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馬車が増えると道が混む

セージュ区の小汚いマンションの一部屋にくたびれたスーツを着た男がソファで煙草をふかしている。


机には冷めたコーヒーが置かれており、足を組んでいる。男の最近の趣味は娼館遊びで、先日もセージュ区の娼館で夜中まで遊んでいたのである。そのせいか目元には大きな隈ができている。そんな男がこの事務所の主であった。


男がぽけーっとしていると、玄関の呼び鈴が鳴る。男はそそくさと煙草の火を消して、玄関の扉を開ける。


「はい、代筆士の事務所です」


そう言って扉を開けると、猫耳をはやした女がニコニコ立っていた。


「あー、タヨタのローズさん。いつもお世話になっております」

「先生、また娼館で遊んでいたんですか?」

「いやーお恥ずかしい」


このローズという人は馬車の新車ディーラーである。もうノース区にいた時からお世話になっているお得意様だ。


「またいつものお願いしますね」

「はい、車庫証明ですね。拝見します」


そう言ってローズさんから書類を手に取る。車庫証明とは賢帝時代に作られた法律の一つ、車庫法によって定められた証明手続きの一つである。


この国は技術革新によって、馬車の大幅改良が起こった。特に注目すべきはゴーレム馬を使った馬車の誕生である。ゴーレム馬は平坦な道であれば、普通の馬よりも速く走り、馬を潰すということもない(反対に山道や起伏の激しい道などは普通の馬を使った方がよい)。また舗装魔法の精度も上がり、ゴーレム馬の需要も上がっていった。


馬車の大幅改良によってさまざまなメーカーが馬車を製造していったのだが、そこで道路事情が大きく変化する。馬車が道をふさぐほどに溢れてしまったのだ。交通渋滞や事故が連日のように発生する。


事態を重く見た賢帝は馬車に関する法律を制定、その一つが車庫法なのである。賢帝時代の交通渋滞調査の中で分かった原因の一つに、馬車の路上駐車が挙げられている。人々は新車を購入していったが、古い馬車を廃棄処分する人間は少なかった。古い馬車を買い取ってくれる業者は少ない。廃棄にも金がかかる。わざわざ廃棄するのに金をかける馬鹿は少ない。ゴミとなった馬車をどうするか。そう、道に捨ててしまえばよいのだ。そんな理由から古い馬車が道に乗り捨てられるようになり、道幅を狭くし、渋滞の原因を作ってしまっていたのだ。


これを原因の一つとして考えた賢帝は、道に馬車を捨てないように車庫法を制定し、馬車を特定できるように車両法を制定した。今回は車庫法の話なので、車両法の話はいずれ別の機会にしたいと思う。


車庫法によって常時保管できる定位置の駐車場を有するよう求められた。車庫法は定位置の駐車場について四つの要件を設定している。一つ、道路を定位置の駐車場にしない。日中に使った馬車を夜、路上に駐車するということはできない。二つ、住んでいる場所から一定の距離の中を定位置の駐車場にしなければいけない。住んでいる場所からあまりにも離れているところを定位置の駐車場にされてしまうと管理できないと考えて設けられたらしい。三つ、定位置の駐車場が権利的に使用できるものでないといけない。他人の土地を勝手に駐車場として使うことはできない。四つ、定位置の駐車場から馬車を支障なく出入りさせ、馬車全体が収容できるものでないといけない。土地から馬車がはみ出て、道路をふさぐようになってしまえば、意味がないのだ。


馬車を購入する場合、車庫法に従って、車庫証明を受けるよう法律で求められたのである。ちなみに車庫証明がおりていないと馬車を走らせることはできないし、仮に車庫証明のない馬車を公道で走らせたと衛兵に知られた場合、罰金刑が科せられるので注意である。


話が長くなったが、車庫証明の代行申請は弊社の主幹業務となっている。申請場所は各地の衛兵の事務所なのだが、それぞれ独自ルールを持っている。細かい法律の解釈や運用など、バラバラなのだ。ディーラーはいちいちすべての衛兵事務所の癖なんて把握できない。そこで我々代筆士に申請をしてもらうのだ。


さあ、ローズさんの書類を見てみよう。管轄はシーナ区、個人申請で自分所有の土地に馬車を保管するケース、地図もあって自認書、消印済みの郵便物もある・・・あっ。


「ローズさん、この人の土地に以前馬車を停めていたことってありますか?」


これは本当に多いのだが、以前車庫証明を取ったことがある土地に新車の馬車を停める場合、古い馬車と入れ替えて登録することになる。ここは衛兵事務所の独自ルールが色濃く出る部分で、シーナ区だと最低でも以前馬車が停まっていたかどうかまで把握する必要がある。


「ニャー、そこは新築って言っていたから、多分無いと思います」

「左様ですか。なら問題なさそうですので申請の方に入らせていただきます」

「よろしくお願いいたします」


そう言ってローズさんは去っていった。まあわかっていただけたであろうが、細かいことを聞くには書類をもらうタイミングしかない。最初の頃はこれで苦労したもんだ。何度、電話が使えれば、と思ったものか。でも今はもう慣れて書類をもらった直後に聞くことができている。






軽いチェックが終わって、すぐに書類をバッグに入れる。事務所に鍵をして、巡回馬車に乗り込む。都には今の世界で言う馬車みたいなものが存在する。料金も安く、この仕事では非常に重宝する。


馬車が到着したらシーナ区の衛兵事務所に向かう。そして窓口にさっきの書類を提出し、問題がなければそこで終了。あとは「3日後に来てください」という言葉とともに割符を渡される。これで業務終了だ。


いかがだったでしょうか。私の仕事は。えっ、あっさりしているって?冒険者じゃないんだから当たり前でしょ?

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