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ロータス  作者: イマイチ
3/5

感情の起伏が激しい癖にそれを全く表に出さない男。それがアル・ニールの腹心の部下、幼馴染でもあるハーディである。

キューティクルが健康すぎるツヤツヤの銀髪をさらりと流して颯爽と仕事をこなす姿にチェレブリテ家のメイドたちはハーディとすれ違うたびうっとりした視線を送る。主人同様美形の従者は今日も今日とてその美しい顔を一切崩すことなくイライラしていた。


「リエン様、ご集中を」

「あっ、す、すみません…っ」


ハーディの主人の妻、リエン相手に。


アル・ニール直々にリエンの世話をよろしく頼むと頼まれてはいくら幼馴染とはいえ公私の分別はしっかりつけるハーディに断れやしなかった。アル・ニールもそれを分かってハーディに言いつけるから、それにもまたハーディはイライラするのだ。


「ハーディ様…いつもすみません…」

「移り気多いのは結構ですが私も暇ではありませんので。やる気がないのなら今日はここまでとさせていただきますが?」


奴隷の身分の前は元々貧乏な庶民の家の出で、ロクに教育も受けさせてもらえていなかったというリエンに文字の読み書きや計算方法、この国の歴史など全てハーディが仕事の合間合間に面倒を見てやっている。決して暇ではないのは事実だというのに、勉強中何度も窓の外を余所見するリエン。

教えてもらっている側のリエンの態度がそれではハーディがイライラするのも仕方なかった。


「あっ、ご、ごめんなさい…っ、あと少しだけ、お願いします…」


しかし苛ついていたのは必死に遅れを取り戻そうとするリエンにだけではなかった。


アル・ニールによりリエンに与えられた部屋は屋敷の南側、よく日の当たる大きな窓がついた部屋で、そこからは外の様子がよく見える。逆もまた然り。


心配なのかなんなのか、決まって勉強の時間になるとハーディの主人アル・ニールは用もない癖にそこへ現れる。屋敷の裏側に位置するリエンの部屋の外を無意味にちょろちょろしにやってくるのだ。


リエンの様子が気になって仕方ないのだろうが、その行動のせいでリエンが集中力を切らしてしまうのは元も子もない。何をやってるんだあの男は、とハーディは毎度毎度散歩を装っては現れる主人を見て今日もこめかみを抑えた。


「あの、ハーディ様…なにか、お気分が優れないですか…?」


控えめに変声期を迎える前のか細い声でハーディにそう問えるのはこの空間でリエンしかいない。

恐る恐るハーディの顔色をびくびくと食物連鎖の最下位に居そうな獣の如く怯えながら伺う。その様子にもハーディはまた一つイライラ。


「リエン様、貴方はこの屋敷の主人の奥方なのですよ。そんな方がたかが従者一人の顔色なんて伺わなくてもよろしいのです」

「そ、そんなっ。たかが従者だなんて…」


ハーディの言葉に見るからにしょぼくれるリエン。ハーディという人間は性こそベータではあるがそこらのアルファには勝るとも劣らないとても有能な人間で、そんな人間にほぼ100パーセント嫌味とはいえ謙遜されては奴隷身分であったリエンに偉そうにもそんな事ないです、とフォローできる訳もなく。

しかし彼が今、自分のせいで機嫌が悪いのは事実。

リエンにそれ以上ハーディにかける言葉は思い浮かばずそのまましばらく勉強が終わるまでハーディは苛立ちを抱えたまま、リエンはそんなハーディに気を使いながら、2人は気まずい時間を過ごした。





「ハーディ、その…リエンの様子はどうだ?」


この夫婦は人をイラつかせる天才たちなのかなんなのかとハーディはつくづくうんざりした。

リエンの勉強も終わりアル・ニールの執務室に戻って再度自分の仕事に取り掛かろうとした矢先に、主人のその質問。


(どうだもなにも、さっきまで貴方はリエン様の部屋を外からずっと眺めていたでしょう。気になるなら番なのだから本人に直接聞けばいいでしょう)


幼馴染兼主人のストーカー気質な一面に呆れながらハーディはため息をひとつ大きく吐いた。


(ああ、もう本当にうんざりだ)


日々ストレスに囲まれて生活する中で、ハーディはここ最近特にイライラしている。

理由は明白でアル・ニールが奴隷のリエンをこの屋敷に連れて来たからだった。


確かにハーディはもうすぐ三十を迎えるアル・ニールに結婚を進めた。その歳まで未婚というのは貴族にしては珍しく、幼馴染でもあり主人でもあるアル・ニールには人並みに幸せになって欲しかったから。

ハーディは良かれと思い結婚を進めたのにも関わらず、自分への当てつけみたく彼、リエンを連れてきたのだ。

家族にも捨てられた、ボロ雑巾みたいな奴隷の少年を。


しかも奴隷商から定価の三倍の金額を払って買ったという。ハーディからしてみればあんな少年にそれだけの価値があるとは思えないし、実際なかった。教養もない、容姿が飛び抜けて美しい訳でもない。オメガだということが価値ならばそれは美貌もカリスマも兼ね備えた王の寵愛を受けるアルファのアル・ニールの前では霞むレベル。彼ならどんな女も男も、アルファもオメガもベータも選び放題なのに。至上の宝石と道端に転がり踏まれる石ころ並みに二人は釣り合わない。


「…さあ?しかし奴隷制度撤廃を謳う貴族に金で買われた奴隷がいきなりその貴族の妻など。私なら気のいいものではありませんね」


ハーディから見てリエンは人と接している時はいつもびくびくとなにかおびえた様子で落ち着きなく、非は無いのにすぐに頭を下げる。


しかしリエンがハーディに自らの心の内を話したことはない為、アル・ニールに伝えたのはあくまでハーディの推測に過ぎないのだがアル・ニールの心に衝撃の雷を落とすのにそれは十分だったらしく、


「わ、私はもう嫌われたのだろうか…」


二十年以上アル・ニールに仕えてきたハーディにとって、いつも自分の先を正しい選択で優しさと希望に満ちた道を切り開いていくカリスマ溢れるアル・ニールの、弱々しくなんとも頼りない、そんな声を吐く姿は初めて見る姿だった。

せっかくの全てを見下ろせるほど縦にすらりと長い身長も背を丸めてしまっては心許ない。


「好かれる要素がないですからねえ」


しかしハーディはそんなアル・ニールに追い打ちをかける。イライラしているから奴当たるのではなく、これはハーディが心から思ったからそう言うのである。


自分を金で買い、説明も意思の尊重のないまま、いきなり見知らぬ初対面の男に抱かれ番契約を結ばれたのだ。

奴隷とはいえリエンだって人間、心煩わせる人間がいたかもしれない。ハーディは運命の番なんて迷信、信じちゃいないがリエンは違うかもしれない。それを信じて待っていたかもしれない。


そう考えるとアル・ニールはリエンにとって恨むべき相手。愛も人生も奪われたのだ。


「貴方が出来るのはこれ以上嫌われないようにする努力だけですよ」


この発言はハーディお得意の悪意ある、いや悪意しかない嫌味である。

ハーディはこうして日頃の鬱憤を嫌味に込めて発散するのだ。自分のこう言った物言いが相手の気を損ねさせるのもハーディは半分自覚済みだ。もう半分は素で無自覚に嫌味な物言いを普段からするから気づいていない。どちらにせよハーディが辛辣な言葉を吐いているのに変わりはないが。


「これから末長く仲睦まじい家庭を築いていけるといいですね」


畑にあるほんの一粒の砂ほど、空から降る小雨の一滴ほど全く心にないそんな言葉を投げつけ、これ以上なくアル・ニールを言葉で傷つけたことで苛々とハーディの胸を燻っていた感情をスッキリさせることができた。


「…いけると、いいが…」


この時、ハーディは思いもしなかった。


いくら今まで女を作らなかったアル・ニールとはいえ、彼はアルファなのだ。

泣く子も見惚れ、恋に関して理想が高い女にすらしのごの言わせない。そんなアル・ニールのどこを取っても人を惑わせる魅力しかないアルファだというのに、


まさか奴隷だった平凡な少年一人に対してこれから一年、これ以上嫌われたくないからと接触を避け、心の距離を縮めることすら出来ず、加えて三ヶ月に一度のヒートの時にしか会わなくなるなんて。それも番のオメガのフェロモンに強制的に性衝動に駆られさせられたアルファの性に逆らえなかったから仕方なくだったと後ほど聞かされる。


すれ違いにすれ違って、なんとも見ていて情けのない主人夫妻とこれから嫌という程付き合わなくてはならないということを。


ハーディはまだしらない。

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