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数日ぶりに現金を手に入れ浮かれていると、急に辺りが薄暗くなり、大粒の雨が地面を叩き始めた。周りに身を寄せるところもなく、僕は足早に道を行くことにした。この先には随分前に潰れた駄菓子屋があるのだ。そこで雨宿りでもしよう。
たどり着いた先には先客がいた。上下共に黒のスーツを着用し頭には山高帽、身体を支えるように杖をついたその姿はどこか紳士を思わせる。一瞬、声を掛けようかと思って止めた。男の顔には粘着テープが隙間なく巻き付けられていた。これは、人ではないものだ。
「そういえばこのお店、神隠しにあうと噂されていたところですね」
軒下に入ろうともせず雨に打たれ続けるササが店を眺めてぽつりとつぶやく。彼女は悪霊であり、雨に濡れることはない。
「神隠し?」
「はい。営業していた頃の話ですが、とある駄菓子を買うといつの間にか消えているという噂がありまして。まあ、ネタバレをすると店主が子供を奥へと連れて行き悪戯をしていたというだけの話なのですけれど」
「ああ……」
「そして、その店主を殺めたのが私です」
悪霊には悪霊になるだけの理由がある。僕が今までに伝え聞いていただけでも彼女は生前に少なくとも九名の人間を殺害していたが、今の言葉でそれが二桁に増えた。恐らく、他にもいるのだろう。
隣に立つ紳士がこちらに顔を向けているような気配を感じたが、無視することにした。
「どうして殺したんだ?」
「当時、私は数名の同級生と訪れていたのですが、どうやら私以外の皆が窃盗を……いえ、何やら企てていたようで」
駄菓子屋を後にしようとすると、店主に肩を捕まれ奥へと連れて行かれたという。ササは自分は何もやっていないと抗議したが、まるで最初からそういう流れであると決まっていたかのように店主は全く聞き入れなかったらしい。
引きずられるようにして連行された先にはかつて人間だったものが所狭しと並べられており、これは今までに罪を犯したものだと説明されたとササは話した。
「後日私の姿を見た同級生は助かったのかと笑っていましたよ。どうだった、などと聞いてくる子もいましたね。私以外の人はここがどういった場所であり、店主が何を行っていたのか知っていたのでしょう」
だから私は、その子達もいつか幸せにしてあげなくてはと心に誓ったのです――とササは続けた。
「ところで、その店主って……こう、顔にガムテープとか巻いたりしたのか?」
「いえ、突き飛ばしたら壁から飛び出ていた釘に刺さったので、さらに深く押し込んだ以外には特にこれといって」
隣に立つ紳士が杖の先を地面に突く。何度も何度も繰り返し、楽しそうに。横目で様子を窺ってみると、顔に巻かれた粘着テープは所々が剥がれ落ち、隙間からは腐った皮膚が曝け出し粘性のある液体が染み出していた。
「雨も止んできたな。そろそろ行くか」
「えっ? どう見ても土砂降りですが」
紳士が何者であるのか今となっては分からない。
けれども僕は、もう二度とこの場所へは来ないだろう。それだけは確かである。[了]