十二月十日の謎
1968年十二月十日に、
東○の府中工場の約五千人分のボーナスが盗まれた。
この十二月十日に、
冬のボーナスが支給される職場は、結構有り、
犯人がその情報を仕入れるのは、
そんなに難しくなかったと思う。
ただ、不思議なのは、
ボーナスの支給日が十二月十日なのに、
その約三億円のお金が、
十二月十日当日に銀行から運ばれた事だ。
当たり前だが、
五千人分のボーナスを給料袋に入れる作業は、
膨大な手間と時間が掛かる。
しかも、
その作業には、何よりも【正確さ】が求められる。
給料が一円でも少なければ、
受け取った人は、冷静ではいられない。
必ず感情的になる。
社会人のプライドに直結する問題なのだから。
私のギャンブル仲間が、
会社の同期と、
給料の明細書を見せ合った事が有るのだそうだ。
ギャンブル仲間の方が百五十円くらい高いと、
気不味い空気が流れ、
でも、内心、
(勝った!)
と喜んだらしい。
第三者からすれば、
(交通費の差じゃね?)
と思われる話だけれど、
これが、
『どんなに仲の良い相手でも、
給料の額を教えてはイケない!』
と言われる由縁である。
まっ、サラリーマンなんて、
給料の高低でマウント取りするしか、
自分の価値を見い出す方法が無いのだから、
仕方が無いよね。
当然の様に、
給料袋にお金を詰め終わったら、
厳重な確認作業が待っている。
第一回目の確認作業の後の第二回目の確認作業は、
担当者を回転させて、
必ず複数人がチェックする体制を取る。
これだけ綿密に五千もの給料袋を調べれば、
大抵の場合、
何らかのミスが発見される。
その間違いを修正したら、
また同じ確認作業の繰り返し。
そこで、またミスが見付かったら、
また。
確認作業は、
延々と続く。
もし、私が犯人なら、
「ボーナス支給日は十二月十日」と言う情報が入った時点で、こう考えるだろう。
銀行から、お金が届いても、
袋詰め作業だけで、
最低でも、二〜三日は、かかるよな。
三億円だから、
大勢の事務員を広い場所に結集させて、
大々的に行なうなんて有り得ない。
誰にも悟られない様に、
数人しか入れない狭い部屋で、
コッソリと準備するに決まっている。
ちなみに、
この当時の三億円の価値だが、
『人類史上空前の好景気だった高度経済成長期の超一流企業のボーナス五千人分』と考えると、
現在の百億円に近い。
グローバル化の悪影響が比較的少ないプロ野球選手の最高年俸と比べると、
ミスタープロ野球の約十倍なので、
やはり百億円は遠くない。
ミスタープロ野球は、
日本のスポーツ史上最も人気の高い人物で、
講演料も日本一で、
一回一千万円以上と言われていた。
噂に拠ると、
パトカーに先導されてやって来るらしい。
ついでに、
グローバル化の他に、
日本人の給料が下がった要因として、
消費税の存在が挙げられる。
消費税の導入前は、
法人税率が高かったので、
「ボーナスが二百万円!」などという景気の良い話が、しばしば聞こえた。
1970年代後半のインベ○ダーゲームが流行った時は、
「インベーダ○ゲーム工場の従業員のボーナスは、三百万円!」
と囁かれていた。
現在の様な消費税の存在下では、
もし、仮に、大ヒット商品が産み出されても、
その利益は、
人件費には向かわずに、
消費税の掛かる設備投資に使われるだろう。
話を戻すと。
「ボーナスの支給日は十二月十日」という情報が手に入れば、
私だったら、
(銀行から三億円が運ばれるのは、
確認作業を含めると、余裕を持たせて一週間前)
と推測するだろう。
でも、
現実は。
犯人は、
何故か?
【十二月十日当日に三億円が運ばれる】
という極めて不自然な事実を知っており、
この信憑性の低い情報を基に、
輸送中の現金を奪う事に成功した。