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第三話その1「野々宮優里の憂鬱」

 身体を襲った猛烈な寒気が過ぎ去った後、わたしはぼんやりとベンチに座って大通りを行き交う人たちを見つめていた。


 あの人にも、あの人にも人生があって、そして色んなドラマがあったのだろう。もしかしたら、わたしの抱える問題なんてちっぽけなものなのかも知れない。


「でも、まだ、(こた)えるよねぇ……」


 シアちゃんが言った通り、野々宮(ののみや)優里(ゆうり)は中学三年間、日本国内における中学女子フェンシング、フルーレでは無敗のクイーンだった。


 キリエちゃんが言った通り、野々宮優里はカデ女子フルーレにおいて日本代表選手の座を勝ち取り、フェンシングと共に生きていく筈だった。



 今年の四月三〇日、猛スピードで突っ込んできた車が野々宮優里の脚を壊す、あの時までは。



 事故からある程度時間が経った後に、お医者様は残酷な現実を突きつけた。


『あなたの右大腿(だいたい)部の神経は回復できません。二度と脚を使ったスポーツは出来ません。走ることも、もう出来ません』



 そんな馬鹿な、こんなに綺麗に治ったのに、と信じられなかったわたしは、割と早く私生活に復帰出来るようになった後、試しに走ってみた。


 右大腿部に激痛が走った。あまりの痛みにのたうち回り、ショックでまともに呼吸が出来なかった。とてもじゃないけど運動なんて無理だった。



 メンタルの強さには定評があったけど、さすがに(ふさ)ぎこむのも仕方なかった。今まで一生懸命練習してきたことが水の泡になったし、わたしの右脚を壊した人は、その事故で死んでしまったらしい。誰に怒りをぶつければいいのか解らなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになった。


 わたしは何のために生きてるんだろうって、死を選ぶことも考えた。けど、出来なかった。


「そう、わたしの抱える問題なんて、ちっぽけなことなのかも知れないしね……」


 わたしの呟きは、喧騒の中に消えていった。


「お、どう? 震えは治まった? まったく、精神的なことが原因だと現実の肉体に影響が出てないからバイタルアラートが出ないんだね。SGRの開発元にクレーム入れておかないと」


 わたしに一人で考える時間をくれたケイトが、憤慨(ふんがい)しながら戻ってきた。後ろには不安そうな顔をしているメグも居る。


「うん、ありがと、ケイト。助かった」

「ユリナに面と向かって礼を言われると気持ち悪いな」

「ひどくない、それ」


 不満にわたしが口を曲げると、ケイトはくつくつと笑ってのけた。まったく、出来た幼馴染だよ。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「ん、メグもありがと。お姉ちゃんはもう大丈夫」


 隣に座り、不安そうに見上げる妹の髪を優しく撫でた。


 わたしはきっと、こうして心配してくれる子たちが居るだけ幸せ者なんだろう。




 二人が私の両隣に座ってから、解決しなければならない問題について話を始めるとする。


「さて、キリエちゃんとシアちゃんにお礼をしなければならないわけだけど」


 と、そこまで言った後、わたしは視線を感じて二人の顔を交互に見る。


 心配そうな顔をした二人に、わたしは「大丈夫」と笑ってみせた。


「わたしは有名人ってのを自覚したし、あんなことがこれからもあるってことを考えたら、いつまでも閉じこもっていられないしね」

「そっか」


 ケイトが素っ気なく、だけど安心したようにそれだけ返してくれた。


「それで、お礼をするにしても、手持ちには肉と牙しかありません。どうすればいいんですか、オンラインゲーマーのケイトさん」


 わたしが早速助けを求めると、ケイトは複雑な表情を浮かべた。あれ? なんか言い方間違えた?


「オンラインゲーマーってあんた……。えっと、ボスを倒すのに協力したのは四人。だけどドロップが発生したのは一人、この状況は把握してるね?」

「OKです」


 その状況は理解してます。わたしは頭の上に手で大きく丸を作った。


「だったらやることは一つです。はい、あそこを見てください」


 淡々と説明するケイトが指さした方向を、わたしとメグが見やる。


 そこは大通りの中心地、ポータル近くの中央広場で、地べたにシートを広げ、シートの上で物を並べているプレイヤーの姿がまばらに見られた。


「ケイトお姉ちゃん、あれはなぁに? フリマか何か?」

「フリマじゃないけど、露店だね。ああやって、目に付く場所で物を売ってるんよ」


 どこかわくわくとした雰囲気のメグの質問に、ケイトが明快な答えを返してくれた。ほう、露店とか、そんなシステムがあるのね。


「なるほど、露店ねぇ。プレイヤーが品物を売買出来るってことね」

「そゆこと。ああいった場所になら、ボスドロップも並んだりする可能性があるから、相場を見て回るといいよ。あたしの読みでは、高くても牙が二二〇〇〇G、肉が二〇〇〇Gくらいかな」


 え? ちょっと待った。


「ねえケイト、ドロップ品ってNPCの商人に売るものじゃないの?」

「あほう、ボスドロップはプレイヤーでも欲しがる人が多いぞ。NPCの商人に売ってもそれなりには高く売れるけど、欲しい人に売るのが一番利益は出るのは解るでしょ?」


 わたしの考えは的外れだったらしく、ケイトが白い目を向けてきた。


 まぁ確かに、需要の高いところに売るのが一番いいよね、うん、理解した。


「ただねぇ……」


 ケイトは口ごもり考え込むと、一瞬ちらりとわたしの顔を見た。なんでこっち見た?


「まだ正式サービス始まって九時間程度だからねぇ。ボス狩りできるレベルの人はそうそう居ないだろうから、ボスドロップが並んでいる可能性は低い」

「いや、倒せたけど?」


 首を傾げて言うと、ケイトはジロリとわたしを(にら)んだ。


「あんたが異常なの! ……で、見つからなかった場合は、相場が無い以上、こっちから信頼できそうな人に売却の取引を持ち掛けるしかないだろうね」

「なるほど……」


 ケイトの理に(かな)った説明に、わたしは納得して頷いた。


 売買自体されていないなら、それは仕方のないことだしね。精々(せいぜい)買い叩かれないように注意しないと、だね。


「つまり、肉と牙を売ったお金を、キリエちゃん、シアちゃん、メグ、わたしで四等分すればいいってこと?」

「はい正解、ユリナさん一〇ポイント獲得でーす」

「いえーい、ってなんでやねん」


 ビシッとケイトの胸にツッコミを入れた。当のケイトはケラケラと笑っている。


 と、ん? メグが何か言いたげな表情をしているぞ?


「メグ? どうしたの?」


 わたしが優しく尋ねると、メグは申し訳なさそうに上目遣いでわたしを見た。


「えっと、メグも貰っていいの?」


 ああ、なるほど。最後に一撃しか入れていないことを気にしているのね。


「そりゃそうでしょ、メグが居なければ全滅してたかも知れないし」

「そ、そうなの?」

「うん、シアちゃんはMP(魔力)切れてたし、キリエちゃんはもう何回か攻撃受けたら死ぬトコだったよ」


 うん、思い返してみればメチャクチャピンチな状況だったよね。メグは間違いなくヒーローだったよ。いやヒロイン? どっちだ?


「ふぇぇ……」


 そんな展開だったとは知らなかったらしく、メグは可愛い目を丸くさせて驚いていた。


次回


第三話その2「無茶苦茶な初心者って言われた」


です。

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