最後かもしれない晩餐
こんにちは。
メンタルが微妙になればなるほど小説が進むのはなぜ?
子供の頃からのくせだなぁ。
※
アセスがヨースケ達に話をしに行くと言って、リンフィーナは手持ち無沙汰になり、サナレスの部屋の前に立っていた。
「あと二刻で夕食の時間ですから、リンフィーナはサナレスを連れてきてくださいね。私はヨースケ達を呼びに行きます」
アセスに程よく促されて、リンフィーナはそこに立っている。
さっきはリンフィーナをサナレスから遠ざけ連れ出したというのに、ここに戻すなんて、アセスは策士だ。
数刻しか経っておらず、状況は先程と何も変わらない。自分の頭が冷えて、サナレスの前では泣かないと決めたこと以外は。アセスは自分を冷静にさすために、いったんサナレスと離した。そのためにリンフィーナと話したのだと思った。
優しい。
そほ優しさはリンフィーナとサナレス、二人に向けられているのが身に染みる。
リンフィーナは呼吸を整えて、扉をノックした。
「兄ーーサナレス?」
未だにサナレスを兄様と呼びそうになる。サナレスはそのまま呼べばいいと言うけれど、血のつながった兄妹ではないと知ってから、サナレスと名前を呼べることが嬉しかった。でも慣れない。
「入っていいよ」
サナレスの声は通常と何ら変わらない。
促されるまま中に入る。彼のいる居室の窓は閉じられ、暗いままだった。
「リンフィーナ、心配をかけてすまない」
サナレスもおそらく、ここしばらく寝ていないらしい。顔に落ちた影から、彼が疲れているように見えた。
サナレスは先ほどのように、再びリンフィーナに目を開かなかった。開いていると視点が定まっていないだけで、普通に見えているようだったが、今のサナレスは目を閉じていた。
「痛い? 大丈夫??」
リンフィーナは駆け寄って、サナレスの側に近づいた。
「大丈夫だ。痛みがあるわけではない。目を開いていると、眩しさを感じるだけだ」
「光はわかるの?」
「ああ。ーーリトウ先生に言わせれば、光を感じることができると言うことは、目の角膜の損傷だけらしい。だから治癒することもあるんだろう」
サナレスはそんなふうに言ったけれど、この言い方は、きっとアセスとリンフィーナを冥府に行かせない口実なのだろうと、察してしまう。
それでもリンフィーナは「よかった」と返事した。
平常心で、とアセスに言われた。
「食事だって、一緒に食べよう。兄様は、いつもはどこで食べているの?」
「ーーここで食べていた」
「じゃあ、ここで」
「いやーー、食卓の席に着くよ。体が鈍って仕方がない」
サナレスは左右に首を振り、天井に手のひらを向けて、伸びをしている。
息がかかるほどの距離にいたリンフィーナの頭に、サナレスは伸ばした手をぽんと置いた。
「心配ない、腹が減ったな」
サナレスはそう言って立ち上がった。
そうして、何の苦もなく、部屋の扉に向かって歩いていく。
「どうした? 行かないのか」
目を閉じたままだと言うのに、リンフィーナを振り返る。
「大丈夫だと言っただろ? 問題ない。人には視力以外にも感覚がある。五感って知ってるよな? 1つ無くしていても、あと4つあれば不自由しない」
サナレスは本当に見えているように動いている。
リンフィーナはそんなはずはないと思いながらも、サナレスだからあり得るのかもしれないと思って、サナレスの後をついていく。
「兄様ーー本当に?」
「目がなくともやりたいことの大半は可能だ。ーーだからお前とアセスは、冥府に行く必要はない」
毅然とした決意について、こちらを振り返らずに答えたサナレスの背中が語っている。
少し安心したリンフィーナは、いつものようにサナレスに腕を絡めた。
「でも兄様ーーどうして目を痛めたの?」
「あぁ、用意した爆薬の影響が、冥府だけに影響する距離にあるのか、最後まで見届けようと思ったんだ」
爆薬って、核爆弾のことだ。
サナレスはこっちの世界への影響を、懸念してこうなったと言うことだ。
「やっぱり兄様、責任感が強い! そんなことで……、目を失うなんて」
「いや。それくらい大それたことをした」
サナレスは、ハハと笑った。
「正直視力ぐらいで済んだのなら、私が行った代償としては安いものだ」
今更ながら、核爆弾を使ったサナレスには、どれほどの覚悟があったのだろうか。
リンフィーナは黙った。
「私がやったことだ。お前達が危険を犯して尻拭いしなくてもいい」
そのようにサナレスはリンフィーナを説得する。
キッパリとそう言われた。
いつものサナレスだとリンフィーナはさらに絡みついて、手を繋ぐ。
それなのに、次の瞬間リンフィーナは凍りついた。
「ーーだから別世界でなくとも、お前がアセスを選ぶのであれば、それでいい」
一瞬力が抜けて、サナレスの手をすっと離した。
やっぱりサナレスは、アセスが言うように通常じゃない。
瞬時にそう考えたことを悟られることを恐れ、リンフィーナはサナレスの首筋に抱きついた。
不意をつかれたサナレスは体制を崩しながら、壁に手をつく。
「こら、おまえ。病人相手になんてことするんだ」
サナレスは苦笑している。
「全然、元気でしょ!? サナレス兄様なら、目が見えないくらいが、世間一般の男性へのハンデキャップになるんでしょうね。ーー浮気は許さないから!」
涙が止まらなかった。
サナレスの背中にしがみついて、彼の衣服で涙を拭い、バレないように頑張った。
感情の高ぶりに震えそうになる声をとりなしたくて、色々嘘をついた。
「そんな平気なんだったら、わざわざ怖い冥府なんて私だって行かないし。それに、私が居ない間に、兄様なら浮気しかねないし。もうーー、このまま一生離れないんだから」
リンフィーナはガシッと両腕両足を絡みつかせ、サナレスに体重を預けていた。
サナレスは壁に寄りかかりながら、吐息をつく。
「浮気ねぇ。ちょっとは手加減してくれ」
サナレスは彼の背中越しにぎゅっとしがみついたリンフィーナの手に、彼の大きな手を重ねてきた。
「赤子だったおまえと出会ってから、私はそんな機会を一瞬も与えてもらえてもらっていないよ」
サナレスは後ろでに腕を伸ばし、リンフィーナの頭部を包み込んだ。
ずっと涙が止まらなかった。
でも悟られたくはなくて、サナレスの首筋の衣服に顔を埋めていた。
それは、私?
それともソフィアのこと?
「おまえ、このまま私を締め殺す気じゃないよな?」
束の間無言のまま、サナレスとリンフィーナはくっついていたが、サナレスがリンフィーナの頭をくしゃくしゃに撫でて、リンフィーナを抱き上げて地面に下ろした。
「そんなことしないし」
リンフィーナもそっぽをむく。
「そろそろお腹すいた」
「今日の晩餐は何かな」
サナレスと、最後の晩餐にならないように願う晩餐だった。
「オートミールはいや」
「それ、非常食だって。私は魚はーー」
「嫌なんでしょ? 肉かな?」
「おまえは、甘い物がメインだろ?」
「兄様は、咬むのもめんどくさがりだから、テリーヌとか?」
兄妹として、知りすぎている嗜好だった。
ちょっと笑い合いながら、二人は食卓を並べた部屋の扉を開いた。
そして温度差を感じる。
氷点下と言える複雑な感情が、扉一枚隔てたそこにあった。
「空気読まないやつだったら平気だったんだけどなぁーー」
サナレスがボソッとリンフィーナに聞こえる声で伝えてくる。
アセス、リトウ、ヨースケ、それからポセイオンが食卓に付いていた。
異色の組み合わせで集まって、じっと黙って二人を待っていたのだ。
館が立派なだけに、食卓に並ぶ食事も形式ばっている。そして部屋も貴族の食卓を思い出させるほど、一人一人の距離が遠い。それが余計な疎外感と緊張感を生んでいるのだろう。
サナレスは4人の横を抜けながら、奥の席に歩みを進めるので、リンフィーナはその横に付いてサポートしていた。
サナレスが着座した。
最初の言葉は最後の言葉だったと思う。
「私の最愛の姫であるリンフィーナに危害が及ばない、彼女の気持ちがまっすぐであることを保証するなら、私は全てを受け入れるよ」
そんなことを言われるとは思わなかった。
リンフィーナは口を覆う。
アセスと冥府に行くなんて言ってしまった。色々制限されると思っていた。
でもサナレスは全てそれでいいと応えてくれた。
ほんの数刻悩んで、サナレスが出した答えだと思う。
「リトウが私相手に何かしらの実験したいなら、それにも付き合おう。ただ今は、美味いものを食わないか? ーーねぇ、先生。食の大事さを私に教えてくれたのは、あなたなのだから?」
サナレスは、全てを容認した。
「そうですね。冷めてしまいます」
圧倒されるサナレスからの提案に応じたのは、アセスだった。
「残念ですが、本日はフルコースのお食事にして頂きましたよ。みなさん、好き嫌いが多いので、前菜からスープに始まり、肉も魚も出ますけれど、皆さん、よろしいでしょうか?」
リンフィーナはぷっと笑った。この中で一番食が細いのは、おそらくはアセスである。なんとなく彼の本日の晩餐会への覚悟を気取ってしまった。
「酒は?」
ヨースケが聞いた。
「ないと今日の宴は始まらない。私は飲むよ」
サナレスが答えた。
「私も飲む!」
リンフィーナは本能のまま、サナレスの席にグッと椅子を近づけ、息がかかる距離の隣で食事をとっていた。
それを見たヨースケはアセスにも酒をすすめる。
それなのにアセスはぷいと横を向いた。
「コーヒーを」
ヨースケが大きな声で笑う。
「子供か?」
煽られたアセスはそれでもじっと黙っていた。
サナレスが立ち上がる。
全員が彼を目で追ったが、アセスだけはリンフィーナの対角にいて、仕方がなさそうにワイングラスをサナレスに傾けた。
「少ししか、お付き合いしませんよ」
「おまえはいつもそんな感じだな」
アセスとサナレスが交わした少ない会話から、リンフィーナは二人の歴史に嫉妬する。
知っていたけど。
サナレスもアセスも、各々が他の王族の統治者として随分孤独な立場だった。だからこそ言い得て妙な関係性が育まれたのだと思っていた。
「リンフィーナを守れ」
「言われなくとも」
すでにグラスワイン二杯を飲み干したリンフィーナに、二人の約束事はぼんやりとしか聞こえなくなってきている。
メインディッシュが並ぶ頃には、リンフィーナは酒に飲み込まれた。
うとうとする視界には、サナレスとアセス。二人が食事しながら談笑していて、とても幸福な気持ちになった。
それをきっと魔女ソフィアは見ていたのだと、リンフィーナは思った。
偽りの神々シリーズ紹介
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢
「封じられた魂」前・「契約の代償」後
「炎上舞台」
「ラーディオヌの秘宝」
「魔女裁判後の日常」
「異世界の秘めごとは日常から始まりました」
「冥府への道を決意するには、それなりに世間知らずでした」
「異世界で勝ち組になる取説」
「戻った場所は、異世界か故郷」
シリーズの9作目になります。
異世界転生ストーリー
「オタクの青春は異世界転生」1
「オタク、異世界転生で家を建てるほど下剋上できるのか?(オタクの青春は異世界転生2)」
異世界未来ストーリー
「十G都市」ーレシピが全てー




