2-1 堤三千世の悪夢
――十年前、堤三千世の視点から――
微睡みの中、俺は夢を見る。
その何度も見る夢は記憶の整理という本来の役割を果たしていた。
何も見えない暗闇の中にただ一つ木製のドアがある。夢の中の俺はそうしたくないのにドアを開けてしまった。
ぶらん、ぶらん。時計の振り子の様に細長い人の形をした物体が揺れていた。
俺は催眠をかけられてるかの様に心を失くしてそれをじっと見つめる。
縊死は楽な様に見えてかなり苦しいと聞く。だけど彼があえてその死に方を選んだ理由が今ならわかってしまう。
暗転。
俺は父さんの書斎や本庁のデータベースを漁り血眼であの忌まわしい事件についての記録を調べていた。
何でもいい、何か情報が欲しい。
どうして父さんが死んでしまったのか。
本当に父さんは何も悪い事をしていなかったのか。
俺はただ真実が知りたかった。
『余計な事をするんじゃないよ』
そこに大きな顔をした化け物が現れる。おそらくはかつての上司の更家警視がベースになっているのだろう。
そいつの面の皮はまるで食べられないほど大きくなったカボチャの様に分厚く、たらこの様に太い唇は脂ぎって口からは口臭と共に悪意が漏れ出ていたんだ。
『今更あの事件を調べて何になる。もうあの事件は終わったんだ』
違う。終わってなんかない! 俺は知らなくちゃいけないんだ!
『忠告はしたからな』
暗転。
次のシーンで俺は地獄にいた。俺はケラケラと笑う不気味な何かに衣服をはぎ取られ、髪を、皮膚を、爪を、歯を、眼球を、俺の持っていたものを全て奪っていく。
痛みはもう感じない。それだけが唯一の救いだった。
……………。
………。
…。
じっとりとした嫌な汗をかきながら俺はゆっくりと目を開いた。
「ん……」
ここはどこだ。ああそうか、ビジネスホテルに泊まったんだっけ。でもそんな金あったっけ。
そうだ、俺は真矢とかいう探偵の助手になったんだ。あの平気で真実を捻じ曲げるあくどい探偵もどきの小娘の犬に……。
「やあ、お目覚めかい?」
「真矢?」
だが部屋には何故か真矢がいて、コーヒーを飲んでいた彼女は少しだけ心配そうに俺を見つめていた。
「随分とうなされていた様だけど」
「気にしなくていい。悪夢を見ていただけさ。それにもう慣れた」
「そっか。いつか夢を見なくなれるといいね」
「そうだな。そんな日が来るといいな」
どうやら真矢は俺を気遣ってくれているらしい。だがこれもきっと彼女の作戦の内なのだろう。
「君もコーヒーを飲むかい?」
「ああ……スティック三本、甘めで頼む」
「了解」
だけどそうなんだろうなとは頭ではわかっていても――ズタボロの俺はその優しさにすがらずにはいられなかったんだ。
「ああそうだ。晴れてサンチョ君は正式に僕の助手になったわけだけど早速連れて行きたい場所がある。コーヒーを飲んだら身支度を整えてほしい」
「わかった」
俺は彼女からの指示を受けて渡された紙コップに淹れられたコーヒーを飲む。その安っぽい甘さは荒んだ心を癒し、寒さに震える俺を身体の芯から温めてくれた。