龍のアギト
それからの武と湯築は、厳しい稽古を鬼姫と蓮姫に申し出たようだ。
鬼姫と蓮姫も二人の気持ちをよくわかっているのだろう。快く承諾したようであった。
私もわかるのだが、きっと、武は高取だけに厳しい稽古をさせたくないと思っているのだろう。
当然、負担を掛けたくないとも思っているのだろう。
はたまた湯築にとってはライバル意識からか。
二人はそれぞれの高取への気遣いと対抗意識を燃やしているのだろうか。
それから、二日後のことだ。
厳しい修練の合間のここは大広間の夕餉の席だ。
おおよそ1000人の大人の男たちは、なにやら皆静か過ぎていた。殺気などを滲みだす者もいる。なぜかしら武たちの厳しい稽古を知っているのかも知れない。
皆、対抗意識で大広間はひしめき合っていた。
そのため、稽古場という稽古場には昼夜問わず大勢の大人の男たちが行き交うようになっていた。
「みんなどうしたんだろ? 燃えていますね」
三人組の美鈴が片岡に向かって、疑問を呈している。
「……うーん。なんでか、武様も必死なのです。きっと、あまりにも武様が強くなり過ぎて、みんな敵わなくなってしまったのでしょう」
片岡は箸を夕餉に運びながら、もぐもぐと食べながら妄想を話している。
その隣の武は、意識を取り分け集中しながら箸を運んでいたようだ。恐らく、今も何かの修練をしているかのようだ。
高取は今日も夕餉の席に着いていない。
私も心配になるほど、やつれていたのだ。
反対に湯築はおかわりを繰り返し、武はいつもより小食を志しているかのように、夕餉の食材を少しずつ隣の片岡たち三人組に勧めている。
三人組は殊更に大喜びだった。
「稽古の方は、どう?」
湯築は隣の武に聞いたようだ。
「まあまあで、もっと上」
「そう……」
それ以上、武と湯築の会話はぷっつりと消えた。
二人とも更に更にと上を目指しているのだろう。当然、高取もである。その時、廊下を隔てた杉や松や竹を模した襖が開いた。
高取である。
「お腹空いた」
武と湯築の顔に緊張が走った。それだけやつれていたのであるが、高取は至って平然としているのだ。
幾人かの男たちが高取を見て、皆驚いたようだ。鬼姫と蓮姫も驚いた。
ただし、地姫は別である。今も静かに夕餉に箸を運んでいた。
武と湯築は、高取の夕餉の間。何も言わずに料理に箸を運んでいるが。とても険しい顔をしている。だが、けれども心配気な顔のようにも思えた。
一方、ここは鳳翼学園。
正確には武たちが存在しないはずの神社へ行った後、一週間の時が経った頃である。
あの日曜日から、自衛隊が救援物資など何かの機材などを運ぶために幾度となく行き来していた。
廊下の窓の外を麻生が一人寂しく見つめていた。
きっと、武の身を案じているのだろう。
だが、武は今のところ無事なのだ。
「いやー、みんな無事でなにより……というわけじゃないな」
麻生は声のした方をハッとして振り返ったようだ。
偉そうな一人の白衣姿の男が自衛隊の隊長に苦い顔を向けて話したのだ。その白衣の男はあの宮本博士である。他の研究員もなにやら機材を運んでいる自衛隊たちに指示をだしていた。
「怪我人は、訓練所の病室へ全員無事に運んだんだね? 後は雨と地球外生命体の龍だけか……」
「宮本博士。いつか、この雨が止むことはありますか?」
自衛隊の隊長は若く田嶋という名の男で立派な体躯である。
「わからん……恐らくは人為的には絶対無理だろう……」
「……そうですか」
「あの、宮本博士。機材はこれで全部です」
かなり細いと形容できる研究員が宮本博士に言ったのだ。
二つの教室は、今や立派な研究施設と変わりない。
麻生が何やらさっきから必死に聞き耳を立てていた。
そんなことをしても、あまり意味がないのだが、辛いが麻生の気持ちを察すると、きっと今まで武の安否を身の裂けんばかりに心配していたのであろう。
「しかし、数人の学生たちは今のところ……どこへ行ったのやら? 海底で引っかかるかしないと、見つかるはずなのだし……」
宮本博士はそう、ぼそりと呟いた。
「学生たちは、目下全力で捜索中です。龍がいるので、この近辺しか行けませんが。五機の小型潜水艦と三機のヘリで捜索をしています。本部に応援も要請していますし。宮本博士……あの龍はいったい何なんでしょうね?」
「龍か……この学園へと幾度も来ているのは……何故だろう……か? ともかく念の為にこれからも学生たちを探してくれたまえ。不思議なことが連続して起きているから、それらを信じると、恐らく手遅れにはなっていないはずだが……」
薄暗い廊下である。
田嶋の顔は、時折岩のような固く険しい顔になる。
何故だろう? もうすでに、学園の人々は助からないとでもいうのだろうか?
「あの龍には弾丸が鱗に当たって貫通しません。ですが、宮本博士の言う通り。そこは催涙弾が有効でした」
「……ああ、やはり生物なのでな」
「正直、それでもいつまで持つか……わからないのが現状です。残念です」
なるほど、龍の脅威が迫っているのか。
私にはどうしようもない。
宮本博士は麻生の方を見ていた。
田嶋はきっと現状を嘆いているような顔だろうが、私は麻生と宮本博士の方を見る。
宮本博士は、さっきから麻生を気にかけていたのだろう。
「あの嬢ちゃんの身内……酷い怪我だってね。何か明るいニュースでもあればな……」
「命には別状はないですが。……明るいニュースですか? ないので正直歯がゆいです……」
「龍の脅威さえなければ、この原因を解析できるはずだ……なんとかなるだろうか……?」
「宮本博士はこの半年間もの雨や、この日本の危機の原因を調べているのですか?」
「ああ……いや、日本だけではなく世界中の危機なんだがね……」
宮本博士はあらぬ方を向いた。
ここは学園の二階である。
すでに、一階までは浸水しはじめ人々の住めるところはなかった。三階は粉砕された屋上の瓦礫の山々で危険だった。
「もって、後一週間くらいか……」
宮本博士は他の研究員たちに、早めに雨の原因の解明ができるようにしろと指示をだし、麻生の元へと歩いて行った。
ぽたぽたと降る雨は、未だ振り続けているのだ。
このままでは……。
「お嬢さん。さっきの会話はどうか内密に……」
「はい……」
麻生はそう言うと、自分の教室へと戻って行った。
心なしかその後ろ姿は、何かを決心したかのようだった。
麻生は自分の今の寝床の2年B組へと戻ると、大人たちや先生を置いて、蹲るクラスメイトたちから卓登を廊下へ連れ出した。
「卓登。武たちを待つと同時に……龍をなんとかしましょ。私と一緒に」
「あの龍を? どうやって?」
卓登はこめかみを突いて頭を振ったようである。恐らくは考える時の癖であろう。
「龍は多分、学園にいる人々が関係しているはずよ……」
「って……二人だけで?」
ここには、みんなの分の寝袋とインスタント食品や缶詰が至るところに散見してあり、机や椅子は全て別の場所へと取り除かれていた。薄暗く鬱屈している人々の気分は、雨の降る外を眺める人や、本を読む人たちの表情などでわかる。
麻生は何を考えたのだろうか?
確かに龍が襲うのは学園内の人々が関係しているが……。
私の知っていることにも限界がある。一体何を考えたのだろう?
そうか……龍のアギトだ。
ここは存在しないはずの神社。
武たちに、異変が起きたようだ。
それは普通は三カ月かかる修練が、なんと三週間で終わったのだ。
これには鬼姫や蓮姫が驚いていた。
ただし、地姫は別である。
高取の修練が終わると同時に、武たちが鬼姫や蓮姫の予想を遥かに上回る腕を得たのだ。
ここは修練の間。その入り口付近の龍を模した木製の両開き扉の前に、 武たちが集まっていた。
当然、武装した蓮姫と地姫も鬼姫もいる。
すでに湯築と高取の番が終わっていた。
次は武の番である。
「あなたは強いわ」
「武。頑張ってね!」
「ガンバです!」
「無理せずです!」
「武様は史上最強ッスよ!」
高取と湯築。それから三人組が応援し、武は鬼姫と修練の間へと扉を開けた。
武は間の中央で、木刀を構え、真剣の鬼姫と最後の手合わせをした。
武は木刀を構えると同時に一振りした。そこから生まれた風圧が鬼姫の脇を薙ぐ。その拍子に鬼姫の後ろの灯籠の火が全て消えた。
間の周囲の生暖かい空気が一斉に震えだした。
目を見張った鬼姫はバランスを失い。負けじと刀を構えるが、寸でのところで武の踏み込みが速かった。
武は踏み込みから、バランスを失った鬼姫の首筋に寸止めで、木刀を押し当てていたのだ。
これには鬼姫もたまらず小さな悲鳴を上げた。
「お……お見事です……武様」
鬼姫は真っ赤な顔になって、やっとそう言った。
その直後、鬼姫は武に口付けをしていた。
無意識のうちだったのだろう。
致し方ない。
武は口を鬼姫から離し、微笑んでいる。
「ごめん……俺には……」
「はっ! 申し訳ありません!」
鬼姫は慌てて頭を下げてから、武から距離を取った。けれど、頬を染めながら、武に「お慕いしております」と言葉を残し、修練の間から走り去ってしまった。
サンサンとした太陽がまぶしい庭で、鬼姫は一人。頭から湯気がでそうなほどの熱を顔にだして佇んでいた。
「はあっ……武様は……地姫の言う通りの方だった」
実は、地姫は鬼姫だけに武がいずれ必ず世界を救うであろうと教えていたのである。武の前世はやはりだ。だが、証明は誰もできないのだ。




