第一〇話その7「油断の代償」
今回は久々に1話更新です。
よろしくお願いいたします。
ソル平原の南には、データベースサイトの情報通り林が広がっていた。
「〈セントリア北の森〉は樹と樹の間が狭かったけど、ここは間伐でもされてるのかな? 切り倒すのにちょうどいい具合だね」
わたしはそう呟き、インベントリから伐採斧を装備した。ちなみに打刀は仕舞ってある。腰に差しているだけでも装備扱いにされてしまうからだ。同時に幾つも武器や道具を装備は出来ない。
伐採斧の刃を試しに軽く杉の木へ打ち付けてみた。〈伐採〉のサブスキル〈伐木〉はパッシブスキルというやつなので、持っているだけで木を切り倒せるようになる。
「……お、HPバーだ。なるほど、これが無くなるまで斧を入れるんだね」
五分ほど頑張るわたし。しばらくお待ちください。
「……一本目なのに疲れたよ……」
綺麗に切り倒された杉の木、もとい既にアイテムの〈【一〇〇%】粗材木(杉)〉になった物を見ながら、疲れたわたしは荒い息を吐いていた。
いや、解る。解るんですよ? リアルの伐採は遥かに大変だし時間はかかるしこんなに都合よく反対側へと木が倒れていかないことは。っていうか、普通に考えれば斧を入れてた方向に倒れるでしょ?
色々ともやもやするけど、わたしは次の工程に進むことにした。えーと、〈製材〉か。これはアクティブスキルだね。
スキルウィンドウから〈製材〉を呼び出して〈【一〇〇%】粗材木(杉)〉に使ってみると、一瞬で粗材木の皮が剥がれ、余計な枝葉が切断されて、材木へとその姿を変えた。あぁ良かった。あの皮や枝葉を全部手作業で取るのかと思って戦慄してたよ……。
「……あ、インベントリの中に〈木の枝(杉)〉と〈木の皮(杉)〉が一〇個ずつ入ってる。後で何かに使えるかな。ウッドチップにするとか。いやバークチップって言うんだっけ?」
……まぁいいや。
わたしは思考を建材の方へ戻すと、〈【一〇〇%】材木(杉)〉に、今度は〈水精霊魔法〉の〈デハイドレーション〉を使ってみた。デハイドレーションって言うのは和訳すると「脱水」らしい。調べた時にはなるほどねって感じだった。
お、考えてみれば、これはわたしが初めて使う魔法だね! MPは……そんなに減ってないや。エルフだから元々MP高いし、もっと魔法は活用すべきかも知れないね。
「木材になってる。ホントに一瞬なんだなー」
〈【一〇〇%】材木(杉)〉だったものは、〈【一〇〇%】木材(杉)〉へと姿を変え、まず一本目が終わった。
……建材を幾つ集めなきゃいけないのか解らないけど、数によっては結構気が遠くなる作業だねー……。コツコツやらないといかんですね、これは。
ちなみに伐採でも開拓ポイントがそれなりに入ることが解った。今度役所でどんな物と交換出来るのか、ラインナップを見てみようかな?
さて、黙々と杉材集めを続け、四本目に取り掛かる。
「……ん? 獣の臭い?」
コモンウルフならさっきからちらほら見ている。ノンアクティブなので攻撃してはこないけど、その臭いとはちょっと違う?
違和感というものに敏感なわたしは、すぐにその臭いの元を探し始めた。
――待てよ?
ここに出現する通常のモンスターはコモンウルフだった。その臭いはさっきから嗅いでいるから解っている。
じゃあ、出現するもう一体、フィールドボスはいったい何が出るんだったっけ――
わたしは急ぎ〈伐採斧〉をインベントリへと格納し、〈無銘の打刀〉を取り出した。これを装備しないと〈縮地〉は使えない。
どっちだ? どっちから来る?
まだ〈ソル平原南の林〉に入ったばかりの場所だから歩いてでもエリアから出られる。ターゲッティングされていなければ、確かエリアから出ることで逃げられる筈だ。
そもそもターゲッティングされていないのならポータルワープという手もあるけど、フィールドボスが去った後に再び作業をしたい。だったら一度エリアの外で待機するのが良いだろう。
すぐにエリアから出ることを決め、わたしは自分から見て後ろの方向――北の〈ソル平原〉の方角を向いた。
「嘘……でしょ?」
わたしの口から、そんな言葉が漏れた。
〈ソル平原〉の入り口方向には、このエリアのフィールドボスである灰色の巨大熊――〈マッドグリズリー〉が、器用に二本の肢で立ち上がったままこちらを見据えていた。
巨大熊の動きは素早かった。わたしは熊の爪を躱して背後に回り込もうとするも、熊は流れるような動作でわたしに向き直り、再び爪を振るってくる。
巨大熊の攻撃は重かった。わたしは熊の爪を打刀で受けるも、その重さに思わずたたらを踏み、慌ててステップを踏んで熊から距離を取る。
巨大熊の知能は高かった。わたしが距離を取るも、それを好機とみて逃さない。熊は再び肉薄すると、その素早さで重い攻撃を振るってくる。わたしはそれを躱すためにアーツを使った。
「〈縮地〉ッ!」
逃げた方向は〈ソル平原〉の方角ではない。林の奥だ。平原に居る他のプレイヤーが巻き込まれたら大変だからね……。
五〇メートルと、アーツで可能な限りの距離を移動したわたしは急いで振り向いた。でも、体長三メートルはある巨大熊はわたしを見逃してはくれなかったみたい。わたしを追って、物凄い勢いで駆けてきたよ、四つ足で。
「確かヒグマって、時速六〇キロで走るんだっけ……。おかしいでしょ、この生き物……」
わたしはほんの少し出来た余裕で、打刀の耐久度を見た。さっき爪を受けてしまったから、ちょっと下がってるかも……ってちょっとじゃなかった!?
「さ、三分の一も減ってる!? あれを受けるとこんなに減るの!?」
ルナリンクスの時も爪を受けた時に五%くらい減ってびっくりした記憶はあるけど、それの比じゃなかったよ!
あの攻撃をまともに受けたらタダじゃ済まないことは解ったわたしは、迫る熊さんとマトモに相手をしてはいけないと結論付けて、木の裏側に隠れた。
四つ足の熊はドスドスと重そうな音を響かせながらこちらに向かってくる。まず、木を間に挟んで、チクチクと攻撃していくしかない。
熊はそのまま木の方に向かって……え、まさか、ちょっと、嘘でしょ?
わたしは猛烈に嫌な予感を覚えて横に躱そうとするも、その前に熊は木へと突撃していた。
木はまるで元から枯れていたかのように軽々とへし折れ、わたしはそのまま突っ込んできた重戦車に撥ね飛ばされてしまった。ゴムマリのように地面で一回バウンドすると、別の木へと激突する。
「い……たた、とうとうダメージ受けちゃったか……」
HPが残り三割になっている。わたしの防御力は皆無の上にHPをあまり上げていないとは言え、笑えない冗談だった。
「まったく、車に撥ねられたときのこと、思い出しちゃったじゃない……」
わたしはそう恨み言を呟きながら立ち上がろうとした。クラクラするのはたぶん、〈眩暈Ⅰ〉のバッドステータスにかかっているからだろう。
「……え」
立ち上がろうとしたわたしの目の前に、熊は立っていた。爪を振りかぶって、痛恨の一撃を繰り出そうとしている。何これ、このゲームってホラーだったの?
わたしは咄嗟に打刀を翳し、その爪を受けようとした。
重い衝撃と共に、パキィィィン、という金属音が響く。
「なっ!?」
打刀が、根元から折れた。
その衝撃でバランスを崩したわたしに、次の一撃が容赦なく――
次回
第一一話その1「春雷・黒鉄」
です。




