第二話その5「過去が追いかけてきた」
第五回目の投稿です。
今回はシリアス回になります。
よろしくお願いいたします。
メグとケイトは元の場所に居なかったわたしにメールを出したけど、待てど暮らせど返事が無いため、心配になって探していたらしい。
ごめんなさい、わたしはその時絶賛山猫氏とガチンコバトル中でした。それどころじゃなかったんです、はい。
「二人とも、本当にありがとうございました」
というわけで、安全なルナ平原に戻ってきたわたしたちですが、まずわたしは水飲み鳥のように深々とキリエちゃん、シアちゃんの二人に頭を下げているのでした。
「い、いいってば、あたしたちがやりたくてやったことなんだし、そんな大袈裟に頭を下げなくても」
「そうですよ、ユリナさん、あの状況を見たら助けに入りたくもなりますって」
二人とも慌てた様子でぶんぶんと両手を振ってわたしを止める。ああ、本当にいい子だね、この子たち。
わたしがオープンβからのプレイヤーであるキリエちゃんから聞いたところによれば、あのルナリンクスは危険を知らずに森へ入った初心者たちを餌食にする、『初心者殺し』のボスモンスターと言われており、それを相手にわたしは一人で戦っていた、らしい。
「キリエちゃんもシアちゃんも、二人とも優しい子だからそう言ってくれるんだよ、ありがとね」
謙虚な二人が嬉しくて、ニッコリと微笑んで返す。
ん? なんかキリエちゃんが明後日の方向を向いてぶつぶつ呟き始めた。シアちゃんの方は俯いてぼそぼそ何か言ってる。二人とも耳が赤い。
「おいそこの無自覚王子」
「わっ! ケイト、居たの?」
振り返ると、いつの間にか背後に回っていたケイトが半目でわたしを睨んでいた。
「居たの? じゃないよ、心配かけよってからに、このっ、このっ」
「いひゃいれふ、ひゃめれくらひゃい」
ケイトが額に怒りマークを付けてわたしの両頬を引っ張る。地味に痛い。うぅ、でも心配かけたのは本当なので、わたしはされるがままになっているのであった。
それにしても「無自覚王子」とは酷い言い草だ。女子中時代は確かに「王子様」と呼ばれていたから自覚は――うん、このことを思い出すのはやめよう。
「そ、そう言えばさ、ボスのドロップは何だった?」
どこか焦った様子のキリエちゃんが尋ねる。おお、そうだ。ボスモンスターっていうくらいだから何か特別なアイテムでもドロップするのかな? ちょっと興味。
ケイトの手から逃れたわたしはハンディボードからインベントリを確認する。うん、肉と牙。
「〈ルナリンクスの牙〉と〈ルナリンクスの肉〉ってアイテム。品質は五四と五八」
わたしがそう伝えると、キリエちゃんとケイトは肩を竦めてみせた。
「残念ユリナ、それはレアドロップじゃないね」
さすがケイト、このモンスターのドロップも熟知していたらしい。
「ふーん、残念」
まあ、肉だの牙だの、何に使うか解らないけど、どうせNPCとかに売るんでしょ? 特に残念ではなかったり。
「みんなは? レアドロップあった?」
わたしがキリエちゃん、シアちゃん、メグの三人に尋ねると、キリエちゃんは「え?」みたいな反応を見せた。あれ? なんかおかしかった?
「あたしたちは戦闘開始時にパーティメンバーじゃなかったから、ドロップも経験値も無いよ」
「ええ!? そうなの!?」
キリエちゃん! それ驚愕の事実なんですけど!?
猛烈な申し訳なさを覚えたわたしは、背中をだらだらと冷や汗が流れるのを感じた。まさか彼女たちも死にかけたのに報酬無しとは思ってなかったんだよ!
「ごめん! だったら三人には別にちゃんとしたお礼をしないと!」
「え、別にいいってば。ポーションだって使ってないし」
「ダメ! わたしの気が済まない!」
キリエちゃんとシアちゃんは困ったように苦笑してるけど、わたしはあくまで固辞し、取り敢えずフレンド登録して、後程改めてお礼をすることにした。
メグとケイトも改めて自己紹介し、二人とフレンド登録をする。
「メグって言います! お姉ちゃんがお世話になりました!」
メグがわたしの真似をして深々と頭を下げると、キリエちゃんとシアちゃんがわたしの顔を見て、ぷっと噴き出した。
いやいや、気持ちは分かるけど人の顔を見て噴き出さないでいただきたい。
「あはは、お姉さん似のいい子だね、よろしく、メグちゃん」
キリエちゃんがマゼンタ色のメグの頭を優しく撫でながら言うと、メグは嬉しそうに「似てるって言われちゃった」とはにかんだ。
うふふ、似てるって言われちゃった。
「内心でニヤついてるんじゃないぞ、そこのシスコン」
「どきっ」
鋭いケイトさんを見ると、彼女はわたしの方など見てもいない。顔に出てたなら兎も角、なんでこの幼馴染はわたしの考えてることが解るんでしょう?
「私もよろしくね、メグちゃん。メグちゃんは何年生?」
シアちゃんの方は少し中腰になり、小柄なメグと視線を合わせながら尋ねている。なんというか彼女、姿が姿だけに神々しく見えるね。
「中一です! シアさんは高校生ですか?」
「うん、私たちは二人とも高一だよ」
お?
ケイトとわたしは思わず顔を見合わせた。
「あたしたちも高一だよ。同学年だったんだね」
ケイトのその言葉に、キリエちゃんとシアちゃんの笑顔が固まった。
「「え、えぇーーーー!?」」
……ちょっと。そんな悲鳴みたいな声上げないでよ、二人とも。
「え、いや、え? ケイトさんは分かるけど、ユリナさんが?」
パクパクと口を開け閉めするシアちゃん。
わたしは分かりませんか、そうですか。
「ちょっと二人とも驚きすぎでしょ……」
わたしが二人を睨むと、キリエちゃんが慌てた様子で「えーと、えーと」と言い訳を考え始めた。
「いや、ほら、ユリナさんって大人っぽいから、てっきり高三くらいか、もっと上かと……」
「……うん、よく言われる」
肩を落とすわたし。はぁ、いつもの事だけど堪える。わたしはまだ中学を卒業してから半年しか経ってないんだぞう。
っておいこらそこの猫耳、笑いを堪えてるの見えてるからね!
「でも、ユリナさん、どこかで見たことあるんですよねぇ」
落ち込んでいたわたしの顔を、シアちゃんのエメラルドグリーンの瞳が覗き込み、至近距離でまじまじと見つめる。
う、可愛くてどぎまぎします、はい。
「うーん、何処だろう? こんな美人さん、一度会ったら忘れないと思うんだけど……」
「ご、ごめん、何処かで会ったっけ? シアちゃん、近い、近い」
ゆるいウェーブのかかった長い金髪に白い肌、そして肌よりも白い翼を持つ彼女はまるで本当の天使のようで、なんかわたしが悪いことしたみたいな気分になってくる。
うーむ、と考え込んでは、わたしの顔を見る、を繰り返すシアちゃん。
つぅ、とわたしの背中を一筋の汗が流れた。
これはさっきのような冷や汗じゃない、脂汗だ。
まさか、という気持ちが、わたしの中に生まれたからだ。
「思い出した!」
ぱん、と大きく手を叩いて、シアちゃんがわたしの顔を嬉しそうに見つめた。
乾いた手拍子の音に、わたしの心臓がどくんと跳ねた。
「テレビで見たんですよ! 確か中学女子フェンシングで三連覇した選手! そうです! 間違いないです!」
合点がいったのか、シアちゃんが飛び跳ねんばかりに嬉しそうにしている。
片やわたしの方は、全身の血液が凍りつきそうな気持ちを味わっていた。
「それっておかしくない? そんな選手だったら、日本代表選手にでもなってるだろうし、オンラインゲームなんてやってないでしょ」
わたしは全身ががたがたと震え出しそうな気分で、キリエちゃんの声もどこか遠くに聞こえる。
もうやめてほしい。
わたしが凍え死にしそうな気分を味わっていると、ふっ、と誰かが身体を抱きしめる感覚があった。
「ごめん、ユリナが調子悪そうだからさ、あたしたちは先に町に戻ってるね」
「え? あ、はい。ユリナさん、お大事に……?」
不思議そうなシアちゃんの声も、わたしにはあまりよく聞こえなかった。
自分の身体を抱きしめているわたしが見上げると、どうやら気を利かせたケイトが肩を抱いてくれていたらしい。
何も出来ないわたしに代わり、ケイトは手早くパーティを編成しなおして、ポータルワープで町へと移動してくれた。
次回
第三話その1「野々宮優里の憂鬱」
です。