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 騎士さんに扉を開けてもらい中に入ると、そこは食堂になっていた。


 いや、食堂と言うと、おばちゃんがカレーを大量に作っている場所と同じになってしまう。


 この家の食堂は、現実世界のものとは全く異なっていた。天井が高く、大きなシャンデリアが天井でキラキラと光っている。

 非常に豪華な食堂だった。


 そして、中央の白くて大きなテーブルには、貫禄のある男性と綺麗な女の人、そして10歳くらいの男の子が座っていた。

 その人たちは、恐ろしく美しい所作で朝ごはんを食べている。


 私の、家族だろうか。


 彼らは、私が入室したのをみると、麗しく洗練された笑みを浮かべた。それは、全く異次元のオーラを放った微笑で、思わず痺れてしまった。


 この家族、只者じゃないな。


 瞬時にそう思った。


 私は、にへらーと曖昧な笑顔を作り、促されるままに席に着く。


 すると、お兄さまらしき人が、私の方を向いた。


「今日はお寝坊さんだね、ローズ」


 美少年は、少し首を傾げて、ふふふと笑いながらそう言った。それは、元喪女子な私をだめにするには十分な破壊力だった。なんか英文直訳のような日本語になってしまったが、私はもはや天に召されていたので正常に言葉を操ることができない。


 以前、この体を所有していた子がどんな子なのかを私は知らない。おとなしかったかもしれないし、おしゃべりだったのかもしれない。でも、急に性格が変わったら、家族はきっと驚いてしまうだろう。


 だから、私はなんと答えれば良いのかも、どんな言葉遣いがふさわしいのかもわからなかった。仕方ないから、私は、精一杯子供らしく、


「なんだか変な夢を見てしまったのです。私はおやつを食べていただけなのにしんでしまいました」


 本当のことだ。というか、今も全てが夢だったと信じたい。


 私が答えたのに、なんの返事もなかったから不思議に思って顔を上げてみると、お兄さまはびっくりした表情で私を見ていた。


 え、なんか選択間違えた?


 私の心臓はすごいスピードでドキドキし始めた。なんで? そんなにダメな返事だったかな? モナカをおやつと言い換えた分加点もらえると思ったんだけど!?


 すると、横からお母さまらしき貴婦人が横から、


「本日は、王宮でのお茶会がありますものね。昨日は緊張して良く眠れなかったのではないかしら」


 と言って助け舟を出してくれた。



 え。


 待って、王宮でのお茶会って言った!? 


 初耳にも程があるんですけど! 


 じゃあ私、今日王宮に行くの? っていうか、それどんなメンツで集まるの? なんだかわからないけどやばい連中がぎょうさん集結しそうだよ。


 私の疑問はお母さまの一言で解決された。


「皇族の方々もいらっしゃいますからね。くれぐれも粗相のないように」


 なんだって。

 転生初日にして皇族に会うのかよ。


「最初からハードモードすぎますって!」と叫びたいところを我慢して、私は不安気にお兄さまの方を見た。


 すると、お兄さまは相変わらずの笑顔で、


「今回のお茶会は子どもだけの会だから大丈夫だよ。僕も行くし」


 と言ってくれた。


 いや、全然大丈夫じゃないよ。だって、皇族が来るということは、アルヴィン皇太子がいる可能性が高いじゃん!!


 可能性が高いどころではない。絶対来る。


 というか、彼の住んでいるところでやるのだから、「来る」というより「居る」のだろう。


 もちろん粗相をするわけにはいかないし、警戒されるわけにもいかない。早急に作戦を立てなければ。


 そんなことを考えながら、とりあえず私は子供らしい笑顔を浮かべて、


「ハイっ、がんばりますね」


 と元気よく言って笑った。私の家族は驚いたような表情をしていたが、何か問題でもあったのだろうか。






 部屋に戻り(またあの長い廊下を歩いた)、私はメイドさんによって綺麗に着飾られた。


 メイドさんの数は朝の二倍になっていて、みんなちゃきちゃきと動きまわるのを、私は鏡越しにぼーっと眺めていた。


 そこで気づいたのだが、私は幼少ながらかなりの美少女だった。茶色く長い髪はストレートで、目は大きく、瞳はラベンダー色で宝石のよう。自分のこの世界での容姿が良いことに心が躍る一方で、前世でもこんなに可愛かったらモテたのになあとなんだか悲しくなった。


 そんな私の身支度も終わったようで、鏡には貴族の愛らしいお嬢様然とした女の子が映っていた。


 これが、私。


 なんだか信じられないけれど、自分の姿に見惚れるって現実にあるのだと、私はこの時初めて知った。


 お茶会まで時間があったけれどやることもなかったので、私は自分の部屋を探検した。


 自室を探検、というとすごく変な感じがする。現実世界では4畳の部屋を与えられていた私からすると、今の自分の部屋は体育館のような広さがある。


 私が部屋を探検していたのは、少しでも、この体の元の所有者のことを知りたいなと思ったからである。部屋って性格出るって言うし。


 しかし、その期待はすぐに裏切られる。


 この部屋にあるものは、どれも豪奢で美しい作りをしていたが、小さな女の子の趣味を表すようなものはどこにもなかったからだ。なんていうか、私は逆にその子のことがわからなくなってしまっていた。


 もしかしたら、もとの所有者なんていなかったんじゃないか。


 そんなことを考えていたとき、不意に机の端の方にノートのようなものが見えた。


 そのノートは、カバーこそ豪華で少女には似つかわしいものだったが、中には可愛らしい文字が並んでいた。


 途中からは白紙になっていて、私は最後に書かれたものを読む。





【5月19日】

 あしたは、おちゃかいにいきます。

 はじめておうきゅうにいくのめんどうくさいです。





 この時、私は「ああ、生きていたんだな」と感じた。


 元の体の所有者は、小さな子で。

 王宮に行くのが面倒で。


 普通の、女の子だったんだ。


 もっと日記を読みたかったのだが、メイドさんが怖い顔で私を呼んでいたので諦めることにした。





 お昼過ぎに、お兄さまと一緒に馬車に乗った。馬車の中では、若いメイドさんが私の隣に座っていて、私の斜め向かいにお兄さまが座っている。


 作戦会議&情報収集タイム。


 馬車に乗っている間に、なんとしてでも今日のお茶会の内容を、お兄さまかメイドさんから入手したいところだ。家族やメイドさんとの距離感もわからないから失態を犯す気がするが、皇太子アルヴィンが来ている可能性がある以上、こちらを再重要視する必要がある。


 なんと言ったって、私の最終ターゲットは彼なのだから。



 メイドさんに話しかけたいなと思ったけれど、残念ながら彼女は完全に空気になっていて、私が横を向いても気づいてもらえなかった。


 仕方ない。お兄さまに聞いてみよう。お兄さまは朝にも増して美少年だから、元喪女子の私がうまく話せるとも思えないけれど。


 いざ話しかけようと思ったところで、ふと疑問が沸いた。


 そもそもこの子は、お兄さまのことをなんと呼んでいたのだろう?


 そういえば、お兄さまの名前も知らないや。


「ねえねえ」


 名前を呼ばずに相手に話しかける方法。コミュ障の必殺技。


 すると、お兄さまは一瞬だけギョッとした表情を浮かべ、すぐさま笑顔を貼り付けて私に向き直った。


「なんだい、ローズ」


「今日、皇子様はいらっしゃるのかな」


 私がこう尋ねると、お兄さまは固まった。隣にいたメイドまで私を凝視したのが気配でわかった。


「ああ、アルヴィン殿下がいらっしゃると思うよ」


 なんだか、お兄さまは歯切れが悪そうに答えた後、こんな爆弾発言をした。


「ローズは、その、殿下が気になっているのか? えっと、君はまだ殿下と直接お話をしたことはないはずだが」


 そんな可愛らしいことを言う美少年に私は大満足だった。


 しかも、どうやらローズマリーはアルヴィン皇子に会ったことがないらしい!

 この情報を知れたのは思わぬ収穫だ。


 私が嬉しそうにふふふんと笑っていると、お兄さまは勘違いしたように項垂れていた。


 少ししたら復活するかと思っていたお兄さまが案外ずっと落ち込んでいるので、あまりにかわいそうになってしまった私はお兄さまに愛嬌でも振り撒いておくことにした。


「でも、お兄さまも気になっていますよ」


 私は、独り言のように呟いて、笑った。


 すると、お兄さまは面白いくらいに目を見開いて、私を見つめてきた。


 その反応が面白くて、私はさらに笑ってしまう。


「ローズ」


 お兄さまが私を呼んだ。お兄さまはふんわりとした笑顔を浮かべているが、目は笑っていない。


「君は、なんだか変わったね」


 え、また私何かやらかしちゃったパターンですか!?


 今回は可愛らしい妹を演じきっただけなんですけど??


 私の脳内がパニック症状を起こしている。ああ、もうこの人から疑われてしまったんだ。


 私がしょぼくれていると、いきなりお兄さまは私にすごく顔を近づけてきた。


 え、待って美形が目の前に。 


 お兄さまの金髪が揺れた。


「僕はそっちの方が好きだよ」


 お兄さまはそう呟いて、本当に、花のような笑顔を浮かべて私から離れた。


 ちょうどその時、まるで彼がタイミングを合わせたように馬車が止まり、ドアが開いた。


 王宮に、着いたのだ。




 手を貸してもらって馬車から降りている間、お兄さまの色気と美しさの破壊力にやられた私は、もはや天に昇天しても悔いはなかった。




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