仕事モードに入ると感情が消える時ってあるよね
今日はノース区の手紙代筆の仕事を請け負う。あそこの郵便局とはまだ専属契約が続いているのだ。
郵便局内の用意された部屋で煙草を吸っていると、ノックする音が聞こえる。煙草の火を消し、返事をする。職員とお客さんが入ってくる。中年男性の商人と見た。おそらく掛金未払分の督促か。
職員が出て行き、お客さんを席に座らせ、話を聞く態勢を取る。
「ご用件を承ります」
「普通の手紙をお願いしたいんですが・・・」
「?どうぞ」
普通の手紙?何だろ?
「行きます・・・『拝啓 メリッサ様
ねえねえ、パンツの色何色?おじさんに教えてくれよ。ゲヘヘ。 敬具』・・・こんな感じで書いてください」
・・・はい?
「申し訳ございません。再度お願いできますでしょうか?」
「?はい・・・『拝啓 メリッサ様
ねえねえ、パンツの色何色?おじさんに教えてくれよ。ゲヘヘ。 敬具』」
何が敬具だよ、謹んで申し上げろよ。
目頭を指で揉みながら仕事モードに切り替える。
「『拝啓 メリッサ様』・・・ここ改行しますか?」
「そうですね。お願いします」
「『ねえねえ、パンツ』・・・ここ『パンツ』じゃなくて『おパンツ』の方が語感がいいかもしれません」
「ああ!いいですね!『おパンツ』にしましょう!」
「『の色何色?』・・・ここは『?』ですか?」
「『?』つけますね」
「『おじさんに教えてくれよ。ゲヘヘ。』・・・『ゲヘヘ』ですか?『グヘヘ』ですか?」
「『ゲヘヘ』・・・いや、『グヘヘ』でもいいな」
どっちでもいいだろ。これは、おそらく迷惑メールみたいなもんだな。こいつ、ストーカーか何かだろ。
ちなみに皇国ではこのような手紙を取り締まることができない。帝の批判や国家転覆などが内容に含まれているなら話は別だが、そうでなければどんな内容でも代筆しなければならないのだ。
最後に『敬具』と書いて、手紙の内容を口頭で確認する。
「では確認します。『拝啓 メリッサ様
ねえねえ、おパンツの色何色?おじさんに教えてくれよ。グヘヘ。 敬具』・・・以上の内容でお間違いないでしょうか」
「はい!完璧です!」
いや、完璧じゃないよ。最初から崩れてるよ。
そう言えればどんなに楽か。依頼主は満足した顔で部屋を出て行った。
初っ端からとんでもないのが来た。普段はこんなことはありません。本当ですよ。
そうこうしている内に、再度ノックが聞こえる。気を取り直して、返事をする。
今度のお客さんは若い女性のようだ。いいね。
「ご用件を承ります」
「普通の手紙をお願いします」
・・・嫌な予感がする。
「伺いましょう」
「はい・・・『ねえ、ロベルト。昨日一緒に公園にいた女は誰?私、返事を待ってるから。裏切らないでね』・・・このように書いてください」
Oh...
とりあえずロベルト君に線香をあげておく。
「『ねえ、ロベルト。昨日一緒に公園にいた女は誰?私、返事を待ってるから。裏切らないでね』・・・あ、『裏切らないでね』を一文字ずつ間空けて『う ら ぎ ら な い で ね』って書いた方が効果的かもしれません」
「そうですね・・・先生のご判断にお任せします」
任されたので、そう書く。何気に字数が増えるので報酬が上がるのだ。
「では、確認します・・・『ねえ、ロベルト。昨日一緒に公園にいた女は誰?私、返事を待ってるから。う ら ぎ ら な い で ね』・・・いかがでしょう?」
「はい、いい文章だと思います」
そうか?割とホラーだよ。
依頼人の女性は少し晴れやかな顔をして、部屋を出て行った。
煙草を吸ってると局長が部屋にやって来た。
「先生、お疲れ様です。どうでしたか」
「胃もたれしましたね」
局長とはもう付き合いも長いので、これぐらいは言える。
「まあ手紙の内容なんて、私たちじゃ善い悪いを言えませんからね」
そう言って局長は煙草を加える。自分はマッチに火をつけ、局長の煙草に火をつける。
「善いか悪いかなんて受取手次第ですからね」
仕事が終わり、事務所兼自宅に戻って郵便受けを見ると、一通の手紙が入っていた。
「?」
手紙の封を切る。
『新装開店!「クラブ 世界樹」
世界中のトップクラスのエルフを集めました!今ならこの手紙を持って来てくれたお客様を対象に50%OFFキャンペーン実施中!』
床を見ると、自分が持っている手紙が大量に捨てられている。
・・・フム。
手紙をポケットにしまった。