第二話その1「町を駆けるユリナ」
投稿第二回目です。
今回よりVR側の描写になります。
よろしくお願いいたします。
「おっとと……」
簡素な空間でのキャラクターエディットを終え、わたしは第一の町セントリアのポータルとやらの前に転移させられた。突然移動したのでバランスを崩しかけちゃったよ。
わたしは自分の姿を見下ろした。そのままではここ一年で急成長している胸が邪魔をして下が見えないので、少しかがんでみる。
トップスにはマーメイドブルーのチュニック、ボトムスには膝上までの黒のスパッツ、足には素足にコーヒー色のハーフブーツだ。ブラとキャミを着けてる感覚まであるのが気になるけど、さすがに人前で捲って確認する訳にはいかない。
「イマイチな感じ……」
いくつか選択の余地はあったけれども、結局動きやすさ重視にしたら微妙な衣装になってしまった。
溜息を吐いてからキョロキョロと周りを見回すと、ポータル前は喧騒に包まれていた。最初に転送される場所で、本日はサービス開始日ということもあり、人が多いのは当然のことなんだろう。
「それにしても、なんだこのでっかいオブジェ」
ポータルとやらのオブジェを見上げる。それぞれ正三角形の頂点の位置に置かれた一抱えもあるガラスが三つ、地面からうにょんと螺旋を描いて天に三メートルほど伸びている。うん、前衛芸術だね。よくわからないけど。
『ポータル前のエリアは立ち止まり禁止です。一分以内に退出しなければ、町の中のランダムな位置に転送されます』
「え、それはマズい」
耳に響いた無機質な音声と共に突然わたしの視界に現れたカウントダウンにわたわたと慌てながら地面を見ると、やや光っているエリアとそうでないエリアの境目を見つけた。どうも光っている場所がポータル前と認識されるみたい?
急いで光っているエリアの外に出るとカウントダウンは消えた。合っていたようで胸を撫で下ろす。
「でも、ここに居たら居たで邪魔になるよね。あそこがいいかな」
わたしはポータルから少し歩いたところにある、お役所っぽい建物の側へ移動した。ここも人は少なくないけど、通りの真ん中で立ち止まっているよりマシだろう。
それにしても、なんだか町の建物のあちこちにツタが巻き付いているのが気になる。ちゃんと手入れしてないのかな?
そんなことを考えつつ建物のガラス窓を見る。そこには見慣れた自分の顔が映っているものの、青みがかった長い銀髪、白い肌、石板色の瞳をしており、おまけに耳は現実で有り得ないような細長い形だ。
「これがエルフのわたしか……、色や髪型変えるだけで随分違うね」
そう、わたしは悩んだ挙句、人種をエルフにした。エルフはどちらかと言うと戦士向きではないけれど、思う所あってこの種族にしたのだ。
ちなみにエルフというのはフェアリーと並ぶ妖精の代表格といった種族で、出典元は北欧神話だったかな? 外見的には、細長い耳を持っていて肌が白いという特徴がある。リアルでは健康的な色のわたしの肌も、この世界では雪のように白く輝いている。
そのままガラス窓を見ながら、キャラクターメイキング時にオマケで貰った髪ゴムを使い髪型を三つ編みハーフアップに整えたりしていたら、ポーン、という電子音が耳に届き、視界の隅でちかちかと何かが光っていることに気づいた。どうもフレンド申請ってやつっぽい?
「ええと、ハンディボードからフレンドウィンドウを呼び出すんだっけ」
視界の端に並ぶメニューからハンディボードを示すアイコンを視線と意思でクリックすると、手元に黒いスクリーンが表示された。この辺のインターフェースは他のVRソフトウェアと変わらないので、ゲーム初心者のわたしでも操作できる。
ハンディボードと呼ばれる黒いスクリーンから〈フレンド〉を開いて、桂のキャラクターネームであるケイトと、恵のキャラクターネームであるメグからの申請を受理する。ちなみにわたしの名前は実名を捩ってユリナにした。ユリだと本名とあんまり変わらないし同名も多そうだし。ユリナでも同名は居そうだけど、パブリックアカウント経由で送ってきたのかな?
すると、すぐにメールが飛んできたらしく、再度の電子音と共に今度は視界にメールアイコンが表示された。
〈メール〉のメニューをタップしていくと、送信者はケイトと表示されているメールがある。わたしがそれを開くと、簡単な一文が表示された。
『町に下り立ったらここに来るよーに』
メールにはその他に、地図と座標が添付されていた。
地図を頭に叩き込んだわたしはハンディボードを閉じて、その方角へと歩き出す。その場所は北の大通りから西の小道へ入ったところにあるらしい。
「………………」
わたしはふと思い立って、その場でとんっ、とんっ、と跳ねてみた。
「……ジャンプ出来る、痛くない」
そして、恐る恐るだけど、ゆっくりわたしは駆け出した。
「お姉ちゃーん、こっちこっち!」
ゆっくり曲がった小道を駆けていくと、内側にカールしたマゼンタ色のセミロングの髪を持ち、肌がぽやんぽやんと光る、顔だけは見慣れた少女が嬉しそうな表情で大きく手を振っているのが見えた。肌が光っているのはエレメンティアという種族の特徴だっけ。ちなみに隣にはワインレッドの長い髪を持つ、同じく顔だけ見慣れた猫耳の少女が居るけど、こっちは別にいい。
わたしはスピードを落とさないままにエレメンティアの少女へと駆けていき、目の前でブレーキをかけると、そのままがばりと小さな身体を抱きしめた。
「ああもう! 恵ってば姿が変わっても可愛い! もうちょっとよく見せて!」
はぁはぁ、呼吸が乱れるのはダッシュしてきたせいだけではあるまい。天使のような妹のもう一つの姿があまりにも似合っていて興奮しているから――
「落ち着け姉、妹が目を回してるぞ。それとゲーム内でリアルの名前を呼ぶんじゃない」
どすん、と頭にチョップが刺さった。い、痛い。
はっ、冷静さを取り戻してみれば、妹が桂――じゃなかったケイトの言う通り目を回してる!
「きゅうう……」
「わー! ごめんね、メグ!」
「う、ううん、らいじょぶ……」
呂律が回らない状態で、メグがよろよろと手にした杖を頼りに自力で立った。ダメなお姉ちゃんでごめんなさい……。
「まったく……、それにしても、結局ユリナはエルフにしたのか」
「え? うん、ウルフィアにしようかなとも思ったけど、尻尾が面倒くさそうだったし」
わたしはそう言ってくるりとその場で回ってみせた。その動きに合わせて青みがかった長い銀髪も後を追うように回る。ふふ、ロングヘアなんて初めてだ。リアルでは長めのショートヘアだけど、ゲームだからこそ今まで出来なかった髪型にしてみたかったんだよね。
「結局魔法使わないんなら、ファイター向きの種族が良いとは思うけど、まぁそこは自分が好きなのを選ぶのが一番だからね」
そう言ってスカウト向きのキティアを選んでいるケイトが、ぴこぴこと猫の尻尾を動かしながら苦笑した。……あの尻尾、感覚あるのかな? あとで引っ張ってみよう。
「魔法はいずれ使うかも知れないから、選択肢は残しておこうかなって。エルフはSTRにマイナスがあるけど、武器が打刀ならあまり影響ないじゃない?」
「まぁそうだね。っていうか、ちゃんとそこらへん調べたんだね、ユリナ」
腰に差した打刀の鞘をぽんぽんと叩きながらわたしが言うと、ケイトは少し驚いたようだった。頭痛に耐えながら調べましたよ……。
このゲームのステータスとやらにはSTR、INT、VIT、AGI、DEX、HP、MP、SPがあり、エルフはINTとDEX、MPにプラスのボーナスを得るんだけど、STRとVIT、HPにマイナスの影響がある。
打刀のダメージはDEXとAGIに大きく依存するようで、STRも関係あるもののほとんど影響はしない。
そんなわけで、はっきり言ってエルフはファイター向きではないけど、完全に不向きと言うわけでもない。打刀を使えば十二分に戦えるのだ。……ゲームやったことないんで、あってるか解らないけど。
「それで、これからどうするの? ケイトお姉ちゃん」
おっと、復活したメグが活き活きとした目でケイトに尋ねた。
「そりゃーもちろんレベル上げよ」
「だよねー」
むむ、何か二人が以心伝心と言った感じで話しているんだけど、さっぱりわからない。なんだろう、レベル上げって。
「レベル上げって? 何するの?」
そう言った途端、二人の「え? そこから説明しなきゃダメ?」と言っているような視線が突き刺さった。ええそうですよ、何もわかりませんよ。
「あーん、お姉ちゃん、拗ねないでー」
「すーねーてーまーせーんー」
わたしは唇を尖らせて、メグからそっぽを向いた。もちろん怒っちゃいないけど。
そんなわたしたちの様子を見ながら、やれやれとケイトが肩を竦めた。
「仕方ない、狩場に向かう間に色々ユリナに教えますか。基本的な情報の他に、立ちまわり方とか色々教えるよ」
そう言ったケイトの顔を、わたしはまじまじと見つめる。
「……何、ユリナ」
「っていうかこの前から気になってたんだけどさ、ケイト、このゲームに色々と詳しすぎるでしょ」
「おっと、早々にバレたか」
ケイトはそう言って小さく舌を出した。「え、なになに?」と言った風にメグがわたしとケイトの顔を交互に見ている。
「実はね、あたしはこのゲーム、もうプレイしてるんよ」
ん? あれ?
「え? どういうこと? 今日がサービス開始なんでしょ? なら――」
わたしの疑問は予想していたらしく、ケイトがわたしの言葉を手で遮った。
「ちょっと前まで公開テストとして無料でプレイ出来るオープンβテストってのをやってたんよ。だから既にプレイしている人は何千人も居るよ。まぁ、あたしは公開前のクローズドβテストからやってるけどね」
「いつの間に……」
呑気にそんなことを仰る成績優秀者。え? ずっとわたしの転入試験対策とかに付き合ってたのに、いつの間にそんなことしてたの?
まったくそんな素振りを感じなかった。ちょっと前、と言ってたし、もしかしたら夏休みであまり顔を合せなかった時期だろうか。
「もーケイトお姉ちゃんってば、言ってくれればメグも付き合ったのに!」
面白い遊びから置いていかれたことにぷんすこと怒るメグを、ケイトが「まぁまぁ」と宥める。
たぶんこの幼馴染のことだ。まだ中一の妹分が遊んでも大丈夫かどうか、自分が確かめてから紹介したかったんじゃないかな。オンラインゲームっていうのは、人間関係とか色々とトラブルがあるって話を聞くし。
「ま、色んな話は移動しながらでいいでしょ。取り敢えず町の東側にある〈ルナ平原〉ってとこに向かうよ」
「はいはい、了解」
「らじゃー!」
ケイトの号令と共に、わたしたちはまず大通りに向かって歩き出した。
「そういえば、お姉ちゃん」
「んー?」
並んで歩きながら、隣のメグがわたしを見上げて何か言いづらそうな雰囲気でパクパクと口を開けたり閉じたりしていたけど、すぐに意を決したような表情を浮かべた。
「お姉ちゃん、さっき、走ってきた、よね」
「ああ、うん……」
メグが言いづらそうにしていた意味が解った。それはわたしにとってはセンシティブな話だからね。
大通りへと繋がる小道、ここをわたしは確かに自分の脚で走ってきた。
そう、リアルのわたしは、決して走ったりすることは出来ないのだ、もう二度と。
「わたしはこの仮想現実の中では走れるみたい。凄いね」
「そっか……嬉しい?」
「まぁ、そりゃ、ね」
二度と大地を駆ける感覚を得ることは出来ないと思っていたのだ。だから、さっきは我を忘れて跳ね、そして走っていた。
ぽりぽりと頬を掻きながらわたしが答えると、先頭を歩いていたケイトがちらりとこっちを見て、不敵な笑みを浮かべる。
「良かったじゃん、ユリナ」
「うっさい、感謝はしてるよ」
思わずケイトから顔を逸らしてしまった。本当は言葉じゃ伝えきれないほど感謝してる。まぁそんなこと、口に出して言わないけどね。
そんな会話を続けながら、わたしたちはルナ平原へと向かった。
次回
第二話その2「VS這いずる信玄餅」
です。