1-9 兼久太の末路
同時刻、兼久太の自宅アパートにて。
「だーもうクソッ!」
兼久太はまだ残っている痛みに悶えながら安酒を浴びる様に飲んでいた。折角の臨時収入が博打と風俗で消え、子供にもコテンパンにされてしまい彼は悔しさのあまり飲まずにはいられなかったのだ。
「んあ」
彼は発泡酒の缶を傾けるがもう中に酒は残っていなかった。彼は舌打ちをして缶を壁に投げつけ、苛立ちながら酒を買うためにボロアパートの外に出る。
相当飲んだため足元は覚束なかったがコンビニに行くくらいの事は出来る。だが酩酊状態の彼は背後から気付く何者かに気付く事はなかった。
ゴッ!
頭から鈍い音が鳴る。彼は激しい頭痛に苦しみながら次第に意識を失ってしまった。
次に目を覚ました時に兼久太の視界は暗闇に閉ざされていた。
「むー、むー!」
彼はギャグボールをかまされて声を発する事が出来ず、また自分が袋を被されている事にも気が付いた。そして両手両足を縛られ椅子に拘束されている事にも。
これが酒を飲んだ末の悪夢ならどれだけよかった事だろう。しかし後頭部のリアルな鈍痛はこれが現実に起こった事である事を証明していた。
「一応捕まえましたがどうしますこれ」
「むぐっ」
どうにかして脱出しようともがいていると男の声が聞こえる。もちろん姿は見えないがその声は中年の男のように思えた。
「ただのカタリかもしれねぇがこの間の事もある。どっちにしろ殺しておけば問題ないだろう」
「んッ!」
今度は別の男の声だ。だがその物騒な単語に兼久太は思わず身をすくませてしまう。まさか自分は今から殺されようとしているのか。
詳細な理由はわからないがおそらく彼らは何か大きな誤解をしている。自分はヤクザなどではなくハッタリを使う事でしか生きられないただのチンピラだというのに。
「あ、道具はここに置いておきますね。後で使ってください」
三人目の男が左前方に何かを置くとカチャ、と高い音が鳴る。どうやら金属製の何かの上に硬い何かを置いた様だ。
ギュリィイイ!
「うん、ちゃんと動くな」
「むぐッ!」
聞こえるのは電動ドリルのモーター音。見えないが故に余計に恐怖心が煽られる。兼久太は想像を絶する恐怖に全身をわななかせた。
「今からうちのオヤジと話をしてくる。家族に電話をしたいとか簡単な願い事くらいは叶えてやるから心配すんな」
「んふぅ!」
男の一人は笑いながらそう言ってその場を離れた。後には自分だけが残されてしまい周囲の空間から一切の音が無くなってしまった。
「むぐぅ、むぐッ!」
このままでは殺されてしまう。それも口にするのもはばかられる悍ましい方法で! 兼久太は必死でもがいて脱出しようとするが無駄だった。
カツ、カツ、カツ。
「むー!」
そして何者かが近付く足音が聞こえる。まさかもう自分を殺しに来たのか! 兼久太は恐怖し死の運命から逃れるためにより一層激しく暴れる!
「慌てない慌てない、僕だよ」
「むぐっ!?」
しかし袋が外され彼の視界に入ってきたのはラーメン屋で出会った少女だった。彼は何故彼女がここにいるのか全く理解出来なかったが真矢は慌てる様子もなくナイフを使って拘束を外してくれる。
「今が逃げるチャンスだ。詳しくは外に出てからにしよう」
「あ、ああ!」
何故彼女が自分を助けてくれたのか、彼はサッパリ状況がわからなかったが全く異論はなかった。今はとにかくどこでもいいから逃げなければ!
彼が拘束されていた場所はどうやらどこかの空き家だった。幸いにしてヤクザと遭遇する事は無く兼久太は無事に脱出する事に成功する。
「はあ、はあ、はあ」
そして暗い道を抜けた彼は街灯で光り輝く幹線道路を目の当たりにして歓喜する。自分は助かったのか!
「よくわからんが助かった、ありがとう!」
「何を安心しているんだい? まだ終わってないよ」
「は?」
だが真矢は険しい表情で感謝をした兼久太にそう伝える。彼はすぐにはその意味がわからなかったが次第に何が言いたいのかを理解してしまった。
「残念ながら君は関係者と間違えられて命を狙われてしまった。今回は助かったけど次はないだろう」
「ッ!」
そう。先ほどのやり取りから察するに自分は本物の連中に目をつけられてしまった。相手が山蛭商会なのか九頭龍海運なのかはわからないが自分の様なチンピラが到底かなうはずもないとても危険な者たちに……。
彼らがどれほど恐ろしいのか自分はよく知っている。一度目をつけられたら最後、奴らは標的を地の果てまで追いかけるのだ。
一瞬助かったと思ってしまった兼久太は再び絶望してしまった。ならば一体どうすればいいというのだ!
「だけど僕はとても安全な場所を知っている。僕なら君をそこに案内出来るよ」
「そ、それはどこだ!?」
「それはね、」
そして真矢は少女とは思えないほどに悪意に満ちた笑みを浮かべ哀れな男にその企みを打ち明ける。兼久太はその提案に最初こそ戸惑ってしまったが、他に選択肢はなかったのですぐに受諾したのだった。