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ロータス  作者: イマイチ
2/5

その日、アル・ニールはハーディに仕事ばかりでなく早く妻の一人や二人、娶ったらどうだなどとちくちくまた嫌味を言われたせいで少し機嫌が悪かった。


(あいつはわざと歯に衣着せぬ物言いをする)


ハーディの事だから私のためを思って言っているのは分かるがいちいち私の神経を逆撫でするあの物言いはなんとかならんかとアル・ニールは眉間に皺を寄せ考えながら一人気晴らしに街へ繰り出した。


チェレブリテ家の屋敷がある農業や畜産を中心に生計を立てる田舎町から馬を少し走らせた先に都や外国からの品も手に入る貿易の拠点である港町に辿り着く。


「奴隷安いよー!おっ、そこの旦那ぁ。おひとつどうだい!雑用や夜の世話役に!いろんな人種を揃えてるよ」


美しい召しものや奇抜な色の果実、異国の玩具まで手に入るこの港町には奴隷文化もあった。スレイブマーケットを始め見世物小屋、奴隷差別。人を人とも思わないその異常な常識がこの港町ではまかり通っていた。


アル・ニールは由々しい事態を懸念して王にも幾度か身分制度の見直しを進言しているが手応えはない。奴隷というだけで庶民より給金は下げられ、物も売ってもらえず貴族たちにいいように使われ捨てられるものだっている。アル・ニールは奴隷の気持ちを考えるだけで胸が痛んだ。


しかしスレイブマーケットで奴隷を売ってそれで生計を立てる者だっている。一筋縄では解決しないこの根の深い問題にアル・ニールは頭を悩ませた。


「おぅ!旦那!見て行かれますかい」


アル・ニールは売人の案内にふらり、とスレイブマーケットを見て回ることにした。仕事の一環として、具体的な問題点、解決策を見つけてもう一度王に進言しようと視察することにしたのだ。


清潔感のない小太りの売人の後をついて、獣のように檻に入れられた人間、子どもから年寄り、女まで。たくさんの人が瞳に絶望を宿し閉じ込められているのを見て回る。


「旦那はどんな奴隷をお求めですかい?夜用の女?それならガキから揃えてますぜ」

「…」


なんとも胸糞悪い言葉を寄越す売人にアル・ニールはさらに不機嫌になった。


しかし、そんなアル・ニールの視界にふと一人の奴隷の存在が映る。地べたに横たわって倒れたように眠る紺色の髪の少年。死んでいるのではないかと不安にさせるくらい少年はぴくりとも動かず慌ててアル・ニールが駆け寄ろうとするよりも先に売人が動いた。


「コラッ!リエン!奴隷が寝てんじゃねえっ!!」


売人は唾を飛ばしながらリエンと呼ばれた少年が入っている檻をガンガンと荒々しく蹴りつけながら罵声を浴びせて起こす。耳に残る怒鳴り声にリエンは慌てて飛び起き檻の中で土下座した。


「も、申し訳ございませんっっ、ごめんなさいっ、すみませんでしたっゆっ、許してください…!」


食べ盛りの筈だろうに少年リエンは骨と皮しかなく目元のクマと相まって死人の形相。そんな少年が異常なほど怯えて許を乞うているのにも関わらず売人は檻の鍵を開けて中に侵入し暴行まで加えようとする始末。


「ふざけんじゃねえ!この奴隷が!そんなに地べたが好きなら好きなだけ這いつくばらせてやる!」

「よせ!やめないか!」

「しかし旦那、こいつら奴隷はしっかり躾とかねぇとつけ上がるんです。徹底的に体に教え込んでやらねぇと」

「それにしてもやり過ぎだ!この子は私が貰おう。金も多めに渡す。頼むから他の者にも、酷い乱暴はよしてくれ」


暴行を受けて気を失い再び眠りについたリエンを庇うように横抱きにかかえ、奴隷一人分の相場の三倍はある金を売人に投げつけるとアル・ニールは急いで自分の屋敷へリエンを連れ帰った。




「あのねえ、アル・ニール。俺は妻の一人くらい連れた来たら、とは言ったけれど奴隷の少年を連れて来いとは言ってないんだよ」


アル・ニールは屋敷に帰ってすぐに医者を呼びリエンの容体を確認させるのと傷の手当てをさせた。医者が帰るまでずっと顔色悪いまま眠るリエンとそれを診る医者の傍でおろおろと右往左往していたアル・ニールに呆れた様子で声をかけるのはハーディだった。アル・ニールとハーディは幼い時から一緒にこの屋敷で育った幼馴染で、こうして二人になると仕事の時と違って砕けて話す。いつもいつも棘のある正論にアル・ニールは反論出来た試しがなかった。


「…こいつを私の妻にする」

「ハァ??ちょっと待ってよアル・ニール。君は自分が何を言ってるか分かってる?」

「こいつはオメガだ。眠っていてもこいつからオメガのフェロモンが出てるから間違いない。そして私はアルファだ。後継のことはなにも心配はないだろう」

「あのねぇ!そういう事じゃ…っ」


だから主人という立場を利用していつも問答無用で私意を通すのだった。





「時が経つのは早いな…」


そう呟くアル・ニールの傍で、今度はすやすやと頬に握ったこぶしを二つ貝合わせに重ねて添えて赤子のように穏やかに眠るリエン。一年前より顔色も良く、肉も多少ついた。アル・ニールはまだまだ肥えてほしいと望んでいるが。


さらりとリエンの紺色の生糸のように真っ直ぐな髪を何度も掬っては撫でる。ついこの間までアル・ニールは金で奴隷を買った男としてリエンに嫌われているものと思い込んでいたからこうしてすぐそばで共に過ごす日が来るとは夢にも思わなかった。先日まではこれ以上嫌われたくないと柄じゃなかったがめいっぱい優しく丁寧に接して来た。しかしこれからはさらに愛されたいとアル・ニールはリエンの望みならなんでも叶えてやる所存である。


一年分、歩みきれなかった距離を二人で並んで歩いて行かねばならないのだ。


「…はやく起きておくれ、リエン」


まずは私の我儘も聞いてほしいんだ、とアル・ニールは眠るリエンの額に口づけを落とした。


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