第三話その5「ユリナ、間違いのはじまり」
「そう言えば、シアちゃんはどうしたの?」
「ああ、シアなら今休憩中でログアウトしてる。ユリナさんも何か頼みなよ、満腹度減ってるでしょ?」
お、キリエちゃんが調子を戻したらしく、砕けた言葉遣いに戻ってくれた。
落ち着いて食事を再開させたキリエちゃんは本当に様になっているね。気品があるというか何というか。
わたしはメニューを手に取ると、ざっと上から下まで眺めていく。む? 肉ばっかりだなぁ。
「肉料理が多い……、魚が少ない……」
むう、とわたしが唇を尖らせると、キリエちゃんは困ったように苦笑を浮かべた。
「そういう店だからねー、あとこの世界、あんまし大きな漁船は無いみたい。プレイヤーが大型漁船を作って供給しないと魚のメニューは増えないかもね」
へえ、まぁ確かに漁船が無いと確かに魚は獲れないもんね。理に適ってはいるけど、元から大きな船は無いのか。文化レベル低いの?
「そういう設定もあるのね……」
「タイトルからしてパイオニアだからね、プレイヤーがこの大陸を育てるのさ」
そう言えば我々は何処かからの入植者だったね。そっか、色々と物資も足りないのか。
キリエちゃんの説明に「なるほど」と相槌を打って、わたしはさっきの黒髪エルフのNPC店員さんを呼ぶ。
「イワシの蒲焼丼お願いします」
「イワシの蒲焼丼ですね、少々お待ちください」
先払いシステムらしいので、二〇Cを払ってオーダーする。あれ、なんかキリエちゃんが苦笑いを浮かべてるぞ?
「女子的にその注文はヤバくない?」
む、いいじゃないか丼ものでも。わたしは普段から気にせず吉川屋で牛丼食べたりするぞう。
「いーの、食べたいものを食べるでいいじゃない」
「ま、それもそうだね」
わたしがツンと反論すると、キリエちゃんは肩を竦めた。せっかくVR空間なんだし、食べたいものを食べないとね。
「ああ、キリエちゃんは気にせず食べていいよ、冷めちゃう」
まだキリエちゃんは食べ始めたばかりらしく、それほど食べ進められていないみたいだった。わたしはどうぞどうぞと促す。
「ありがと、……ああ、あたしのことはキリエでいいよ。シアはもう慣れてるけど、ちゃん付けされるのはなんか違和感がある」
ふむ。キリエちゃん、いやキリエがそう言ってくれたので、お言葉に甘えることにしますか。
「じゃあわたしもユリナでいいよ。同い年だしね」
「……同い年、ねぇ」
キリエが半目になってわたしを見つめる。いや、言いたいことは分かりますよ? そりゃ高一に見えないかも知れませんけどね?
ん? おい、キリエさん、何処を見てるんですか? わたしの顔は胸にはついてませんよ?
「……まぁ、シアの方が大きいな」
聞こえないように呟いたみたいだけど、ばっちり聞こえてます。わたしはエルフの特徴で聴力が良いんですよ?
しかし、ほう、大きいとは思ったけど、そうだったか。
キリエはお上品に音も無くスープを口に運んでいる。ふふん、わたしの中にちょっと悪戯心が芽生えた。
「そうか……、シアちゃんはわたしよりも大きいのか……」
真剣な表情のわたしが両手で自分の胸についた二つの果実を鷲掴みにした途端、キリエは口に含んだスープを噴き出しかけ、すんでのところで止まった。
「ちょっ! やめなさい!」
キリエは慌ててスプーンを置くと、腰を浮かせてわたしの手を胸から剥した。そのままキョロキョロと周りを見回し、注目していた男性客を睨みつける。
わたしは両手を掴まれたまま、くっくっくっと含み笑いをしてみせた。からかわれたことに気づいたキリエが、憮然とした表情を浮かべる。ふふふ、成功だ。
「まったくもう……男性も見てるんだから、淑女があんなことをするもんじゃないの」
「キリエってお嬢様? なんか立ち居振る舞いに気品があるし、『淑女』なんて言葉普通使わないでしょ」
うん、普通は使わないよね、「淑女」なんて言葉。社交界にでもいるのかな? この子は。
「そんなとこ。まぁ、そんな話はいいから当初の目的を思い出そう?」
と、おや? キリエはなんとなくこの話題に触れたくないのか、さらっと流されてしまった。まぁいいか、リアルの話だし突っ込むのはよそう。
さて、早々にオーダーが届いて蒲焼丼をぱくつき始めたわたしだけど、はて? 当初の目的って何だっけ? ごはん?
あ、そうだった。ボスドロップの分配でした。
「そうだった、会いに来た目的を忘れるとこだった。ボスドロップは合計二五〇〇〇Cで売れたよ」
わたしが蒲焼丼を食べながらそう説明すると、キリエは驚いたように目を見開いていた。
「へえ、結構高い値段で売れたんだ。いい取引相手を見つけたね」
「うん、いい人だったよ。色々教えてもらった。生産のこととか」
わたしが中央広場で会った露店主のクリスさんのことを話すと、キリエは「ああ、その人ね」と知っているような反応を返した。
あれ、ケイトも知っていたし、もしかしてクリスさんって有名人?
「クリスさんを知ってるの?」
「知ってるも何も、βでも有名な人だったからね。β時代の販売売上ランキング断トツトップの人で、確かオープンβなのに一ギガC以上売り上げてたらしいよ」
そんな凄い人だったのか! 出来るOLってイメージはあったけど!
それにしても、よく解らない単位が出てきたぞ? ギガ? 一ギガバイトとかのあれかな?
……ん? ギガって、キロ、メガの上だよね? それってつまり……
「ギガって?」
聞いてはいけないような予感はしたけど、わたしは恐る恐るキリエに聞いてみた。
「一ギガCは一〇億Cって意味だよ」
じゅうおく?
じゅうおくってあの一〇億?
一〇億って、一万を一万倍して、それに一〇を掛けた数字?
え、なんか、二五〇〇〇Cで一喜一憂していたわたしが物凄くちっぽけに思えるんですけど?
えっと、わたしが想像できる最大の価格って、私が売った牙と肉の二五〇〇〇Cしか無い訳で。それを最低四〇〇〇〇セットは売らないとその金額には達しないんだよね?
そう言えばクリスさん、委託販売の説明の時に「インベントリから直接トレードもしてる」って話してたけど、それってたぶん、システム上の販売売上に入らないんじゃないの? 露店の売上やNPCに売った分しか入らないんだよね? オープンβってVTで六〇日間だったって話でしょ? どういう稼ぎ方してるの? もはやクリス銀行ですか?
「おーい戻ってこーい」
「はっ」
ハンディボード上の二三七三〇Cを見つめたまま、どうやら固まっていたらしい。呆れ交じりのキリエの呼びかけで宇宙遊泳から戻ってきました。あ、いつの間にかキリエが食べ終わってる。
「は、話を戻すね、二五〇〇〇Cで売れたから人数分で割った分を渡すよ。あと、事後報告になるけどメグも人数に入れちゃったから」
わたしはそう言って、ちらりとキリエを上目遣いで見た。
彼女は「当然でしょ」みたいな笑みを浮かべている。良かった。
「もちろん、メグちゃんの分は入れないとダメだよ。メグちゃんが居なかったらあたし死に戻りしてたし。それに、あたしたちは元からお礼なんて要らないって言ってたんだしね」
「うん、ありがと。じゃあ一人六二五〇Cってことで。……あ、シアちゃんの分も渡しておいた方がいいかな?」
と、おや? キリエが微妙な表情を浮かべてまじまじとこちらを見つめているぞ? 何だろう。シアちゃんとよくパーティを組んでいるようだし、渡しておいた方が良かったような気がしたんだけど。
「……な、なに?」
「そう言えばユリナ、さっきも気になってたんだけど、メール機能知らない?」
メール機能。フレンド同士で送れるメールだね。そりゃ知ってますよ?
「いや、知ってるけど?」
「お金や少量のアイテムなら、フレンド相手にメール添付で送れるよ」
「マジでっ!?」
わたしは慌ててハンディボードからメールウィンドウを表示させると、確かに添付だとか時間指定送信だとか、色々な機能があることに気づいて顔を引きつらせた。じゃあそもそもキリエに直接会う必要も無かったのか!
「ユリナ、説明書読まないタイプ?」
う、図星です。キリエの視線が痛いので思わず目を逸らしてしまった。つぅーっと額から頬へ汗が流れていく感覚がある。
「ヘ、ヘルプはまだ、半分も読めてなくて……」
「公式や情報サイトとかで予習しときなよー」
「うぅっ……そもそもゲームの知識が無くて理解できませんでした……」
キリエのド正論に縮こまるわたし。面目ない……。
ステータスやら種族やらは事前に桂が教えてくれていたので理解出来ていたんだけど、その他のネットゲームの専門用語はまったく理解出来なくてその時は考えることを放棄してしまったんだよね……。
わたしにジト目を向けていたキリエは、嘆かわしい、といった感じに大きく溜息を吐いた。すみません、ゲーム初心者なんです。
「ユリナだったら、勉強さえすれば攻略組になれるプレイヤースキルはあると思うんだけどね」
「攻略組?」
攻略組ってなんだろう、攻略するグループ? そのまんまだな。
「そ、このゲームの未知のエリアを攻略する最前線で活躍できる能力はあると思う。初心者なのにノーダメージでルナリンクスと互角に渡り合うなんて、はっきりいって異常だよ」
はぁ、なるほど。要するにわたしなら戦闘メインで前線に立てる、とキリエさんは仰るのか。
だけどねぇ、そうはいかないでしょ、とばかりにわたしはかぶりを振った。
「わたしが相手にしてきたのは最弱モンスターと、その近くのエリアに出るボスモンスター程度なんだから、そう簡単に最前線で活躍は出来ないんじゃない?」
ルナ平原への移動中に読んだヘルプの中に、初心者用の狩場には現れないだけで、炎を吐いてきたり、毒を持ったモンスターなど単調な攻撃以外の手段を用いる存在も居ると書かれていたことを思い出す。さすがに火を吐かれたりしたら避けられないからダメージを受けますよ?
わたしがそう説明すると、キリエは肩を竦めた。彼女の翼もその動きに釣られて上下する。
そう言えば翼は兎も角、ドラゴニアの太い尻尾って座るときどうなってるんだろ。気になるけどテーブルの下を覗き込んだら烈火のごとく怒られそうだし、やめとこう。
「ま、そうかもね。それにやりたいことをやるのが一番だし、前線で戦うばかりが楽しみ方じゃないしね」
やりたいこと? そう、そうですよ!
「そう! わたしはこのゲームで料理が出来るという事実を知って、そっちの方に興味が向いてるかな!」
「え、なに、ユリナ生産やるの?」
わたしが俄然やる気になって拳を固めると、キリエは意外、といった表情を浮かべた。
「うん、まぁ、リアルでは一か月前から料理を始めたんだけど、すっかりハマっちゃったんだよね」
わたしはちょっと恥ずかしくなって、たはは、と苦笑する。
対してキリエの方はと言うと、ふぅむ、と何か思案しているような表情だ。
「そっか、シアも料理スキル取ったから、色々相談してみるといいよ。あの子リアルじゃ……その……めちゃくちゃ料理にうるさいし」
「え、どしたのキリエ、何で今目を逸らしたの?」
「キニシナイデ」
棒読みですよキリエさん! 何なの!? 怖いんですけど!
「このゲームの料理では、現実と同じく調理の知識と技術が求められるんだ。レシピ通りに調理することはもちろん、アレンジによってより美味しい料理を作り出すには、それなりの経験が必要になってくるって言うよ。だからその……ユリナも頑張ってね?」
キリエがわたしから目を逸らしたままそう言ったものの、最後の方はごにょごにょと口ごもった。ちょっと! 本当に気になるんですけど!
「まぁ、料理したいのなら、〈料理〉スキルを取って、雑貨屋で〈簡易調理台〉を買えばすぐに出来るようになるよ。けど……」
キリエはそう言って、テーブルに少し身を乗り出し、人差し指を立てて見せた。
「料理をやるなら、クリアしないといけない問題があるんだ」
次回
第四話その1「ファーマー・オンライン」
です。




