1-10 真実を偽る探偵
屋敷での事件を解決した二日後俺はまあまあ激怒していた。そんなタイミングで真矢から連絡が来たので俺はすぐに待ち合わせの場所の彼女が宿泊している部屋まで移動する。
「どういう事なんだ、これは!」
俺はスマホのニュース画面を見せつけて彼女を罵倒するも、真矢は涼しい顔で優雅にコーヒーを飲んでいた。
「何って屋敷で起こった殺人未遂事件だけど。もう記事になったんだ。仕事が早いねー」
「殺人未遂事件じゃないだろ! どうしてあのカタリと楊彩文が捕まっているんだ!」
――楊彩文容疑者を殺人未遂の教唆で逮捕――
――兼久太容疑者は強盗に見せかけて殺害しようと――
そこには事実とは大きく違うそんなありもしない事が書かれていたのだ。しかし真矢はクスクスと笑いながらミステリーもので探偵が推理を披露する様に仰々しく歩き回ってこう告げる。
「楊彩文は自称暴力団員の兼久太に遺産を手にするため弓河内さんを拳銃で殺害するように依頼、前金を渡す。しかし兼久太は実際は暴力団員ではなくただのチンピラで拳銃は持っていなかった。けれど報酬は欲しかったのでやむなく強盗のふりをして殺害を試みた……シナリオ的にはこんな感じだね。彼のポケットからツボの欠片も見つかったらしいし犯人で確定じゃないかな」
「そんなはずはっ、」
そんなはずはない。カタリの兼久太は殺し以前にそもそも屋敷を訪れていないのになぜツボの欠片が。
「ッ! あの時か……ッ!」
だが俺は事件直後真矢が一人で現場を調べていた事を思いだした。きっとあの時に欠片を回収したのだろう。
「付け加えると記憶が飛んでいた弓河内さんもその事を思い出したらしい。ずっと自分に害をなそうとした人がようやく捕まってとても喜んでいたよ」
そしておそらく弓河内さんが事故前後の記憶を失ったというのも嘘だったのだ。きっと彼女は密室で二人きりになった時に何らかのやり取りをしたのだろう。
つまりその時から――その時からこいつはこのシナリオを描いていたのだ。最初から楊彩文と兼久太を犯人に仕立て上げてありもしない罪を作り上げるために!
「不満そうだね。でも実際に殺害依頼をした楊彩文はきっと本当にそうだと思っているだろうさ」
「けど兼久太は。あいつにそんな事をして何の得がある!」
「なんかカタリがバレてヤクザに拉致られたらしいよ。まあ実際は僕が拉致って演技をしただけなんだけどね。こんな声でさ、バカタレ!」
真矢は笑いながらいつか見せたプロレスラーの声真似をした。何らかの理由で声しか聞こえない状態ならば確かにいかつい男と勘違いしてしまうだろう。
「で、殺されると思った彼はほとぼりが冷めるまで安全な場所――つまり刑務所に行く事を選んだわけだね」
「……そうか、これがお前のやり方なのか。こうやって今まで事件を解決してきたのか」
「確かに問題はあるかもしれないね。でもこうしなければ楊彩文はいつか本当に殺人事件を起こして弓河内さんは殺されていただろう。その最高の結果の前には真実かどうかなんて些細な問題なんだよ」
憎悪と侮蔑の眼差しを向けても真矢は悪びれる様子もなく自分を正当化した。確かにその考えは一理あるかもしれない。だがそれは俺にとっては到底受け入れられるものではなかったのだ。
「助手の話は無しだ」
そして俺はずっと悩んでいた事を決意した。ここまであからさまな事をされてはすぐに決める事が出来たよ。まったくあれこれ考えていた事が馬鹿馬鹿しく思えた。
「ふむ。何故だい?」
「真実を偽るお前にはあの事件の全てを明らかにする事は出来ないからだ。世話になったな」
「そうか」
真矢は引き留めることはせず、俺は部屋を出て怒りに任せてドアを勢いよく閉めた。もう今後こいつと関わる事はないだろう。
だがそれでも何も問題はない。また独りに戻るだけなのだから。