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ロータス  作者: イマイチ
5/5

「アル・ニール様、リエン様をお見かけにはなりませんでしたか」


いつもの勉強の時間なのにハーディがどこを探してもリエンの姿は見当たらなかった。


勤勉な一面もあるリエンはいつも勉強の時間、ハーディが来るよりも先に部屋で用意して大人しく待っているのだが、珍しく今日はリエンの部屋の机の上に勉強道具だけ置かれたままだったのだ。


手洗いにでも行ったのだろう、ハーディはたまにはこんな日もあるさと先に席について待つ。しかし待てども待てどもリエンは現れず、これはおかしいとハーディはリエンを探しに部屋を後にした。


まずはお手洗いから見て回るもリエンはいなかった。リエンがよく1人で過ごす裏庭の湖、炊事場、従者寮、物置、馬屋…心当たりある場所から全くリエンとは縁もないような場所まで、ハーディは探し回ったが見つからない。心配をかけるかも知れないからと最後の手段にとっておいたが万が一の事があった場合そんなこと言ってられないとハーディは執務中だったアル・ニールにリエンの居場所を訪ねに来たのだった。


「リエンを…?リエンならハーディに勉強を見てもらうのだと今朝言っていたが…いないのか?」

「ええ。その様子じゃあアル・ニール様もご存知ないようですね」

「……リエンの匂いはするから屋敷内にはいるだろうが、私も探そう」


筆を置いてがたりと立ち上がるアル・ニールに、ハーディはアルファの鼻は便利ですねと憎まれ口を叩いた。

元来、人よりも嗅覚がいい方だと自覚しているアル・ニール。番の匂いなど屋敷内程度なら離れていても感じる事ができた。




早速1人になったアル・ニールはリエンの匂いがする方へ早足で向かう。どんどん匂いが強くなって来たところで手当たり次第、扉という扉を開けて、人1人でも入れそうな隙間も覗いた。


しかしリエンはやはりどこにもいない。アル・ニールはリエンがなにか事故して怪我していたらと想像してだんだん焦りも出てきた。


匂いを強く感じるこの辺り一帯の部屋は大体調べた。アル・ニールがドアノブに手をかけるこの部屋にいなければまた振り出しに戻る。最後の希望の部屋の扉をがちゃりと開けたところでどくん!と強くアル・ニールの胸が鳴った。


地震と錯覚するみたいにぐらりと地面、視界は揺れて途端に呼吸がハッハッと荒くなる。部屋に入った途端、アル・ニールを包んだのは強烈に濃いリエンの匂いだった。あまりに濃過ぎて一瞬、普段のリエンの匂いと別物に感じるほどだ。


思わず片膝をついてしまったアル・ニールは直感する。リエンはこの部屋にいると。


(まさか…)


ドアノブを頼りになんとか踏ん張り立ち上がるアル・ニール。この部屋はアル・ニールの衣装部屋だった。


普段着、肌着、執務用の服、寝間着、パーティー用の服…貴族に珍しく、数は決して多くないがアル・ニールが身に纏うもの全てをしまっている部屋である。部屋の中心には等身大の三面鏡とミニテーブル、チェアが一つあるだけだ。そして壁一面には両開き戸がいくつかある。その中に衣服が収納されているのだが、アル・ニールを狂わせる強烈な匂いもそこから漂っていた。


「アル・ニール!リエン様は…!」


ちょうどそこへ、同じくリエンを探していたハーディが合流した。ハーディもリエンが見つからない焦りからか、アル・ニールを主としてではなく幼馴染として呼んだ。しかしそんなアル・ニールは現在、扉にもたれてかろうじて立ち上がれているだけだ。まともにハーディの相手は出来ない。


「…リエンなら見つけた。今日からしばらく、放っておいてくれ」


何故、そう問うハーディの声はバタンと問答無用で乱雑に閉められた扉に阻まれアル・ニールには届かなかった。





いくつかあるクローゼットの一番端の、他の収納スペースと比べると少し小さめのクローゼットがある。そこから漏れ出る匂いに寄せられてアル・ニールはその扉に手をかけた。


「…リエン、こんな所に隠れていたのか」

「ぅあ、ある、にーるさまぁ…っわた、わたし、ごめんなさ…っ」

「ああ、とても心配しただろう…」


クローゼットの中は木製のハンガーに掛けられたロング丈の羽織りが華やかなものからシックのものまでいくつも収納されており、その下部の空いたスペースでお化けに怯える子供みたくベッドシーツを包まったリエンが頬を蒸気させ呼吸を荒くし瞳に露を貯めて、いくつかのアル・ニールの服を無造作にぎゅっと抱きしめていた。


「ある、あるにーるさま…っわたし、アル・ニールさまの、匂いが、その、こいしくて…勝手なマネを…っ、もうしわけ、ありませ」

「それは怒っていないよ、謝らなくていい。…私もそばにいっていいか」


疑問形の言葉だったが、アル・ニールはリエンの返事を聞く前に狭苦しいクローゼットの中に身を屈め進入した。


「どうやら、今回のヒートはいつもより早めに来たようだな」

「ひ、ヒート…」


リエンには心当たりがあった。

毎度、リエンのヒートは大体時期になると几帳面なハーディが知らせてくれていた。それはアル・ニールと三ヶ月に一度、一緒に過ごせる期間が来たと知らせる合図で、暦のことすら無知であったリエンはハーディのその知らせをいつも楽しみにしていたものだ。しかし今回はアル・ニールと心の距離が縮まってから初めて訪れるヒートだった。今回、予定よりヒートの訪れが早まってしまったおかげで、ハーディの知らせも何もなかった為、リエンの行方知れず事件が起こってしまったのだ。


三ヶ月に一度の、アルファを、番を理性なく求めるあの感覚。それには少し慣れたものだったが今回リエンが感じたのはそれだけではなかった。


(落ち着ける場所を作らないと)


初めからそういう知識を備えていた訳ではない。こうしなくてはならないのだと、誰かに教えてもらった訳でもない。リエンはその思考に…本能の方が正しいだろうか。それに素直に従い、アル・ニールの衣装部屋のクローゼットに篭ることを選んだ。


「こんなところに隠れないで、私のところに来ればよかったのに」


アル・ニールは脚を広げ膝を立てて座るとその間にシーツごとリエンを収めぎゅっと抱き寄せる。その真白のシーツは普段から使っているアル・ニールの寝室のベッドシーツだった。


「お仕事の、じゃまはしたくなくて」


ほんの少し残されたリエンの理性がアル・ニールにそう返事した。どくどくと心臓の鼓動を間近に感じるくらい近く、アル・ニールの胸に頭を寄せるリエン。


「ほんとうは、アル・ニールさまのベッドで寝ていたかったのです…でも、私なんかがそんな、おそれおおいこと。できなくて」

「…おまえは私の妻なんだ。なにを遠慮する」


リエンの言葉に少し不機嫌になるアル・ニール。

自分で巣を作ろうとするも、番に対してもものすごく謙虚で遠慮しいな性格が災いして巣作りもできず、それでもびくびくと罪悪感を抱きながらベッドからシーツだけを取ってアル・ニール本人と、その本人が毎日眠るベッドの次に匂いの強い衣装部屋の、一番狭いクローゼットをリエンは巣の代わりに選んだのだ。


なんと粗末でリエンらしい巣なのだろう。不機嫌なものの、アル・ニールは自分の服を大事に大事にぎゅっと抱きしめて離さないリエンに心を擽られた。


「本当にいじらしい…。私のものは全てリエンのものだよ。これからは遠慮せず、好きなようにしなさい」

「う、でも…、わたしなんかが、アル・ニールさまのものを…」

「私がいいと言っているんだ。なにを遠慮することがある」

「アル・ニールさま…」


それでも謙遜の激しいリエンをアル・ニールはさらに強い力でぎゅっと抱きしめた。本能に負けないほど、リエンの心にはまだ遠慮する心が残っている。番のオメガのフェロモンにどうにかなってしまいそうになりながらもアル・ニールは悔しくなった。


「必ず、今度はリエンの力作の巣を私に見せると約束してくれ」

「い、いいんですか…?」

「もちろんだ。…一体、何度言ったらリエンには伝わるんだろうね」

「う、ごめんなさい…」


責めているんじゃないよと、アル・ニールは抱きしめるのをやめ、リエンの両肩を持って胸から離すと、安心させるように優しく微笑みかけた。


「しかし、この狭さではリエンのヒートを治めるのは難しいな。…外へ出ておいで」


一足先にクローゼットから抜け出たアル・ニールは手を差し伸ばしシーツに包まるリエンをエスコートした。


リエンがその手を取り、クローゼット内から抜け出した所で2人の理性はついに見る影も無くなった。ぱさり、と力なく落ちたベッドシーツにアル・ニールの服たち。その上に2人が現在着ていた衣服たちが落ちて来るのはそれから僅か一瞬後の事だった。


事情も知らぬハーディが心配に心配を重ねきっとまた苛立ちを言葉という凶器に変えて、次会った時にたんと嫌味を言われるのだろうなと安易にアル・ニールは予想出来たが、それすらもどうでも良くアル・ニールは自分を愛らしく淫らに求めるリエンをただひたすら求めた。


(アル・ニールさまのおそばが、一番おちつく)


リエンの心が言ったのか、本能が言ったのか。

今回は巣をうまく作ることができなかったがこの発見はきっと次に生かされる事だろう。リエンはアル・ニールの手と甘酸っぱい香りにそっと瞳を閉じて身を委ねた。

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