第二話その2「VS這いずる信玄餅」
投稿第三回目です。
今回は戦闘の描写になります。
よろしくお願いいたします。
〈ルナ平原〉は町の東門を出てそのまま真っ直ぐ一五分歩いたところにあるらしい。「遠すぎない?」と思ったんだけど、「不便を楽しむのもゲームだよ」とよく解らないことを二人に言われてしまった。でも帰りはハンディボードのメニューから〈ポータルワープ〉って機能を使えば一瞬で登録済みのポータル前に戻れるらしい、謎。
わたしとメグは道すがらヘルプを読み漁りながら、解らない単語について逐一ケイトに尋ねていた。この幼馴染、人に物を教えることがとても上手なんだよね……。転校の時の勉強でも非常に助かった。
「そう言えばケイト、このソフトウェアって何倍速?」
わたしは大事なことを聞いていなかったことに気づいてケイトに尋ねた。視界の下部分に〈VT〉と〈RT〉の表記があるということは、仮想現実と現実の時間に差異があるということだ。
「んー? あー、六倍速だよ。あっちの一〇分がこっちの一時間だから、気を付けてね」
幼馴染は「ああ言い忘れてた」みたいなノリで答えた。いやそれ重要な事だからね?
「なるほど六倍速ね。割と速くもなくて遅くもない。微妙なところだねぇ」
何倍速というのはつまり現実時間と仮想現実時間の比だ。等倍速であれば現実と仮想現実で感じる時間感覚は変わらないけど、二倍速になれば現実の一〇分はこちらでは二〇分に感じられる。ケイトの言った通り、六倍速であれば現実の一〇分がこちらの一時間、現実の四時間がこちらの一日となる。
この体感できる時間を変更できる技術が確立されてから、少ない時間に多くの知識を詰め込めるようになったため、教育の分野は大きく発展を遂げた……らしい。
だけど弊害もあって、現実に戻った時の時間感覚が大いに狂ったり、詰め込んだ記憶のフィードバックに脳がびっくりするのだそう。
そのため日本では最大一〇倍速までと制限しているほか、中学生未満がこの手のソフトウェアを起動することを禁止している。だからSGR筐体は中学生になってから配られるんだよね。お隣の大陸の大国なんかは、最大一二〇倍速まで許容しているみたいだけど、それって脳味噌大丈夫なの? 耐えられるの?
「六倍速なら……えーと、今がVT六時二〇分だから、RTで晩御飯の支度は一八時だから……」
「VTで明日の一二時だね」
さらりとケイトが答えた。さすが秀才、計算が速い。
「ありがと、ケイト。というわけでメグ、こっちで明日のお昼にはログアウトしなきゃダメだからね」
「はーい! アラーム入れておくね!」
あら、そんな機能まであるのね。ハンディボードを探してみれば、確かにそんな機能を見つけた。というか他にノート機能やら外部に繋がるブラウザやら、色々ある。
「あ、〈ルナ平原〉に入ったよ、お姉ちゃん」
「おっと、本当だ。エリアに入ったね」
メグとケイトがハンディボードからマップウィンドウを呼び出して確認している。わたしも確認すると、確かに自分たちが〈ルナ平原〉というエリアに居ることが解った。
「それじゃ、早速モンスターを倒しますか」
「よーしやるぞー!」
「お、おー」
ケイトの号令に、メグは元気よく、あまりよく解っていないわたしは控えめに返事をした。
そしてケイトはえっちらおっちらと、VRで必要なのか解らないけど準備体操を始める。メグはというとハンディボードから何かを操作している。ショートカットの準備かな? 確か魔法やアーツっていうものを使うには、合言葉を口にする必要があるとかなんとか。
「じゃあまずユリナ、あのモンスターを倒そうか」
ケイトにそう言われ、わたしは彼女の指さした方向を向いた。
「……何アレ」
それを初めて見たわたしの感想はそんな言葉だった。
そこでは大型犬ほどの大きさの、水まんじゅうみたいな物体が這いずっていたのだ。いや、ホントに何アレ?
「ルナジェリーってモンスターだけど」
いや、「何言ってんだコイツ」みたいな表情をされても、こっちが困る。
モンスターって言うくらいだから、もっと恐ろしい風体のものを想像してたんだけど、なんだあれ。信玄餅?
「あの信玄餅を倒すの?」
「いや信玄餅って。最弱モンスターだから気にせず近づいてばっさりやっちゃえばいいと思うよ?」
「気にせずばっさり……うーん……」
釈然としない気持ちを抱えたまま、わたしは左腰に差した鞘から打刀を引き抜き、ゆっくりと這いずる信玄餅に近づいた。
正眼よりやや低めに構え、間合いに入る。
対して信玄餅はぷるぷると震えながら、どこ吹く風で這いずっている。
「無抵抗じゃん……いいの、これ?」
「まあ、最弱だからなー」
状況に対して疑問の声を上げたものの、背後からは呑気な声が返ってくるだけだった。
無抵抗の相手に武器を向けるのってどうなの、と思い迷ってたけど、意を決し、打刀を振り上げて一足踏み込み、そのまま振り下ろした。ぶよんとしたものを切り裂く感触があり、シュン、という電子音とともにルナジェリーとやらは消滅した。
……えーと。
「おー、一撃か。打刀のダメージソースのDEXとAGI上げてるからかな」
「う、うん」
ケイトは素直に感心、メグはぱちぱちと拍手をしているけど、もやもやした気持ちを抱えたまま、わたしは打刀を鞘に納めた。
「どしたの? なんか納得いかない顔してるよ、お姉ちゃん」
メグが可愛く小首を傾げてわたしにそう尋ねた。妹は疑問に思っていないらしい。
「いや、うーん、わたしの想像してたモンスターじゃないとか、色々あるけど……」
「お姉ちゃんはどんなモンスターを想像してたの?」
わたしの想像するモンスター像が気になったのか、メグが「んん?」と不思議そうに首を捻る。
「いやほら、もっと妖怪とか、竜とかさ」
わたしが真面目な顔でそう言った途端、メグとケイト、二人とも噴き出した。
え? わたし何かおかしいこと言った!?
「あはははは! ユリナ! それは無いでしょ!」
「お姉ちゃん! 最初からそんなモンスターが出たらゲームにならないって!」
「そ、そうなの?」
大笑いする二人に、わたしはおろおろと戸惑うだけだ。だって、モンスターって言われてあんな信玄餅を想像する筈無いじゃん!
「そーゆーもんなの! まったく、お姉ちゃんってば面白いんだから!」
「〈ファイア・アロー〉!」
元気なメグの声を合図に、彼女の掲げた杖の先から勢いよく炎の矢が飛び出して地面と平行に進み、わたしが注意を引き付けていたモスベビーという緑色の芋虫のどてっ腹に突き刺さった。
巨大芋虫が電子音と共に消滅すると、わたしの視界に「〈宝石の原石?〉獲得」と表示された。パーティプレイをしていると、メンバーの誰かが倒したモンスターのドロップ品というものが全員にランダムで配られるらしい。
「なんか〈宝石の原石?〉ってアイテムが手に入った」
「お、モスベビーのレアドロップだ。鑑定すると〈ターコイズの原石〉になるけど、まぁこの辺で採れるドロップ品だし、あまり高くは売れないね」
解説者のケイトさんがつらつらと説明してくれた。ターコイズ、つまりトルコ石ってやつか。それにしても鑑定しないと正しいアイテム名にならないものもあるんだね。
「ふーん、それは残念」
「全然残念そうじゃないね、お姉ちゃん」
「まー、わたしはのんびりやるし、急にそんな大金も必要無いし」
苦笑する妹に、わたしは淡々とそう返しながらぽちぽちとハンディボードを閉じた。
キョロキョロ周りを見回してみると、確かにケイトの言った通り、初心者らしいプレイヤー――というかサービス開始したばっかりだから初心者しか居ないんだろうけど――が結構な人数、このエリアを訪れているようだった。
「んー…………」
「どしたユリナ、疲れたか」
ダガーという短剣でルナジェリーをつついていたケイトは、少し疲れたわたしの様子に気づいたらしい。心なしかケイトもちょっと疲れてるような様子。猫耳が少しへんにょりしてるし。もしかしたら、わたしの長い耳もああなってるのかな?
まぁ、二時間近くも草刈りよろしくこのエリアのモンスターを倒してベースレベル上げと開拓ポイント集めに没頭していたのだから、疲れるでしょそりゃあ。
ちなみに開拓ポイントというのは、開拓に必要な行動を採ると加算されるポイントで、モンスターを狩ることでも僅かにだけど手に入れることが出来る。集めると役所でお金やアイテムに交換出来るとかなんとか。
「まぁね、ちょっと疲れたかな」
「お姉ちゃんも? メグもちょっと疲れちゃった。VRってあまり慣れてないし」
メグも疲れの色濃い声でわたしの言葉に同意した。わたしとケイトは身体を動かす担当だけど、メグはメグで大きな声で魔法を発動させているので疲れるんだろうね。
このエリアには攻撃しない限り向こうからは先制して来ないノンアクティブモンスターしか出現しないため、わたしたちは安全地帯であるセーフティエリアには移動せず、その場に腰を下ろした。
「それでどうだった? ユリナ」
「ん? どうだったって、ゲームのこと?」
わたしが聞き返すと、ケイトはうんうんと得意気な笑みを浮かべて頷いた。いや、期待しているところ悪いんだけど……。
うーん、正直なところを言っていいのかなとも思ったが、言ってしまおう。
「レベル上げるためにモンスターを倒す意味が解らない」
ひき、と二人の顔が引きつったのが解った。あ、やっぱり言っちゃいけなかった?
「あんた、そんな、世のロールプレイングゲームを全否定しかねないことを……」
「だってさケイト、レベルを上げるのに経験値が必要なら、誰かと模擬戦や練習でもすればいいじゃない? っていうかレベルってそもそも何なの? レベルを上げたらいきなり強くなったりするのが不自然――」
「わ、わー! お姉ちゃん、それ以上はいけません!」
むう、何か大きな力の存在に怯えた様子の妹に止められてしまった。不思議なんだけどなぁ。
「お姉ちゃん、刀! 刀はどうだった!? さすがお姉ちゃんというか、慣れてからは達人みたいな動きしてたけど!」
あ、メグが話を逸らした。まあいいや、乗っかってあげよう。
「達人は言い過ぎかな」
「いやいや、実際、あんた一回もダメージ受けてないでしょ。初心者向けのモンスターしか相手にしてないとはいえ、ちょっと引くわ」
いやケイトさん、そんな呆れた顔で引くわとか言わないでくれないかな? 練習すればあの程度なら相手の動きを先読みすれば避けられるんだよ。
まぁ、そんなこと言ったらまた「こいつおかしい」みたいな目で見られるから言わないけど。
「ダメージ受けたら少しは痛みがあるんでしょ? 仮想現実とはいえ、痛いのは嫌だなー」
「痛いのが嫌だからってそれが出来ちゃうお姉ちゃんはちょっとおかしいかも」
おっと、伏兵がここに居た。
わたしは素早くメグの後ろに回り込むと、左腕でその薄い胸を抑え込み、右手で脇腹を突っついた。
「そんなことを言う悪い子はこの子かな? ん?」
「きゃははは! お姉ちゃんくすぐったい!」
乳繰り合うわたしたちを、ケイトはやれやれと言った目で眺めていた。
休憩から一五分後、わたしは一人ハンディボードを弄りながら歩いていた。
何故に一人なのかと言うと、二人ともトイレ休憩でログアウトしたからなんですけどね。SGR筐体を利用したVRソフトウェアでは、トイレなどのバイタル異常が結構シビアに検知されて、無視していると強制的にログアウトさせられてしまうので。
まあそんなこんなで、現実のトイレやら何やらに一分くらいかかったとしても、こちらでは六分の時間が流れるわけで、それなりに待たされてしまうため、一旦パーティを解散しているというわけだ。
「あ、〈刀マスタリ〉のレベルが上がってるから、サブスキルで〈居合〉ってのが取れる。これは……やっぱりアーツか。取って設定しておこう」
ここで一旦、スキルシステムを頭の中で整理しておこう。
〈刀マスタリ〉のようなルートスキルと言われるスキルの下位に、サブスキルと言われるものが存在していて、実際に使用したり設定しておくことで効果を発揮するのはこのサブスキルの方だ。
サブスキルには次の四種類がある。
取るだけで効果のある「パッシブスキル」。
行動として選択しないと効果を発揮しない「アクティブスキル」。
SPを消費するアクティブスキルの「アーツ」。
MPを消費するアクティブスキルの「魔法」。
わたしが今取った〈居合〉もサブスキルの一つで、アーツ、所謂必殺技に類するものだ。
ルートスキルもサブスキルも、習得するのにスキルポイントというポイントが必要となる。〈居合〉にも一ポイント使用した。最初に打刀を選んだ時に習得した〈刀マスタリ〉とそのサブスキル〈刀ダメージボーナス〉にはポイントを必要としなかったけどね。
ベースレベルが上がればスキルポイントは二ポイント得られるし、今ベースレベル七のわたしはそれなりにスキルポイントが潤沢だ。だから使っても――ん?
「あれ? ここはどこ?」
さっきまで平原に居たのに、いつの間にか森に入り込んでいたらしい。慌ててハンディボードからマップウィンドウを開くと、〈ルナ平原南の森〉と表示されている。さっきまで居たのが〈ルナ平原〉だったから、別の場所に入り込んでしまったということなんだろう。
来た道を振り返ってみると、平原と森の境目がすぐに見てとれた。あぁ、なんだ、戻ろうと思えばすぐに戻れるね。
「もしかしたら初心者向けじゃないモンスターとか出るかも知れないし、戻った方がいいかも知れないよね。……ん?」
再び森の奥の方に目を向けたわたしの視界の中央あたりに、赤い点が二つ並んでいるのが見えている。
あれって、まさか――
野生の勘と言うやつだろうか、考えるよりも先にわたしは右足を左足の後ろに引いていた。
そして次の瞬間、正解でしたとばかりに赤い光の存在していた位置から勢いよく何かが飛び出してきた。
虎――じゃない、山猫かな? 名前には「ルナリンクス」って出てる……? 名前が赤いのが気になるけど……
わたしの身長は一六七センチと女子にしては高い方だけど、この山猫はそれに匹敵するほどの体高がある。山猫は飛び出す時にジャンプしていたので、さらに高い位置から大きく顎を開けて、杭のような牙でわたしの首に噛み付こうとした。
けど残念、わたしは引いていた右足を支点にして、くるりと時計回りに回ってそれを躱した。がちんという音が聞こえたけど、たぶん噛み付きが空振りした音だろう。
わたしは素早く抜刀して、山猫に向き直った勢いのままその左後肢を斬りつける。山猫は空中でバランスを崩して背中から着地してしまい、「ギャウッ!」と声を上げた。
次回
第二話その3「なんであのエルフはソロで戦ってるの?」
です。