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1-11 カレーカツ丼の買収と改めてバディ結成

 屋敷での事件が予想だにしていない形で解決した後、俺は再び星鳥市を徘徊していた。


「ふっ……強くなったな……最後に伝えよう、儂はお前の父親だ……」

「そんなッ! お父さぁんッ!」


 長い死闘を終えたおばちゃんとジジイは何やらドラマチックな展開になっていたが俺は無視して歩き続ける。今はもうツッコむ気力もなかったから。


 だがそれは精神的な物ではない。耐え難い空腹によるものだ。


「腹減ったなあ……」


 あの王様の様な生活が遠い日々の様に感じられる。もしあの時拒絶せずにあいつの助手になっていれば今頃俺はカツ丼を腹いっぱい食べていただろう。あー、でもカレーもいいかもなー……何でもいいからガッツリ食いたいよ。


「グワア」

「わーい」


 不意に足元から楽しげな声が聞こえ、見下ろしてみるとそこではキノコの妖精みたいな奴が一頭身ボディを弾ませる黄色の鳥頭の上に乗って遊んでいた。


 俺の空腹はとうとう幻覚を見るレベルまで達してしまったらしい。もういっそこいつらを食うべきか? いやそもそもこれは幻覚だしなあ。


 やはり意地を張らずにあのまま助手になればよかっただろうか。俺はもう警察官ではないのでそこまで倫理を護る必要もないはずだ。全てを失った今の俺に失うものなどもうないというのに。


 どんっ。


「あっ」

「ととっ!」


 しかしボーとしながら歩いていると俺は前から歩いてきた通行人とぶつかってしまい相手は後方に転倒してしまった。


「す、すみません! 大丈夫ですか!?」

「いえ、こちらこそすみません」


 俺は慌てて謝罪しその女性に手を伸ばす。が、その際人工的に作られたヘラの様な右足が気になって思わずそちらを見てしまった。


「って、ああ!?」

「へ?」


 けれど立ち上がった彼女は俺を、正確には俺の後ろのほうを見て慌てて逃げ出してしまった。でも義足なのに随分とすばしっこいなあ。


「おや、彼女は。まあいい」

「っ」


 そして俺はその声で彼女が何を見て驚いたのか理解してしまった。すぐに後ろを振り向くとそこには憎たらしい笑みを浮かべたあいつがいたんだ。


「まだ星鳥にいたんだね、サンチョ君。事件の調査はいいのかい?」


 ほんの数日間とはいえ俺の上司だった彼女は俺の今のこの八方塞がりになっている状況も見透かしていたのだろう、勝ち誇った笑みを浮かべていた。


「……何の用だ、真矢」


 俺はせめてもの抵抗に低い声で狂犬が唸る様にその名前を呼んだ。だが結局それは負け犬の遠吠えでしかないのだろう。


「うん。取りあえずちょいちょい」

「あ?」


 けれど彼女は子犬を呼ぶ様に手招きをする。どうやら完全に俺はなめられているらしい。



 んで。近くにあったパチンコ屋に隣接する飲食店に入って。


「おが、ぼぼぅ」


 今俺の目の前には上にカレーがかけられた出来立てのカツ丼が置かれており、その男の夢を詰め込んだかのような思考の逸品に俺は言語中枢がやられてしまった。


「僕の奢りだ。お腹が空いているんだろう? 遠慮なく食べなよ」

「ゴクリ……!」


 それはまるで刑事ドラマで取り調べの際にカツ丼を食べさせる光景にも似ていた。実際には制約がありああいうのは出来ないけども。


 ああ、なんと美味そうなカレーカツ丼だ。こんなものが目の前に置かれたらどのような人物でもある事もない事も自白してしまうだろう。俺は犯罪者の気分を存分に味わっていた。


「いやいや、お前のカツ丼なんて食えねぇよ! この金だって……」

「その場合残してゴミになるね。それはよくないなあ」

「むぐぐ……チクショー!」


 そして俺は数秒間の葛藤ののち罪悪感と共にカレーカツ丼を掻きこんだ。やはりカツ丼は相手を落とすのには最高の食べ物らしい。


「ああもう、美味すぎて腹が立つッ! ビェーッ!」

「こっちとしては思惑通りだけどそこまでなのかな? ごめん、少し引く」


 きっと死にそうな最愛の弟の前で残り一つのパンを一人で食べる事を選んだ兄はこの様な気分なのだろう。俺はもうほとんど存在していなかったプライドと引き換えに耐えがたい飢えを満たし号泣しながら野獣の様に貪った。


「さて、食べながらでいいから僕の話を聞いてほしい」

「むぐぐ?」


 ククッと笑っていた真矢はほんのり真面目な顔になってそう切り出した。まあカツ丼の代金分くらいは聞いてやってもいいか。


「前にも言ったけど僕も個人的に穂久佐村の事件について調べている。そして君もお父さんの死の真相を知るために調べている。つまり目的は一致しているわけだね」

「……そうだな」


 俺は少しだけ食べるペースを落として半分程度の意識を集中させた。何よりもその時の彼女の表情は真剣そのものだったから。


「僕は君のお父さんが残したノートとやらに興味がある。そこには死を選ぶほどの衝撃的な真実が記されていたはずだ。だが今の君は無力で真相に辿り着く事は出来ないだろう。ここはやっぱり手を組んでみないかい?」

「……………」


 きっとその気持ちは嘘偽りのない真実なのだろう。どういう理由で彼女が穂久佐村の事件を調べているのかはわからないがその使命感に満ちあふれた目は少し前の俺と同じ目をしていたんだ。


「わかったよ」


 正直思う所はあった。だが俺はここ数日でいかに自分が無力であるかを知ってしまった。結局俺は学歴や社会的地位が無ければ何も出来ない人間なのだ。


 目的のためならば清濁併せ呑む必要がある事もあるだろう。それが結局世の中の現実なのだ。それを俺は警察官時代に出会ったかつて善良だった人間たちから嫌という程教わったはずだ。


「だけど俺はお前のやり方を認めるつもりはない。あくまでも手を貸すのはあの事件の事に関してだけだ。お前がまたあんなふざけた事をしようとしたら元警察官として全力で止めるがそれでいいよな」

「ふふ、決まりだね。それじゃあ僕もカレーカツ丼を食べてみようかな。これからまたよろしくね、サンチョ君!」


 俺は非常に不本意だったが結局説得に負けて助手になる事を選んでしまった。本当に俺は押しに弱いんだなあ……ちょっと情けないよ。


 だけど今はこの辛酸を喜んで舐めよう。全ては父さんの死の真相を、そしてあの事件の真実を知るためだ。


 だがそれはそうとして空腹状態で食べるカレーカツ丼は今まで人生で食べてきたものの中で一番美味かったよ。

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