晴れた地2
湯築は目を覚ました。
やはり、辺りを見回していた。こんな状況で辺りを気にしないのは、高取だけであろう。布団越しから傍に居座る蓮姫に気が付いたようだ。
「あ、お目覚め?」
「ええ……ここって? どこなのかしら?」
湯築は自慢の足の足首を少し怪我していた。
救命具を付け、海へと落ちる時についたものだ。皆、龍によって、命からがら海に落ちたのだ。
「私は海神を祀る巫女の蓮姫というの。あなたの稽古役よ。みんなこれから稽古」
「みんな?」
「そう、みんな」
湯築は驚いているようだ。
「武はいる? あの後、みんな龍から逃げるために、海に落ちて……」
蓮姫はしっかりと頷いたようだ。
「みんないるわよ。あなたの友達の高取っていう人が率先して、全員助けたようね。彼女は地姫が稽古をするようね。地姫が稽古役なんて凄い友達よね」
地姫は白蛇を祀る巫女で、この神社で随一の口寄せなどの不思議な力がある巫女なのだ。
この広い神社の境内には、鳥居。社務所。稽古場。国中から呼ばれた大人の男たちのいる各部屋や、特別な朱色の間や修練の間などがある。
修練の間は龍神と戦い乙姫を説得する上では必要な場所である。
武たちはこれからどうなるのだろう?
私の知っていることにも限界があるが、武たちがこれから龍神と戦うのはもうすでに決まっているのだろう。
サンサンと照り続ける中庭に、高取がいた。よく掃除された庭で、小鳥が木々の間からさえずって、飛び跳ね、雨に濡れることもなく。まるで、ここだけが別世界のようである。
高取は武を寝かすと、何かを考えながらトボトボとここまで一人歩いてきたのだ。巫女装束であるが、胸元からタロットカードを取り出したようである。
「お止めなさいな」
高取は声のした方に、即座に振り返った。
地姫である。
地姫は腰まである銀髪のことのほか美しい巫女である。静かな足音で他の巫女を連れ廊下を歩いていたのだ。
丁度、もうすぐ昼餉なので、その道中である。
「何かしてないと、いけない気がしてきたの」
高取はタロットカードを固く握りしめて頭を軽く振っている。
きっと、これからのことで混乱しないようにと占いたいのだろう。
「そんなに心配しなくてもいいのですよ。この先のことは自然に任せましょう。きっと、あの男は大丈夫。……武という男はきっと辛い修練をも乗り越える力を得るでしょう」
そう話すと、地姫は連れの巫女たちと共に、再び廊下を歩いて行った。
高取も武に興味を持っているのだろう。あるいは、やはり好意を寄せているのだろう。何かしらの嫉妬を抱いているのだろうか?
違うかも知れないが。
きっと、武にこれ以上邪魔が入らないようにと。
そんな一心で、この先には自分と武の間には障害物は幾つあるのか?
なんとか、障害物を取り除いていかなくてはならない。
などと、武と自分の運命の全てを占ってみたかったのだろう。
だが、これからの武には武運が必要だった。
昼餉の時間には、大広間に武の姿はなかった。
今も朱色の間で寝ているのだ。
時々、うなされているが、怪我のせいだけではない。
わけは後に話そう。
それぞれ1000人ほどが集まった昼餉の席の一端に、湯築はいた。
なにやら辺りを見回しているが、致し方ないことである。だが、やはり隣の席の高取に聞いたようだ。
「これから、どうなるの?」
高取は黙々と食べながら、少し離れた地姫と蓮姫と鬼姫の方を見つめている。
「今は、巫女たちと一緒にいよう。これからかなり危険だけど、きっと、武がなんとかしてくれるから」
高取は色々と心配気な顔になっているのだが、努めて普通の声音で湯築と話している。さすがと言えるのだが、私も高取もまだ知らないところが多いのだ。
「高取さんは何を知っているの? あるいはどこまで? 稽古って一体なんなの?」
湯築は和食で彩られた昼餉を、ちょいちょいつまんでは、疑問だらけの頭の整理をしたかったのだろう。
「多分、龍神と戦うのよ。これから……」
「え?」
湯築はオーバーに目を回したようだ。
「あんなのと戦うの? 自殺行為じゃなくて?」
「ここは、そういうところ……でも、心配いらないわ。昔から戦っているといわれる存在しないはずの神社なの」
湯築は大きな溜息を吐いて、黙々と食事を平らげていった。
不思議なことが、連続して起きている。だが、湯築も高取もいい勝負だ。
「この料理。美味しいわ」
湯築は、これからのことをあまり考えないようにしているようだ。あるいは混乱を静めたかったのだろう。黙々と料理に箸を運ぶ。
「ええ。そうね」
対照的に、高取は不安でいっぱいなのだろう。
武は目を覚ました。
夢を見ていたのだ。
悪い夢とまでは言えないが、やはり悪夢に近いのである。
武のさっきまで見ていた夢は、さすがに私も夢の中までは見えないので、あの日曜日のことを話そう。
ここは鳳翼学園。
轟々と音のする渦潮から龍が昇った。
いや、一体ではない。
四つの龍が昇った。
すでに、自衛隊のヘリコプターを噛み砕いた龍は、生徒会長である学生の足に噛みついていた。学生は気を失ったようである。麻生と卓登は、吹雪を助けるために屋上に留まったようだ。高取は、屋上の入り口の階段付近で、あらかじめ用意しておいた救命具の数を数えていた。
美鈴が悲鳴を上げ、学園内に避難した。
それぞれの龍は新たな獲物を見つけると、嬉々として咆哮を上げた。
「早く逃げないと!」
卓登はアスファルトを血塗れにしている学生を、なんとか肩に担ごうとしていた。
一体の龍が咆哮を上げながら、鎌首を卓登へ向けた。
「私が囮になるから!」
麻生は地面を蹴って五体の龍の中央へと、走り出した。
学生を屋上の入り口まで運ぼうとしていた卓登が悲鳴を上げた。その時、屋上の入り口から武が踊りでた。
武は真っ先に麻生の元へと駆けつけると、麻生に噛みつく寸前の龍の顎目掛けて正拳を打ち放った。ごりっとした音と共に、鮮血が辺りに舞った。
龍の顎から血が出たのと同時に、武の腕には、もう一体の龍の大口がすかさず食らい付いていた。麻生は、気を確かに持って、武の腕を龍の大口から引き離そうとした。
やっと、それぞれの生徒の家族や教師が卓登と学生を学園内へと非難させ、五体の龍目掛けて椅子や机を投げつける。
五体の龍の咆哮は少しも衰えていなかった。
何人かの人が龍に噛みつかれて傷ついた。
中には、龍の牙で大怪我をした人もいた。
武は牽制のために、瞬く間の体さばきで五体の龍の顎へと数打正拳突きをのめりこませると、それぞれ血を流した五体の龍が怒りだした。
五体の龍が屋上のアスファルト目掛けて、頭から突っ込んだのだ。
バラバラに粉砕した床から、人々が海へと落ちていく。
一方、高取はこのどさくさ紛れに湯築に救命具の二つを渡していた。バランスを失った地面の上で、何も言わずに湯築は救命具を付けて武の元へと走った。それと同時に高取も武の元へと走り出した。
麻生は目を瞑った。
傍らの武は麻生を庇った。
五体の龍の大口が迫っていたのだ。
「もう、ここも駄目ね」
隣に佇む麻生が呟ていた。その表情は暗く、どこか寂しげのように思えた。
「おれ。変わらないから……そう、いつまでも……」
武は死を覚悟した。
救命具を付けた湯築は、麻生を引き離し、なんとか龍の大口から逃げおおせた。二人が向かったのは粉々になった屋上の入り口付近である。龍が二体追いかける。湯築は救命具を身につけ海へと落ち。麻生は教師に引き寄せられた。
今度は武に残りの龍が向かった。
それぞれ空を切るような早さの龍。だが、高取は武に救命具をつけると共に、すぐさま海へと転落した。




