ナメクジナメちゃん人間カタログ
千首寺の納屋からは白菜と線香の混じった独特なニオイがする。墓場の納屋に住む人間は霊魂や怨念を信じない。作業班長の四陸才蔵さんはどんぐり眼に肥満腹だが温厚な人間だ。大学の仏教学部を中退したので自ら住職と名乗り社内での人望も平均値だ。この住職が慢性腸カタルで仕事中良く腹痛を起こしては駐車場の裏で野糞をする。その日は作業が午前中に終わった。久と住職はランチを公園の便所の屋上で食べていた。
青空を浴びて住職は腐ったカレーライスを食べる。いくら展望が良いからと言って便所の屋上で昼飯を食べる神経は理解できない。衛生局の仕事をしていると臭い場所が平気になってしまうのか!住職は社員心構えを教える良い人だが不潔な容貌は好ましく無かった。
一番目に住職が嫌なことは洗濯で、同じ作業服をリバーシブルに愛用している。
その理由を問うと脱ぐのが面倒だと答えた。
そして住職が二番目に嫌いな物が外車だと聞いた。
左ハンドルが運転出来ないからだ。
わがまもこうも大々的に吹聴されると、逆らえないものだ。住職はエッチな週刊誌を広げ珍しく真剣に活字を読んでいた。
久が注意を傾けると住職は高笑いと共に機嫌の良い顔を見せた。
久が聞きもしないのに住職は記事を指差して語った。
外車のボンネットに糞を乗せる奴は勇気があるな!
おフェラの赤と大ベンツの黒が糞を乘せてハイウェイを走るとは滑稽だ。住職は車の名前までエッチに呼ぶがふと脳裏を掠る言葉に唖然とした。俺も有名人の仲間入りを果たしたと聴こえたからだ。まさか新聞や雑誌を賑わせている連続糞垂れ魔が同僚にいたとは!
住職が渡した雑誌にはこう書かれてあった。湯気の立つ糞を所有者が見つけたとき初めは子供の悪戯だと思いその親を探す。だが、この犯人は高給外車だけを狙っており、路上駐車ばかり被害に遭う。愉快犯の一種であろうが、ストレスの発散の仕方が抑圧された精神の持ち主と推測される。
住職が早退したり、作業中抜け出す理由はコレだったのかと久は確信した。ロッカーに隠している変装セットはその為に用いられるものであったのか!
久は住職に危険度を聞いてみた。彼の発言は特異の上を行くものであった。
見付かったら身体に糞を塗りたくって運転手に抱きつけば大抵逃げ出すぜ!久は社会的地位のある筈の人間の閉ざされた欲望が理解出来なかった。
俺なんかまだユーモアがある方だと住職は言った。いつも大人しい宗静二さんが幼児の下着ドロだと聞かされたからだ。宗さんはエスカレートすると、墓場で下着を履き替えて墓を荒す。住職は宗さんがソーセージを出して骨を食べてる現場を観たと話した。
カルシウムがあるからと言って住職も喰わされそうになったらしい。住職の世話になってる千首寺だけは荒らすなと何度言っても止めない。
墓場に下着やエロ本を散らかすのは宗だ!掃除するのはこの俺だ!あいつは仕事は真面目だが変な収集癖があるからな!律子ちゃんも嫌がっている。
まああの律子ちゃんもなと住職は久が好意を寄せている女性の隠された部分を告げた。あの子はFの次が好きでI(愛)の前も好きな顔だね!
家ではカレンダーに○を付けて神様に報告するんだ。奉仕活動をしました。
園元ちゃん!気を付けたほうが良いよ!女っていうのはやはり外見だ!色が白くたって七難隠せない。あそこは
どす黒いよ!拳骨でも入るみたいだ、きっと安産だよ六つ子でもいっぺんに出てくるね!身体だけ女の器官を持っているから白豚と人間の合成女でも重宝がられている。肉の塊だと思えば納得出来るけれど、声だって首が太いから低音で全然可愛くないのに、よがり声が地獄から聴こえるみたいに感じたのは宗だけだね〜!だから一回だけ間違ってしてしまったけど後はしないみたいだ!
でも真実は宗が仮性包茎なのをみんなに言いふらしたからだよ!
久には大人の社会が益々理解できなくなった。
頭の中が混乱して回路がショートしそうだ。
翌日の仕事は猜疑心と同類と思われる恐怖を連れて訪れた。住職は相変わらず寿司屋の裏の駐車場で野糞をすると、高級外車を探していた。
ズボンのベルトを持ち上げ微笑する顔には満足感が漂っていた。日課を終えた住職は日誌に上機嫌で記入すると最近無断欠勤している宗さんを訪ねようと誘った。
久はライトバンの助手席に隠していた身体を持ち上げ、早く運転免許を取りたいと切に願った。
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第7話 浴室の忘れ物
老朽アパートデベ荘は下に大家が居住する性質上、体重制限が設けられていた。前に力士に貸し床が抜けたためだ。2階に上がると直ぐに宗さんの部屋が判った。ソーセージの絵が表札に掛かっていたのは住職のプレゼントらしい。ノックしても返事がないので住職に聞くとドアを持ち上げ外してしまった。
建付けが悪いと言っただけで勝手に部屋に入っていく住職についていった。狭い玄関に積まれているスポーツ新聞を取ると風俗欄には悉くマルがついている。宗さんは留守のようだった。鍵も掛けずに何処へ行ったのか?
飼い猫の砂が日光に干されていたので取り込んであげると下に敷いた新聞紙から猫の小便の臭いがした。鼻を抓むとき映画女優の顔が砂の中から現れた。猫に小便をかけられた跡か?印刷された笑顔は歪んでいた。有名になるということは知らぬ場所で汚辱の対象になると言うことだ。一般市民で良かったと平凡な才能を授けてくれた両親に感謝した。
他人の家に馴れている住職は押入れを占領しているダッチワイフに挨拶していた。この臭いはいつ来ても我慢できないぜ!そう言うと直ぐに部屋の窓を開けて冷蔵庫の中を覗いていた。腹痛に襲われ突然トイレに駆け込んだ久は用便を済ましトイレットペーパーを引く時感動した。なんと市販されていない著名人、アイドルの顔のトイレットペーパーが棚に並んでいたからだ。
久は政治家のトイレットペーパーを取ると用便の後を拭った。
トイレから出ると住職が久の帰りを待ち構えていたように抱き着いてきた。
宗の奴!精力ドリンクばかりだぜ?給料の殆どを風俗娘と精力ドリンクに使ってる。
耳元で喋られた会話に納得しては壁と天井に視線を這わせた。等身大のヌード写真が部屋中に貼られ、ビデオはアダルトビデオばかりだ!
ここ迄徹底したセックスマニアは宗さんの真面目さが産んだ才能だ!?
お〜い!園元!此処へ来てみろよ!面白いモノが転がっているぜ!
呼ばれて風呂場に行くと仰天してしまった!
住職!これは警察に連絡しないとまずいですよ!
そうだな!麦酒買いに行くついでに俺がちょっとかけてくるよ!
数分間初めて見る死体にどうしたら良いのか狼狽えていた。視線をずらすと電動こけしのコードが宗さんのお尻から出ていた。感電死だったのかと思ったがコンセントは風呂場にはない。
他殺か自殺かどちらともとれる死に方だ!?
推測すると色々なものが凶器として疑われる。後ろで住職が笑う声が聴こえた。
ご苦労さん!園元ちゃん!まあビールでも飲んでポリちゃん待とうや!はっはっはこりゃ最高だ!
住職は酒に弱い、笑い上戸になるのだ!
園元ちゃん!こりゃ俺が思うに事故死だよ!風呂の中で陰毛を剃ってる最中に手が滑ったんだ。
住職は浴槽に凭れ死んでいる宗静二の横に立ちVサインを出すと写真を撮ってくれとねだる!
此の非常事態を記念するぜとはしゃぐ住職は殺人に対して馴れている様だ!
住職に渡されたカメラに仰天した。警察に連絡するついでにカメラまで買ってきたのだ!見事に久も共犯者にされてしまった。
宗静二の野郎!無様だぜ!そそり立つ宝物がねえじゃねえか!見てみろよ!
恐る恐る宗静二の死体に視線を移した。浴槽から出て身体でも洗っていたのだろうか!右手に剃刀を持っていた。
バカ!剃刀じゃないよ!下半身見てみろよ!
無い!女になってしまっている。
園元ちゃん!これ間違いなく宗静二だよな!そそり立つ宝どうしたんだと思う。喰っちまったのかな!あいつ!ソーセージ好きだったから!
覚えてないか、いつも律子ちゃんの弁当箱から貰っていただろう。
久は冗談顔に向かうと告げた。あれは丹下さんが好きなんですよ!
住職は宗さんの血だらけの身体を眺め反論した。
いいや、あいつの両親は腸詰のパートをしてあいつを高校迄行かしたんだ。社長がよく莫迦にしたもんな!ソーセージってな!
今だから言えるけどなあいつは社長を憎んでいた。
どうします!
住職は小便を死体に向けかけ始めた。
園元ちゃんも連れションしようぜ。
住職!人が一人死んだんですよ。
あっそうか!此れは殺人事件だったな。
俺は宗静二が黄金の棒亡くして遊んでいるように視えたんだよ!まあ、めでたいから風呂にでも入ろうぜ。
汗かいちゃったよ!人の一人二人毎日死んでるじゃないか。たまたま身内だってだけで大した事じゃないよ。
住職の破天荒の陽気さに死体に直面している恐怖心を失くしかけていた。
警察遅いですね!
えっ、そうか!連絡するの忘れたよ!
この死体俺たちで墓に運んで弔ってやろうぜ。園元ちゃんおぶって運んでくれよ。
イヤですよ!必死で拒み続けたが住職の威しに屈服してしまった。
あ〜!社長のオナペット律子ちゃんとなにしたか会社でバラされても良いのかい!
何もしていません!おでんを二人で食べただけです。
嘘言っちゃいけないよ!律子ちゃんモミモミされたって泣いてたよ!
肩が凝っているって言うからマッサージしたんです。
肩じゃない!おへそのごま取ったんだろう!
あれは手が滑ったんです。
ほう!手が滑って、次にお尻の前までいったのかい。
やりますよ!?
住職に逆らうと大好きな浄化槽のヘドロが洗えなくなりますから!
住職に威されて宗静二を肩に背負った。肩がガクっと鳴り死後硬直が始まっていた。お尻のこけしを住職は見つけると噴き出した。コイツ両刀使いだったのか!守衛とホモ達だって云う噂は本当か!
エライ会社に就職したものだ!死体遺棄という大犯罪者に久は成ってしまった。
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第8話 狙われた肛門
新入社員の宗朗二がアメリカから帰国した。一卵性双生児らしく、顔は宗静二そっくりだ。
失踪した(実は墓場の隅でポチという戒名をつけられ埋まっている)兄のピンチヒッターに急遽雇われた潔癖症の男である朗二は勤勉な性格は兄譲りだ。
定刻通り出社しては先ずパンツを洗濯するので奇妙には思ったが変人の多い大地ビルの事だからさして気にも留めなかった。だが屋上で洗濯を干し日光浴する朗二にはやはり人とは違う気配がある。
満員電車は好きですか?
彼との会話はいつもこのように始まる。
私は大好きです。宗朗二は穏やかに語った。
人間の温もりが好きなんです。
なんとヒューマニズムの答えだと感心した。
ラッシュを狙って通勤してくるのは痴漢だと人は決めますね。あれは低俗な発想です。
朗二は哲学者だ。兄の失踪も哲学的に答えを探す。
兄は精神の彷徨に流浪していると思います。
何という素晴らしい会話だ!インテリジェンスが漂う。
タイムカードを押すときふと微笑する朗二はナルシストなのだろうか!
だが、意外な事実が次々と判明した。
ある日彼が中吊り広告で下半身を隠したまま出社してきたのだ。
その現場で運悪く住職とかち合わせたのがまずかった。
なんと満員電車で朗二が大便を催し我慢できず車内でしてしまったらしい。辺りは興奮の坩堝と化しその隙きに中吊り広告で尻を拭いたらしい。
彼の穏やかな仮面の裏に欲求不満男の情念を見た。
毎日パンツを履き替える清潔な理由はただの垂れ流し男と解ると失望した。
だが、住職は同じ趣味の同僚を痛く気に召したようだ。
なんとコンビを組み奇人変人大集合に出演すると言うのだ。
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大地ビルの社員旅行は夏の海辺に決まった。宿舎のホテルから見える景観は格別だが久には恐ろしい事が待っていた。午後の散歩に砂浜を歩いていた頃だった。宗さんが久の後をついてくる気配に薄気味悪さを感じては波を見ていた。「園元さん」朗二は不意に久の手を握ると潮風を吸い込んだ。男同士が愛し合うのは難しい事ですかね!彼の真剣な眼差しがジョークを言ってる様には見受けられなかった。
彼は久の事を性交渉の対象に考えている。
いいやそんなに難しくないよ?肉体を愛し合うだけだし!どちらがどちらの役割を受け持つのかな!朗二は言った!
ジャンケンで決めるに決まっているよ!淡々と言ってしまった後にしまったと思った。插入される立場にはなりたくない。
海辺で遊ぶ恋人の奇声が聞こえふと耳が痛くなった。
女の子とするのと男とではやはり違うんだろう!
どう違うのか確かめて見たい気もするよ。乳房は吸えないからやはり前戯は唇から始まるのがスタートになるのだろう。
砂に埋もれたラジオから黒人音楽が流れてきた。
彼等の音楽は殆ど同性愛の内容ですよ!朗二が対訳者になると耳元で愛の囁きを告げた。
止してください!こんな真昼にじゃれ合うっていうのは他人の視線を集めるだけです。
…日本人はだから国際人になれないのですね!
朗二は久の忠告にそっぽを向きニューヨークの生活を語った。
向こうで生活をしていると無性に人間を愛したくなります。男でも女でもない人間が恋しくなります。
閉鎖的な国民には理解出来ないでしょうね!
理解出来無くて良かったと口走りそうになった。
セックスを快楽とか種族保存と考えちゃまずいです。
人間と人間のコミュニケーションです。だから良きパートナーとは男女問わずセックスすべきです。
朗二が力説すればする程彼が久の肉体を求めていると痛感した。こんなガラガラの肉体のどこが魅力ありというのだ!お尻の肉なんて骨が露出して彼を傷つけるだけだというのに!心を閉した意固地な人間の様に終始俯き加減であった。ニューヨーカーにはなりたくないよ!日本人の昔からの価値観で育ったんだからね!
…園元さんは丹下さんの事を考えているのですね!
別に彼女を裏切ることにはならないですよ!
秘密を持てって言うのかい!思わず睨みつけてしまった。何が裏切る事にならないだよ!
心の中に重荷を背負って彼女に会うのはやだね!
彼女に懺悔したくないね!
…社会的体裁がそんなに大事なんですか!
なぜ!そんなに!僕を狙うんだ!
…好きだからだと朗二は久の目を見詰めた。
あなたが好きなんです!入社してからずっと心に留めていた大きな存在なのです。
!止してくれよ!
好きとセックスがなぜ同次元で語られるのか理解できないね!
君の一方的な思い上がりに同調しなければならない義務もないよ!…言い過ぎたかなと少しだけ彼にも悪く思った。しくしくと泣き出す朗二には尋常ではないものも発見した。今度は泣き落としに入るのかもしれない。案の定、尚も愛しているとか、愛されたいとか並べる。
久は断る言葉に詰まってしまった。
一度だけなら経験しても悪く無いかと迷ってしまった。
付け込む隙を狙う様に朗二は久の首筋にキスをしてきた。間一髪であった。
住職と律子が花火を持って駆け付けなければ久は素晴らしい同性愛の虜に成っていたであろう。
第9話へつづく!