コレじゃない物語 ー攻略対象者にうっかり攻略対象にされましたー
「まあっ!?でしたら、あなたも!?」
「ええ!そうなのですわ!」
「素敵!!こんなに早く同じ転生者に出会うことができるなんて!!」
リーンゴーン
「あら、残念。予鈴だわ。もっと話したいのに。」
「そうですわね......。ああ!そうだわ!もしよろしければ、今日のランチをご一緒致しませんか?」
「ええ!喜んで!お昼になるのが楽しみ過ぎて、4限の大嫌いな魔法の授業も苦にはならなさそう。」
「うふふ。では、後ほど。フィーネ・ブリランテ伯爵令嬢様。」
「楽しみにしていますわ。ドルチェ・コンブリオ男爵令嬢様。」
私の目の前で薄紫の巻髪を揺らしながらコンブリオ男爵家の御令嬢ドルチェ様が教室の自分の席へと戻っていかれる。
私は次の授業の教科書を机の上に準備しながらも思わず込み上げてくる嬉し笑いを堪えるのが大変で開いたノートで口元を隠したのでした。
◇
この世界が前世でプレイしていたスマホ版乙女ゲームの世界で自分が転生者であると気づいたのが8歳の頃。
そのゲームは平民出身だけども父親が1代限りの爵位をもらい受けた貴族学校の入試を首席で合格した主人公が、学校内で繰り広げられるイベントをこなしながら攻略対象の王子様や騎士団長の息子などの好感度を上げて、そのうちの誰かとハッピーエンド、つまり愛で結ばれるというありがちなストーリー。でもでも爆発的な人気を誇ったゲームなのですよ。
え?それは何故ですかって?
それは、もちろんスチルの綺麗さ!!
繊細なイラストタッチの漫画家さんがキャラデザを担当しただけあって、一度見たら恋に堕ちそうなほどの美麗なキャラクターたちばかりなのですわ。
私の推しはもちろん、漫画家さんが1番力を入れて描いたんじゃないかってぐらい美青年のこの国の第一王子のグランディオーソ王子。
この世界に転生して、殿下とは学年は違うけど教室がわりと近いので移動教室のときにたまにお姿を拝見することができたりするのですわ。
輝く白金の髪に澄んだ空のような淡い水色の瞳のグランディオーソ王子に初めてお会いした時は......、ああ、確かあれは私がいた正門から推定380メートル先の校舎の入り口あたりに殿下がいらっしゃった時ね。私は殿下のあまりの神々しさに気を失うところでしたの。
目視で豆ツブサイズでも王子の美の威力は無限大...。
例えるならば金の大豆ですわね、うん。
んんん?そんなに推しが好きなら、せっかく転生したのだしお近づきになったらですって?
ノン!ノン!私が求めている転生ライフはそんなのではありませんの。
私が求めているのは......
◇
「推しと主人公のイチャイチャ♡がこんな間近で見ることができるなんてえぇぇっ!!
しかもそのご様子を分かち合う同じ転生者のフィーネ様に出会えるなんてえぇぇっ!!」
今朝仲良くなったばかりのドルチェ様が側頭部を両手で抑え目をギュッと瞑って歓喜の雄叫びをあげていらっしゃる。でも、そのギュッと瞑ってるのの原因の半分はおそらくデザートのフローズンヨーグルトがきーんと来ましたね?きーんと。わかりますわ。前世でかき氷をがっついた時にきーんを私もよくやりましたから。
それにしても同じクラスのドルチェ様が同じ転生者だったなんて、本当に嬉し過ぎて気分が高揚して目の前の食事に手がつかなくなりそうですわ。いえ、しっかり食べていますけどね。育ち盛りの学生ですし、学生食堂の料理はほんとうに美味しいですからね。
「ドルチェ様、お気づきになりまして?いま私たちは貴族学校の中等部一年ですわ。そして、攻略対象者たちは二年生。ストーリー通りだと高等部に入学すると主人公が新入生として入学してきますわね。」
「ええ、そうね。つまり......私たちはあと2年間の間、攻略対象者たちの麗しき成長の日々を間近で見ることができ、さらには主人公と推し達の出会いの瞬間を確実に、ええ、確実に一寸の隙ももらさずガン見できるということですわ。」
うきゃああああぁぁっ♡と食堂のテーブルから身を乗り出して私の前に座るドルチェ様と両手をハイタッチのように合わせて歓喜していると、隣から誰かの声がかかりましたの。
「それは良かったね。2人の言う攻略対象者?とやらは二年生なんだね。私も同じ学年だが私の知っている者かな?」
ご機嫌な私はその声の持ち主が誰かも確認せずにおもわず答えてしまいましたの。
「ええ。二年生ですわ。
1人目の攻略対象者はこの国の第一王子、白金の髪に淡い水色の宝石のような瞳をされた絵画のようにお美しいグランディオーソ様ですわ。そして、2人目はグランディオーソ様の将来の側近、近衛騎士隊長になる、黒髪爽やか系イケメンのフォルテ・ラルゴ侯爵令息、そして3人目は......。」
「そうか。その者達ならよく知っている。それで、彼らは高等部で主人公に会ったらどうなるんだい?」
声の持ち主が興味深そうに質問してくるので、私はどんどん答えてしまいますわ。だって好きな物やゲームなどの趣味に他人が興味を示してくださるのはとても嬉しいことですもの。
「乙女ゲームですからね、もちろん最後は主人公が王子たちを攻略、つまり骨抜きにして彼らから溺愛されてハッピーエンドですわ。なんて素敵なのっ!!」
あら?パンっと手を打ち、目をキラキラと顔を紅潮させた私とは対照的に目の前のドルチェ様は私の両隣を交互に見て真っ青な顔ではくはくと口を動かしていらっしゃる。
どうなされたのでしょうか?
急にお声が出なくなったのでしょうか?
ドルチェ様のご様子を不思議に思いながら、そう言えば、と私は気付きました。ついついドルチェ様にお会いできた興奮でゲームの内容を喋りまくってしまいましたが、先程から私に話しかけてくる聞き惚れてしまうほどに耳に心地よいテノールボイスは一体どなたのものなのでしょうか。
「............。」
ふいとドルチェ様の視線を追って自分の横を見た私は完全に固まりましたわ。今なら服飾店のマネキンのふりを20時間ほどはできるかもしれないほど固まりましたわ。何故ですって?だって、隣から話しかけてきていた人物がまさにゲームの攻略対象者だったのですもの。
「なるほどね。私はその子に骨抜きにされてしまうのか。」
「グ、グランディオーソ殿下......!!?ななななな、なぜこちらの食堂に!?」
そうです。なぜ此方に王子がいらっしゃるのでしょうか。
王族やその側近の子息たちには私たちの使う食堂とは違い、特別な個室の食事室が割り振られていらっしゃるはず。
やっとのことで顔面の筋肉だけを動かし、顔面上で慌てふためく私にグランディオーソ王子は美しい水色の瞳を細められました。
笑った!微笑んだ!私の推しがああぁぁ!!
どうか私の鼻から鼻血が出ていませんように。
今出ても体が硬直して拭き取れませんからね。
「ご機嫌よう。レディ達。
歓談中に邪魔をして悪いね。いつも同じメンバーでの個室での食事も飽きてしまってね。たまには食堂で食べようかと足を運んだのだが、つい楽しそうに話す君たちに引き寄せられてしまった。
ふふふ。ほらフォル。私の言った通りであろう?食堂に行けば、何か面白いことがあるかもしれないってな。」
機嫌良く笑う王子が言う『同じメンバー』というのはおそらく、ゲーム内で出てくる攻略対象者たちとなる上級貴族の皆さまでしょう。そして明らかに最後のお言葉は私とドルチェ様ではなく、違う人物に向けて放ったお言葉。
グランディオーソ殿下に『フォル』と親しげに愛称で呼ばれる人物はお一人しかいらっしゃいませんわ。
恐る恐る反対隣を見ると私の斜め後方に中等部の学生にしては背の高い黒髪の整ったお顔の男子学生が目にはいったような気がいたしました。ええ、ええ、振り返った時点で思考が停止しかけたので、目に入ったことを認めると完全停止の危機に陥りそうですから、気のせいのように振る舞いたいと思います。
「フォルテ様......!!」
ああ、ドルチェ様なんてことをおっしゃるのです。
せっかく誤魔化そうとした私の努力が水の泡ではありませんか。
いえ、でもお気持ちはわかります。いま私の隣斜め後ろにいらっしゃる精悍な顔の男子学生は件の黒髪爽やか系イケメン、フォルテ・ラルゴ侯爵令息。ドルチェ様の前世での推しですものね。お名前を呼んでしまうお気持ちは大変わかりますわ。
「ああ。ディオの言う通りだな。王族のおまえが一般学生用の食堂に行くと大騒ぎになるからまずいんじゃないかとは思ったが、なかなか興味深い話が聞けた。ありがとう、ご令嬢達。」
ふっと笑って、私の横を通り、さも当然かのようにフォルテ様はドルチェ様の横の席に座られました。
は!今グランディオーソ王子をディオと呼ばれましたね!?フォルテ様はゲームのスタートである高等部に入られると上下関係を明確にするためにグランディオーソ王子のことは愛称では呼ばなくなるのです。
ゲームの後半で王子がフォルテ様に『2人の時は幼いころのようにディオと呼べ。』と言って友情を示し、それに対してフォルテ様が嬉しそうにフッと微笑むシーンがあるのですが、この時はもうスマホ両手に握りしめて感動の涙涙で大変でしたわ。電車内でしたから、スマホ握りしめて号泣する私を見た見知らぬオッチャンが、「生きてれば良いことあるよ!」と何故か励ましてきましたけど。
話を戻させていただいて、つまり、愛称で呼び合い親しげに話す彼らのお姿を拝見できるなんてレアの中のレア。
ああ、眼福、聴福でございます。
「なななな...な、何故私のお、おとなりに、に、に?」
自然な動作で隣席に座ったフォルテ・ラルゴ侯爵令息様にドルチェ様は激しく動揺してまるで壊れた音楽プレイヤーのようです。
ドルチェ様落ち着いてくださいまし。
するとフォルテ様はドルチェ様の方を向き首を傾げてふわりと笑いました。
「グランディオーソ殿下があちら側に座ったからバランスかな?」
そうですね。いくら8人席の長机とはいえ、3対1で座るのはバランスが悪いですね。
バランス説は納得いたしますが、面識のない私たちと相席する理由が見当たりません。
そうですわよね?とチラリとドルチェ様に視線を送りましたが、彼女は私の視線を受け止めることができませんでした。至近距離でフォルテ様の笑顔を見てしまい彼女はカチコチに石化しておりましたからね。
しかしまずいことになりましたわ。
先程のグランディオーソ様との話の流れだと、私とドルチェ様の話を聞かれていたご様子。
殿下たちが未来におこる出来事を知ってしまい、もし違う行動をなされたら下手すればゲームのストーリーが変わってしまい、推しと主人公のイチャイチャを拝見することができなくなるかもしれないじゃないですか。
誤魔化さなくてはなりません。しらをきるのです。
私の眼福ライフがかかっていますから。
「君は転生者なんだね。」
いきなり核心をついてくるグランディオーソ王子。
「何のことでしょうか?オホホホホ。」
対してしらをきる私。
「先程ドルチェ嬢が転生者のフィーネ様と叫んでいたよね。食堂は騒がしいが隣にいたから私にははっきりと聞こえたよ。」
「テ、テンセというお医者様の話だったのですわ。テンセ医者、テンセイシャ。」
苦しい。我ながら言い訳が苦しい。
「とぼける必要はない。王家に残る歴史書にも過去に転生者が現れた記述が数件ある。」
「今までも何人かいらっしゃったのですか!?」
とっさに放ってしまった私の質問にグランディオーソ王子がニヤリと笑われました。
は!!しまったですわ。
うっかり自分が転生者だと認めるような発言をしてしまったじゃないですか。
「やはり、転生者だったのか。
つまり先程の私がゲームの攻略対象という話も真実だと言うことだな。」
王子の水色の瞳がすぅーっと細められる。
「だが、私は決められた運命などに興味はないな。骨抜きにされるより骨抜きにしたい。」
そういうと私の顎をくいっと持ち上げられました。
いつもは涼やかな水色の瞳が今はじっと獲物を見るかのように熱いです。
「ちょっ、待ってください!私はモブですよ!」
「モブ?」
「そうですわ。モブ!モブは攻略対象者とは絡みません。ストーリーを進行させるためだけに存在する脇役ですわっ。」
「ほう。ではその脇役が攻略対象者と恋に落ちることはないのか。」
「そうです。そんなこと絶対にあり得ませんわ。殿下やフォルテ様達は主人公と恋に落ちると運命が決まっているのですから。」
それに可愛い主人公と美麗な攻略対象者たちがひっついてもらわなければこっちが困ります。私とドルチェ様の青春眼福ライフがかかっているのですからっ。
「そうか。しかし、私は与えられるものには興味がなくてね。絶対に手に入らない獲物を自分で射落とすことのほうが数段興味がある。」
「絶対に手に入らない獲物って、まさか......」
「知りたい?」
私の顎を持ち上げた手はそのままに耳元でグランディオーソ様が囁く。
ブンブンと首を横に振っていると、近くで「グランディオーソ様だ!」「フォルテ様もいるわよ!」と辺りがキャーキャーと騒ぎ出してしまいました。
「騒がしくなってきたな。個室で食べながら話の続きをしようか。」
殿下の一言にフォルテ様はいまだ茫然としているドルチェ様の手をとって食堂の外へと誘導しだしました。
いや、ちょっと待ってくださいませ。
「......個室で食べるのは食事だけですよね?」
「さあ?どうかな?ついうっかり捕らえたばかりの獲物も食べてしまうかもしれないね。
とても魅力的で、美味しそうだから。」
そう言ってグランディオーソ王子は私の手の甲に恭しくキスをされました。
ち、違うのですわ。
私が求めていたのはコレではなくて。
「さ、行こう。」
意気揚々と嬉しそうに私の手を引く王子は少し可愛いですけれど。
でもでも!違うのですわ!
私が思い描いていた転生ライフは、コレじゃあないのですわーーー。
ーーーそして10年後、大学を卒業した私はモブから王族の花嫁へと昇格致しました。
「フィーネ。やっと会えた。」
王宮の一室で編み物をしていると、愛しげに私の名を呼びながら扉を開け放ったグランディオーソ王子が私に駆け寄りギュッと抱きしめてこられます。
「殿下、つい1時間前もそのセリフを聞きましたよ。お仕事は終わられたのですか?」
「いまは休憩中だよ。お腹の子はどうだ?フィーネの体調は?」
「心配しなくてもお腹の赤ちゃんも私も元気ですわ。誰かさんが丁寧すぎるほど大切にしてくださっていますからね。」
そう答えると、グランディオーソ王子は何かを思い出したかのようにじっと私を見つめてきました。その澄んだ水色の瞳は愛しげに私だけを見つめてきます。
「フィーネが求めていた転生ライフは、今でもコレじゃないのか?」
その質問に私は思わず目を見開きましたわ。
なんて言うことでしょう。
私はもしかしたら彼をずっと不安にさせていたのかもしれません。
ならば言いますわ。私の今の本当の気持ちを。
「私を愛してくださる殿下がいて、これから生まれてくる新しい命があって、ドルチェ様にフォルテ様、それに仲良くなった使用人達がいて私はとても幸せですわ。
私が求めていた転生ライフは、コレですわ。
ああ、でもやっぱりコレじゃないのかも。
だって今の私の人生は、思い描いていた人生よりもっともっと幸せな転生ライフなのですから。
......大好きですよ。ディオ様。」
そう言って微笑むと、嬉しそうなグランディオーソ様の微笑みとともに、私の唇に優しいキスが降ってきたのでした。
ーーーコレじゃない物語〈完〉ーーー
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