろで束ねており何かしらの理科系の職業についている事が伺える。だがそんな事よりも……。
「あら? そちらの方は?」
「ん? 君は確かあの時の」
「ど、どもです」
彼のすぐ後ろには何故かついこの間出会った義足の女性がいて、慌てていた彼女もまた俺の事を覚えていて気恥ずかしそうに挨拶をした。
一緒にいるという事は二人は知り合いなのだろうか。しかしここは若い女性が来るような店じゃない気もするが。
「こいつは知り合いの知り合い。なんか店の前で聞き耳を立てていたから連れてきたよ」
「わー! しー! しー! しー! 私とのこの人は赤の他人ですしたまたまそこにいただけですハイ! なので帰ります!」
「まあまあ、ここのカクテルは美味いから一杯くらい飲んでおきな、俺っちが奢るから。というか店に入ったら何かしら飲まないと駄目よぉ。あ、俺っちはティンクルギンギンスペシャルで」
「そういうものなんですかね……では一杯だけノンアルコールを。今調整中なので」
「かしこまり~」
そして男のほうはテーブル席で珍妙な名前のオリジナルカクテルを注文し、女性はやや強引な理屈で言いくるめられて仕方なく少し離れたカウンター席に座った。
「じー」
だが彼女は酒を待っている間ものすごくジト目でこちらを睨んでいた。最初は俺かデネブさんを見ているのかと思っていたがどうやら真矢を見ているらしい。
「……なあ真矢。あいつお前の知り合いか?」
「さあ? 僕には心当たりがないねー」
「くわっ! ムキキー!」
「滅茶苦茶敵意に満ちた眼差しに変わったんだが」
しかし真矢がわざとらしくとぼけると女性は歯を食いしばって悔しそうな表情になる。どうやら彼女は真矢と何かしらの因縁がある様だ。
「ってあら? もしかしてあなた敬川楓さんかしら?」
「え、あ、はい。そうですけど」
「やっぱり~! サインとかもらったほうがいいかしら!」
「うーん、そういうのはやってないんですけど。サイン書くほどの立場でもないですし」
ただしばらくしてデネブさんはその女性が敬川楓という人物である事に気が付いた様だ。正直名前を聞いてもイマイチピンとこないけど。
「ええと、あなたって有名人だったんですか?」
「有名人っていうかパラアスリートですね。一応次のパラリンピックで日本代表に内定しています。普段は島根の義肢装具メーカーの荒木グレイスって所で働いていて、地元のテレビ局なんかには時々出ているのでこうしてたまに声をかけてもらえる事があるんですよ」
「へぇ、そうだったんですか」
俺の質問に敬川さんは照れくさそうに答えた。よくよく見ればその身体は普通の女性とは比べ物にならないくらいに引き締まっており相当の鍛錬を積んだ事が伺える。
ただ彼女が優れたアスリートには間違いないのだろうけど日本においてはパラ競技が話題になる事はあまりないので知名度はどうしても健常者と比べると低くなってしまうのだろう。なので俺が不勉強なわけではないはずだ。
「けどどうしてそんな人がここに? それにさっき調整中って言ってましたからお酒は控えているんですよね」
「あ、えーと、それは! お仕事ですけどまだ機密事項なのでハイ!」
しかし俺が気になった事を尋ねると彼女はわちゃわちゃと手を動かして全力で誤魔化した。一体全体どういう理由なのかはわからないがそういう事なら追及するのは止めておこう。
「そっかー。よくわからないけど頑張ってね」
「ムキキキキ!」
ただ真矢が煽る様に笑いながらそう言うと彼女はまたまた憤慨したのでそれがこの悪徳探偵絡みの何かである事はわかったよ。大方真矢がなんかやってそれに対して揉め事が起こったんだろうなあ。